移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2025年の日記  (最終更新日 : 2026/01/02)
5月の日記 総集編 録音しても一人

5月の日記 総集編 録音しても一人 (2025/05/05) 5月1日(木)の記 デジタル時代の落ちこぼれ
ブラジルにて


今週、二日目の病院からの朝帰り。
ブラジルのメイディは、国民の祝日。

街はゆったりとしている。
四旬節があったので、しばらく肉をがっつり食べていない。
家族とシュラスカリア:ブラジル式バーベキュー屋に行こうかということに。

しばらく行っていない、徒歩圏の住宅街にある店にしようか。
営業を確認しておいた方がいい。
休みだったり、つぶれていたり、がある。

おや、グーグルマップ上でみあたらないぞ?
…ようやくオンライン情報を見つけて、電話をするがアテンドなし。
メッセージにも返答がない。

…閉店した可能性、大。
うーむ。
まあ、行くだけ行ってみるか。
行ってNGだったら、少し歩いたところにオプションがある。

ダメもとで…
あれ、やっているではないか!
店名は同じだが、掲示してある電話番号が変わっている。
経営が変わった由。
ちょっと宣伝が不十分だな。

かつてはそう悪くないスシ類が充実していた。
が、見事にスシサシミがなくなった。
まあバーベキュー屋にそんなものを期待する方がお門違い。

値段も安くないが、肉質も悪くはない。
以前より客は少なくなった感じ。
近所にこういう店もないと淋しい。

食べて飲んで応援するか。
たまにだけど。


5月2日(金)の記 Willieさんとあるく
ブラジルにて


今日は東京APARECIDAのオーナー、Willieさんのブラジルツアーの有志とともにサンパウロのダウンタウンをあるく。
一行のホテルからサンベント駅まではメトロ使用、あとはひたすらあるく。

そもそも歩いた方が便がよく、発見も多い。
すでにリオ行脚を経た一行は当地の危険度も体感しているので、ラクである。

WillieさんはSNSで執拗に情報をチェックしているので、現住民である僕も教わることが少なくない。
彼は日本で屈指のブラジル音楽通。
とはいえ知ったかぶりやハッタリ、マウント取りがない人で、そのあたりでもウマが合うのだろう。

最初の出会いは…
西暦2004年の拙作『アマゾンの読経』初版の上映の時だろうか。
上映でいただいたアンケートに返信して、その後に西荻窪のAPARECIDAが開店した。
ということは、20年越しのお付き合いか…

僕は自分の作品や上映の売り込みや営業をしないのだが、僕の訪日計画があるたびにお店での上映の声をかけていただいてきた。

昨年、高円寺に移転したAPARECIDAさんと水戸の「にのまえ」さんが岡村作品上映と出会いの聖地である。

さて今日は僕は夕方までのお付き合いだが、一行はいったんホテルに帰ってから夜の音楽ライブの鑑賞である。
これが毎日だから、なかなかの強行軍…

僕は帰宅して、夕食の支度。
スマホの万歩計は17000歩超えの快挙。


5月3日(土)の記 みたびの病院
ブラジルにて


今日も愚生が病院に泊りで付き添いに行くことになる。
この一週間で三回目。

患者はICUから一般個室病室に移った。
この病院だから部屋に額縁の一点もあるかと思いきや、ない。

さて、病院暮らしも少しは勝手がわかってきた。
とはいえ…

持参したバッグにスマホ充電のケーブルはあるが、アダプターが、ない…
(これは帰宅後にバッグを整理して、あった)
うろたえるが、患者の補聴器充電用のものが代用が効いた。

歯ブラシが、ない…
これはこれまでのものがあまりにオソマツで、豊富なストックから代用を見つけたものの、洗面道具入れに入れ忘れたようだ。
ブラジルではホテルに歯ブラシが置かれていることはまずないが、この病院には患者用のものがあり、それを拝借するか。

備え付けのテレビでNHKをかけ流し。
「寅さん」の幼少年時代のドラマをやっているのには驚いた。
生き物ものは、よく撮れているが…
動物写真家という人物の「演技」があまりにもしらじらしくて、興ざめ。

