12月の日記 総集編 料理と動画編集 (2025/12/06)
12月1日(月)の記 月曜の銀行 ブラジルにて
月替わりの月曜である。 こちらの銀行で、今日までの払いものがある。
これまでスマホのアプリで済ませてきた。 今朝はそれが途中でおかしくなってしまう。
いらいらと二時間ぐらい使ってしまったか。 こちらの落ち度ではないのに「罰金」を取られるのもシャクである。
混雑覚悟であさイチの銀行へ。 …なんとかATMで払えた。
別件でそのままにされていることもあり、階上でじっと待機する。 ようやくこちらの番となるが、これまた先方の落ち度をこちらのせいにされて。
世の中は決して便利にはなっていないのを痛感。
さあ、自分の作業を。
12月2日(火)の記 ミサの名前 ブラジルにて
こちらの家族がお世話になった人の帰天後七日の追悼ミサに夜、列席。
わが家から遠くないカトリック教会にて。 通常のミサの一環で、七日追悼では五人の故人の名前が読み上げられた。
お世話になった故人は、苗字からすると沖縄がルーツの日系人。 が、ブラジル人の神父はきちんと読めずに、聞いている方はわからない。
ミサの最後でもまた読み上げたが、同様。 アルファベットで書かれたものを読んでいるのだろうし、せめて故人の姓名ぐらい事前に確認しててもよさそうに思う。
ミサの説教では、喜びのクリスマスを迎えるこころがまえについて。
広い堂内がほぼ埋まるほどの列席者の数だが、聖体拝領の列につく人は少ない。 ほとんどの人がふだんカトリックのミサには縁がなく、故人の追悼のために参加したとみられる。
それでいて神父は故人の名前にも敬意を払わず、クリスマスを迎える心構えを話されても。
日本の葬式仏教のようにべらぼうな金額を取られないだけ、こちらはましか。
12月3日(水)の記 まちびと ブラジルにて
ブラジルの遠方に赴任中の邦人の友人が今日の午後、サンパウロに来るので会いたいという。 明日はすでに予定を組んでいる由。
今日いっぱいはアルコールを抜いて、家族の夕食の支度もすることにしていた。 夕方のカフェ程度なら、ということでお受けする。
ということで午後、洗米など夕食の下ごしらえを始めておく。 さて、もう先方はサンパウロ国際空港に到着してもいい時間だ。
と、先方から体調を崩してしまい、自分から言い出しておいて申し訳ないがキャンセルしたい由。 なんとなくそんな予感もしていたかも。
やれやれ。 という訳で、そのまま台所に立ち続けて。
今日の晩御飯はオカズがいつもより多くなった。
12月4日(木)の記 カブの葉のよろこび ブラジルにて
昨日、正午を過ぎてから水曜の路上市に行ってみた。 そろそろ、いたみやすい食材の叩き売りが始まる時刻。
ルッコラ、クレッソンにカブ、三つで邦貨約300円という破格で購入。
カブは球根の部分も葉っぱも美しい。
さあ、葉っぱをどう利用しよう? ネットでレシピを検索。
今日の昼、カブの葉とベーコンのスパゲティをつくってみた。 なんというおいしさ!
