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ブラジル沖縄県人会
     沖縄県人会だより  (最終更新日 : 2006/05/05)
2005年07月号

2005年07月号 (2005/08/18) 沖縄方言【いいちむ・やなちむ】良い心・悪い心


第三十回陸上競技大会

実行委員長: 赤嶺保
副実行委員長:謝花清則・名幸豊
 晴天に恵まれた、7月十七日イビラプエラ競技場で恒例の支部対抗競技大会が、七時三十分より四五九名の選手のもと行なわれた。成績は下記。
参加支部 7支部
順位参加支部総参加選手
1位ビラカロン102名6834
2位サントアンドレー86名5531
3位カンポリンポ77名5225
4位ジャバクアラ41名2714
5位サンマテウス72名4824
6位カンピーナス12名
7位サンタマリア69名4623

実行委員長はじめ実行委員の皆さん、そしてプログラムに広告のご協力を下さいました、各商社、救急車を手配くださいました援協の皆さんに厚くお礼を申し上げます。尚下記の方より当日ご芳志を頂きました、有難う御座いました。
Hiroshi Uehara、知花弘之、高安宏治、知花繁雄、金城 徹、島袋安雄、山田孝由、知花広繁、浦嵜直秀、知念直義、仲田 直、伊集守雄、上原幸雄、上原政幸


周年行事

与儀昭雄会長出席
ブラジル佐賀県文化協会(井上清会長)
創立五十周年記念式典 七月三十一日 午前十時
アクリマソン区パンジアカロージェラス街108

ブラジル香川県人会(菅原農夫男会長)
創立五十周年記念式典 七月三十一日午前十一時 
イタイプー街422番地

ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)
創立45周年記念式典 八月七日 午前十時
リベルダーデ区ファグンデス街152番地


第八回県連主催日本祭り

フェスチバル・ド・ジャポンが十五日より華やかに幕を開けた。
郷土食ブースでは沖縄ソバ、焼きソバを出店。又、沖縄文化紹介コーナーでは帰国留学生、研修生による、紅型の衣装もあでやかに伝統芸能を披露しながら、唄い、舞い、語りながら文化の紹介に努めた。素晴らしい文化紹介のコーナーを企画し実行した、下記の方々ご苦労さんでした。
比嘉哲夫、糸数ニュウートン、座嘉比シモネ、佐辺千歳、稲福カリーナ、新城エミ、新城智昭、比嘉エライネ、吉村尊雄、石川ソニア、上原さん(沖縄市研修生)その他多くの市町村研修生の皆さん有難う御座いました。
日本フェスチバルに各県ごとにコーナーを設けて文化紹介をする事も今後の課題ではないか。その点では、立派にそのアイデアを生かした。


老人介護の研修に参加しませんか。研修員募集

七月二十六日付けで 沖縄県観光商工部交流推進課の崎原かおり氏、JICA沖縄国際センターより「老人介護受入人材養成」コースへの研修希望者募集のお知らせがありました。
JICA沖縄国際センターでは、これから高齢化が進む日系社会への対応をすべく、特に老人介護関係の職種に従事していて、研修後もその分野で仕事をされる方、現地での技術指導・継承に繋げていただける方に、JICAの費用で充実した研修を提供したいとの事です。
特にこの研修コースは、JICA沖縄国際センターの独自の企画研修コースということで、沖縄にセンターがあるということからも沖縄県系人の方がいらっしゃれば、より地域とのかかわりをもった充実した研修になると思われます。効果のある研修にならないと、単年度きりで終了してしまうとの事で、継続させていく為にもよりふさわしい方を募りたいとの事です。
近日中に募集要項等を各支部長に送りますので、会員への衆知方をお願い致します、会員によくご理解してもらいますよう重ねてご協力をお願い致します。
詳しいことは沖縄県人会事務局にお問い合わせください。


パルメイラ苗木の寄贈

元留学生のDr.Cazuo Ishimine 氏よりお世話になった県人会に何かお役に立てばと、パウメイラの苗木の寄贈をしたいとの便りがありました。
どなたか欲しい方が居られましたら、事務局までご一報ください。