これは先回、見た番組だが、小学生らしい子供が、一部のオトナに媚びをうるようなこまっちゃくれた言動を得意になって続けていて、これはつらかった。

病室に出入りする看護助手らとのバカ話もまた一興。


5月4日(日)の記 朝帰りの日曜日
ブラジルにて


この一週間で三日目の病院で迎える朝。
付添い交代要員の到着を待つ。

日曜朝でがらがらのパウリスタ大通りを歩く。

帰宅して…
日曜の路上市へ。
イワシの開きを買うか。

久しぶりにパステウを買おう。
しばらくご無沙汰していた、日系のおばちゃんのお店で。
三つ買うとひとつサービスしてくれる。

さあ、訪日前に仕上げるべきミッションがある。
少しでもすすめておこう。


5月5日(月)の記 録音しても一人
ブラジルにて


西暦1999年に撮影した「最新作」、『消えた炭鉱離職者を追って アマゾン編』のナレーション録音作業を決行。

今日は久しぶりに月曜の一日断食。

さあ日程はだいぶ追い込まれてきた。

さっそく録音素材の編集にも着手。

日本は今日も祝日か。
そうか、メイシネマ祭の最終日でもあるな。
毎年、この時期に訪日というのが長年、続いたことも今は昔。
メイシネマ祭そのものの記録もよくぞ5年にわたって続けたものだ。

こちらはすでに別のステージに入ってしまった。


5月6日(火)の記 コンツメール
ブラジルにて


この作業は、ミックスダウン、ミキシングということになろうか。
ナレーションの音声をどこに当てはめるかを調整して、地の音とのバランスをはかる作業。

ナレーションの言葉が聞き取れることを第一義とする。

作業工程はそもそも想定より遅れているので、朝から根を詰める。

うわ、もう13時を過ぎているではないか!
火曜の路上市の値下がり時間に行って、ダイコンあたりを買うつもりが…

キリのいいところまで作業も中断できず…

これは出遅れた。
14時過ぎると、路上市の大半の店は撤収に入っている。
これはダイコンどころではなくなった。
かろうじて超安値のライムを買う。

その足で、久しぶりのサワードゥの店、ムッツァレイラチーズの店をまわる。
より近所にオープンしたサワードウの店をひいきにしていたが、いたく失望させられることがあったので。

帰宅後に作業再開。


5月7日(水)の記 サンパウロのアマゾン語り
ブラジルにて


今日の午後、アマゾンに赴任中の日本人の友人がサンパウロに出てくるという。
いろいろ話したいこともある。

日中はしっかり作業をすすめて。
夕方、先方の宿までうかがう。

カフェぐらいのつもりが…
ショッピ(生ビール)のジョッキを重ね、干し肉とマンジョーカ芋の料理をつまみに。

お互いの「守備範囲」の重なりに驚く。
それどころか、いま僕が編集中の、26年前にアマゾンで撮影した方に最近会ったというではないか。

歩いていて先方の食指の動いた店に入ったのだが…
先方のホテルとこの店の方位を90度、勘違いしていたことに帰路に気付く。
夜とはいえ、これはワタクチとしては珍しい。


5月8日(木)の記 サビアひた鳴く
ブラジルにて


昼過ぎまで、みっちり作業。
まずはダウンタウンで用足し。
ついで、パライーゾ地区にてお世話になっている邦人とカフェ。

以前ロケハンしておいた庭のあるカフェで。
あれこれ話はつきない。

先方が「サビア」という。
僕の後ろの方に野鳥が訪れたのだ。
Sabiá-laranjeira。
ウイキで調べると、中国語はあっても日本語はない。

サビアはブラジルを代表する野鳥で、鳴き声の美しさで知られる。
どのレベルまで日本語名があるかを調べると、ツグミ属だった。

普通に野鳥に接近できる距離よりはるかに近くまで、先方から寄ってくる。
あら、先客が残していったテーブルの上のものをついばんでいるようだ。

さすがに鳴き声までは披露しなかった。


5月9日(金)の記 サメナマズ
ブラジルにて


今日も朝から、みっちり作業…
14時過ぎ、ようやく一段落。

あとは、少し素材もワタクチも寝かす・発酵させた方がよい。

気分転換に買い物もあるし、外食するか。
金曜の日替わりは、魚定食だ。

近所の、いままで食事はしたことのない大衆系の店で、魚種を尋ねる。
チラピアばかりとは。
海幸の豊かなサンパウロの都で、アフリカから持ち込まれた淡水の養殖後を食べる気はしない。

数軒回って、Pangaだという店があった。
ナマズ目パンガシウス科、東南アジア産の淡水魚で、ここのところチラピアに次いでこちらで養殖が始まったようだ。

東京の地元でのランチに和食屋をフンパツした時のこと。
白身魚定食を頼み、あとでウオの名を聞いて「パンガシウス」と言われてがっくりきたことがある。

調べてみるとパンガシウス科の英名はShark catfish。
ウナギイヌならぬサメナマズだ。

サメナマズ、食べたいですか?