もっとカブの葉を入れてもよかったかも。
昨日、カブそのものは千枚漬け風にしてさっそくいただいた。 カブの葉はニンニクとオイスターソースでいためていただいている。
下部だけではなく、上部もこんなに楽しめるとは。
12月5日(金)の記 料理と動画編集 ブラジルにて
料理とわが動画編集は、かなり共通点があると思っている。 とりあえずあるもので、なんとかする。 それでもなんとかならない場合は。
先回の訪日時に、思い切って強行軍で秩父の武甲山登山とロケに挑んだ。 さあ足りない素材はそこそこなんとかした。 あとはこちらの腕と匙加減だ。
先週の土曜日に近くの日本食材店で買った厚揚げ。 「あげ」として売られているが、かなり豆腐の部分が肉厚で、これでは少なくとも稲荷ずしはむずかしい。 稲荷ずしにするわけではないので、僕はこの肉厚の方が好みである。
これが早く傷みやすいのが難点。 冷蔵庫に入れておいたが、昨日の段階で黒や赤のカビが生じ始めていた。
もったいない。 「厚揚げ」のレシピをネットで検索。 ふむ、もやし、挽肉とのいためものか。 ちょうどもやしもそろそろ危ないのがある。 挽肉も冷凍庫に少量あり。
これに在庫のあるピーマン、キクラゲも加えよう。 オイスターソースなどの味付けで。
これがなんともおいしく驚いた。
本業の動画編集もこの域に達したいもの。
12月6日(土)の記 一定食事献立 ブラジルにて
「定食」という言葉の起源を調べてみて、驚いた。 江戸時代、参勤交代で訪れる武士に提供した「一定食事献立」に由来するという。 主菜・ご飯・汁物・漬物からなる由。 現在の定食は、主菜・副菜・ご飯・汁物・漬物の構成とな。
近くの日系人経営のポルキロ:量り売りのレストランで、土曜はTEISHOKU を提供するという。 昼に家族で行ってみる。
なかなかの繁盛で、客の日系の比率は七割といったところ。
通常の量り売り(ビュッフェ形式で並ぶ料理をお好みで取り、その重さに応じた値段を払う)のほかに、カラアゲ、トンカツ、ヤキザカナなどの定食、そしてオヤコドンとカツドンがあった。
トンカツ定食とカツ丼をオーダー。 なぜかカツ丼の方が高い。 それでいて、カツ丼には味噌汁が付かず。
トンカツ定食はしかるべき量のトンカツに線キャベツ、ご飯に味噌汁、それにミニテンプラ、シイタケの炒めもの、キュウリの浅漬け風の小鉢が三品。 まあ、テイショクの定義にかなっていそうだ。
お味は小鉢類はイマイチだが、及第点といったところ。 このテイショク、ゴハンとミソシルが同じ器で出された。
これは祖国ではありえない、に近いかも。
12月7日(日)の記 ペドロ・コスタのナゾ ブラジルにて
午後、思い切って映画を見に行く。 ポルトガルのペドロ・コスタ監督の『Ossos(骨)』という西暦1997年の映画。 どうやら、日本では未公開のようだ。 リスボンのスラム街を舞台にした話の由。
この監督の作品については… 以前、ブラジルで見たのがおそらく彼の監督作品だったかも、という程度の情けない認識。
ストーリーのディテールが読み込めない。 乳児を抱えた若い父親が、街で物乞いをする。 食糧を恵んでくれた看護師のところに転がり込む。 若い青年が乳児に水分を含ませたり、パンくずを与えようとするシーンはある。 が、オムツはどうしたのだろうか?
…あまり他人様のフィクションの映画で悩まないようにしないと。
勝手にペドロ・コスタ監督は年配の巨匠と思い込んでいた。 検索してみて…
え、オレよりひとつ下か。 ちょっと気になって、ポルトガル語・日本語・英語で検索してみる。 なんと。 ウイキを例にとると、この三つの言葉で、いずれも生年月日が異なるのだ。 これも珍しいかも。 ワタクチよりわずかに後の生まれではあるようだが、それでいて生年月日も定まらないとは。
12月8日(月)の記 ブラジルのねじ式 ブラジルにて
おそらく20年近く、あるいはそれ以上も使っている胡椒挽きが壊れてしまった。 中の金具を留めている小さなネジが取れてなくなってしまったため、のようだ。
だいぶ使い込んだものだし、同様のものを買おうかと店をいくつかのぞいてみると、邦貨にして2000yen以上もする。
スマホで検索してみると、わが家の徒歩圏に「ネジ屋」がある。 行ってみると、このネジは扱っていないという。 他の店を紹介してもらうが、そこもNG。
その時に聞いていた隣駅の先のネジ専門店に行ってみる。
ここはちゃんと応対してくれる。 微小の値段も微小なものなので、他の店ではネジ屋を名乗りながらもめんどくさがって取り合わないのだろう。
