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     ニュース・出来事  (最終更新日 : 2008/08/25)
ブラジル沖縄青年隊移民五十周年記念祭 [画像を表示]

ブラジル沖縄青年隊移民五十周年記念祭 (2007/10/11)
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ケーキカットをし、祝う会員たち(上間優年氏撮影)
 第二次世界大戦中、世界で最もまれに見る悲惨な地上戦を繰り広げたとされる沖縄県。戦後、荒廃した青年たちの将来のために、沖縄青年連合会の瑞慶覧長仁初代会長(故人)が各市町村や海外協会、当時の琉球政府に働きかけ、誕生した沖縄産業開発青年協会。その第一次青年隊が一九五七年四月十一日に来伯し、今年で五十周年を迎えた。九月三十日、在伯沖縄青年協会(宮平守雄会長)主催のブラジル沖縄青年隊移民五十周年記念祭典が、ジアデーマの沖縄文化センターで開かれ、半世紀の節目の年を祝った。
 式典を前に、青年隊第一次から十四次まで派遣されたことにちなんで、隊別に十四本の沖縄桜が同敷地内のグラウンド横に植樹された。引き続き、青年隊先没者への慰霊法要が梶原義人本派本願寺サント・アンドレー分院住職導師のもと、厳修された。
 献楽の儀、献茶と献花の後、宮平会長は「あなたたちの子弟があらゆる社会分野で活躍し、子を育てている。そして今日という日に参加してくれています。喜んで下さい」と追悼の辞を述べた。 梶原導師の読経後、関係者と来場者全員が故人たちを偲びながら焼香し、法要終了後に昼食をとり、これまでの青年隊の歩みを紹介する「ブラジル沖縄青年隊移民物語」と題したスライドショーが放映された。
 放映中、来場者は次々に映し出される当時の青年隊や生活の様子を回顧しながら、懐かしさと苦闘の日々の思い出に感嘆の声を上げていた。
 スライドショー終了後、記念式典に移り、山城勇同五十周年祭実行委員長は「先日、この記念祭典のために行ったチャリティー芸能祭でも予想以上の皆様に参加していただいた。今日の出席といい、皆さんの絶大なご協力、チムグクル(沖縄方言で真心の意)に本当に感謝します」と述べた。 ついで、女子青年隊代表や青年隊子弟代表挨拶後、歴代青年協会会長を初め、協和婦人会、うるま婦人会、各賛助会員に表彰状が授与された。
 歴代会長を代表し、渡嘉敷唯康第十九代会長が「青年隊がここまで来れたのもひとえに皆さんの協力のおかげです」と挨拶すると、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
 当日は母県から慶祝団六人や神谷牛太郎市議が参加。伊集盛元沖縄産業開発青年協会理事長に代わり、安谷屋幸勇副理事長が祝辞を代読。また、仲井間弘多県知事や飯星ワルテル下議からの祝電も届けられ、式典に花を添えた。
 式典後、祝賀演芸プログラムは野村流音楽協会ブラジル支部や琉球筝曲保存会ブラジル支部会員らの合同演奏で開幕。
 県人十八番のかぎやで風節や琉球民謡、琉球太鼓だけでなく、ベンジャミン・コンスタント高校生徒たちによる国際民族舞踊も披露され、会場の盛り上げに一役買っていた。
 第五次青年隊として同じ船で渡伯したという、親川武夫さん(七十一歳・一世)、稲福具洋さん(七十歳・一世)は「着伯以来、四十八年ぶりに出会った」と二人で驚きと嬉しさを隠しきれない様子。稲福さんは「青年隊は組織は小さいが、本当に素晴らしいことをやってくれた」と同隊主催の式典を賞賛した。
 フィナーレは演者、参加者約千二百人全員でカチャーシーを踊り、午前九時半から始まったにも関わらず、最後まで席を立たず来場者全員で祝う姿が印象的な式典となった。
 同青年隊は一九五七年の第一次青年隊派遣を皮切りに、一九六四年の第十四次隊まで派遣された。またブラジルへの派遣は総勢三〇三人となっている。(2007年10月サンパウロ新聞掲載)


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