| 09・01(木) |
ジュニアスタディツアーに参加して
私は宮城明子ベアツリスです。
ブラジル国サンパウロ州アララクアラ市で生まれて現在も当市に住んでいます。
去った7月13日から28日まで平成17年度ジュニアスタディツアーに参加しましたが、私にとってこれから先いつまでも忘れられない素晴らしい毎日を送った旅行でした。
沖縄について、初めてお会いした親戚の家にホームステイをした時、私を迎えてくださった叔父さん、叔母さん、家族の皆さんから受けた温かい心は心配でかたくなっていた私の心をときほごしてくれました。そして毎日おじさん、おばさんたちに案内していただき沖縄のあちらこちらを自分の目で見、耳で聞き日毎に沖縄の素晴らしさを知ることが出来ました。それからご先祖様のお墓参り、そしてお祖母さんが心残りになっていた、お世話になった仏様へお線香を上げるとき、仏壇の前で私は胸がいっぱいになりました。
一週間目に県庁でジュニアスタディツアーに参加している皆さんと初めて会いました、知事から「よくいらっしゃいました、沖縄をよく知って楽しく過ごして帰ってください」とご挨拶を頂き、わたしたちはホテルに行き、そこでアメリカ、カナダ、ペルー、アルゼンチン、フイリッピン、イギリス、沖縄、ブラジルから来ている各自の自己紹介があってから各国の歴史、文化の紹介がありました、コンピュータから映し出される映像で其々の国の歴史、文化、産物などは知りませんでしたから、とても良い勉強になりました。
翌日はヤンバルで川と森が調和されている、雄大な大自然の素晴らしさに心を奪われ美ら海水族館でブラジルでは見られない、珍しい魚や、さんご、海の星を見たときブラジルの皆さんにも見せたい気持ちでした。そして首里城に行って中に入ったとき、おかれている王冠、素晴らしい装飾、その中に立った私は沖縄県になってもう百数十年が過ぎた現在も王朝時代の威厳が私の心に伝わってくるような感じを受けました。
このときの気持ちは他の人に話しても、この首里城に入らないと分からないと思います。
そして私は首里城を訪ねられた幸せをかみ締めながら首里城を後にしました。
平和記念堂ではガラスケースの中に残されている数々の遺品、そしてテレビに映し出される爆撃されている沖縄の様子、たくさんの亡くなられた方々の名前が刻まれている墓碑、このすべてのものが、私に戦争は絶対にしないで!という叫びになって聞こえるようでした。私はイラクのたえない自爆テロ、イギリスで起きたテロ事件をテレビで見た時感じた、可哀想にという気持ちが平和記念堂を出る時には戦争は絶対に許せない強い気持ちになりました。これからもこの気持ちを忘れずに平和を守るお手伝いがしたいと思いました。私は海に囲まれた沖縄へ行かれると決まったとき、海が見られる喜びもありました。なぜなら私は海を見たことがありませんでした。その私がサンゴが見える澄んだ水の海に入り、泳いだときの嬉しさ、よろこびは私だけが分かることでした。そしてこれから先、ブラジルで海へ行く機会があるときには、このときの喜びを思い出すことでしょう。
私は小さい時から沖縄の踊りが大好きで習っていました。今度沖縄で新しい舞踊「浜千鳥」を教えていただいた時はとても嬉しかったです。これからも、舞踊を続けていきたいと思っています。沖縄の旅から帰ってきて、私は沖縄県人の子孫であることに誇りを持ち大学を卒業したときには留学生として、沖縄で勉強できるように今まで以上に日本語も勉強して、もう一度沖縄に行かれるように頑張ります。
最後に稲嶺知事、委員の皆様、私たちと同室して下さったお姉さんたち、私たちと遊んでくださったボランテイアの皆さん、ホームステイをさせて頂いた山田義康叔父さん、叔母さん、そしてサンパウロ沖縄県人会々長はじめ皆様、アララクアラ県人会の皆様、私たちを連れて行ってくださった松堂忠顕様に心からお礼申しあげます。