八月の行事

◎バレーボール大会
と き: 八月七日(日)
ところ: 沖縄文化センター
Av.7 de Setembro 1670, Diadema
実行委員長: 源河シダ

◎柔道大会
と き: 八月二十一日(日)
ところ: サンカエターノ
Rua. Bell Aliance,149, Jardim São Caetano, São Caetano do Sul
実行委員長: 知花マリオ

◎県連主催県人会対抗ゲートボール大会
と き: 八月十四日(日) 午前八時 開会
ところ: ブラジルゲートボール連合コート
Rua. Leonaldo da Vinci, 1550 Vila Guarani


戦後六十年

私たち家族は玉城村仲村渠で生活していた。
一九四五年一月、十九歳になった兄は初年兵として徴兵された。入隊する二日前に家族で開いた夕食会で兄が「今度の戦はもう勝てない。戦場で負けると思ったら、迷わずかえってくるからね」と母に話した。
しかし母は「そんなことをしたら家族だけでなく親族も皆日本兵に殺されてしまう。そんなことはしないでくれ」と必死で説得した。
終戦後、兄は浦添での戦闘に出撃し、艦砲射撃で死んだ。そのことを同じ戦場から逃れて生き残った兄の同級生から聞かされた。母は「私があんなことを言わなければ、逃げてきて生き残っていたかもしれない。あの子を殺したのは私だ」と自分を責めていた。そばで見ていた私もどう声をかけていいのか分からず苦しかった。戦後すぐに、多くの遺体を両親は捜したが白骨化して積み重なっていて結局、我が子の遺体は見つけることが出来なかった。母は兄が死んだことを自分のせいだとして、亡くなるまで苦しんでいた。
戦争の悲しみや、苦しみは何年経っても消えることはなく、心に刻みこまれたままだ。
玉城村 金城善徳さん(七十一歳)
以下沖縄タイムスより

開南健児の塔慰霊祭 糸満市米須
中山善彦 同窓会会(八十歳)「戦後六十年、日本は憲法を改悪し、近隣から平和国家として受けた信頼を自ら壊そうとしている。亡くなった者の無念をかみしめ、憲法9条改悪を絶対、反対することを誓う。
山城トルさん(一〇〇歳) 「長男の巌が十八歳で亡くなった。石川に避難していたが、米軍上陸後、攻撃が一時やみ、学校へ行くと那覇へ向かい、それきりだった。おとなしくていい子だった。歩けるうちは毎年来ます。

農林健児の塔慰霊祭 嘉手納町嘉手納
伊保清信会長(八十二歳)「戦死された方々が静かに休まれるよう永久にこの地でお休みください。戦争から六十年が過ぎた。悲惨な戦争を風化させることなく、不戦の誓いを堅持し、恒久平和の確立に努めたい」。
古堅宗光さん(七十九歳)「塔が再建され、生き残ったも者としてほっとしている。同級生が数多く亡くなった。
塔に刻まれた友人の名前を見て懐かしいが、気の毒に思う。多くの遺族が来てくれて友人達も喜んでいると思う」。

白梅の塔慰霊祭 糸満市真栄里
松本須美会長(七十九歳)
「何年経っても慰霊の日になると、当時の悲惨な状況が胸に込み上げ、二度と戦争をおこしてはいけないとの思いを新たにする。米軍による県内の事件・事故が後を絶たなかったり、イラクのニュースに触れるたびに、人ごととは思えない」
宮城澄子さん(七十二歳)
「六十年たっても、在りし日のお下げ髪の姉がよみがえり、ついこの間のことのようだ。毎年、子や孫を連れて参加している。体験者は高齢化しているが、恒久平和を次の世代へつなぐ場所としてこの霊地を何とか残していきたい。

沖縄工業健児の塔慰霊祭 糸満市摩文仁
石川秀雄遺族会会長(七十一歳)
「四つ上の兄が在学していたが、青春を全う出来ずに若くしてなくなった。今、日本が平和なのは多くの犠牲があったから。我々は多大な死を無駄にしないためにも、平和を求め続けていかねばならない」
松原大一さん(七十七歳)
「六十年もたって同級生の顔はよく思い出せない。だが、艦砲射撃の雨のなかを逃げている途中に、目の前で撃たれた友の姿は覚えている。これからの若者にこんな悲しい記憶を持って欲しくない」

