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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2025年の日記  (最終更新日 : 2026/01/02)
11月の日記 総集編 赤い大地の仲間たち

11月の日記 総集編 赤い大地の仲間たち (2025/11/13) 11月1日(土)の記 『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』
日本にて


今日の日中のメインは、大原美術館の鑑賞。
拙者は、二度目の訪問。
特に予習もせで。

ああ、これはここにあったのか!
『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』。
キリスト教の真髄のようなタイトル。

この絵は広島の美術館のミュージアムショップの絵ハガキで見て魅かれ、購入していた。
オリジナルは、ここにあったのか。

横幅11メートルという大作。
美術館本館の展示室の内側の梁の部分に展示されていた。
離れて見上げて鑑賞することになり、至近でディテールを味わえないのが残念。

大パノラマ、絵巻物の世界で、左から地獄、この世、天国の三場面が描かれているのだろう。
絵ハガキ以外にも、既視感あり。

そうだ、藤田嗣治。
フジタの、とくに戦争画だ。
年代からして、藤田がこの作品の影響を受けた可能性がありそうだ。

作者はベルギー人のレオン・フレデリック。
西暦1893年から1918年まで、25年の歳月を費やしたという。

この作品の実物を拝めただけでも、安くない「拝観料」の甲斐があったというもの。

美術館のあとは、美観地区にあるお気に入りの古書店・蟲文庫さんへ。
店主の田中美穂さんと再会。

さっそくフレデリックのこの作品の話をすると、まさしくツーカーだった。
田中さんはこの絵の題を書き留めてあったメモを取り出す。

日本語では古文漢文の授業のようにとっつきにくいが、英語だとけっこうわかりやすい。
『All Things Die, But All Will Be Resurrected Through God's Love』。

夕刻、倉敷駅から愛媛の伊予三島駅まで移動。
意外と近い。


11月2日(日)の記 ブルーライト ミツハマ
日本にて


午後、四国中央市から松山まで車で移動。
僕も自分のスマホのアプリでナビをサポート。

松山城東のロープウエイ街を歩く。
ふむ、愛媛の食の名物は、みかんに鯛飯か。

まずは松山城北の崖面に接するホテルへ。
千住博画伯の崖図を想うのにいい場所だ。

さて、夕食をどううするか。
飲食店の並ぶロープウエイ街まで戻るのはしんどい。

この平和通りのあたりは、日曜ということもあり、あまりオプションがない…
できれば、地元系のものをいただきたい。
して、お好み焼きの「すみれ」という店へ。

これはアタリだった。
愛媛で「広島風」でもなかろうとスタッフに聞くと、ご当地グルメ三津浜焼きというのがあるという。
決定。

牛脂、ちくわ、そば、削り節を入れるのが特徴とな。
広島焼きはこの三津浜焼きから派生したものだという解説も。

ホテルはビジネスホテルクラスだが、道後から4キロ以上のパイプで源泉を引っ張ってきているという小規模の温泉がある。
小粒ながら、これもよろしい。

これが今回訪日の最後の温泉になるかな。


11月3日(月)の記 文化の日に普通にカネをとる美術館
日本にて


松山で朝を迎える。
この宿は朝食バイキングに麻婆豆腐まであった。

さて、今日は文化の日。
ミュージアム関係は、ひと通り無料かと思っていた。

今日は愛媛県美術館の鑑賞をメインにするつもりで…
愛媛県美術館は特別展を二つ開催中だが、いずれも別々に特別料金を徴収、文化の日の特典なし!

イベント屋の興行展示ならともかく、仮にも行政の運営する文化施設が国民の祝日・文化の日に通常料金徴収とは。

現在開催中のミニチュア作家・田中達也さんの展示鑑賞が主目的。
田中さんの展示はサンパウロのジャパンハウスでも拝見しているが、これはタダで堪能させていただいた。

もうひとつの特別展は「光の切り絵作家」酒井敦美さんの「旅する光の切り絵展」。
今日の帰京のフライトは夜で、時間がたっぷりある。

カネはカードの使用限度額が気になるが、思い切ってフンパツして両方とも見る。
もうひとつ、これら特別料金の企画展のチケットがあると無料で見れる「いしづちさん、おかげさまで」という特別企画も鑑賞。
かえってこれがいちばん印象に残った。

