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(最終更新日 : 2008/08/25)
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来伯
沖縄県人会に「笠戸丸移民」の手型が保存
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沖縄県人会に「笠戸丸移民」の手型が保存 (2006/06/28)
「笠戸丸移民」の手型(撮影:松本浩治)
一九〇八年に日本移民が渡伯して今年で九十八年。第一回移民七百八十一人(農業契約移民)の中でも、沖縄県人は三百二十五人と半数近くを占め、沖縄県人会(与儀昭雄会長)の資料室には、すでに他界している金城山戸さんのものなど、笠戸丸移民四人の手型が今も保存されている。県人会では、二年後の移民百周年に向けてこれまでに保管されている史料を改めて整理し、貴重な記録として後世に残す考えを示している。
沖縄県人会で保存されている手型は、(1)金城山戸さん(2)石原ウシさん(3)宮平カメさん(4)大城カメさんのもの四人分。手型を取った年月は不明だが、死亡年月などから七〇年代前後と見られる。
(1)(2)(3)は木枠にコンクリートを流したものに手型が取られ、名前が書かれてあるが、(4)は石膏(せっこう)で両手両足の型が取られており、両手の指紋までくっきりと残っている。
ブラジル沖縄県人移民史(九十周年史)などによると、金城さんは一八九三年十一月に南風原村で生まれ、十五歳で構成家族を組んで渡伯。同船だった賭博師「イッパチ」の俗称で有名な故・儀保蒲太氏とは同じ村出身で、実弟のように可愛がったとの記述がある。金城さんは一九八八年六月十七日、移民八〇周年の前日に九十四歳で亡くなっている。
石原ウシさんは、同じ笠戸丸移民の夫・昌三さんととともに十八歳と十七歳という若さでブラジルに渡った。当時、独身だったウシさんは、家長だった叔父の島袋蒲氏の仮の妻となり、同じく独身だった昌三さんらと構成家族を形成し、その後に結婚。一九八四年四月に九十三歳の長寿をまっとうしている。
九九年当時の記録では石原さん家族は、「今日(こんにち)、第五世代が誕生するまでに拡がっている」とし、「一族は実に百八十三人を数える」とある。ちなみに、〇六年現在で日系社会全体ではすでに六世が誕生しており、石原さんの家族数はさらに増加していると見られる。
宮平カメさんは、同じ笠戸丸移民の故・牛助さんと結婚、移民七〇周年後まで健在だったという。牛助さんはサントスの港湾人夫などを経て、ジュキア線開拓移民の指導者としてバナナ栽培で黄金時代を築いた。子弟教育にも尽力し、聖州立学校「ウシスケ・ミヤハラ」の名前は有名だという。
南マット・グロッソのカンポグランデに在住していた大城カメさんの手型と足型にはそれぞれ、当時の居住地のほかに生年月日が刻まれ、一八九〇年七月五日生まれとなっている。
なお、四人は笠戸丸移民先駆者として一九六八年の移民六〇周年を記念して、ともに勲六等瑞宝章を受章している。
沖縄県人会では、現在保存している県人とその子弟たちの膨大な記録史料を、二年後の移民百周年に向けて少しずつ整理していく考えだ。(サンパウロ新聞)
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