…15時近くで、もう昼の定食をとりやめている店もあり。
日替わり定食もあるベーカリーで魚種を聞くと、メルルーサ、まだオッケーだという。
野菜も少しついてきたが、レタスはわが家なら捨てるような傷んだ部分。
メルルーサはそうとうカリカリに揚げてあった。

いずれにしろ作業が一段落とみて、一本セルヴェージャ(ビール)をつけていただく。
もうこの店で食べることもないだろうな。


5月10日(土)の記 ドライブマイカー
ブラジルにて


ひさしぶりにマイカーの運転。
だいぶ塵埃が覆い、洗車に出そうかとも思っていた。
ところが今日はあいにくというより、恵みの雨。

めちゃくちゃ豪雨ということもなく、クルマの表面を洗い流してくれた。

それにしても少しブランクがあると、運転は緊張、サイアクの事態を考えがち。

退院したこちらの親類の付き添い食事当番で、泊まり。
日本食の食材を持参して、訪問先の共同菜園にあるミツバを少しつまんで、夕食づくり。

取り合え右京はもう運転をしなくていい、はず。
キッチンドリンクもきちんとしながら、おさんどん。


5月11日(日)の記 ダイバーシティとしての母
ブラジルにて


今日は、泊り先から朝帰り。
思い切って日曜の断食を決行することに。

昼12時から、徒歩圏にあるカトリックのチャペルのミサにあずかる。
老化もあるのだろう、ますますポルトガル語が聞き取れなくなっていると思うが…
今日は、母の日。

神父のこの言葉がこころに残った。
「…、わが子のために苦しんでいる母、見捨てられた母のために祈りましょう」
ほかにもいくつかの母をあげていたと思うが、この部分が聞き取れた。
世のこうした母のことを想っていなかったことを、反省。

それにしても長い説教で、話として聞き取れていない。
運転疲れ、泊まり疲れもあって、うとうと。

イビキはかいていなかったかな?


5月12日(月)の記 手焼き作業
ブラジルにて


さあまさしく追い込まれてきた。
今日はまずはDVDの手焼き作業から。

消えゆく職人芸みたいなものか。
時に焼き上げたものが途中で再生不能になることもあるので、一枚ずつ焼いては再生可能かこれまた一枚ずつ確認していく…

多岐にわたるブラジルでの残務を書き出して…

必須のものがどうにも見つからなくて、家探し・発掘作業まで加わって。

いやはやいやはや。


5月13日(火)の記 この日常にしばしのおわかれ
ブラジルにて


書き出した、やりのこし項目に目をやりながら。
中距離コースの買いものに出る。

メインは、ムッツァレイラチーズの購入。
さらに足を延ばして、お気に入りの天然発酵ベーカリーへ。
ここのゴルゴンゾーラチーズとクルミ入りのがおいしいのだが、売り切れるのも早い。
もう昼過ぎなので半分はあきらめていたが、ひとつだけ残っていた。
ヤッホー。

店じまい時間の路上市で、きいろいリンゴ、投げ売り価格のオレンジなど購入。
これは撮影機材より重い荷物になった。
エコバッグが破れてしまわないか、心配。

あー、重かった。


5月14日(水)の記 きょうの出ブラジル
ブラジル→


このたびの訪日でもっともたいせつなミッションの段取りで、とんでもないポカをやらかしていることに気付いた。
あわてふためく。

どこまで修復可能か…
ああ、なさけなや。

他にもなにか致命的なミスや忘れ物をしでかしていないか…
まるで落ち着かない。

何十回訪日しても、いやさ最近はより緊張している感じ。
いつもながら、早く帰ってきたいという思いが出ブラジル前のホンネ。


5月15日(木)の記 機上のホラー
→アメリカ合衆国→


今回のフライトは、ニューヨーク経由。

全行程で計5本の映画を見切る。
リストにあった邦画は計4本。
うち最新作の日本版ゴジラは、特撮と設定はおもしろいのだが、あの人間ドラマがいただけず、もう見返す気がしない。

他の3本プラス洋画のホラーを2本、鑑賞。
『ペット・セメタリ―』というのをなんの予備知識もなく見てみる。
ずばりS.キングの世界。
とくに『シャイニング』をほうふつとさせる。

