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     医療・健康関係  (最終更新日 : 2003/04/10)
薬草研究家: 井之上 俊介さん

薬草研究家: 井之上 俊介さん (2003/04/10)
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氏名井之上 俊介
住所サンパウロ州 サンパウロ市
職業薬草研究家
生年月日1962年9月13日
出身地奈良県
渡伯年月日


2000年10月

※どうしてブラジルに来られたのですか?

 大学院のときに薬草の研究をしていたんですが、そのテーマがブラジル人参で成分研究をしていたんです。
 僕がブラジルに来るきっかけになったナチュラルグループという会社があるんですが、そこがうちの大学と共同研究していたんです。その当時ちょうどブラジルのナチュラルグループが橋本梧郎先生と顧問契約されていて、先生もサンパウロに出られたばかりのころで、お一人で仕事をされていたんです。誰か助手がほしいという話があって、ちょうど僕も大学の先生の勧めでブラジルに行った方がいいと、また会社の方もブラジルの橋本先生のところに人が欲しいということになり、それなら行こうかということになったんです。

※それまで海外に住もうとか考えていたんですか?

 18、19の時から海外で仕事をしようと考えていました。
というのは、僕らの時代は海外が極端に近くなった時代です。そんな中、日本で生まれて、日本で死んでいくというのは耐えられなかったんです。できたら海外のどこかの国でぜんぜん違う国の生活をしたいと思っていました。観光で行くのではなくてそこで仕事をしたいと考えていました。

※橋本先生との出会いはどうだったんですか。

 一番最初は橋本先生がブラジル人参(パフィア)を同定されたということでナチュラルグループが橋本先生を日本に招待されたんです。そのときちょうど生薬学会が埼玉であって橋本先生も出席されて初めてお会いしたわけです。

※橋本先生の存在は?

 一緒に研究させてもらって、この先生の地道にされている努力は自分が一生懸命やっても越えれないなと初めて思った人です。

※ブラジルに来られてどういうお仕事をされましたか?

 初め来たときはアニューの駐在員で、橋本先生の助手的な仕事をしていました。採集された標本は、当時ダンボールにいっぱい植物が入っているだけで整理がぜんぜんされていませんでした。それを科名ごとに全部わけたんです。
 ナチュラルグループが何故僕を派遣したかというと橋本先生の標本をフィルムにとっておきたいということがあって、その仕事としてきたんです。フィルムにとるといってもぜんぜん整理されていないものはとれないんで、整理して撮っていました。
 その後開発の仕事もしていたんですが、このような仕事は上がOKださないとできないわけですから、面白くなくなってきて辞めました。外国に行くというのと30になったら独立するというのは決めていましたから。

※それはご実家の影響もあるんですか?

 うちは商売していますから、商売するのはいいなと思っていました。サラリーマンをずっとやっていても自分の力は出せないから仕方ないなと思っていました。でも初めから独立することはできないですし、あんまり遅かったら体力なくなりますし、30過ぎてからしようと思っていました。予定通りです。

※独立してどういうお仕事をされたのですか?

 ブラジルの薬草を使った調剤薬屋です。知り合いの大学の先生がやられてた店をひきついでやったんです。
 自分独自のものも大分作りました。最初は粉末だったんですが、菌がつきやすいので今は胃腸の薬以外はエキス粉末です。エキス粉末で全部やっているところはブラジルでうちくらいのものです。

※ブラジルでも商売は大変ですか?

 それはどこでも日本でも大変です。ブラジルでやろうとしたきっかけは、ブラジルで日本人的なきちっとした仕事をしたら必ず儲かると思ったんです。ライバルが少ないですから。日本だとそれがあたりまえですが、ブラジル人はきちっとしませんから、食べていけるのではないかと。

※ 今は?

 商売をずっとやっても・・・ 結局は商売人でやっていくのは難しいし。今までは商売と研究、両方やってきましたけど、二つするのは難しいし、機会にも恵まれて日本にも行ってきたこともあって、研究の方に傾いています。

※ ご自分には研究の方が向いていると思いますか?

 研究といってもプロジェクトを作ってみんなでやっていくようなこと、自分で全部するんじゃなくて研究者の人と一緒になってやっていくものをしたいですね。

※ 今考えているのはどういうプロジェクトを考えてるんですか?

 薬草を保健にどういう風に使えるかということです。

※ 日本に行かれたのは何年ぐらいでどういうことを勉強したんですか?

 1年間、高知医科大学で日系の高齢者についての疫学的研究です。どういう風な病気や死因があって、どんな違いが日本の人とあるのか、ないのか、その原因はどこにあるのか、そういうことを研究しました。

※ 今後はどんなことをやりたいと考えてらっしゃいますか?

