移民百年祭
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沖縄県人会だより
(最終更新日 : 2006/05/05)
--- 沖縄県人会だより 目次 ---
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- 2003年12月号
- 2004年01月号
- 2004年02月号
- 2004年03月号
- 2004年04月号
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2005年02月号
2005年02月号 (2005/04/01)
沖縄方言【ちゅらじま・ちゅらじん】美しい島・美しい着物
第十四回 沖縄県人会評議員総会
会 長: 山城 勇
と き: 二〇〇五年二月十三日 午後一時三十分
ところ: ブラジル沖縄県人会 中サロン会議室
第一次招集: 午後1時
第二次招集: 午後1時30分
司 会: 伊差川 實
先亡者への1分間の黙祷
開会の挨拶 評議員会 会長 山城 勇
報告事項:
一、会務報告
日語書記 金城保任
ポ語書記 安富祖元
二、収支決算報告
第一会計 松堂忠顕
三、育英基金決算報告
第二会計 高安宏冶
四、会計監査報告
監査役 長嶺由吉・金城ルイス
議 題:
二〇〇四年度 行事並事業の経過報告
二〇〇五年度 行事及び事業計画案の検討
二〇〇五年度 予算案の検討
第十四回評議員総会は三十四名の出席を得て定刻に始められた。報告事項、審議事項全てが承認された。新常任理事の決定、新理事の選出に伴い評議員の欠員を後日改めて補填の選出を行なうことになった。午後三時より臨時総会が開催される。
第一回沖縄県人会臨時総会
会 長: 宮城調智
と き: 二〇〇五年二月十三日 午後三時
ところ: 県人会 大サロン
新常任理事の紹介。正・副監査役の選挙
二〇〇五年〜二〇〇六年度正・副監査役は下記の通り決定致しました。
正監査役: 大城 均(イピランガ支部)
正監査役: 垣花輝明(ジャバクアラ支部)
正監査役: 小波津正吉(イピランガ支部)
副監査役: 石川茂(サンカエタノ支部)
副監査役: 長浜光明(ビラプルデンテ支部)
副監査役: 島袋守雄(スザノ支部)
副監査役: 長堂哲雄(カザベルデ支部)
副監査役: 嘉陽宗助(サントアンドレ支部)
監査役選挙は十二名の候補者の中から互選で正監査三名、副監査五名が選出された。
午後五時よりブラジリア農務省補佐官の山中イジドロ氏の講演が行なわれた。
「日本への恩返し」
一介のブラジル人がこのようなことを発言するのは傲慢のきわみと受け止められかねないが、ちょっと説明させていただきます。
マスコミでは毎日のように日本の危機について、その要因、それに伴うアメリカとの関連や、アジア諸国で起こりえる其の影響について等、様々なニュースが国の内外で報道されている。このような窮状から日本が抜け出すための打開策に言及する紙面は一つもなく、ましてや海外からの援助の手が差し伸べられたというようなニュースは全く見当たらない。海外からの支援などは、日本そのものが十分に富んでいるから必要ないというのか、もしかしたら諸外国の連帯感や同情に値しないゾンザイであるとでも看做されているのであろうか。
日本(若しくは日本人)は自力で問題を解決すべきとあると考える人は多い。小泉純一郎氏が総理に選出され、彼のリーダーシップの下で遂げられた価値観の改革は、五年以上続いた「現状維持」に対する国民の反応であったと受け止められる。しかし自民党と連立与党3党の党内強調で首相が操作できる範囲には限りがあることを誰もが承知している。改革のプロセスに着手できれば良い方で、さもなくば−日本人の友人が言ったように−改革の必要性を説く体裁を保つのみだ。
日本を現在の状態に導いた要因について多くの説明があるが、経済や社会の問題の角度のみから解釈したり解明したりすることは出来ない。
のほんと日本人たちはその歴史をつうじて国外からの関与をきっかけとして介在発展を遂げてきたことが知られている。「和魂感才」に基づく中国大陸の影響、1543年のポルトガル人依頼、1853年のペリー来航、「和魂洋才」に基づき「西洋の知識輸入」を実施した明治維新、終戦後、アメリカ連合軍による日本占領期間、朝鮮戦争、ベトナム戦争等があげられる。
日本は世界二位の経済大国になったが、アジア大陸以外で診られるような共同市場や自由貿易地域を日本の影響下に置いて形成することについては未だに困難が点があるようだ。例外としてシンガポールと、つい最近の事例としてメキシコのケースが挙げられる。一方においては度量とリーダーシップが不充分であるためとも解釈できるが、他方では、アジア諸国と日本の間には過去の傷跡があまりにも深いためにそれらの国々が日本を受け入れてパートナーと看做し続けることに抵抗を感じるという事実にも由来する。