あとで調べてみると、これはリメイク版で、最初の版の評判がえらくいい。
リメイクと知らずに見たこれも、なかなかよろしかった。

最後に時間調整でみた熱帯降雨林のドキュメンタリーが驚きの出来だった。
帰路にじっくり見よう。


5月16日(金)の記 入ニッポン記
→日本


午後の羽田に到着。
到着ゲートから検疫・入国審査に向かうまでに異常な混雑。
無秩序そのもので、対応する係員も見当たらない。

着陸から荷物到着まで1時間近くかかる。
大きな事故の起きる前は、こんなものか。

以前、サワリ程度を報告した日本の悪質な変質者について。
その男はこのウエブサイトも見て、さらにあらぬ言いがかり、誹謗中傷、そして脅迫を繰り返してきた。

いっぽう、すでにこちらは日本の警察や弁護士とともに対策を講じている。
その男があらたに迷惑行為をおこなったら、さっそくしかるべき対応をいたします。

皆さんからのご心配、応援、そして怒りの共有に改めて御礼申し上げます。


5月17日(土)の記 伊勢脇天祖神社裏に湧く
ブラジルにて


雨か。
時差ボケと疲労全開。

されど今日は渋谷での機材買出しをメインにしている。

離日前にこのニュースのネタ元を知った。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f72733bbeaff2191d5685d388e62c82eaf03e8c0

渋谷に出る前に現場検証をしてみるか。
あたりの地理的状況はある程度の見当がつく。

かなりの坂=崖:ハケになっている。
武蔵野の縄文の気配ただようところ。

そしてわがドキュメンタリーの大先輩ゆかりのところ。

それにしてもこの崖下、こんなに道が混沌としていたか。
崖上の公園から位置を確かめるが、たどり着くのが容易ではない。

到着。
雨の土曜日、だれもいない。
排水作業を続けているようだ。

あたりの土層が一部、看取できた。
関東ローム層と上層がわかる。
わかりにくいが、関東ローム層の上面までが攪乱かも。

それにしてもせっかくの湧き水。
ここを行政が買い上げて湧水公園にするぐらいのことができないものか。

渋谷の大きなカメラ屋では、店員がこちらの質問に答えられず、調べる気もない。
展示品を試してみることもできないとのこと。
新宿とかのもっと大きな店に行くか、ネットで買ったら?とのこと。

いやはや今日買って明日の上映から使えるようにするつもりだっただけに。
これからネットで買って早対応させても、明日午後に間に合うかどうかはビミョー。

さあどうするか。


5月18日(日)の記 木乃久兵衛の木乃伊
ブラジルにて


今日は、昨年の鶴岡のイベントで出会ったなかのまきこさんの実現してくれる上映イベント。
注文の多いオカムラによくぞ応えて、すばらしいフライヤをものしてくれた。

上映作品は、なかのさんのリクエストの動物ものをチョイスした。

キノキュッヘさんは今年二度目の上映。
オーナーの佐々木さんがフレンドリーかつサービス精神あふれる方で、ありがたい限り。

上映するのは前世紀制作のもの三本立て。
今日の視座からでは批判やブーイングをいただくのでは、という懸念があった。

ところがどっこい。
上映後の対話でもアンケートでも、好意的なコメントばかりで驚く。
なかのさんの邪気のなさはこれまでのやり取りやご著書からうかがい知れたが…、
なかのまわり、キノキュッヘ周りの方々も邪気を帯びていないようだ。

初対面の方々と、親しくお話をさせていただく喜び。

複数の方々が、ナメクジはカタツムリの進化したものであるということに驚いていたことが、僕の驚き。

オーナーの佐々木さんは鶴見まで買い出しに行って今日の特別プレートをこさえてくれた。
バカリャウ(干しダラ)のコロッケが特に絶品でした。

明朝から僕にとっては大きな複合ミッションが始まる。
その前日に実にありがたい激励をいただけた。

今日のタイトルはことばあそびだが、こじつければノルウエー風・干しダラとミイラは通じるかも?