荷物を置かせてもらっていたホテルから空港までは、荷物もあるのでタクシーをフンパツせざるを得ず。
いやはや、なにかとものいりの祖国のブンカの日である。


11月4日(火)の記 千葉の朝飯
日本にて


昨晩、松山空港からの最終便の到着は成田。

成田第三ターミナルの不便なこと。
22時以降の到着で、電車での東京都内への移動はむずかしい。

と、ネットでホテル格安プランの案内が流れてきて、千葉駅近くというのがあった。
利用者の評判がやたらによく、朝食に「なめろう」などのチバニアンな生魚料理も出るとな。
0時以降のチェックインになりそうだが、思い切ってフンパツした次第。

さて、待望の朝食。
千葉発祥とされるアジのなめろうやイワシ料理はないが…
キハダマグロの刺身とネギトロがあり。

朝から刺身なんて、富山氷見を想い出す。

さあて東京まで移動だ。
地方紙ファンとしては千葉日報でも買いたいが、コンビニや駅売店ではあっても全国紙だけ。
駅周辺にはグラフィティどころかステッカーもほとんど見当たらない。

夕方はプロテスタントの知人とカフェ、夜はカトリックの友人夫妻と会食。

さてさて明日は未明より深夜まで、ミッションインポシブルないしオカムラのいちばん長い日だ。
緊張。


11月5日(水)の記 武甲山へ帰れ
日本にて


今回の訪日ミッションの、まさしくヤマ場を迎えた。

緊張で、眠りも浅い。

池袋からのあさイチの西武線秩父行きの特急を目指す。
この有料特急の乗り方も勝手がわからなくて、ひやひや。
これを逃したらと思うと、ぞっとする。

目指すは、秩父の武甲山。
今回はプライヴェートな訪日のため、自分のイベントや取材は入れないつもりだった。
が、編集中の最新作の展開に行き詰り、日帰りの武甲山詣でを思い立った次第。

想えば武甲山には、名前ばかりできちんと向き合ったことがなかった。
格好の機会であり、試練でもある。

車中よりビデオカメラを回し、午前8時過ぎに横瀬駅下車。
駅の隣に土産物兼食堂があるが、食事とお土産は帰りにしよう。

うわあ、これが武甲山か。
石灰岩採掘のための中腹のえぐれがいたいたしい。

ネットで武甲山登山情報を少しはチェックしていたが、なるほど書かれていたことが実感できる。
登山口まで徒歩で1時間半近く。

林立する石灰岩採掘企業に気兼ねしながら歩いている感じ。

武甲山はほんらい、地域の霊峰だった。
しかし良質の石灰岩を産出することから採掘がすすめられ、日本の高度成長期には山頂の磐座などの神域まで破壊されてしまった。

こんなことが、よくもまかり通ったものだ。
16世紀のスペインからの新大陸の侵略者の蛮行を想い出す。

ようやく、登山口。
ここから現在の山頂まで、3時間近くか。
こちらは撮影もあるし。

クマ注意の看板。
地元の人からもクマに用心、とアドバイスをいただいたが、クマ笛の用意を怠ってしまった。

登山者は思ったより少なく、時折りクマよけの鈴の音が響いてくる。
いやはや、ひたすらのぼりの階段が続いているような山道に、何度もへたる…

ここにきていくつか重要な案件のやり取りを抱えているが、山頂展望台に到達していきなり電波が通う。
スマホに入ってくるメッセージに、下界の現実に引き戻される。

撮影の成果はぼつぼつといったところか。
どうやら撮影の事故、人身事故、雨などもなくてなによりでした。

なにより、実際の武甲山を訪れて感じ、思い、考えたことが貴重だった。

11月の関東の日暮れは早い。
ふたたび横瀬駅にたどり着いたのは午後5時をまわっていた。
あの土産物屋兼食堂は、5時までだった。

駅員さんに近くにコンビニはありますかと聞くと、とんでもない、といったふうに「ありません」とのこと。

さて、そこそこGパンは泥にまみれた。
これから羽田空港にブラジルからの身内を迎えに行かなければならない。

東京の宿に寄る時間がありそうだ。
あわただしく仕切り直して、羽田空港第三ターミナルへ。


11月6日(木)の記 墓のありか
日本にて


今回の訪日では、すでに複数の墓所を訪ねている。
今日は、久しぶりの多磨霊園。

あらためてググってみる。
…府中市と小金井市にまたがる東京都立の墓地で、日本初の公園墓地。

西暦1923年開園。
関東大震災の年ではないか。
広さは128ヘクタールとな。
というと、どれぐらいの広さだろう?
こころみに皇居を調べると115ヘクタール、皇居より広い!

