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3月17日(火)の記 人間の正義 (2026/03/24)
人間の正義 ブラジルにて
沖縄辺野古での、金井創牧師と女子高生の遭難事件。 はじめに偏見と悪意ありきで、しかも誤報をさらに曲解して、高みの見物席から犠牲者の側を叩く輩がウヨウヨいるのを痛感。
して、犠牲者の弁護側も含めて発言者のなかに金井さんの著書に言及しているものが寡聞にして見受けられない。 僕は遠くブラジルにいて、金井さんとはまさしく一期一会の出会いだったが、三冊の著書を読んでいる。
昨日のウエブ日記で記した金井さんの『生き方としてのキリスト教』の6Bエンピツで線引きしたところと、付箋を貼ったところをチェック。
この部分を書き出して、フェイスブックとX:ツイッターにあげることにする。
人間の正義は、時に他者を傷つけることすらあります。 自分の正しさをふりかざして、相手を断罪し、排除してしまうこともあります。 国のレベルでもそうでしょう。 多くの戦争は当事国同士が正義を主張してなされてきました。 どちらの国も自国側にこそ正義があると主張して戦争を行なってきました。 しかし聖書が言う正義とは、そのような種類のものではありません。 搾取され抑圧されている人々が救われること、ともすると十分な権利が保障されない寄留の外国人、両親を失って放り出されている子どもたち、夫を亡くしてよるべない女性たちがしいたげられるようなことは決してあってはならないこと、さらに無実の人が冤罪で苦しんだり殺されたりしないこと、このようなことこそが正義だというのです。 そしてこの意味での正義があるところに、本当の平和が訪れるのです。
金井 創(はじめ)著『生き方としてのキリスト教』より。
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