5月19日(月)の記 アジフライの聖地の奇跡
日本にて


早朝7時台の羽田発フライトに乗らねば。
始発の山手線の駅まで重き荷を引きずって。

間に合った。
福岡空港からは、乗り継ぎ乗り継ぎ。
しかもいずれも接続がよくない。
有田、伊万里、そしてアジフライの聖地と喧伝する松浦へ。

ところが聖地の聖なる駅の徒歩圏には、アジフライの聖餐どころか!
昼食のできる店がないではないか。
大阪万博なしの「思ってなし」。

わがミッションの目的は、アジフライにあらず。
完成させたばかりの拙作『消えた炭鉱離職者を追って アマゾン編』のDVDを主人公の犬養光博牧師にお届けすること。

犬養先生は昨年末に病で倒れて入院中だが、今日は病院から抜け出してくるつもりとのこと。

いっぽう今日は以前の宿が取れず。
かろうじて、ゴルゴダと名づけたい山の上の宿をおさえた。
すでに初夏の陽気の炎天下を、重き荷を引きずっての道行きとなった。

さて、犬養先生。
ちょっと別人の印象。
お連れ合いとともに少しでもDVDをご覧いただければ、と持参したポータブルデッキをセッティング。

堂々1時間15分。
犬養先生は眠らず席を外さず、ご覧になった。
そのことにお連れ合いは感激。

ただ、感謝。


5月20日(火)の記 筑豊よ
日本にて


朝、アジフライの聖地・長崎松浦を発って。
伊万里、有田、博多で乗り換え。
いずれも、なかなかの接続待ち。

昼を過ぎ、鹿児島本線赤間駅着。
上野朱さんが迎えに来てくださる。

まずは大・上野英信も好んだといううどん屋へ。
天かすと刻みネギを入れ放題。

次いで、今月リニューアルオープンしたばかりという鞍手町歴史民俗資料館の石炭資料展示室にご案内いただく。
これは驚きの面白さだった。

見学者は、サーチライト付きのヘルメットを着用。
炭鉱を再現した展示スペースで、ライトを当てると動画モニターなどがスタートする。
絵師・山本作兵衛の世界を立体化したようなジオラマも。
おお、上野英信の展示コーナーもあるではないか。

次いで、思わぬ場所を探索することに。
奇遇なことに、すぐ近くに英信の仕事場があったという。

ついで、ついに、旧筑豊文庫に!!
朱さんご夫妻に『消えた炭鉱離職者を追って アマゾン編』をご覧いただく。

感無量。

犬養光博先生は、自分にブラジルの炭鉱離職者に会うだけの資格はなかった、とまで書かれていた。
僕は上野英信を語るだけの資格はなかったかもしれない、と自省。
筑豊のことも炭鉱のことも、知らないことばかりだ。


5月21日(水)の記 雨の古墳巡礼
日本にて


筑豊のこのあたりには、宿泊施設が乏しいことを今回さらに痛感した。
その分かえってこのあたりの地理が少しわかるようになったかも。

九州へは飛行機利用、そもそも時刻表を売っているような本屋にも行けずじまい。
そのためスマホのアプリでその都度、電車の便を調べているが…
今回のように乗り換えが多く、JRと私鉄、バスも混じっていると、面妖な結果が出ることしばしば。

金曜中に東京に戻らなければならなくなってしまい、今回は上野英信の「カネを惜しまず」で有料の特急なども何度もフンパツしているが…

熊本県・山鹿の装飾古墳館に向かう。
それにしてもJR九州、特急どころか、超特急の新幹線にも電源がないのには驚いた。
新玉名駅から、バス。

山鹿の温泉付きビジネスホテルに荷物を下ろし、泊まり客の忘れていったか置いていったかの透明傘を借りる。
いやはや、雨中にしめて22000歩、あるくとは。
道中まるで歩行者には会わない罰ゲーム旅。

この道でだいじょうぶかいなと思うも、雨が強くてスマホもなかなかチェックできず。
...、ずぶぬれで装飾古墳館到着。
これは来てよかった。

実物に接するのは不可能に近いため、こうしてレプリカを拝むしかない。
熊本を代表する装飾古墳の内部が原寸大で再現してある。
いくつか疑問が出てきて、スタッフを訪ねて尋ねる。
どうやら僕の想定と異なっていたようで、聞いてみてよかった。

道を間違えながら宿に戻り、まずは温泉。
素朴だが、いいお湯だ。
しかも24時間オッケーとはうれしい。

夕食時は他に客もおらず、宿の「おかん」とあれこれ話し込む。
チェーン宿ではない、旅の妙味。
おかんは新聞だったか最近、熊本で翼竜の化石が発見された記事があったっけ、という。
自らスマホを繰り、確認してくれた。

天草の御所町で30年前に発見された化石の翼竜が、新種だった由。
さすがは空の大怪獣ラドンが出現した阿蘇のある熊本だ。

ラドンと言えば、炭鉱...
...昨日もホンモノの古墳の玄室を訪れたし、時空を超えてアンダーグラウンドでつながってゆくな。


5月22日(木)の記 熊本大移動
日本にて


山鹿温泉。
深夜の温泉の愉悦・湯悦。
古式を再現した「さくら湯」は午前6時からの営業。
昨日は月イチの定休日だった。
行ってみよう。

うーむ、これもよい。
建物、泉質ともに道後温泉を想い出す。

さて、山鹿バスターミナルを結ぶ路線がなかなかわかりにくい。
帰路は熊本駅に出ることにする。
熊本城の石垣の修復状況が車窓から見える。
ヴィジュアルに熊本地震を実感。

バスの到着が遅れた。
水俣には早く着きたい…
次の新幹線ではなく、在来線で八代乗り換えとしよう。
八代駅で降りてびっくり。
なんだ、このトイレ臭さは!?
思わぬかたちで、臭覚でこの町を知る。