 ブラジル社会全体も高齢化していくんですよ。今はまだ65歳以上の高齢者が6、7%という若い国なんですが、それでも25年後には10%を越えるだろうといわれています。高齢化社会というのは12%を越えたらなるといわれています。多分30年後ぐらいにはなると言われていますが、僕はもっと早くくるのではないかと思っています。
 65歳から何年生きられるかの平均余命というのがあるんです。ブラジル人は15、16年なんです。ここは乳児死亡率が高いですが、若いときの危険を過ぎて65歳ぐらいまで長生きしたら、結構15年間ぐらい長生きするんですよ。ということは年寄りというのはもっと増えてくれのではないかと。
 そういう高齢化社会を迎えるブラジルですが、保健制度がきちっとしていませんので、それをどういうふうにして見たてていくか、自分のやっている薬草が予防医学にどういう風につながるか、やっていきたいと思っています。
 ブラジルでは国民会員保健というのは無理だと思います。貧富の差がこれだけ大きいので国で動かそうとしても払える人がいません。平等に保健を受けて、健康な暮らしをするというのは1980年代に憲法で制定されていますが、それは実際問題はなかなか難しいようですね。極端な言い方をすれば、この国は病気にならないようにするというのがいいんです。国はお金がないですから、病気になったら医療費がかかってしまいます。もちろんそれは世界的なことですが。
 その中で薬草医療などを普及させていけば、安くできるのではないかと思います。薬草はブラジルは多い国なんです。ここは資源がいっぱいあるわけですから、うまくやってモデルを作っていけば30年後にはなんらかの形で役に立つと思います。

※ 今、井之上さんが注目されている薬草はどういう風なものがあるのですか?

 抗炎症作用のあるワッサトンガとか、ヴェガヴァレーリャとかですね。抗炎症作用というのはリュウマチだとか痛風、関節炎などの炎症を起こす病気に効き目があるんです。薬もあるのですが、副作用が強いんです。原因もわからないので、高齢化の話も含めて年をとると膝とか悪くなる人がとても多いんです。そういう人たちに薬草をいれて緩和させてあげるといいんじゃないかと考えています。薬草の効力のある成分の何が本体なのか、なぜ利くのかというのはまだわかっていませんが、その辺が分かったら面白いと思っています。アレルギー的な部分にも使いますしね。アレルギーも一種の炎症ですから。
 炎症作用を分かる動物実験というのは案外簡単なんですよ。

※ 1年日本いってらしゃった分けですが、ブラジルから見た日本というのはどういう印象をうけましたか?

 やっぱり、それぞれの人の能力が高いんでしょうね。仕事のね。でも日本は確実に落ちている思います。ダメになると言ってもブラジルみたいにはならないでしょうけど。というのは若い人たちがぜんぜん仕事ができませんから。言われないとできないとか、自分でできないとか。やっぱり今の日本を支えてきたのは50、60代の人たちじゃないでしょうかね。

※ 日本からみたブラジルは?

 やっぱり犯罪が多いよね。それは感じます。日本は少ないですからそれだけでもいいなと思います。それとここでは、経済的によっぽど能力があるとか、人間関係が強いとか、ないと今からは仕事していて難しいでしょうね。
 
※ 今後の目標は

 目標は歴史に残る仕事をしたいです。例えば、研究だったら論文が残るし、プロジェクトをすると本当に役にたった場合、誰が行ったのか残るでしょし、そういう風な残る仕事。商売してもよっぽど売って大きくならないとダメでしょ。それは無理ですから。
 この時代に僕が生きていたんだということが200年後に分かるように、それが目標です。

※ ブラジルにきたことは満足いていますか?

 満足しています。仕事はすいすいいきましたし。これからブラジルだけでなく、他の国も見ていきたいと思います。

※将来的には

 年とったら確実に日本にすみます! 年いって殺されたらかなわんでしょうが。
 日本を中心にして、ヨーロッパを見てみたいな、焦点を変えたいなと思っています。

※ コロニアに対しては?

 県人会とかああいうものは今必要ないでしょ。日本人会で、日本の外務省と交渉したらいいですよ。日本もお金ないのに、こちらの発想の仕方が援助してくれという感じで、そんなのお金でませんよ。だいたい日本の県の人も嫌がっていますからね。
 例えば、社会的なことをするから協力してくださいというふうにしないと、ただ何か作るから援助くださいという発想では大変だと思います。
 県人会でやるんではなくて、日本移民と日本政府というふうに考えた方がいいと思います。県人会館なんて作るのはナンセンスですよ。日本人会館を作ってみんなでやれるようなことをすればいいんです。県人会なんてお金を損するだけです。2世、3世は日本人の誇りは持っていますが、県人会というのは関係ないですよ。
 新しい意味で3世4世の人たちが日系コロニアということで、文化交流とか学術交流などを進めていって、日本と交渉していけばいいのではないでしょうか。それに対して、言葉の面や交渉などで、1世が協力していけばいいんですよ。

※ 趣味は

 植物みること。

※ 好きな食べ物

 日本食一般


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