ウイキで見ると、なんとも有名人の墓の多いこと。
ウイキにはそれぞれの墓所のアドレスが書かれている。
お、女優の夏目雅子さんは「秘匿」とな。
トンデモなことをする輩を警戒してのことだろう。

そういえばかつて、日本で有名人の墓を荒らしたという事件があったのを思い出す。

今日は予定がぎっしり入っている。
電車を乗り継いで多磨霊園駅下車、駅からタクシーで目的の墓地に行くつもりで。
なんと、待機しているタクシーがない。
電話で呼んで、迎車料金まで取られるのもシャクだ…
近くのコンビニで供花など買いながら少し待ってみると、一台来ました。

運転手さんに聞く。
そもそもこの墓地に墓参する人たちは高齢化するばかり、本人があの世行きで墓参者は減る一方とのこと。

こうした墓を持つことがステータスだった時代は、今は昔。
帰りは多磨駅まで歩く。
すでに荒れるにまかされている墓の多いこと。


11月7日(金)の記 中メのジビエ
日本にて


中目黒にジビエ料理屋ができたことは、情報としてもうだいぶ前から知っていた。
値段的にもお気軽ではなさそうで、お店がどこにあるのかも確認していなかった。

今回、日本の故郷で特別な会食をすることになって、思い切ってフンパツすることにした。

予約をしておいたが、金曜の夜にしては来客は控えめな感じ。

うーむ、ワインをボトルでフンパツしようとするが、相当数のストックはあるがリストはなく、好みを言ってくれと言われて。
いちばん気になる値段が聞きにくい。

たしかに前菜も含めて、手の込んだ面白いものが出てくる、
肉類は特にジビエに特化したわけではなさそうだ。
熟成肉も含めて、まず肉としておいしくいただけるものを提供していると言う。

日本のワイドショーをにぎわすクマの肉について聞いてみた。
やや不快感のこもった返答をいただく。
自分たちは、クマの肉がおいしいことがわかっている。
しかしメディアでのクマ騒ぎに乗じて、クマの肉を出すようなことはしない。

なかなかの哲学とポリシーである。
新自由主義のなかで、この不器用さは大いに共感・共有できる。

しかし、それを食べて支えようとするには、なかなかの物入りなり。
できれば、また来たいけど。
こちらがそれを決行するまで、お店が存続してくれるといいな。

そもそも、この祐天寺駅と中目黒駅の間の鉄橋のあたりには、いわくがある。
さすがにそれをこのお店で話すのははばかられたけど。


11月8日(土)の記 「影綴り」
日本にて


今日は新宿区まわりの所用を抱き合わせて。

千駄ヶ谷駅下車、はじめての佐藤美術館を訪ねる。
日本画家の野地美樹子さんの個展。

野地さんの『影綴り』と題した作品に中目黒の郷さくら美術館で魅せられた。
受付にいたキュレーターさんにこの野地さんの個展のことを教えてもらって、念願かなった次第。

野地さんが滞廊されていて、直接お話もできた。
三人の子育てと並行して、これだけの大作群を創作し続けたというのがすごい。

「影綴り」というタイトルにも惹かれるが、雪原の樹影を描いたこのタイトルの作品をいくつか描かれているようだ。
検索してわかる範囲だと、初出は西暦2015年。

「影綴り」というタイトルの日本の楽曲もあって、これは西暦2010年の発表だった。

新宿駅に出て、頼まれものの買いものなどをして、いったん宿に戻る。


11月9日(日)の記 朝からステーキ
日本にて


朝食に牛のステーキが出るという目黒のビジネスホテルに泊まってみた。
いよいよその朝食に挑戦。

バイキングスタイルだが、ステーキは一皿のみ。
焼き手は、パート風のおばちゃん。

肉の質は…、
ブラジルの並肉、といったところ。

日曜ということもあるのか、朝食会場は他には二人の女性客のみで、がらんとしている。
おそらく常連さんは飽きるだろうし、値段もばかにならないから朝食抜きのプランにしているのかもしれない。