水俣駅着。
昼食時のお酒は我慢。
宿に荷物を置いて、ここでの最大のミッションの撮影に挑む。
この、現場の実感。
…だいぶ蚊に吸血された。

このすべての起点のカライモブックスさんへ。
店主の奥田順平さんは、まさしくツーカーで僕の疑問質問に応じてくれる。

夕方から「きぼう・水俣・未来」さんでプチ上映会。
水俣病の患者さんに、僕の「移民もの」のドキュメンタリーを見ていただきたい。
その希望を有志の尽力でかなえてもらった。
メインの作品上映後、持参した機材と素材に不具合。
…この月火の使用で、燃焼したか。
あなかしこ。

終了後、有志と水俣のスイスへ。
夜の早い水俣で、遅くまで営業する喫茶店。
あの土本典昭監督が愛したという。

たらこスパゲティを頼んでみるが、そのボリュームに圧倒される。

さあ明日の朝も撮影だ。


5月23日(金)の記 降灰この一戦にあり
日本にて


水俣で朝を迎える。
ホテルから月浦の「おれんじ館」まで歩く。

高倉敦子さんと再会。
彼女が自宅から「発掘」した写真とともにお話をうかがう。
さあ、後は僕の作業だ。

午後のバスの時間までに、気になっていた水俣市蘇峰記念館を見学。
徳富蘇峰の言葉を僕は『アマゾンの読経』で紹介している。

先回は乗り逃がした水俣駅と鹿児島空港を結ぶバスに乗車。
約2時間、高速道路に入ることもなく、これは乗り応えがある。
車内にトイレはないけれど。

空港で『あめつうしん』最新号に寄稿されている、故・四宮鉄男監督の妹さん、そして畏友の「愛竹家」橋口博幸さんと。
初対面のメンバーで、こんなに話が弾むとは。
搭乗時間を忘れてしまうほど。

羽田行き最終便。
到着も遅れて。
登場してからも、桜島の降灰のため、飛行可能か検討中の由。

明日午前中からの東京都美術館のイベント参加要請のために、繰り上げた九州ミッションだが…
ままよ。

飛んでくれた。
おや、帰路の便はモニターなしか。
眠りますか。


5月24日(土)の記 上野の混沌
日本にて


あらためて、事前の告知を見て驚くばかり。
この日もパネルトークが想定されていたのか!
https://mitsishikawa.wixsite.com/musicmanufacture/jukugi22yugi10

畏友の伊東乾さんの依頼により今日明日と東京都美術館でのイベントに参加することになった。
これが入ったため、九州漫遊を急きょ切り詰めて桜島の降灰のなか帰京した次第。

午前9時半に美術館講堂前に集合とのお達し。
久しぶりの上野。

集合時間を過ぎても担当は現れず、待つことしばし。

拙作『里山の冬の華』を気に入ってくれたらしい伊東さんが新たにこの作品に合わせた音楽を作曲して演奏して、僕にはナマ弁士をしてほしい、という依頼。
イベントのなかでは「幕間」の「狂言」の扱いの由。

それでも、いろいろやりとりがあった。
今日は、二度おこなうことに。
伊東さんは「トラメガ」を僕に使ったら、と用意されたが、使う気はない。
一度目は地声のみで。
二度目はマイクを設置して。

とにかく、自分のパートだけで精いっぱい。
伊東乾のような聖徳太子的超人の活動には遥か及ばず、まねる気もない。

午後、伊東さんは美術館の日府展展示場に河岸を変える。

相原朋枝さんという舞踏家が展示空間でパフォーマンスを行なうことになり、彼女からスマホでの写真撮りを頼まれた。
これは、録りがいがあった。

ついで塚田稔という脳科学者が来場。
なんとこの人は日府展に自作の絵画を出品しているという。
実に気さくな人で、こちらも言いたいことを言わせていただき、盛り上がる。

けっきょく今日はリンクにあったパネルトークは、なし。
テーマは門外漢、横並びの人たちを存じ上げないし、叩き台として仮にあげてあったのだろう。
よかった。

今日は相原さん、塚田先生との出会いが大きな収穫。
イトケンを僕に紹介してくれた若き畏友とも旧交を温めることができた。


5月25日(日)の記 パネルをはねる
日本にて


今日も上野のイベントだ。
今日がメインイベント、のようだ。

昨晩の懇親会、上野の居酒屋で総指揮の伊東乾さんと対面。
実にやかましいなかで耳をそばだてながら打ち合わせ。
ブラジルのファヴェーラは、かつて少年雑誌の付録にあった紙で組み立てる忍者屋敷のようだ、というのをお気に召したようだ。
僕は「となりのスラム」というキャッチを自分で言い出して気に入った。

