移民百年祭
Site map
移民史
翻訳
---- 移民百年祭 目次 ----
- ホームページ
- 青木カナ・ド・ブラジル
- ありあんさ通信
- 憩の園
- イタケーラ植民地
- 宇江木リカルド作品集
- 岡村淳のオフレコ日記
- Quem e Quem
- 紺谷君の伯剌西爾ぶらぶら
- 在ブラジル原爆被爆者協会
- サンパウロ人文科学研究所
- 水耕栽培プロジェクト
- たこ焼きマンが行く
- 炭素循環農法【無施肥・
無農薬による自然農法】
- トッパン・プレス
- 南米漂流
- 農拓協
- PAISAGEM
- 伯国東京農大会
- バストス日系文化体育協会
- 福博村
- ブラジル沖縄県人会
- ブラジルの植物
- ブラジルの落書き
- ブラジル日和
- 北海道日伯協会
- マツモトコージ苑
- マツモトコージ写真館
- 山中三郎記念バストス地域
史料館
- ユバのホームページ
- 老人クラブ連合会
ブラジル沖縄県人会
--- ブラジル沖縄県人会 目次 ---
- トップページ
- ブラジル沖縄県人会小史
- 100周年日程表
- 100周年記念事業
- 沖縄県人会だより
- 会務報告
- ニュース・出来事
- スナップFOTO
- 歴史写真
- 母県新聞記事
- 筝曲興陽会ブラジル支部
- オピニオン(OPINION)
- 支部所在地
- Noticias(Portugues)
- 刊行本
- 歴代県人会長
ニュース・出来事
(最終更新日 : 2008/08/25)
--- ニュース・出来事 目次 ---
- 沖縄県人会クリチーバ支部記念式典・祝賀芸
能公演
- 与儀マリアさん、上江洲ネリさん四十年ぶり
の再会
- 沖縄県費留学で琉球舞踊の技を磨いた斎藤悟
さん
- 沖縄県人会に「笠戸丸移民」の手型が保存
- 沖縄郷土祭りに2000人=ミス琉装が華や
ぎそえる
- 「いちゃりばちょーでー」で歩んだ80年=
80周年夕食会盛大に=300人が先人の営
み称える
- 沖縄県人会ビラ・カロン支部創立50周年記
念法要・式典
- 沖縄県人会「協和婦人会」創立40周年記念
式典
- 地域と共に育った祭り=ビラ・カロン=オキ
ナワ祭りに8千人=賑わう芸能、郷土料理に
舌鼓
- 沖縄県人会移民100周年祭実行委員会発足
- 大好評!設備資金カンパ芸能祭
- 国境を越え、故郷に届け 第13回民謡大会
- 日南貿易、サンパウロ支所誕生!
- 中城村人、交流親睦会
- ブラジル沖縄青年隊移民五十周年記念祭
- 「こども祭り」盛況に=13支部の青年が協
力
- 沖縄県人会カンポ・グランデ支部創立85周
年式典
- 「ブラジル読谷村人会のあゆみ」出版記念祝
賀会
- 笠戸丸移民の父親の三線を保管する宮城清信
さん
- 宜野座村第二次南米3か国派遣研修生来伯
- プローヴァ・デ・フォーゴ=聖市=今年は「
沖縄」テーマに=県人会から4百人が参加
- プローヴァ・デ・フォーゴ=沖縄移民に想い
を込めて=県人会から6百人が参加
- 移民百周年資料館建設へ=沖縄総会=行事や
め資金作りに全力=母県、伯政府からも支援
- 「さんしんの日」移民100周年特別資金造
成芸能祭
- 08年中城村人敬老会
- 県連初の2世会長誕生 役割分担を強調した
与儀会長
- 花城淑子さん100歳誕生祝賀会
- 国内5か所で『夢の架け橋』 創作芸団レキ
オスが初見参
- 大盛況のレキオス初来伯公演
- 沖縄県人会ビラ・カロン支部創立50周年記
念誌記者会見
- ビラ・カロン支部創立五十周年記念誌出版祝
賀会
- 事故死で父を亡くした孤児らが38年ぶりに
来伯
花城淑子さん100歳誕生祝賀会
[画像を表示]
花城淑子さん100歳誕生祝賀会 (2008/05/10)