ミニねじを二つ求めると、あわせて50センタヴォ、約15円だという。 1レアルの硬貨を払って「釣りはいらないよ」とカッコをつかさせていただく。
うわ、外はすごい雨になった。
帰宅後、若干の試行錯誤を経て。 年代物の胡椒挽き、どうやらまた使えるようになった。
12月9日(火)の記 イカのアスパラ ブラジルにて
雨のなか、傘をさして買い物へ。 そこそこ歩く。
路上市の投げ売りタイム。 お、グリーンアスパラの束がふたつで10レアイス(約300円)。 通常相場の五分の一ぐらいだ。 先っぽがややいたみかけているが、買い。
いたんだアスパラの穂先の悪臭はそうとうなものだ。 が、よく洗って茹でて、いたんだ部分を除去すれば、なんとか。
ブラジルで手に入るグリーンアスパラは、ペルー産だ。 これも、ペルーからの空輸とラベルにある。 ペルーの…イカだ。
かつて『すばらしい世界旅行』の取材で訪ねたことがある。 首都リマの南の、海岸の砂漠地帯の町。
知る人ぞ知る「オーパーツ」の「イカの医師」「カブレラ・ストーン」の「産地」だ。 この地方で出土する川原石に、恐竜らしきものが刻み込まれていて、人類と恐竜が同時代に生存していたことの証拠、などとされていた。
1980年代に角川文庫で訳本が出ていたように記憶するが、いま検索しても見つからない。 僕が訪ねた頃には、同様の小さな川原石が土産として売られていたものだ。
日本映像記録センターでフリーのディレクターとして活躍した大先輩の故・小原啓さんが『知られざる世界』でこのイカの石を取材した。 カセットテープでの録音だが、この石の「製作者」の証言を公にする、というスクープだった。
この番組についても検索してみるが、見当たらない。 想い出すだけで愉快ではないディレクターたちが少なくなかったが、小原さんはいい人だったなあ。
12月10日(水)の記 僕のあの帽子クリップ ブラジルにて
午前中、買い物で東洋人街へ。 先回、買い漏らした酒粕は… 何軒かまわるが、ない。
小雨混じりの強風にたまげる。 SNSによると、南部で生じたサイクロンの影響とかで時速80キロの強風に注意とのこと。
サンパウロ市の幹線道路の時速制限は、50キロ。 相手は見えないだけに…
帽子を手で押さえていないと飛ばされてしまう。 昨年は山形鶴岡で革製の帽子を風に取られてしまった。
強風で飛ばされてきた看板類が頭部にあたるのが心配だ。
先の訪日の武甲山ロケに備えて、日本のヒャッキンで帽子クリップなるものを購入した。 当日、忘れてしまって使用には至らなかったけど。
いったん帰宅して、こちらに持参した帽子クリップを探し出す。 鏡でも見ないと、付けにくいな。
SNSのニュースに強烈な写真が流れてくる。 隣駅前の広場の樹木が倒壊、車道をふさいでいる。
不急不要の外出は控えるべき強風だ。 それでも、帽子クリップつけて、近場で買い物…
わが集合住宅は、短時間の停電で済んだ。 大通りの向こう側は、停電により店も早じまいし始めている。
12月11日(木)の記 ストリートアートのダイゴ味 ブラジルにて
朝、wi-fiがつながらない。 集合住宅で同じプロバイダを使っているところはどこも切れているようだ。
昨日の暴風の影響だろう。 サンパウロ市各地で停電が続いているところも多い由。
うちは、電気があるだけでもありがたい。
午前中、少し歩き込んだところのスーパーを目指す。 そのさらに少し先あたりの住宅地は、なかなかのグラフィティの掘り出しものがある。
「ぶどまり」の写真をおさえながら… (ここで僕の意図する「ぶどまり」の意味は、辞典等でみられないようだ。「おさえ」といった意味合いなのだが)
おー、「今日のアート」はこれにするか。 https://www.instagram.com/p/DSQD39mkbt2/
この街は、少し歩き込めば、かならずといっていいほどグラフィティの逸品に逢えるのだ。
プロバイダからの回復見込み予定は遅れるばかり。
オンライン作業はあきらめて、本を読みましょう。
12月12日(金)の記 『手に魂を込め、歩いてみれば』 ブラジルにて
午後、気になる映画を見ておくことにする。
製作国はフランス、イラン、パレスチナ。 (後日になって日本でも公開決定となっていること、そして邦題を知る:『手に魂を込め、歩いてみれば』、英題の直訳だ。 手に魂を込める、とは。)
祖国日本の首相はじめ政治家と軍事産業は、戦争をしたくてウズウズしているようだ。
かたや地球上ではウクライナ、ガザなどで市民がいまも殺害され続けている。 僕はとてもこの現実に向き合っているとは言えない。