今日のメインゲストである建築家の山本理顕さんがヴェネズエラのスラムと関わっていることもあり、僕にもブラジルのスラム:ファヴェーラの話をしてくれないかと数日前に振られていた。

今日は『里山の冬の華』の弁士を行なう前、イトケン楽団が準備をする時間の「待機音」としてそのトークという訳だ。
ところがそのあとの山本理顕さんら建築の専門家のパネルトークに僕も登壇してほしいと言うではないか。

ウソハッタリを好まない僕としてはなかなかのプレッシャーである。

山手線の車中でもネタを考え続ける。
想えば振り返ると、われながらのファヴェーラねたはいろいろあるものだ。

さて今日は、詳しくは書かないが、こちら関係でさっそくトラブル。
とりあえず、僕なりに落とし前をつけたつもりだが…

パネルトークも含めて、「でたとこ勝負」の極み。
あとになって、ああすればよかった等々のささやかな後悔。

怒涛の二日間だった。

イトケン座長は楽器返却などがあり、オフィシャルな懇親会・反省会は、なし。
友人と上野公園内のカフェで、よもやま話。

さあ次のミッションに備えねば。


5月26日(月)の記 洗濯日和
ブラジルにて


メインのミッションだった九州巡礼から即、怒涛の東京都美術館のイベントに突入し…
こころも汚れものも選択する余地がなかった。

いざ、カフェランドリーへ。
洗濯と乾燥中、アイスカフェラテをすすりながら日本のあちこちでゲットした資料類に目を通す。

さて、明日の上映素材のDVDをチェック…
うわ、デッキがDVDを読み込まなくなっているではないか。
いじれにしろ、これでは困る。

思い切って渋谷に先日、購入を見合わせたDVDポータブルデッキを買出しに行く。
店頭で動作は確認させてもらえないが、4:3対応ができなくても読み込み可能かはチェックできるだろう。
いやはや。

さて。
戻って開封。
マニュアルには4:3に切り替え可能とあるが、機能しない。
いずれにしろ読み込みは可能、素材に問題ないことは確認できた。
メーカーに問い合わせないと。


5月27日(火)の記 草のかたまり
ブラジルにて


早くも今年二回目の町田の農村伝道神学校(農伝)での拙作上映会。
今回は、教室から礼拝堂に河岸を変えて。

先回は、担当がアスペクト比を4:3に替えられず、やむをえず横長にゆがんだ状態で上映してしまった。
そのため今日は開場の2時間以上前に到着して、プロジェクターは僕が調整。
4:3になった。
画角はオッケーとなり、隣接する野津田公園の湿生植物園へ。
この行為はまさしく責任上、必須。
https://www.youtube.com/watch?v=cbGbCtjX1MY

1月の時点でのトポグラフィーはばっちり頭に刻み込まれている。
…、四ヶ月が経った。
端的にいうと、それをみどりの草のかたまりで覆った印象。

一時間近く滞在するが、トンボの一頭も看取できず。
野鳥の到来も看取できなかった。
意外にも藪蚊の類も一度、羽音を聞いたような気がするが、刺されることもなかったようだ。

農伝の校舎に戻ると、さっそく校舎のなかで蚊に刺されてしまったけれど。

『消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編』の上映。
大半がブラジルでの犬養光博牧師の講演。
だが、音質がやたらに悪い。
今日は音響は農伝の担当にお任せしてしまった。

僕は礼拝堂の正面に据えたスクリーンの手前のプロジェクター担当。
音響装置は向かって右端にあり、そもそも「音が流れる」ぐらいしか確認していなかった。
これは失敗だった。

そもそも教会の礼拝堂や聖堂などは、音の響きはよくても、それを聴き取るには不向きなことがしばしば。
この問題を建築の大家たちに素朴に質問してみたいものだ。
かつて千葉のカトリック教会の聖堂で上映してもらった時は、自前のスピーカーを担いで持って行ったっけ。
反省。
国立のキノキュッヘさんのような、上映の画像も音響もすべてお任せできるところがいかにありがたいかをあらためて痛感。

「山を下りて」、バスに乗って、鶴川駅前の中華料理屋で懇親会。
これはたいへん盛り上がった。
お店は申し訳ないぐらいサービスがよかった。


5月28日(水)の記 草津〇いとこ
日本にて


早朝の新宿バスタにたどり着く。
やれやれ。
草津温泉行。

予約時はほぼ満席だったが、隣が誰も来なくて、ラッキー。
ハンセン病療養施設草津楽泉園の資料館を訪ねるのが念願だった。
バスターミナル近くの温泉ホテルに荷物を置き、あるく…
折しも、雨。