最後に私を喜んで送ってくださった、お祖母さん、当間おじさん、叔母さん、ママイ有難う御座いました。
2005年8月29日 宮城明子ベアツリス
2005年度スタディ・ツアー
私が試験を受けに行った時、一部が日本語の知識についてでしたので、初級程度の日本語しか知らない私は、まず合格は無理だと悲しい思いをし試験場をあとにしました。結果もその通りで、選ばれませんでした。でも数日後、私が他の人の代わりに行けると電話で知らされた時、感激しました。
出発の一週間前になると、だんだん心配になってきました。日本語が話せない私はどうしたらいいだろう、家族(親戚)の人達に気に入られるだろうか、新しい友達が出来るだろうか、等等。飛行機の中で過ごしたほぼ2日間の間、怖さと期待が同時に膨らんでいきました。
那覇に到着したとき、最初に感じたのは暑さでした。そして、従姉妹たちに会ったとたん緊張してしまいましたが、案に相違して私の家族はとても歓迎してくれ、とても良くしてくれ気を使ってくれました。会えるとは想像もしていなかった従兄弟や、祖父母に会うことができ、とても幸せでした。家族の墓参りをし、祖父(私が生まれる前に亡くなったので、会ったことがありませんが)の生家を訪ね、ブラジルには無かった父や伯父(叔父?)達の小さい頃の写真を見せてもらい、1世紀以上の歴史を持つ私の家族のことを知ることができました。
そして、待ちかねていたスタディ・ツアーの始まりです。1日目は皆少し恥ずかしがっているようでしたが、日を重ねるにつれ、多くの特別なそして、素晴らしい心を持っている人達だと分かり、永遠に忘れられない友達を作ることができました。習慣や言葉の違いがあっても、深いところで私達は皆同じだと気付きました。同じような家族に良い生活を求め移民として出かけていったという歴史をもち、そして皆同じく沖縄にルーツを持っています。
その他、歴史、文化そして沖縄の人々の日常について、もっと識ることができ、私が一番気に入ったのは舞踊、平和記念館と沖縄伝統の工芸品でした。
ブラジルの沖縄県人会の方々に、私をブラジルからの代表として選んでくださったことに感謝いたします。そして沖縄県知事を始め沖縄の方々にこのような素晴らしい、おそらく二度とはない機会を与えてくださったことに深く感謝いたします。生涯忘れえぬ思い出と感激、忘れられない友情、そして何よりも、私の親戚・家族、友達、そして沖縄人より受けた親切、愛情そして人情深さは私の一生の宝となるでしょう。
オブリガード、グラシアス、サンキュー、どうもありがとうございました。
大城ナオミ |
| 09・04(日) |
玉城琉・小太郎会ブラジル支部初代支部長 故石川スエ追悼式が行なわれ、追悼公演が午前10時より幕を開けた。石川スエ師範の功績を称え謹んでご冥福をお祈り申しあげます。後援に因んで小太郎会より県人会に1000レアイス、県人会育英資金へと500レアイスのご厚志を頂きました。厚くお礼を申しあげます。 |
| 09・05(月) |
岐阜県化学情報大学の田中信雄氏(情報科学芸術大学院大学表現研究科2年)よりメールを受けました。「沖縄出身の祖父母をもつ日系三世のブラジル人が祖父母の故郷沖縄を訪ねて撮影した映像を、ブラジルに住む沖縄出身の方々に見せたい」との想いからブラジルに2週間滞在中に県人会役員とお会いし、アドバイスを受けたい機会を望まれましたが、連絡不充分の為機会を作れませんでした。
「その島は幾度となく侵略され、名前も言葉も歴史も替ええられてきた。今日、(ほかのアジアの島と同じように)島には軍が駐留し、さらに複雑な状況を作っている。この島は時間にとじこめられている。その時間は移民しなければならなかった人達の子供の記憶に存在している。もともとの名前や歴史を失いながらも目や口や皮膚に身体的な特徴として焼き付いている」 |
| 09・18(日) |