このあたりは駅前で飲食店が多く、ワンコイン程度でモーニングサービスを提供するカフェチェーンも複数あり。

まあ、こっちも話のタネである。
さすがに連日だと飽きるだろうな。
スープはあっても、味噌汁はないし。


11月10日(月)の記 朝からお茶漬け
日本→


シェア乗りタクシーで早朝の羽田空港着。
オンラインチェックインをかろうじて済ませていて、スムースに荷物流しまで完了。

さて。
羽田は出国してしまうと面白くない。
カード特権プラス約5000円で使えるラウンジも代わり映えがしないし。

出国手続き階上のレストラン街をのぞいてみる。
お茶漬け専門店に決定。

お茶漬けのセットだが、お刺身がたっぷり。
日本酒のつまみにもなる。

さして混んでもなく、祖国を去る前の食事にふさわしい。

ニューヨークまではJAL。
日本映画をたっぷり見せていただきましょう。


11月11日(火)の記 聖市帰還
→ブラジル


ながい11月10日だった。
ニューヨークでターミナルを移動。
映画『ショア』を見れるほどの接続時間。

LATAMという航空会社の便への乗換え。
これがヤバいかと思いきや、アメリカの航空会社便より快適。

出発は遅れ、到着も1時間半ほど遅れるが、詫びのアナウンスはなかったかと。

11日の午前中にサンパウロのグアルーリョス国際空港に到着。
交通渋滞の時間帯で、わが家到着は昼近くになる。

お疲れさまでした。


11月12日(水)の記 いのりの伝言
ブラジルにて


ブラジル帰還を、パラナ州のクリチーバで佐々木治夫神父のお世話をしているブラジル純心聖母会のシスターに報告する。

折り返し佐々木神父の容態がよろしくなく、集中治療室に入院中との連絡をいただく。
「お祈りください」とのことで、ブラジルと日本で佐々木神父に関わってきた人たちに連絡を始める。

近々、また夜行バスでお見舞いに行こうと思っていたところ。


11月13日(木)の記 聖市散髪
ブラジルにて


髪がだいぶむさくるしくなっている。
日本で格安床屋にでも行きたいところだったが、その余裕なし…

近所の、アメリカ帰りの理髪師のところへ。
今日も先客はおらず。

こちらの散髪では洗髪や顔剃りはないのがふつう。
そのため、うとうとしている時間もないうちに終わってしまう。

近くの天然発酵パンの店に寄って帰ろう。

…日本でこの種のパンは食べなかったかも。
和食中心だったしね。


11月14日(金)の記 外来魚vs.深海魚
ブラジルにて


昼どきに外回り。

…昼食を外メシとするか。
金曜の日替わり定食は、サカナだし。

さあ、どこにしよう。
時折り、カフェ飲みに寄るメトロ駅近くの角の大衆バールへ。

ウエイトレスに魚種を確認。
ティラピアか、パンガだという。
ティラピアはアフリカから導入された淡水魚の養殖もの。
パンガは東南アジアから持ち込まれた淡水魚の養殖もの。

どっちも食べたくない。
外の掲示にメルルーサのフライ、とあるではないかと問いただす。
ある、という。
メルルーサは日本でも知られるタラ目メルルーサ科の白身の深海魚。
その名はスペイン語に由来。

日本で流通するスペイン語名の食材としては、すでに古参かも。

このメルルーサは、南半球の深海で、なにを見ていたかな…

無難な味をいただきました。


11月15日(土)の記 BENTOHでも買って
ブラジルにて


訪日旅行の疲れと時差ボケをいまだ引きずって。
パラナの佐々木治夫神父は集中治療室入りが続き、予断を許さない由。
ブラジルと日本で、僕から連絡をとれる人と、介護にあたるシスターとを中継。

今日は家族の外出なし。
さて、昼ご飯は…

近くの日本食材店でBENTOHを買ってくることにしようか。
日本に比べるとヴァリエーションも乏しいけれど。

発泡スチロールの皿に巻きずしや俵型おにぎりなどのご飯もの。
腐りやすいものを避けてだろう、オカズは鶏などのカツ、野菜のテンプラ、サーモンの焼き魚、ニンジンやカボチャの煮つけなどの組み合わせ。

いくつものメーカーがあるが、似たり寄ったり。
それでもスシ飯や具材、海苔の質などの差がある。
ラップに貼られたシールをよく見ないと昨日作成のちょっと傷みかけたものもあるので、要注意。