ひめゆりの塔慰霊祭 糸満市伊原
石橋芳子会長(八十四歳)
「戦争を知らない子が大多数を占めるようになり有事法が制定される中、戦争の実相や命の尊さを語り継いでいくことの大切さを痛感している。今後若い世代の証言員の育成に力を入れていきたい」
仲本賢広さん(八十五歳)
ひめゆり学徒隊で九歳下の末の妹を亡くした。一九四四年の夏休みに、沖縄は危険だから八重山に引き上げようかと迷っていた。結局それが家族と会った最後になった。二度と戦争を繰り返してはいけない。

ずゐせんの塔慰霊祭 糸満市米須
新元貞子同窓会長(八十一歳)
「看護隊として六十六人が従軍三十三人が戦死した。十五、六歳の乙女たちが命を落とさねばならなかったことは、無念だった労と思う。六十年の節目だが、まだ同窓生は五百人いる。今後も慰霊祭を続けるつもりだ。
星野正子さん(七十八歳)
「毎年この日がくると、亡くなった友達のことを思い出す。どんなにか生きたかっただろうに。みんな高齢化で動けなくなりつつある。無理なく慰霊祭を続けるにはどうしたらいいのか、考えていきたい」

南洋群島慰霊祭 那覇市真地
宜野座朝憲(七十四歳)
米軍機による度重なる空襲で住む場所が焼かれ家族を失った。終戦六十年を経てもあの忌まわしい大戦を忘れることは出来ない。孫に二度とこんな思いはさせたくない」
宮城トミさん(七十八歳)
両親と妹二人をサイパンで亡くした。戦争という言葉を聞くだけで悲しくて切なくなる。何処を逃げて、どう生き延びてきたかをまるで昨日のように覚えている。生きている限り、戦争での苦しい思いは断ち切れない」

南燈慰霊の塔慰霊祭 名護市大西
日が敏雄同窓会長(七十七歳)
「学友みんなが戦線に駆り出され、死を懸けた青春だった。此処には同窓生ら三七〇人以上の御霊が祭られている。国が危険な道に進む中生き残ったものには再び戦争の惨禍を迎えないように努める義務がある」
崎浜道子さん(七十歳)
5人兄弟のうち兄二人が亡くなった。毎年この時期になると、当時思い出して胸
が締め付けられる。生活が貧乏であっても、基地は亡くしたほうがいい。人がたくさん死ぬ戦争をもう二度とおこしてはならない」

六十年前、悲惨な地上戦を体験し奇しくも生き残った高齢者の生の声である、沖縄での惨状をつぶさに語ってくれた。
ブラジルでもTVグローボが「戦後六十年として」、広島、長崎の原爆投下について紹介し、その悲惨さをファンタスチコで取り上げた。
又NHKでもつい最近沖縄の惨状を報道している。
戦争という名のもとに人間同士が殺しあった沖縄での出来事を、次世代の子らに伝えねばならない。


定例理事会

ブラジル沖縄県人会 会長 与儀昭雄
司会 副会長 安富祖元

◎報告事項
一、会務報告: 日語書記 国吉次郎・ポ語書記 与那嶺ルベンス
二、会計報告: 一般第一会計 松堂忠顕・育英第二会計 島袋安雄
◎経過報告
一、九州ブロック運動会: Yasuo Shimabukuro
二、慰霊法要: Paulo Yamashiro
三、ゲートボール2大会: Kinhei Gushiken
四、会館改修工事: Kimei Kakinohana / Yukihide Kanashiro
五、エレベーター: Tatsuo Sakima
六、県連日本祭り: Akeo Yogui
七、世界平和の日: Akeo Yogui
八、百年祭ヒッファ: Akeo Yogui
◎準備報告
一、陸上競技大会: Tamotsu Akamine
二 バレーボール大会: Cida Guenka
三 柔道大会: Mário Chibana
四 子供祭り: Tério Uehara
五 弁論大会: José Kanashiro、Shinji Omine
六 芝居: Shigueko Gushiken
七 其の他

来月の定例理事会は2005年8月11日です。


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