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8月12日(水)の記 頭の聖母 (2026/08/17)
頭の聖母 ブラジルにて
今日はカトリックの「頭の聖母」の祝日だ。 ブラジルやヨーロッパでポピュラーな聖母でも、日本語ではまるでヒットせず、まだ日本語にも訳されていないとみられる例のひとつかも。
ブラジルのカトリック教会にしばしば、片手に幼きイエス、片手に生首を抱えた聖母像がまつられている。 僕は見るたびにぎょっとするが、これである。
調べてみると、スペインのアンダルシア地方から広まった信仰の由。 細かくいくつもの資料を参照しないで、ごくかいつまんで記してみよう。
西暦1227年、アンダルシアの「頭の峰」と呼ばれるあたりが輝くのを戦争で片腕を失った退役軍人の牧童ホアンが目撃。 そこには隠された聖母像があった。 彼はそこに御堂をつくるようにというお告げを受ける。 しかし誰が彼のいうことを信用できるだろうか、という疑問にこたえるように、彼の亡くなった片腕が蘇生したという。 この話にさらに、斬首刑を宣告された人が刑を免れたという話も習合していく。 このエピソードの習合がないと、この聖母が生首を抱えている意味がわからないというもの。
いまや「頭の聖母」は肉体としての頭部のみならず精神的な問題にも霊験のある聖母として信仰を集めている。
サンパウロのダウンタウンにある聖ルチアのチャペルでの記念のミサへ。 今日は平日だが一日に6回のミサがたてられる。 昼12時のミサへ…
うわ、時間前だが堂内は立っていられる場所を見つけるのもむずかしい状態。 階上への扉が解放されて、僕は上にあがる。
ミサ中もどんどん人々がやってきて、神父がミサを中断して祭壇の横に椅子があるからと誘導するのが印象に残った。
ミサをたてる側に「もてなし」のこころがあるのはうれしいこと。
帰りに、ふたたびレンブラント展を鑑賞。
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