日本人は単一民族で形成された数千年もの文化を継承する国民であり階層に分かれた社会では誰一人として異なった行動をすることができず、コンセンサスに基づいて物事を決断する風習を持つ。他人が自分のことについて考えることは、自分が自分自身について考えることより重要である。
このような事は、戦後に日本が取り入れた教育制度がもたらせた結果とも解釈できる。教育水準は生徒たちの平均値を意味し、とりわけ義務教育レベルでは登校することが先決問題で、知識の習得の有無は二の次にまわされる。他の人と異なった人間にならないように教育訓練されるのだ。
ちょっと替わった生徒は「いじめ」の対象となり、大多数の生徒らについていけない生徒は不登校になるか、最悪の場合には自殺もしかねない。
大学ともなると、まづ有名大学に熾烈な競争を経て入学することが重要課題となる。入学できたら後は卒業証明書を受けるのを待つのみだ。優秀な学生と頭脳明晰な学生は平均的な水準と言う枠にはめ込まれる。
就職するとなると、それが公務員キャリアであれ、民間企業であれ、あるいはアカデミックな分野であれ、採用の基準はその殆どが出身校で決まり、その後の昇進は年功序列制、若しくは「先輩」「後輩」の風習に従う為、事故の創造性を認めてもらうチャンスは少なくなる。
職場で従業員が最も気をつけねばならないのは上司に逆らわず、全てについてコンセンサスで行動することである。グループおかした過ちや失敗は許されるが、リスクを一人で負ってしまうと個人的責任を問われることになる。あえてそうして失策を認める人は少ないが、そういう場合には自殺まで追い込まれることがある。実際に命を絶つこともあれば、比喩的に「ハラキリ」をしてキャリアに終止符を打つこともある。
これらのことから、結論として次のことが言える。すなわち日本人たちは自ら決断を下すことが出来ない為にここ数年感に危機管理を行なう能力を失ってしまったのだ。到達できた経済成長の規模と豊かさを目前に据えると、問題が視野にあってもつい目の付かないところへ片付け、−ブラジルではカーペットの下に問題を掃きこむと表現する−結局はそれが衆知の事実としてスキャンダル化されるまで解決を遅らせる。
日本の経済と社会はアイデンティティ−喪失の危機に陥っている、これは1985年以来のことで、不動産投機が始まり、日系指数がそれに伴って上昇し、1990年には国内の土地の価格が天文学的な18.4兆ドルにまでに達し結局はバブル崩壊として終局を迎えたことに遡る。その結果、国民は自己資産が没収されたような感覚を持つに至った。OECDによると当時の資産分配は以下のようであった。
a. 家族 34%
b. 非金融企業 32%
c. 政府 11%
d. 金融機関 9%
e. その他 14%
このようなことから、投資控えや消費控えが始まり、1990年代の日本のGNP成長は殆どとまってしまい、成長率は1パーセントを割、失業率は4.8%を記録することになった。
其の、経済の一方不安定のために貯蓄は増えた。とりわけ高齢者層でそれが顕著であったのは多量の不良債権を抱えてしまった銀行の運営・管理能力に対する不信や信用できるリスクを負う企業が不在であったためである。
以上が昨年末までの日本の概況であった。
しかし今の日本には新しい世代が生まれつつある。すなはち戦中戦後の困窮時代を知らない人々、そしてつい最近まで社会的に差別され、単に家事と家計にのみ携わっていた女性パワーである。女性たちは自由を獲得すると従来は男性占有とされていた分野へも進出し始めた。現在消費に消極的なのは男性である。
日本ではよく見受けられることだが、「ブーム」に乗って生活が営まれている。現在の風潮は国際化である。西欧から見ると、日本の「国際化」の指針であるファンダメンタルズは諸外国とは異なっているようだ。日本のそれに対する概念は未だに物質的な国際化、すなはち物、製品、あるいは文化面での交流であり、問題に対処する際の風習や国民間・個人間の関係の国際化ではないようだ。Ivan P.HALLが著書「The Vitality of Japan」(日本のバイタリティ)の中で(Criativity without diversity)「多様性のない創造性」に触れ、以下のように述べている。
「言葉の上での違いは、物の国際化であり、日本人はそれに執着している。外国人らが自分たちの基準に基づいて想像する日本サイドからの開放とは市場のみならず職場や知的活動の場の開放である。日本人が歓迎するのは非人間的な外国に物質や文化、思想であり、それこそが国際化の理想的な姿であり、到着すべき目的であると考えている」。
上記の普遍的な定義による国際化に対する日本人の抵抗は、文化的な性質に拠るものであろう。一方においては、自国内で外国人と共存しなければならないという課題、他方においては、文化価値を日本固有なものとして保存しようとする社会のあらゆる階層に浸透しきった意向である。
