移民百年祭
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ニュース・出来事
(最終更新日 : 2008/08/25)
--- ニュース・出来事 目次 ---
- 沖縄県人会クリチーバ支部記念式典・祝賀芸
能公演
- 与儀マリアさん、上江洲ネリさん四十年ぶり
の再会
- 沖縄県費留学で琉球舞踊の技を磨いた斎藤悟
さん
- 沖縄県人会に「笠戸丸移民」の手型が保存
- 沖縄郷土祭りに2000人=ミス琉装が華や
ぎそえる
- 「いちゃりばちょーでー」で歩んだ80年=
80周年夕食会盛大に=300人が先人の営
み称える
- 沖縄県人会ビラ・カロン支部創立50周年記
念法要・式典
- 沖縄県人会「協和婦人会」創立40周年記念
式典
- 地域と共に育った祭り=ビラ・カロン=オキ
ナワ祭りに8千人=賑わう芸能、郷土料理に
舌鼓
- 沖縄県人会移民100周年祭実行委員会発足
- 大好評!設備資金カンパ芸能祭
- 国境を越え、故郷に届け 第13回民謡大会
- 日南貿易、サンパウロ支所誕生!
- 中城村人、交流親睦会
- ブラジル沖縄青年隊移民五十周年記念祭
- 「こども祭り」盛況に=13支部の青年が協
力
- 沖縄県人会カンポ・グランデ支部創立85周
年式典
- 「ブラジル読谷村人会のあゆみ」出版記念祝
賀会
- 笠戸丸移民の父親の三線を保管する宮城清信
さん
- 宜野座村第二次南米3か国派遣研修生来伯
- プローヴァ・デ・フォーゴ=聖市=今年は「
沖縄」テーマに=県人会から4百人が参加
- プローヴァ・デ・フォーゴ=沖縄移民に想い
を込めて=県人会から6百人が参加
- 移民百周年資料館建設へ=沖縄総会=行事や
め資金作りに全力=母県、伯政府からも支援
- 「さんしんの日」移民100周年特別資金造
成芸能祭
- 08年中城村人敬老会
- 県連初の2世会長誕生 役割分担を強調した
与儀会長
- 花城淑子さん100歳誕生祝賀会
- 国内5か所で『夢の架け橋』 創作芸団レキ
オスが初見参
- 大盛況のレキオス初来伯公演
- 沖縄県人会ビラ・カロン支部創立50周年記
念誌記者会見
- ビラ・カロン支部創立五十周年記念誌出版祝
賀会
- 事故死で父を亡くした孤児らが38年ぶりに
来伯
「いちゃりばちょーでー」で歩んだ80年=80周年夕食会盛大に=300人が先人の営み称える
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「いちゃりばちょーでー」で歩んだ80年=80周年夕食会盛大に=300人が先人の営み称える (2006/09/11)
八十年の歴史を振り返るスライドが上映(松田正生氏撮影)
「いちゃりばちょーでー(出会ったら皆兄弟)」の精神をこれからも――。今年創立八十周年を迎えたブラジル沖縄県人会の記念夕食会が二十五日夜、聖市の同県人会館ホールで開かれた。県人会の前身、球陽協会の設立から八十年。歴代会長、長年の関係者をはじめ老若男女三百人以上が訪れ、節目の年を祝った。
笠戸丸移民七百八十一人のうち三百二十五人を占め、ブラジル日本移民史とともに歩んできた沖縄県人。これまでは、戦争中の活動停止期間を引いた形で周年事業を行ってきたが、このほど、その期間を合わせ八十周年を祝うことになった。
県人会の前身である球陽協会が創立されたのは、笠戸丸から十八年後の一九二六年八月二十二日。ジャーナリストの翁長ヒデオ氏の父、翁長助成氏が初代会長をつとめた。会員の相互扶助、新移民の世話などにあたったが、四一年、日本の第二次大戦参戦にともない活動を停止する。
「在伯沖縄海外協会」として活動を再開するのは戦後の五三年。それに先立って四七年には戦災による母県の窮状を救うため、赤十字の協力のもとに「救援委員会」を組織、食料品や衣類、学用品などを送っている。
七八年に現在の名前に改称。五十年代には全伯に六十以上の支部を数えたが、今年六月に発足したクリチーバ支部をあわせ現在四十四支部が活動。会員数は約三千家族に上る。
「今私たちが何不自由ない生活を送っているのは先輩たちのおかげ。心から感謝申上げるとともに、親たちに教わった『いちゃりばちょーでー』『ちむぐくる(真心)』の精神をこれからも続けていきたい」。会冒頭にあいさつした与儀会長は、歴史を振り返り、県人会の八十年を支えてきた先人に謝意を表わすとともに、沖縄の伝統文化、習慣を守りつづける決意を語った。
そして、七一年に県人会から分離したジアデマの沖縄文化センターとの合併が決議されたことを報告。「私たち二世、三世、四世はこれからも会を愛し、祖先の営みを続けていくことを約束します」と述べた。
歴代会長によるケーキカット(松田正生氏撮影)
夕食会は午後八時に開始。上原幸啓文協会長、松尾治県連会長、志村豊弘聖北文化体育連合会長、神谷牛太郎聖市議などが来賓として訪れた。来伯中の西原篤一・在那覇ブラジル名誉領事も出席し、県人会に記念品を贈ったほか、同氏がブラジル沖縄県人移民百周年を記念して作詞作曲した「ふるさと沖縄音頭」を披露した。
沖縄出身の上原文協会長は、ブラジル移住後、一九四六年にサンパウロに出た時、翁長助成・球陽協会初代会長が経営するペンソンに滞在し勉学に励んだ思い出を披露。改めて感謝の意を表わすとともに、苦労の中、子弟教育に情熱を傾けた先人を称えた。さらにポルトガル語で若い世代に向け、「一世が苦労をし、君たちを勉強させた。移民の先人たちの犠牲があって今があることを忘れてはいけない」と語りかけた。
この日は、歴代会長をはじめ、県人会関係者約三百人が会場を埋めた。伊差川実・元会長の発声で乾杯。夕食を囲んでにぎわう会場では、八十年の歴史を振り返るスライドが上映されたほか、琉球舞踊、民謡などの芸能も披露され、十一時過ぎまでにぎわった。(2006年8月30日 ニッケイ新聞掲載)
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