ささやかな反省とともにスクリーンに向き合う。 祖国のイランにとどまることのできなくなった女性のドキュメンタリー映画監督が、オンラインでガザのファトマという24歳の女性のジャーナリストと出会う。
ファトマさんがスマホで見せる笑顔がすばらしい。 そして彼女がガザの街で撮る写真、さらに彼女の自作の歌も息を呑む作品だ。
無力感と希望が、僕のなかを交互する。
記録が、いかにして紡がれて、遺されるか。 この世の奇跡と言ってよさそうな作品を見せてもらった。
12月13日(土)の記 第七芸術市 ブラジルにて
SNSで流れてきた。 「第七芸術市」。 VHS(!!)、DVD、ブルーレイなど映画のソフトを販売する由。
世の個人での映画の視聴は、ストリーミングが主流。 いっぽうこれがいつどうなるかわからない、という記載をSNSで見かけるようになった。 ソフトそのものの寿命の問題もあるが、僕あたりは「自分で持っていたい派」、「見たいときに見たい派」である。
あまりアクセスのよくないショッピングモールのシネコンのあるフロアが会場。 午後から行ってみる。 傘を持ってきてよかった。
うわ。 先日のサンパウロ大学の大図書市の100分の一か、それ以下の規模。 何軒かか控えめに「第七芸術」のソフトを並べている。
店によって値段の差が激しいこと。 …、キューブリックがいくつか出ているが、カバーがキタナイ。
1990年代のブラジル・アマゾンが舞台の映画のソフトがある。 一度見て、感心したのだが、その後に見る機会がなかった。 こちらの昼飯代ぐらいだ。 買っておくかな。
売り手のおじさんは客と盛り上がっていて、上の空。
向かいに、シネフィル嗜好のカフェがある。 フンパツ。 着席して、水たまりに突っ込んだ右の靴を脱いで、少しでも乾かそう。
『東京物語』というブレンドをこれまたフンパツ。 まあ、話のタネだ。
12月14日(日)の記 人間経済 ブラジルにて
日本の畏友・愛竹家の橋口博幸さんらの共著『トカラ諸島の人間経済』(リベラルアーツフォーラム 第2号)を読み耽る。 橋口さんと親交のある稲垣尚友さんのトカラ諸島・平島での積年の取り組みを紹介している。
稲垣さんの他の追随を許さないご活動は本人の著書で存じ上げていたが、この冊子では新たにダイナミックに紹介されている。
このタイトルにもある「人間経済」をひとことでいうと… これが、この本を新たにめくっても、検索してもむずかしい。
この本から、かいつまんでみると…
「労働力という自分の一部を売って」「稼いだおカネで他人からモノを買って」「その連鎖によって回るのが『市場経済』」。
いっぽう、人間関係があることで成り立ち、「主役はおカネではなく、ヒトである」のが『人間経済』だという。
この例がわかりやすいかも。 「スタバや学食でタダで飲食をすれば犯罪なのに、家で飲食をしてもお父さんやお母さんに料金を払う必要がないのはなぜだろうか。あなたと彼/彼女のあいだに家族という人間関係があるからだ。」
わが身に振り返って、いろいろと考える。
こうした「人間関係」にもとづく「人間経済」活動による莫大な「預貯金」を邪心から反故にしようとするのは「人道上」の由々しい犯罪だな。
12月15日(月)の記 きょうのとむらい ブラジルにて
今年はよく人が亡くなった。
まずは、ブラジルの身内。 そして、佐々木治夫神父。
さらに、こちらの家族のお世話になった先生。 そして今日は集合住宅の近所の人の、没後七日のミサにあずかる。
生前は、顔見知りだが名前も存じ上げなかった。
カトリック教会にて。 今回の神父の説教は早口だが、いくつかポイントは聞き取れた。
「カトリックでは、死は誕生と同じくお祝いするものなのです。 それだから聖人たちのお祝いの日は、それぞれが亡くなった日なのです。」
カトリック信仰の奥義とでもいうべきか。 とはいえ、たいせつな人をなくしてすぐにこんなことを言い出されたら、このヤローと思ってしまいがちだろう。 だが、七日ほど経つと、少しは聞く耳もでてきそうだ。
黒澤の『夢』の最後のエピソードを想い出すではないか。
12月16日(火)の記 「ただの事故」 ブラジルにて
来年はじめの旅程をいっきに詰める。
拙作の方もさらに「ヤマ場」の編集…
して、午後から映画を一本みにいくことにする。 さる金曜日付で紹介した映画も今年のカンヌ映画祭で話題になった映画。 今日のは、ずばり今年のカンヌでパルム・ドール、最高賞に輝いた作品だ。 英題『IT WAS JUST AN ACCIDENT』。 イランのジャファル・パナヒ監督作品。 イラン、フランス、ルクセンブルクの合作。
