|
12月24日(水)の記 ヨセフによせて (2025/12/27)
ヨセフによせて ブラジルにて
クリスマスイヴを迎えて。
この日のカトリック教会のミサ時間は、さまざま。 少し離れた住宅街にあるルルド聖母教会は、18時の由。 1時間以上のミサとしても、終了時は夏場のためまだ真っ暗にはなってないだろう。 家族とクルマで向かう。
早めに出たが… うわ、駐車場前の道路まで車がぎっしり。 うーむ、角を曲がって、路上駐車できるところを探す。
さすがは、くさってもは言い過ぎだが、世界最多のカトリック人口を抱える国。 乳幼児を連れた家族も多く、これは騒がしいぞと覚悟するが、意外と泣き叫ぶ子供がいなかった。
高い壁に下まで風が届かない扇風機があるのみ。 ミサ中、「典礼のしおり」や扇子でパタパタ仰ぐ音があちこちから響く。
さて今日のミサで改めて感じ入ったこと。 旅先でマリアが産気づいたものの、夫のヨセフは宿屋の空室が手配できず、やむを得ず家畜小屋に初産を迎える若妻を寝かせることになったこと。 なんとも夫として、生まれてくる子の養父としてふがいない思いをしたことだろう。
自分のふがいなさ、無能の人ぶりがオーバーラップして胸が痛む。 瀟洒なクリスマス飾りやパーティを祝うのは、僕にはちょっと違う気がする。
ちなみにヨセフのブラジルでの名称は、José:ジョゼ。 ごくポピュラーな、凡夫といった感じ。
ミサ後も、クルマは無事だった。 おかげさまで、ぶじに帰宅。
|