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     ニュース・出来事  (最終更新日 : 2008/08/25)
事故死で父を亡くした孤児らが38年ぶりに来伯 [画像を表示]

事故死で父を亡くした孤児らが38年ぶりに来伯 (2008/08/25)
38年ぶりの来伯.jpg
38年ぶりに来伯した正美さん、ミキ子さん、ミチヨさん(右から)
 「皆様には本当にお世話になりました」―。1970年10月、マット・グロッソ州クイアバで父親が事故死して残された孤児たち5人が、同胞救援運動により集められた募金で翌71年、沖縄県の祖母のもとに帰国した。それぞれに成長して独立し、そのうちの3人姉妹が8月18日、38年ぶりにブラジルの土を踏んだ。当時15歳だった長女の正美さん(52)は、冒頭の言葉を述べ、当時の日系社会関係者に深い感謝の意を示している。
 悲惨な事故は、70年10月6日にクイアバ市内の自動車工場で発生した。「ブラジル読谷村人会のあゆみ」や邦字紙によると、当時36歳だった比嘉昭栄さんが、自動車を修理中に喫煙した火にガソリンが引火。全身火だるまとなり、4日後に死亡したという。
 弘子夫人は胃がんで、その半年前に他界しており、孤児となった五人を不憫(ふびん)に思った比嘉さんの友人の新城勝常さんたちは在伯沖縄協会(現:沖縄県人会)の会長だった故・屋比久孟清氏に相談した。当初、国援法で帰国する話も持ち上がったが、5人姉弟のうち、3人はブラジル国籍のために適用できなかった。
 その一方で「悲劇」が各邦字紙にも大々的に報道され、心有る人々から多大な救援金が孤児たちに寄贈。5人姉弟は翌71年3月に揃って、祖母が住む沖縄県に帰ることができたという。
 その後、それぞれ独立し、現在は長女の正美さんと次女のミキ子さん(48)が読谷村に在住。長男の元さん(50)とケンジさん(39)が埼玉県、三女のミチヨさん(43)は千葉県でそれぞれ元気に暮らしている。
 今回、姉妹が38年ぶりに来伯したきっかけは、新城さんが1昨年に沖縄の読谷に一時帰郷した際、5人のその後の生活が気になって訪問したことによる。
 8月19日、与儀昭雄沖縄県人会長、山内幸寿ブラジル読谷村人会長、新城さん、姉弟のいとこにあたる比嘉建造さん(57)の案内で3人姉妹が来社した。
 当時のことについてミキ子さんは「あまり話したくない」と涙ぐんだが、正美さんは「その頃はまだ子供で大変さが分かりませんでしたが、今となっては本当に皆様方にお世話になったと感謝しております。22年ほど前からブラジルに来ようと思い、コツコツと旅費を貯めてようやく来ることができました」と世話になった日系社会の人々への思いを語った。
 3人は今回、8月24日に開催された沖縄県人移民百周年記念式典に合わせた訳ではなかったが、偶然来る時期が重なり、県人会への寄付も行った。
 与儀会長と山内読谷村人会長はそれぞれ、姉妹と当時の日系社会関係者への感謝の言葉を述べ、悲惨な事故に屈することなく成長した姉妹の姿に喜びの表情を見せていた。(2008年8月21日付け、サンパウロ新聞掲載)
 


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