県人会主催歌謡カラオケ大会 実行委員長 安富祖マルタ
参加者 282名が其々のカテゴリアに挑戦した。
審査委員は 渕見エウザ先生、佐藤ゼツリオ先生、金城清美先生 |
| 09・25(日) |
九州ブロック演芸祭 午前9時開始 担当県大分県人会
九州ブロック8県による芸能祭は64プログラムが紹介され4時30分に無事終了した。
訃報 病気療養中の花城清和氏が永眠されました。第11代 沖縄県人会会長としてご活躍された数々の功績に対し心から深く敬意を表し謹んでご冥福をお祈り申しあげます。
10月度行事
2日(日)
ブラジル沖縄ブンカセンター理事長 与那嶺真次
第2回 沖縄角力大会午前9時開始
実行委員長: 松堂忠顕
副実行委員長: 島袋安雄
10日(月)
沖縄県県費留学生 石川健児君12時55分沖縄向け出発
12日(水)
第1回子供祭
実行委員長: 上原テリオ
副実行委員長: 高良仁一、金城幸秀
14日(金)
宮城調智前会長 サンパウロ市議会より名誉市民証 授与祝賀会 午後7時市議会議事堂
16日(日)
琉球舞踊(会長 城間和枝)コンクール
実行委員長: 国吉涼子
第1回子供祭
定期総会で承認されました子供祭が、いよいよ「第1回子供祭」として下記の通り開催することになりました。
この催しは、当県人会の初めてのイベントであり、私たち県人会の将来を担う若人の祭典として実現したいと思います。この催しにつきましてはアンケート調査や支部長会議でもご要望が高く、実行委員会では各支部の青年部を訪問し、協力を得て準備を進めております。当日はご家族お揃いでご来場くださって、ともに楽しい一日を過ごされますようご案内申しあげます。
第一部
子供たちに喜ばれる多彩なゲーム(手品、ショウー、バラック)
食堂ではいろいろな手作り料理等準備しております。
第二部
午後6時より10時まで各支部青年部によるバラーダ(ダンス)にぎやかな企画でもって皆様をお待ちしています。
第28回 琉球舞踊コンクール大会へのご案内
新春とはいえ、まだまだ肌寒い今日このごろですが、会員の皆様方には御元気で御過ごしの事とお喜び申し上げます。
平素は県人会運営のためご支援、御協力下さいまして誠に有難う御座います。
今年も私達の素晴らしい伝統芸能、琉球舞踊コンクールが下記の通り開催される事になりました。皆様には公私共々お忙しい事と存じますが、万障お繰り合わせの上早々とご来場下さり、出場者の日頃積み重ねた努力に暖かいご声援を送って下さる様謹んでご案内申し上げます。
と き: 2005年10月16日(第3日曜日) 午後1時開演
ところ: ブラジル沖縄県人会 大サロン
司会: 知花良治
開会の挨拶 与儀昭雄
実行委員長挨拶 国吉涼子
審査委員長挨拶 城間和枝
賞状授与 与儀昭雄
審査後評 城間和枝
閉会の辞 上原武夫
審査委員長: 城間和枝
審査委員:
城間和枝、金城節子、栄野川美代子、知花千恵子、古我知ゆり子、島袋順子、具志堅洋子、具志堅シゲ子、宮城ふみ子
プログラム司会: 知念直義
職務分担
受付:
松堂忠顕、知花盛孝、岸本恵祥、上原武夫、国吉次郎、与那覇朝昭、山城八重子記録集計係:
島袋安雄、崎間達雄、安富租 元、上原義雄、安富祖マルタ、源河シダ
進行係:
上原真正、新城盛春、新垣盛繁、各舞踊道場(研究所)より一名あて出す事 賞状係: 事務局
音響舞台係: 照屋真一郎
今年は、天願末子さん、仲田和美さん、山城サチエさん、与儀明美さんによる特別ショウを企画しております。みなさんご期待ください。
来年度琉舞コンクールの指定曲は以下の通りです。
新人の部
@瓦屋節
A上い口説
B本貫花
C湊くり節
優秀の部
@ 前ぬ浜(男)
A 天川(女)
最高賞の部
@ 高平良万才(男)
A 柳(女)
協和婦人会ご自慢の沖縄そば・食事の用意もして御座います。
来月の定例理事会は2005年11月10日です。 |