ま、たまにはいいでしょう。
わが家にありものの漬け物類を添えて。


11月16日(日)の記 ウシノシタ
ブラジルにて


所用で、今回ブラジルに戻ってから初めてクルマを運転。
…帰宅後、まだ路上市の買いものに間に合う時間。

行ってみる。
魚屋さんで…
めずらしく、ヒラメとアジを開いたものをパック詰めにして安売りしている。
そろそろ仕舞いの時間のせいか。
買い。

ちなみに、ポルトガル語でヒラメは linguado と呼ぶ。
さて、ポルトガル語で「べろ」「舌」のことを lingua と言う。

関係があるのかな?
検索すると、ヒラメは形態が「舌」に似ていることからこう呼ばれるようになったという。
そんなに似ていたっけかな?

そういえば「シタビラメ」という日本語があったな。
さらに検索。
なんと、ヒラメやカレイはカレイ目「ウシノシタ」科に属していると知る。

今日のヒラメき、でした。


11月17日(月)の記 決起夜行
ブラジルにて


クリチーバの病院の集中治療室入りが続く佐々木治夫神父の容態は、かなり思わしくないという。
面会は無理でも、付き添いのシスターたちへのお見舞いがしたい。
問い合わせると、面会可能時間もあるとのこと。

思い切って今晩の夜行バスで、クリチーバに向かうことにした。

先回同様、オンラインでバスのチケットを買おうとして。
オンライン運営会社がかなりの手数料をとることがわかった。

それなら、従来通りバスターミナルまで切符の買出しに行こう。
オンラインだと、バス会社の窓口より数倍も高い保険料をとられることもわかった。

日本で買ってきた佐々木神父へのお土産を用意して。
そしてサンパウロでシスターたちへのお土産を買って。

バスは23時59分、チエテターミナル発。


11月18日(火)軒 パラナ州縦断
ブラジルにて


サンパウロとクリチーバを結ぶ長距離バスは、大西洋海岸山脈を縦断する山道を行く。
これまでもっぱら自家用車で通ったが、山間のためカーラジオを受信できるのは都市部周辺に限られていた。
携帯電話もほとんど圏外になる。

今回の夜行バスはwi-fiがそこそこつながって助かった。
眠りは浅い。
午前2時前に、佐々木神父の介護をするブラジル純心聖母会のシスターからのメッセージ。
神父さんは、0時40分に集中治療室で帰天された由。

嗚呼。

あまりに、ドラマチック。

バス車中から、僕のつながる範囲内のブラジルと日本の関係者に訃報を伝える。

病院にお見舞いにあがって即、サンパウロに戻るつもりだったので着替え等は持参しなかった。
が、行きがかり上、葬儀への参列を決意。

葬儀はクリチーバで行なわれるものと思い込んでいた。
シスターたちと神父さんが長年、司牧にあたっていた北パラナの教区とのやりとりが伝わってくる。

葬儀と埋葬は、おそらく明日、北パラナのコルネリオ・プロコピオという町で行なわれることになりそうとのこと。

バスは午前6時半にクリチーバ着。
シスターたちはさぞ取り込まれているだろうが、土産物類だけでもおわたししたい。
担当のシスターのお言葉に甘えて「純心聖母の家」にタクシーで向かう。
シスターたちと朝のコーヒーをともにしながら経過と今後についてうかがい、僕にできそうなことをうけたまわる。

遺体は葬儀社にわたって処置のうえ、午前中にクリチーバを発って北パラナに運ばれる予定とのこと。
シスターたちは車二台で移動するとのことで、お誘いもいただくが、僕は長距離バスを乗り継いで明日の葬儀に参列させていただくことにする。

クリチーバ10時発ロンドリーナ行きのバスに間に合った。
このバスもwi-fiが快調で、危機一髪の作業をさせていただいた。

パラナ州縦断。
神父さんからの貴重な賜物を感じる。

土地なき農民たちの指導にあたっていた石丸春治さんの「いまわ」の地がこの沿線だ。
佐々木神父、石丸さん、そしてアモレイラの堂園シスター。
パラナに生きた日本人の先達たちから、僕はどれだけのお恵みをいただいてきたか。