イランの恐怖政治時代の当局による拷問に苦しんだ市民たちの物語。
先週みたガザの映画は日本公開となったが、こちらの映画は邦題もなく、日本公開の見通しは立っていないようだ。 しかし現在の日本の状況からすると、この映画で描かれる事態は日本の近未来を暗示するように思えてならない。
市民同士が疑い、憎しみを持ち、復讐と殺意を抱き続ける…
ホールの外に出ると、思わぬ雨。 カフェでも、と考えていたが、メトロも混み合いそうだ。 まずは、帰るか。
12月17日(水)の記 想い出の豚生姜焼き ブラジルにて
今日の夕食のメインのおかずについて、家族にオプションを提案。 豚ショウガ焼きがいいという。
まずは豚肉の買出しだ。 近所の肉屋で売られている豚肉は、ステーキサイズの厚切りか、細切れである。 いっぽう冷凍食品店で豚肉のいくつかの部位をかたまりで売っているので、こちらにする。 lombo と呼ばれるロース肉塊を購入、解凍。
ブラジル製醤油にみりん、ショウガにニンニク少し、あとオイスターソースぐらいの味付け。 われながらおいしく、家族にも好評。
ざっと検索してみると、日本で第二次大戦敗戦後にポピュラーになったようだ。 学校給食ではいただいた覚えがない。
想い出すのは… 日本映像記録センター時代。 編集作業の段階で、昼や夜、おぞましい編集者と行ったオフィス近くの定食屋かな。 これはあまり想い出したくない。
12月18日(木)の記 ブラジルの海老チリ ブラジルにて
昼は、きのう買った豚ロース塊の残りも使って焼きそばをつくるとして。
夜の献立で思いつくものを家族に提案。 海老チリに決定。
ふだんエビは、スーパーでバナメイエビの安売りがある時に買い込む程度。 今日は、昨日と同じ冷凍食品店で買うか。
わが家としてはそこそこのサイズのをフンパツ。 頭と尻尾を取ってあるので、これは楽だ。
海老チリに加える「みどり」をどうするか。 冷凍食品店に冷凍のグリンピースあり、これに決定。
海老チリはレシピも見ずに、テキトーにこさえる。 ま、こんなところかな、といったお味。 見た目がカタクリ粉っぽくなったが、ま、いいか。
12月19日(金)の記 住宅街の古書カフェ ブラジルにて
これでも、日毎のインスタのアート写真のならびにそれなりに気を使っているつもり。 外出が近所回りどまりの日は、なかなか厳しい。
徒歩圏でグラフィティの新作に出会うことは、めったにない。 電柱や標識柱(こういう言葉、実際にあるのだな)に貼られたステッカーの新顔を探し出せれば御の字、といったところ。 だがこれも三日も続けば、多様性がウリの大サンパウロに住まうていて、なさけない。
本業も押しているのだが… あの住宅街の古書カフェまで、足を延ばすか。
中よりちょい上ぐらいの住宅街で数年前に見つけた。 オープンしたばかりだったが、店内はオナカマでにぎわっていた。 僕あたりは無視されるというより、オジャマな感じ。 さして目を引く蔵書もなく、そこそこに引き上げた。
が、最近SNSでの評判がいい。 行ってみるか。
蔵書は増え、グッズ類が面白い。 経営者らしいヨーロッパ系の女性は僕のようなストレンジャーにはウエルカム感がないが、ブラジルにもこういう人たちがいる。
DVDをあさり…、 変わったものが安値なので、買っておく。
透明フィルムのかかった新刊本もあった。 カバーに魅かれる。 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10237141010839882&set=a.3410845544903&type=3 ¬if_id=1766488816811129¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif
タイトルを訳すと『葉っぱたちの祈り 祖先たちの植物による魂の治癒の実践』といったところ。 著者はバイーア州出身のふたりの女性で、写真からするといずれもアフロ系。
お店のスタッフの若いアフロ系の女性に、カフェを頼んでもいいかと聞くとOKとのこと。
だいぶ待ってから出てきたカフェは、猫舌向けのぬるさ。
店の雰囲気はいいのだけれどね…
インスタ用には、これをチョイス。 ネコでつながったな。 https://www.instagram.com/p/DSkKOUbjtIi/
店の白人系の女性のアイソのなさも、ネコ的な人見知りなのかもしれない。