楽泉園のスタッフや居住者のすまう地区への立ち入りは厳禁とされているが、そのヘリにあるハンセン病患者重監房跡をようやく訪ねることがかなった。

その先にある歴史館を見学。
さあ帰ってハンセン病の人たちも希求した草津の湯につかろうか…

おや。
この資料館とは別に重監房資料館というのがあるのか!
そもそも、それが見たかったのだ。
それにしても、ひとつのハンセン病療養施設に二館の資料館があるとは。
しかし施設内のショートカットが不可なので、延々と回り道をしなければならない。

この重監房資料館は、存在自体が強烈。
よくぞよくぞ。
かつての重監房が原寸大で再現されている。
重監房跡からでは想像のむずかしい作りだった。

日本で「お上」にたてつくと、どういうことになるかの恐怖を体感できる貴重な施設である。


5月29日(木)「祈れば、やり遂げられる」
日本にて


(ばたばたが続き、東京を離れることもしばしばで、ウエブ日記の更新が遅れがちになってしまった。草津温泉の「湯もみショー」について書こうかなと思って検索してみると「草津節」の「ちょいなちょいな」の「ちょいな」の意味は「祈れば、やり遂げられる」という意味だというのが目につき、これにはたまげた。さらに探ってみるが、これのソースは見当たらない。東北のキリストの墓まわりの話を想い出した。)

観光地の観光ショーを見ることなど、めったにない。
今日は宿のチェックアウトとバスの時間まで余裕があったので、「湯もみショー」を見てみることにした。

「草津よいとこ♪」は拙作『60年目の東京物語』の森下妙子さんも口ずさんでいる。

「湯もみ」は高温の温泉を木の板でかき混ぜて冷ます行為。
着物の作業衣姿の女性たちが「湯もみ歌」を歌いながらこれを披露するショー。
写真では六人の女性が写っているが、今日は五人。
司会役も兼ねた女性は、まあ若い女性ということになろうが、後はかなりの年配の女性たち。
ブラジルの日系移住地の日本芸能を想い出す。

この「湯もみショー」は1960年に始まったというが、当初からずっと高齢の女性ばかりが登場していたのかどうか、気になるところ。

地元の女子高生が、祖母がしんどいしんどいと言いながら観光客相手に湯もみショーに出演するのを見かねて一念発起して、みたいなご当地ドラマを夢想する。


5月30日(金)の記 『阿修羅の流れ』のごとく
日本にて


わがふるさと目黒区のとなりながら、大田区は知らないことばかり。
音楽家の伊東乾さんのご教示で知った大田区立龍子記念館に行ってみる。

日本画家・川端龍子の作品がごっそり展示されている。
まずはざざっと館内を見て…

奥の方にあった作品に目を見張る。
渓流の水しぶきがX字に描かれた大作の中央に、クロアゲハのような黒蝶が浮かんでいる。
『阿修羅の流れ』。
西暦1964年、川端龍子79歳の時の作品だ。

近くにソファもあり、座り込んでこの絵に見入る。
ひとつの作品をこんなに見つめるのは、久しぶりだ。

ああ、そういいえば!
向田邦子さんの『阿修羅のごとく』のあの家は、大田区という設定ではなかったか!?
検索してみよう。

うーむ、これといったヒットはないが…


5月31日(土)の記 シヴァウラングラフィティ
日本にて


ひさびさの田町駅下車ではなかろうか。
わが東京のルーツ・芝浦。

ウイキには、こうある。
〈「芝浦」とは「芝の浦」の意味であり、もともとは芝地域一帯の東京湾を指す言葉であった。この地域一帯の地名に見られる「芝」とは文字通り植物の芝のことで、芝が生い茂った地であり、その沖の海底部分であるため「芝浦」と呼ばれるようになったといわれている。〉

芝浦の発音は「しばうら」より「シヴァウラ」(ひらがなの「う」に濁音は表記されないのに気づく)の方がふさわしい気がする。
なぜだろう。

会合のあとでひとり「海岸」のあたりを歩いてみる。
センチメンタル散策とともに、グラフィティ探しでもあるのだが…

見事にない、グラフィティもステッカーも。
これは、意外。
なぜだろう、よくわからないが日本のグラフィティを考えるヒントがあるかも。

いっぽう日本でバンクシーのものとされるネズミが発見されたのは、港区のこのあたりだったのではないかな。
それもまた面白い。
バンクシーが描くようなところに、ニホンジンは描かないということか?


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2026 岡村淳. All rights reserved.