存命の人は、クリチーバで静養中の中村矗(ひとし)さんだけとなってしまった。
企画中の、佐々木神父についての冊子も、ご本人の生前には間に合わず。

車窓の大地と植生が心身にしみる。

このバスは、あちこちの町に停まっていく。
ロンドリーナ到着は日没後、19時をだいぶまわった。
道中で予約したバスターミナル近くの格安ホテルに向かう。

この町も歩行者にはやさしくない都市計画だな。

宿で、夜半でも開いている飯屋を教えてもらう。
え、ティラピアバーガー?
内陸ならではか。
あえて、喰らってみるか。

着替えはないが、シャワーを浴びて横になれるだけでもありがたい。


11月19日(水)の記 赤い大地の仲間たち
ブラジルにて


在サンパウロで、やはり長年にわたって佐々木神父にお世話になっていた邦人の知人が葬儀に参加したいのでロンドリーナ行きの夜行バスでこちらに来るという。

僕より年配の女性で、地理感覚はかなりきびしい人。
よく思い切ったものだ。

バスターミナルから僕の泊まっているホテルまでタクシーで来ると言うが、そうもいかず、ターミナルまでお迎えにあがると連絡。

「町が見えてきたので、そろそろ到着」のメッセージが午前6時前に入る。
予定時間より早いが、待たせるわけにもいかない。

して、バスターミナルで待つこと小一時間。
彼女の見た町は、ロンドリーナより手前の町だった。

こんな調子で…

僕は午前中、ロンドリーナで気になる古本屋に行ってみた。
SNSで知り、この店に来るためだけにロンドリーナに来ようかと思っていた。

期待以上の店。
げんなりするほど、本がある。
店員がいちいち楽しい。
泊りがけで、何回かに分けて訪ねるのがいいかも。

佐々木神父のお恵みを感じる。
佐々木神父の蔵書もそうとうなものだったなあ。
移転を前提に、好きなものを持って行っていい、と言われたことがある。
控えめに、数冊いただいて。

血肉になる本をちょうだいした。

「連れ」とは別々にバスでコルネリオ・プロコピオの町へ。

午前中に町のカテドラルに佐々木神父の遺体が到着。
葬儀のミサは午後4時から。
まずはご遺体、そして知人らに挨拶。

ミサ後の埋葬もあるので、長丁場だ。
タクシーの運転手に聞いていた食堂に行ってみる。
昼のみの営業で、そろそろカンバンだ。
「量り売り」のシステムだが、どの料理もおいしいのに驚いた。

至近の自然史博物館ものぞいてみる。
旧駅舎を改造。
地元で有名な剥製コレクターの提供とな。
ブラジルの四つの生態環境を再現。

小粒だが、タダである。
日本だったら…

いちいち佐々木神父のお恵みを感じる。

カテドラルを埋める列席者のほとんどが、佐々木神父とどういう関係だったか僕にはわからない。
僕の知る神父さんの関係、業績はほんのわずかであることを痛感。
パードレ・ササキというのは何人もいてはたらいていたのでは、と思いたくなる。

佐々木神父が創設して運営、手放すことになった「フマニタス慈善協会」のことなど、不明がことが多かった。
想わぬかたちで関係者から直接、話を聞くことになった。

これも不思議である。
佐々木神父は「摂理的」という言い方をしていたなあ。

連れと、長距離バスを乗り継いでサンパウロに向かう。


11月20日(木)の記 黒人問題啓発の日
ブラジルにて


夜行バスで朝を迎える。
サンパウロ着は朝の地下鉄ラッシュより早い時間になる便を選んだ。

が、今日は国民の祝日だった。
「黒人問題啓発の日」。
西暦1695年のこの日に、逃亡奴隷の共同体のリーダー・ズンビが処刑されたことにちなむ。
これまで自治体単位の祝日だったが、昨年から国の祝日となった。

「文化の日」と「明治の日」と改名しようとしているらしい祖国とは、えらい人権意識の落差がある。

ただいま。

さあきょうは、とりあえずゆっくりさせていただいいましょう。


11月21日(金)の記 チリコンカン
ブラジルにて


昨日からヒヨコ豆を水に漬けておいた。
チリコンカンにでもするか。

が、ナマのトウガラシがない。
これが意外と小さなスーパーでは売っていない。
路上市では複数の店で売っているのだが。

隣駅のスーパーまで買い出しに行く。
小さなパックだが、使い切るのがたいへんだ。
冷凍にするかな。

ローストした豚肉の残りがある。
大丈夫そうなので、これを使おう。

そもそもチリコンカンのカンは、缶詰のカンだったかな?