12月20日(土)の記 ブラジルの阿弗利加飯 ブラジルにて
家族で、アフリカ料理屋に行くことになった。 メトロで三駅ほどの距離。
この店は初めて。 サンパウロで他に二軒ほど食べに行ったことがある。
意外と手狭な店で、早めに行ってよかった。
アフリカ料理と言っても、それは多様である。 覚えたのは、クスクスと、インジェラぐらいかな。
印象として… ・意外と辛いものがない ・野生動物系は見かけない ・ブラジル料理との共通
とくに、まねてつくってみようか、というものには出会っていない。
ウエイトレスはアフロ系の女性だったが、聞いてみるとブラジル人。 経営はブラジル人とアフリカ人の共同だという。 アフリカのどこかは聞きそびれた。
日本じゃアフリカ料理はなかなか食べられないだろう。 おっと、中目黒のエチオピア料理屋に行ったのを想い出した。
12月21日(日)の記 日曜午後の46億年 ブラジルにて
ミネラルウオーターの給水、路上市での買い物などを午前中に終えて。
午後はうつらうつらしながら、読書。 藤井一至さん著『土と生命の46億年史』を読了。
藤井さんの本は、2冊目。 最初の『土 地球最後のナゾ』では僕がブラジルに移住したのちに注目されるようになっていた「黒ボク土」についても取り上げられている。
日本の黒土が、縄文時代の人たちの文化遺産とは。 アマゾン流域で注目されるテラ・プレッタとも重なって実に面白い。
僕が「ラテライト」として覚えてきたこっち(ブラジル)の赤土は、「オキシソル」というのか。 おさらいしなければ。
今度のは、かなり化学式が多くて、これには自分が付いていけないのが、情けない。 それでも、おおまかな地球と生物の歴史がイメージできた感じ。 僕:生物にとって、オシッコという仕組みの巧妙さ、偉大さを知る。
『土は生きている』というのも「ソラリス」の海に対峙するようで、しびれる。
僕が『すばらしい世界旅行』でアマゾンの先住民ヤノマモの人たちを紹介した「大アマゾンの泥ん子大将」を放送したのは、西暦1984年。
雨季の真っただ中、ヤノマモの子供たちが泥まみれになって遊ぶシーンを放送した。 と、モニター報告で「食事時にドロなどを見せるとは何事か」という子育て中の主婦だという方からのクレームをいただいた。
もう、この国はダメなのではないか、と思ったものだ。
あれから、40年以上。 こうした本に、ハードルの高くない新書で手が届くようになった。
12月22日(月)の記 クリスマス前の苦行 ブラジルにて
「苦行」はちと大げさかな。 検索してみると、ほんらい宗教的行為、とある。
ま、いいか。 クリスマスにちなんで。 クルシミマス、というぐらいで。
日本が冬至なら、わがサンパウロは夏至。 いっきに猛暑到来だ。
今日は一日断食としたが… 家人から、知人宅へのクリスマスプレゼント届けを頼まれた。 編集作業の合間に。
坂のあるところへ、断食の身で、熱射のなかを歩く。 先方は、集合住宅。 先方の名前と部屋番号、こちらの名前を告げて門番に預ける。 立ち去ろうとした時に呼び止められた。
先方から、こっち宛てのプレゼントがあるという。 こっちのよりかさばり、重いではないか。
帰りはガソリンポスト付属のコンビニで炭酸水を買っていっぷく。
12月23日(火)の記 炎熱の配達夫 ブラジルにて
今日も家人から、知人のところへクリスマスの届けものをするよう頼まれる。 先方は、午後3時ぐらいがいい、とのこと。
もっとも酷暑の厳しい時間帯だ。 地下鉄で二駅のところから歩くのだが、さすがに今日はうちから歩いていくのはやめておく。
とはいえ、せっかく地下鉄に乗ったのに、うっかりひと駅目で降りてしまった。 この手のチョンボが増えてきた。
「罰ゲーム」で、文字通り「危ない橋」を歩いて渡る。
それでも「ご褒美」か、こんな素敵なストリートアートに出会った。 https://www.instagram.com/p/DSr7x16DvCn/
12月24日(水)の記 ヨセフによせて ブラジルにて
クリスマスイヴを迎えて。
この日のカトリック教会のミサ時間は、さまざま。 少し離れた住宅街にあるルルド聖母教会は、18時の由。 1時間以上のミサとしても、終了時は夏場のためまだ真っ暗にはなってないだろう。 家族とクルマで向かう。
早めに出たが… うわ、駐車場前の道路まで車がぎっしり。 うーむ、角を曲がって、路上駐車できるところを探す。
さすがは、くさってもは言い過ぎだが、世界最多のカトリック人口を抱える国。 乳幼児を連れた家族も多く、これは騒がしいぞと覚悟するが、意外と泣き叫ぶ子供がいなかった。