日系ブラジル人は、レオン・ホラーマン教授が其の著書「Japan Economic Strategy in Brasil」(ブラジルに於ける日本の経済戦略)の中で「大変おとなしくて政治を毛嫌いするブラジル人」と特徴づけられたが、其の誠実さで賞賛され、地域社会に完全に溶け込んだ市民としてブラジル社会における全ての分野で重要且つ傑出した存在となっている。しかしそれでも祖先が遺した伝統的価値の長所を継承し辞しすることに成功している。
先だって文筆家ゴア・ヴィルダがとあるインタビュウーでグローバル化する世界におけるブラジルの立場はどうであるかと質問された際、次のように答えた。「確かに、あなた方ブラジル人の人種多様性は将来形成される世界の大きな原動力であると考えます。アメリカ合衆国もアジアからの移民に多くのものを与えられたのです。
今こそブラジル人はプライドを持ってジルベルト・フレイレが言うところの「実直ではあるが忍耐と努力に欠ける国民性」という極印を取り除く努力をすべきであり、ミゲル・レアレ教授が言及するようにブラジル社会の形成に当たり多様な民族の移住者らが果たした役割の重要性を強調し、其の社会に完全に定着しているという認識を深めなければならない。グローバル化された世界は現実なものとなっている。このような状況が果たして仁類に利益をもたらすものであるかどうかに付いて論争がなされている。しかし全く否めない事実がある。それは国際かなくしてグローバル化はあり得ず、其の反対も然りであるということだ。日本人と比較すると、ブラジル人たちは概して其の祖先がどの民族であるかに関わらず日本人よりは国際化されているのは事実だ。日本に住むブラジル人・・
これらのブラジル人は日本人が自国内で国際化に励む手伝いをすることが出来る。
日本人はブラジル人達を優しく迎え入れ、日本の地域社会をの門戸をもう少し開いてやることで国際化への一歩を踏み出すことが出来る。
疑うまでもなく、このように日本社会が外国人たちに対して問を開くことは容易でない、誇り高い日本国民に採っては至難のことであろう。とはいえ、ブラジル人側からも努力と創造性、日本と其の価値観や風習に対する尊敬の念を持って接すれば国際化への時間も短縮でき、、其の夢実現も可能になるかも知れない。
私が知り得る限りの日本人観としてだが、日本の人々は誰かがこのようなことを言い出してくれるのを密かに期待しているのではないであろうか?
二〇〇四年年九月八日ブラジリアにて 農務省補佐官 山中イジドロ
二〇〇五年二月十三日講演があり、臨時総会にて配布された。
沖縄県人会定期総会
と き: 二〇〇五年二月二十七日 午前十時
ところ: 県人会大サロン
二〇〇五年〜二〇〇六年度、ブラジル沖縄県人会常任理事が定期総会での承認を受け、下記の通り決定致しました。
新常任理事・監査役・理事の就任
会 長
与儀昭雄
サンタマリア支部
第一副会長
知花良治
ビラカロン支部
第二副会長
上原武夫
ビラカロン支部
第三副会長
与那嶺真次
中央支部
第四副会長
安富祖元
中央支部
第一書記日語
国吉次郎
カザベルで支部
第二書記ポ語
与那嶺ルーベンス
ジャバクアラ支部
第一会計一般
松堂忠顕
スザノ支部
第二会計育英
島袋安雄
サンマテウス支部
新正・副監査役の紹介就任
正監査:
大城 均、垣花輝明、小波津清吉
補充監査:
石川 繁、長浜光明、島袋守雄、長堂哲雄、嘉陽宗助
二月二十八日 評議員会長・副会長 並びに新常任理事により二〇〇五年〜二〇〇六年度理事が下記の通り選出されました。
理事 三〇名
01−
田場ジョルジ
02−
崎間達雄
03−
山城パウロ
04−
照屋マーリオ
05−
具志堅勤栄
06−
前田徳栄
07−
金城育次
08−
上原ジョン
09−
上原義雄
新
10−
赤嶺 保
新
11−
名幸 豊
新
12−
上原テリオ
新
13−
金城マツオジョゼ
新
14−
与儀哲雄
新
15−
知念直義
新
16−
金城幸秀
新
17−
謝花清則
新
18−
仲村善正
新
19−
高良仁一
新
20−
大屋パウロ
新
21−
大嶺真次
新
22−
知花マリオ
新
23−
仲宗根清昌
新
24−
玉城幸勇
新
25−
玉城宗助
新
26−
国吉涼子
27−
具志堅シゲ子
28−
安富祖マルタ
29−
源河シダ
30−
城間和枝
次期常任理事、会計監査役、理事並びに14年中行事の正・副実行委員長(次号に掲載)が就任致しました。全四十七支部の支部長も近く決定すると思います。(判明次第掲載)
二〇〇五年〜二〇〇六年度県人会役員が全会員の厚い信任を受け、県人会の運営、3年後に迫った移民一〇〇周年記念事業に向かって、力強いスタートを踏み出しました。全会員のご理解、ご協力の下、「移民一〇〇周年記念祝典を成功させよう。」をスローガンにご協力をお願い申し上げます。
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