移民百年祭
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沖縄県人会だより
(最終更新日 : 2006/05/05)
--- 沖縄県人会だより 目次 ---
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2005年04月号
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2005年04月号 (2005/05/25)
沖縄方言【はじみてぃやいびーる】はじめまして
ブラジルに在住する全ての県系人は悠久の歴史と優れた精神文化に支えられた、ウチナーンチュの子孫として、三年後に迫った移住100周年を迎えるに当たり、記念事業として、このブラジルの地に「ウチナーンチュの心」「ウチナーンチュ魂をよみがえらす地」「全ての世代交流の場」そして「青少年育成の場」を一堂に『オキナワ総合センター』の建設案を提出致します。
ブラジル沖縄県人会移住100周年事業として提案された、具体的詳細なプロジェットが提出されましたので、ここに掲載して皆様方のご理解を賜りたいと思います。
提案書「県人移民100周年記念事業オキナワ総合センターの建設」
提案者: 知花良治 (ビラ・カロン支部)
T、はじめに
◎ ボリビア移民五十周年記念式典に参加して痛感させられたこと
私は、去った八月十四日、十五日に開催されたボリビア・コロニア オキナワ入植五十周年記念式典に参加し、同イベントの前夜祭のあり方、式典つくり、施設、運営面においてつぶさに接し、その素晴らしさに感激すると共に、果たしてブラジルでこのような形でのイベントが実行できるだろうか?と自問するとともに大きなショックを受けました。痛感したことを下記に記します。
◎ 記
(1) 前夜祭のあり方: コロニア オキナワが国の行政区として組み込まれている特殊性があるも、県系人とボリビア人がこぞって参加し、全参加者が一体化し、出し物などもボリビアにとけこんだ県系人達の国際性豊な祭典の特色をにじみ出させていた。
(2) 式典つくり: 式典はコロニア オキナワ在住の老・壮・青・少の総力を結集してことに当っていることが感じられ、とくに若い青・少年の参加のすばらしさを痛感した。
(3) 施設: 広大な敷地の中に文化会館・体育館・移民資料館(新設)・移民の父(元大統領)銅像の建立・開拓先亡者慰霊碑(新設)・運動場と有機性をもった沖縄県人センターの堂々たる容姿は、外国よりの参列者に感動を与えた感があった。
(4) 約300家族、一千名足らずの県系人の組織でありながら、なぜこのような施設が可能となっているのか。そして、今回の五十周年祝賀式典に示されている県系人の団結が、一世のみならず、二世・三世の世代を含めていかに結実しているのか。
(5) それに比して、わがブラジル県人会の場合はどうか?
南米最大の県人社会でありながら、県系人の結束の象徴である本部施設はどうか?現在のブラジル沖縄県人会は四十二の支部で構成されており、それぞれの地域で活動し、それなりの効果をあげている訳であるが、 中央においては、県人会本部会館と沖縄文化センターに分散し、県系人が集合できるような総合施設センターが欠如している。
県系人社会の中で、老・壮・青の結束は残念ながら、まだまだ希薄と思われる。
とくに青・少年の活動参加のよわさが見受けられる。
上記のことがらと関係する重大かつ切実な問題として、県人会に日本語教育機関が設立されていないことがあげられる。
(6) 移民100周年を前にして痛切に思うこと。
このブラジルの地に『沖縄県系人ここにあり』とする結束の殿堂『オキナワ総合センター』の建設を熱望するものであります。
U、建設の趣旨
我が祖国日本から、南米大陸ブラジルへ始めて七百八十一名の移住者が到着したのは一九〇八年六月十八日であった。その内の三百二十五名が沖縄出身者であった。彼らは青雲の志を抱いてのブラジル第一歩であった。しかるに彼らが抱いていた理想と現実の差はあまりにもひどく、多くの先輩移住者の道程はそれこそ筆舌につくせぬ悪戦苦闘の歴史であります。
爾来、96星霜、今やブラジル社会の中で日系人を称して『勤勉.正直.信用』の代名詞を冠されるまでになっている。 この代名詞は一重に、我らの先輩移住者が長い時をかけて、それこそ血と涙と汗の結晶としての千金の重さのある名誉ある評価である。
我が沖縄県先輩移住者達は、時代の推移とともに、出稼ぎ精神から永住への決意。ブラジルを第二の古里とすべく、子孫繁栄の為には子弟教育が第一と考え、自己の苦難を省みず、子弟育成に全力を傾注したのである。 その結果が現在当国のいろいろな分野で県系人の目覚しい活躍が見られることは、誠に喜ばしいことである。
しかしながら、時の経過とともに日系人に冠されているその名誉ある代名詞にかげりが見えてきたのは誠に残念なことである。