調べてビックリ、というか忘れていたのだろう。
スペイン語でも英語でも chili con carne、「肉とトウガラシ」の意味。
この言葉のなかにマメが含まれていなかったのが意外。

その歴史はけっこう複雑で、メキシコ起源でアメリカ合衆国でも市民権を得たようだ。

メキシコのホテルでは朝飯からこの手の豆料理が出されて楽しかったなあ。


11月22日(土)の記 土曜定番
ブラジルにて


昼は家族で、どこか徒歩圏の店に食べに行こうということになった。

わが家近くの外食のチョイスは、そうとうなものである。

けっきょく土曜定番のフェイジョアーダを食べようということになった。
わが家周りでフェイジョアーダを供する店も、10軒はくだらない。

今日のアヴェニーダに面した店でのフェイジョアーダは、おそらくはじめて。

フェイジョアーダにつきもののカクテル・バチーダもしっかりといただいて。
さらに瓶ビール一本いただいて。

ちいさな幸せ。


11月23日(日)の記 万事給水
ブラジルにて


今回、ブラジルに戻って初めてのミネラルウオーターの給水にいく。

これを始めたのは…
パンデミックのはじまりの年の年末だったかと。
水道水の口に残る不快さ。
フィルターでもまだ残った感あり。

米を炊くにも味噌汁をつくるにも市販のミネラルウオーターとなると、ばかにならない。
ということでたどり着いたのがこのサンパウロ市内のミネラルウオーター源泉のセルフサービス。

もう5年になるか。
クルマを繰って給水に来るのは、ほとんど高齢者。

こっちも、いつまでこれができるかなあと来るたびに思う。

pH9.1というナミではない水。
なにか、いいような気もする。


11月24日(月)の記 Mourning After
ブラジルにて


さる19日深夜に佐々木治夫神父が帰天。
神父さんが創設したフマニタス慈善協会のあるパラナ州のサン・ジェロニモ・ダ・セーラの町は三日間の喪に服すると発表した。

僕は昨日までを服喪期間とさせていただいた。
とはいえ、今日も日本の佐々木神父ゆかりの方にメールの返信をしたためる。

今日は月曜恒例の一日断食。

自主制作の動画の編集再開。
ノートパソコンを二台並べての体制をとってみる。

あと、日本のメディアからの取材協力依頼の件。
担当とやり取りしていて、ソフト面そしてハード面で疑問がある。
まず、ソフト面について問い合わせる。

早く自分の作業に没入したいところ。


11月25日(火)の記 「刺身より旨い干物」
ブラジルにて


(干物のことを書こうとして、少し検索してみて…「刺身より旨い干物をつくる!」というしびれる言葉と連載に出会う。
https://dancyu.jp/series/shimabarashoten_himono/ )

日本では当たり前だが、ブラジルではむずかしいもののひとつが、魚の干物である。
日本食材店でもまず見かけないし、日本メシ屋でも焼き魚定食はあっても干物定食は出会ったことがない。

在ブラジルの日本人から、干物をつくるには冷蔵庫で乾燥させるとよいとかつて聞いた。
だが冷蔵庫のニオイも付けば、サカナのニオイも冷蔵庫にこもるのでは、という不安。

いい加減な試行錯誤を繰り返して、家族にも気に入られるレベルに達しつつあり。
サンパウロまちなかの天日干しだ。

路上市で買ったアジの切り身を塩水につけてから、アパートの窓に干す。

さる日本の知人が、ブラジルにヒモノ文化を普及させたいという大風呂敷を広げに来たのにお付き合いしたことがある。

ヒモノミッショナリーの御大からは、だいぶウンチクと展望を拝聴する。
さて、御大自らの現地での実践。
魚市場で魚を仕入れて、滞在先の庭で干して…
ヒモノミッショナリー御大自らの作業だったが、サカナをくさらせてしまった。