満足した表情で誕生ケーキの火を吹き消す淑子さん(中央)
「思いがけない皆さんの歓迎に、びっくりしています」―。08年4月15日に100歳の誕生日を迎えた花城淑子(よしこ)さん(沖縄県名護市出身)の一世紀の節目の年を祝う記念パーティーが、同20日正午から聖市パウリスタ大通りのホームズ・クラブで開催され、沖縄県系、日系社会関係者ら約700人が出席した。100歳になった今でも目や耳が不自由なく、心身両面で元気な生活を送っている淑子さん。この日、家族たちに囲まれながら大好きな琉球民謡を口ずさむなど、充実した1日に満足した表情を浮かべていた。
祝賀会では、レキオス芸能同好会による太鼓に合わせ、10数人の孫、曾孫たちに車椅子を押されながら淑子さんが登場。その元気な姿に会場からは拍手が送られた。
沖縄独自の祝いの曲「かぎやで風」の合同演奏に引き続き、親族を代表して甥の屋嘉比康広(やかび・やすひろ)さんが淑子さんの略歴を披露した。
それによると淑子さんは、1927年に沖縄県立第3女学校を卒業後、ジアデーマ市のブラジル沖縄文化センターの初代理事長で、第5代沖縄県人会長を務めた故・花城清安(せいあん)さんのもとに嫁ぐため、28年8月、「まにら丸」でブラジルに渡っている。
その後、ジュキア線イタリリで22年間、ホテル業や雑貨商を経営。その間、子弟の教育面を考慮して、40年1月に家族7人で日本に帰国したものの、戦争勃発により祖父母に4人の子供を預け、9年間にわたって実子たちとの生き別れを経験した。
49年、日本に残した子供たちとの再会をブラジルで果たし、翌50年にサンパウロに転住。沖縄県人会や婦人部活動に貢献し、88年には外務大臣表彰も受けている。
現在では8人の子供、20人の孫、9人の曾孫たちに囲まれ、充実した日々を送っている。
来賓祝辞として、今月24日の東京での移民100周年記念式典出席のために訪日している与儀昭雄沖縄県人会長の代わりに、松堂忠顕副会長があいさつ。自身が渡伯当時に花城家に世話になったことを振り返り、県人会のエレベーターが故障した際、毎週月曜日に民謡に習っている淑子さんから「早く直しなさい」と指摘されたことを説明。その上で、「今はエレベーターも動くので、今後も後輩たちにご指導のほどよろしくお願い致します」と述べ、さらなる協力を求めた。
与那嶺真次・沖縄文化センター理事長の祝辞に続き、県人会側から表彰状が淑子さんに授与。出身地である名護市長からも祝いのメッセージが代読された。
淑子さんは「1人の男性(清安さん)を頼ってブラジルに来て寂しい思いをしましたが、(琉球民謡の)歌を励みに今日まで生き長らえてきました。今日は子供たちの言うままに連れて来られて、思いがけない祝いにびっくりしています。ブラジルに来て自分の言葉を忘れずに、こういう生活ができることはありがたいこと」と、はっきりした口調で感謝の意を表した。
100歳記念のケーキカットでは、舞台上に花城家の親族たちが登壇して淑子さんを見守り、松堂副会長の乾杯の音頭で祝杯をあげた。
会場では、琉球舞踊・民謡芸能関係者による舞台が披露され、淑子さん自ら婦人部たちとともに「てぃんさぐの花」「19の春」などを合唱。100歳の誕生日の1日を充実した思いで過ごしていた。(08年4月 サンパウロ新聞掲載)
前のページへ
/
上へ
/
次のページへ
ブラジル沖縄県人会 :
Rua Dr. Tomás de Lima, 72, Liberdade, São Paulo, Cep:01513-010, São Paulo, Brasil
Tel: 11-3106-8823, Fax: 11-3241-0874, E-mail:
Click here
© Copyright 2008 ブラジル沖縄県人会. All rights reserved.