移民の子弟たちが己のルーツと先輩移住者たちの苦闘の歴史を忘却し、金品、物質優先主義の傾向になりつつあること、また、県人社会の中で、先輩移住者である一世の高齢者と二、三世の壮年及び青年たちとの間に、会話や心の交流が少ないために生ずる結束の弱さ、日本語教育の衰退、また、県人会と文化センターという二分された県人組織のために結束力が分散していることは、誠に遺憾なことであると言わざるを得ない。
このような現状に鑑み、我々は今一度立ち止まり、五十余の民族の集合体からなるこのブラジルの地で、少数民族として他民族の荒波に飲まれることなく、沖縄系移民の子弟として独自性を発揮するために、今、真剣に考慮する時が到来したと考えます。
その時期が、この度の移住100周年であり、この時期を省いては外にチャンスはないと考えます。
今世紀、我々沖縄の民は平和と繁栄を享受していた島であった。しかるに他国よりの侵略、圧政、そして太平洋戦争の最後の激戦地となり、数十万人の犠牲者を出した。焦土と化した沖縄、貧困にあえぐ沖縄の同胞に対し、海外在住の県系人たちは総力を結集して援助物資を送ったのである。 ウチナーンチュの精神的遺産である『ユイマール』の実践であった。
このようにして、我々の祖先や先輩移住者たちは同胞愛の深い人々であった。
古里沖縄を除いては、海外で一番県系人が多く住んでいる国 それがこのブラジルである。
現在、この我々が住んでいる第二の古里ブラジルには約15万人の同胞が在住しております。
我々、ブラジルに住む全ての県系人は、悠久の歴史と高邁な精神性を有するウチナーチュの子孫であり、その血の繋がりは未来永劫に継承されるものである。
来る2008年の移住100周年を迎えるに当り、このブラジルの地に、『ウチナーンチュの心』『ウチナーンチュ魂をよみがえらす地』『全ての世代交流の場』『青少年育成の場』を一堂に建設することを提案するものであります。
この『オキナワ総合センター』が実現した暁は、ブラジルに住むウチナーンチュのみならず世界のウチナーンチュに、大きな夢と勇気を与えることを確信するものです。
V、『オキナワ総合センター』の具体的構想
01、場所の設定
サンパウロ市中心より約30Km以内に土地を求める。(敷地面積約60.000m2)
02、平和祈念塔の建設(敷地の中心に建立)
同祈念塔の横に石版で〔昔から沖縄の民が如何に礼節を重んじ、平和を志向した民族であったかを〕刻印し、ブラジル在住の全ての県系人の心にウチナーンチュとしてのアイデンティティを確立し、祖先に対する畏敬の念と子孫としての誇りを喚起させる。そのような精神を鼓舞することが、個人は勿論、地域社会ひてはブラジル国家の発展に貢献できる人材育成につながるものと確信する。
03、開拓先亡者慰霊碑建設
現在の沖縄県人会の発展は、今は亡き全ての先輩移民の方々の不撓不屈の奉仕的精神と努力の賜物である。先人たちが築き上げた業績に対して、敬意を表し、その霊を偲び、慰霊碑を建立する。
04、納骨堂・位牌保管場の建設
昔から沖縄の特質である『親を崇める』『祖先崇拝』の精神を継続することは大事なことであり、遺骨・位牌を保管する施設を建設する。そうすることに民族意識を恒久的に持続することができる。沖縄の本家よりのウコールの灰の一部譲り受けと家系図の入手。
05、ブラジル沖縄県人会館
同建物の内部には下記の施設が含まれます。
@県人会事務局 A小会議室 B中会議室 C大会議室 D小応接間 E中応接間 F大応接間 G資料保管室 Hインターネット室 I沖縄県人会日本語学校 J図書館 KWUBブラジル専用室 L青年の部屋 M青壮年の部屋 N老人憩いの部屋 O婦人会の部屋 P講習・修養・研修の部屋(生花、刺繍、絵画、料理等) Qレストラン R芸術作品展示場 Sストレッチの部屋
青少年及び大人を対象に日本語学校を開設する。教師は沖縄県の教育庁と交渉し、日本語教育に情熱を有スル、シニアボランティアの派遣をしてもらう。
06、沖縄会館ホール(1500名収容)
沖縄伝統芸能である古典音楽、舞踊、民謡、太鼓、空手等の発表会や全ての県人会行事の開催場として利用します。
07、移民資料館
第一回笠戸丸移民よりの資料を展示して、その歴史を後世に残します。
08、体育館
室内フットボール場、バレーボール、バスケットボール、卓球、庭球等の施設を建設し、若人達のスポーツ交流の場とします。
09、日本庭園
県人会ビルの裏庭は日本庭園を建造する。岩山、滝、池、松 竹 梅等を植え、池には鯉を放流します。
10、ゲート・ボール場(10面)
ゲート・ボール愛好者のために休憩場(トイレ付き)も含めて建築する。
11、大運動場およびサッカー競技場(200メートルコース)
フィルド内に2面のサッカー場を建造する。
12、ミニ球技場(2面)
13、プール(オリンピックコース1個、子供用プール1個)
14、PLAY GROUMD (子供の遊び場)
15、駐車場 (車200台、バス40台)
16、守礼之邦(入口付近)
17、歩道
18、更衣室、トイレ
六万平方メートルの敷地に18の諸施設が合理的に配置されている。
以上、移住100周年記念事業提案として唯一詳細な提案書が日語・ポ語で提出された。
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