高い壁に下まで風が届かない扇風機があるのみ。 ミサ中、「典礼のしおり」や扇子でパタパタ仰ぐ音があちこちから響く。
さて今日のミサで改めて感じ入ったこと。 旅先でマリアが産気づいたものの、夫のヨセフは宿屋の空室が手配できず、やむを得ず家畜小屋に初産を迎える若妻を寝かせることになったこと。 なんとも夫として、生まれてくる子の養父としてふがいない思いをしたことだろう。
自分のふがいなさ、無能の人ぶりがオーバーラップして胸が痛む。 瀟洒なクリスマス飾りやパーティを祝うのは、僕にはちょっと違う気がする。
ちなみにヨセフのブラジルでの名称は、José:ジョゼ。 ごくポピュラーな、凡夫といった感じ。
ミサ後も、クルマは無事だった。 おかげさまで、ぶじに帰宅。
12月25日(木)の記 みえないコップよごれ ブラジルにて
今日はこちらのファミリーが集まってのクリスマス昼食会。 クルマを運転するので「あまり」アルコールは飲めない。
こちらのクリスマス時期に出回る安価のシードルをいただく。 アルコール6パーセント以下で、清涼飲料水みたいなもの。
せっかくなので、勝手知ったる食器棚から少しは気の利いたグラスを取り出して。 手酌でいただくが…
グラスの口の部分が、クサイ感じ。 これは飲食店でも、たまにある。
使用した後に、簡単な水洗いぐらいで口縁をきちんと洗っていないためだと考える。
それぞれが食べ終わって台所の流しまで食器を下げるのはいいが、その時にさっと水洗いしただけで洗い済み扱いにしたのかも。
…マイコップ持参というのもナニだしな。 使い捨てコップでというのもアレかも。
われわれはCOVID-19を経て、なにを学んだのだろう。
12月26日(金)の記 いまさらの水俣 ブラジルにて
猛暑襲来のサンパウロ。 昨日は、12月の観測史上最高の35.9度を記録したという。 今日もなかなかのものである。
わが最新作『水俣ナゾの山岳遺跡を探る』の編集作業も大詰めに入り。
そう長くはノートパソコンにへばりつかずに、資料類に目を通したり。 読みかけだった水俣病関係の冊子をはじめから読み直してみて、今さらながら見逃していた大きな発見あり。
それを、拙作に反映させるかどうか… それにしても、このタイミングで。
12月27日(土)の記 扇風機殺人事件 ブラジルにて
とにかくアツイ。 年末モードの週末で狭いわが家に家族全員がいるせいもあるか、よけい暑苦しい。
午後から扇風機をかけっぱなし。
日本の亡母が、扇風機にあたりっぱなしで寝てしまうと死亡することもある、と危惧していたのを思い出す。
検索。 扇風機による死亡事故というのは「都市伝説」とされているようだ。 いっぽう日本で1970年代以降、具体的な扇風機による死亡事故も新聞報道されている。 いったいどういうことか。
扇風機によって死に至った、というケースでは他に重大な疾患を抱えていたためとみられる、といった解説も。
サウナに閉じ込められての死亡よりは、扇風機の方がいいかも。
12月28日(日)の記 ちはやぶらじる ブラジルにて
ワケアリ、というほどの訳があるわけでもないのだが。 『ちはやふる』という日本のマンガの単行本を読んでいる。 百人一首にのめり込む少女が主人公。
わが家にある在庫は、10巻まで。 このマンガは全50巻あると知って、驚き。 よくもこのネタで、そこまで展開できたものだ。
僕には、ふつうにおもしろいが、ハマるというほどでもない。
想えば中学高校と古文は好きな部類の教科だった。 幸か不幸か、百人一首にこころ動かされることはなかった。
そもそも、百人一首体験がほとんどない。 そういえば…小学生ぐらいの時、正月などイトコたちが集まった時に「坊主めくり」をしたことがあったっけ。 すると、あの百人一首は…
ちなみに今回、日本から担いできたコミックでは『本なら売るほど』1、2巻がやたらに面白かった。 ひとつひとつのエピソードの余韻が深く、次を読むのがもったいないほど。
古本屋を舞台にしたコミックは、なかなか傑作が多い感じ。
12月29日(月)の記 ライラックのはて ブラジルにて
さて、まずはおそらく今年最後の一日断食。
最新作の編集作業は、少し発酵させて。 大詰めの作業に向けて、仕切り直し。
近所の大型文房具店に。 猛暑のなか、今日のストリートアート探しに新風を送り込みたい。
…メトロで、行ったことのない駅に行ってみるか。 路線図を思い浮かべながら、思案。
最新のライラック線で、西の終点まで行ってみるか。 サンパウロのメトロは線ごとに色分けされている。