こちらは大風呂敷など拡げる気もなく、家庭消費用である。
今日もおいしくいただきました。


11月26日(水)の記 ご破算に願いまして
ブラジルにて


日本のメディアからあれこれ依頼されていた企画が、ご破算:仕切直しになったとのメールが入る。

こういう展開になるとは。

自分の分際、原則と責任を再確認するいい機会だったかと思う。

さあ、これでこころおきなく自分の作業に没入せねば。


11月27日(木)の記 ヤノマモの記憶
ブラジルにて


気になるブラジルの先住民のドキュメンタリー映画が公開中だ。
なかなか上映会場、上映時間がこちらにとってはビミョー。
今日のは、調整すればなんとか。

日本から取材に来ている友人のジャーナリストが、この映画を見てがっかりしたという。
僕にも縁のある人たちの話だ。

とにかく、見てみねば。
途中で、逆方向のメトロに乗ってしまう。
情けない。

上映前にカフェでも飲めるぐらいの余裕を持って出たので、間に合う。

世界各地のドキュメンタリー映画祭で上映されたという認証がひとつひとつ識別できないほど映し出される。
日本のテレビ番組は論外として、先住民を撮ったドキュメンタリー映画として佳作の部類だと思う。

友人はどこがお気に召さなかったのだろう。


11月28日(金)の記 サンパウロで青木まりこさんを想う
ブラジルにて


年に一度のサンパウロ大学での大図書市が始まってしまった。
先の訪日で、すべて持ち帰れないほど本類を買ってしまい、持ち帰り分の整理も終わらない状態。

それでいて、これに行かない、という選択ができないワタクチ。
今年は公共交通機関で行ってみることにする。

メトロと大学をつなぐバスがなかなか来ないのには参る。

いざ。
ブラジル全国、数百の出版社がじかに割引販売である。
キャリングケース持参の買い手も多い。

とにかく、ひと通りみてまわるだけでたいへん。
人出の少ない午前中でもすでに列をなしている人気出版社は、スルー。

今年は、やたらに疲れる。

午後からは、日本から来ている友人に会う約束。
ダウンタウンのカフェにて。
映画二本分以上の時間を話し込んでしまう。

へろへろになって帰宅。


11月29日(土)の記 オカムラのおから
ブラジルにて


今日は昼に身内が食事に来ることになった。
メインのおかずは家族に任せて、拙者はサラダ・お惣菜類をいくつかこさえることに。

近くの日本食材店に、アブラゲなどの買出しに。
おお、おからがあるではないか。

このお店は、おからをサービスでくれるのだ。
今日のは1キロぐらいありそうなパックだ。

もらうとなると、アブラゲだけ買うというのもカッコワルイ。
…カニカマ、あまり安くはない長ネギの束なども買うか。

さて、おからをどうするか。
ヒジキの煮つけをつくるつもりだし。
おからのポテサラ風にするか。

失敗作の自家製ヨーグルトの消費にもちょうどよい。
それでもだいぶあまるけれど。

うわ、訪れた身内はポテトサラダをつくって持ってきた。


11月30日(日)の記 ブラジルの焼きそばパン
ブラジルにて


日本のBC級の食べ物がたべたくなることがある。
意外と大日系社会を抱える当地でもふつう、売られていないものが少なくない。

冷蔵庫に数日前につくったヤキソバが残っている。
焼きそばパンにするか。

となるとこちらで一般的な「フランスパン」系ではなく、ホットドッグ用のパンが欲しい。
近くのスーパーに買い出しに。
日本のおかずパン、総菜パンを想うことしばし。

ブラジルで特殊進化したホットドッグについて、少し調べてみたことがある。
日本のおかずパンは、敗戦後に進駐軍が持ち込んだホットドッグの特殊進化ではないか?

どうもこの仮説は、ビンゴ!とはいかないようだ。
検索してみると…
日本近代の文明開化の洋食ブームのなかでカレーパンなどが考案されて、その流れで総菜パンが考案された由。

サンパウロでは台湾人経営の総菜パンを売る店ができたが、これもいつのまにかなくなってしまったかと。

ちなみに、自家製焼きそばパン。
色どりからも紅ショウガが欲しいところだが、切らしている。
そもそも、パンに紅ショウガというのはイマイチ抵抗がある。
自家製の赤カブの酢漬けがあり、これを代用。

青のり・あおさ系は在庫あり。
これはかろうじて抵抗がない。
オレガノやバジルの粉末を焼きそばに振りかける気にはなれなくて。

そもそも、どうもブラジルのドッグパンはぼそぼそし過ぎて、これもイマイチ。
メーカーにもよるのかな。


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