うー、ライラックは涼しい。 車内モニターも最新式で、車内の空調は23度に設定されていると表示あり。 体感では、もっと低い感じ。 そうか、これから日中の暑気に耐えられない時はメトロに乗って涼むという手があるな。
ライラック線は、ピニェイロス川のあたりから地上を走り始めた。 車窓の光景に、息を呑む。
中の上ぐらいの高層住宅のビルが林立して… その間の丘陵を、レンガを積み上げた下の中ぐらいのファヴェーラ:細民住宅が埋めている。 ダイナミックと言ったらいいのだろうか…
すごい。 メトロの終点はバスターミナルに直結。 南半球最大のメガロポリス・サンパウロの裾野の一部を見る。 東洋系は、まるで目につかない感じ。
メトロの涼気とともに、リフレッシュさせてもらいました。
12月30日(火)の記 サンタと十字架 ブラジルにて
午前中、東洋人街方面に用足しに出る。
コリアンの経営するパン屋でのおかずパン購入もついでに、と思って。 うわ、シャッターは降りていて休暇を知らせる張り紙も見当たらず。
ついでにその脇の地区に、ストリートアート探しで潜入。 こんなのが目についた。 https://www.instagram.com/junokamura2310/p/DS-OM8FDdsc/
一見での印象は、十字架に付けられたサンタクロース。 …制作者は、会場の窓からプレゼントを届けようとするサンタを意図したのかもしれない。
サンタクロースと十字架という組み合わせは僕には盲点だった。 そもそもサンタクロースはキリスト教の宗主イエス・キリストの誕生日の前夜に登場することになっているが、見事にキリスト教臭が削ぎ落されている。
聖ニコラウスという人物がその起源、ということはよく知られている。 が、サンタクロースのクロースは、十字架のクロスと関係はないのだろうか?
ざっと検索してみるが、これは偶然のようだ。 検索中、サンタは何罪か?といったのがいくつか目につく。 深夜に民家に侵入するサンタの営みを犯罪ととらえたのだろう。
まあ、磔(はりつけ)にされるほどの犯罪とはいえないと思うが。 そもそも十字架刑に処せられたイエスじしんが。
イエスを十字架刑に処するよう為政者に詰め寄ったのは、当時の民衆たちなのだが。
12月31日(水)の記 授乳の聖母 ブラジルにて
今宵は、夕方6時からのニューイヤーミサにあずかることにする。 地下鉄で5駅ほど行った繁華街の大通りに面したカトリック教会へ。
すでにクリスマスと新年の休暇で、100万単位のサンパウロっ子が海岸地帯はじめ市外に脱出している、はず。
このミサもさほど人出はないもの、と思い込んでいたが! 6時直前に到着すると、すでに堂外にも人があふれている。 なんとか堂内には入るが、空席は望むべくもない。
乳幼児連れの若い家族が多いのも驚き。 もう立ち続けているだけで、ふらふら。
クリスマスのミサもそうだったが、意外なほど乳幼児が泣き叫ばない。 僕の至近の、ようやくよちよち歩きを始めた幼女の声が唯一けたたましい。
「マタイによる福音書」によれば、救世主誕生の知らせを受けたヘロデ王は、地域の2歳以下の男児を皆殺しにしたという。 そのエピソードが教会の乳幼児たちに重なってしまう。
前のベンチに座った若い母親が、声のけたたましい幼女にミサ中、何度か授乳させていたようだ。 これまで気に留めたことはなかったが、ミサ中の授乳というのをはじめて意識した。
日本では災害時の避難所の授乳場で女性が性被害に遭うケースが少なくないという報告に接したばかり。 さすがは世界に名だたるチカン文化、性犯罪王国日本だ。
いっぽう「授乳の聖母」というのは泰西名画のモチーフとして、しばしば登場している。
さてブラジルはまだ大晦日なのに新年のミサというのに少しく違和感があったが、考えてみれば祖国日本はもう新年を迎えている。
地球上には「西暦」「グレゴリオ暦」がさして意味を持たない人たちは少なくないし、このポピュラーな暦ですら地域によってずれるのだから、少なくともそれに煩わされないようにしたいものだ。
といったところで、「西暦2026年の日記」のページは追って作成して、完成次第ここにリンクを張るようにいたしましょう。
以降は「西暦2026年の日記」に移行します。 https://www.100nen.com.br/ja/okajun/000277/20260103018480.cfm?j=1
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