移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
Quem e Quem
     サービス業関係  (最終更新日 : 2003/04/11)
ミニ・スーパーマーケット経営: 神田 清美さん

ミニ・スーパーマーケット経営: 神田 清美さん (2003/04/11)
000057.jpg
氏名神田 清美
住所サンパウロ州 サンパウロ市
職業ミニ・スーパーマーケット経営
生年月日1936年
出身地三重県
渡伯年月日1960年


2002年9月

※ どういう形でブラジルに来られたんですか?

 単独で農業移民として来ました。父はサラリーマンで農業の経験はなかったんですが、農業をしようと思ってきたんです。やっぱり一旗あげようと思ってね。

※ ブラジルに来ようと思われた動機はなんだったんですか?

その頃、日本は景気が悪くてね。就職に失敗しちゃって、やけになってそれでブラジルに来ました。県がブラジル移民をちょうど宣伝していたんですよ。それに乗った訳です。

※ やっぱり日本に帰ってくるつもりだったんですか?

 そのときはなかったですね。ただ金儲けをしたいと考えていました。その頃は何も考えなかったですね。

※ ご家族は反対しなかったんですか?

 反対しませんでした。三男だし、うちは自由主義だったしね。

※ 最初はどちらに入られたんですか?

呼び寄せしてもらったウライのコーヒー農園に入りました。

※ ブラジルの印象はどうでした?

 どうだったかなー? 来たのは26歳の頃で42年前だからあんまり覚えてないね。3ヶ月おって、自分ひとりでサンパウロに来たんです。パトロン(主人)と合わなかったんじゃないかなー。都会に育ったからねー。やっぱり田舎は合わなかったのかもね。

※ コーヒー作りはつらくなかったんですか?

車の運転手だったから、そんなことはなかったんだけど、やっぱりパトロンとそりが合わなかったね。あんまり覚えがないね。

※ サンパウロではどういうことをされたんですか?

 近郊で鶏だとか野菜作りの農家を転々と働きました。それからコチア(当時南米最大の日系農業組合)の募集していたお茶作りの農地に入りました。でも、コチアが潰れたんでサンパウロに来て今の仕事を始めたんです。15年くらいお茶づくりをしたかなー。

※ お茶作りはしっていたんですか?

コチアが教えてくれたからね。自分で独立してやったんで、夢中で大変なんて思いもしなかった。結局、コチアが潰れて何も残らなかった。大切な青春を使ってタダ働き。

※ ご結婚は?

日本から花嫁移民で来てもらったんです。女の人をだましてしまったようなものです。電気はないは、何もなかったですから。女の人がかわいそうだよね。

※ 花嫁移民というのはどういうものなんですか?

紹介してもらって写真と手紙で決めたんです。彼女は新潟出身です。その頃は、寂しくて誰でもよかったんじゃないかなー。今考えれば、どうしてそんなことができたのか不思議だけどね。女の人が欲しかった。でも、ブラジル人と結婚しようとは全然おもわなかった。結婚する前に、二世の人とちょっとあったんですが、彼女の親がどこの馬の骨分からない男にやれんとといわれてダメになりました。

※ 奥さんはよく我慢しましたね。

仕方がないでしょう。親戚もいないし・・・。気が強かったから帰るなんてことは言わなかったですね。

※ しかし、うまくいくもんですか? 写真だけで。

いや、ダメダメ。やっぱりうまくいかなかった。20年くらいして別れました。友達も親もいなかったし、どうしようもなかったんでしょう。よく辛抱してくれたね。僕が不幸にしたようなものだから、責任は感じとる。いや、本当に。

※ サンパウロではどういうことをされたんですか?

この店です。もう25年、こればっか。今はもう破産寸前。本当に。最初は良かったんだけど、レアル(通貨)になって全然ダメ、それから落ちてきた。明日か明後日の命です。本当ですよ、冗談じゃない。全然もうからないし、やめたい。
もうどうしようもないのですよ。
 ここはもう20年間くらい競争相手がなかった。それでのんびりやっていたんですが、二軒両脇に同じような店ができたんです。それからもうだめ、元気もないしね。若かったらやるんだけど。もう死ぬより仕方ない。

※ このお店やって楽しかったことはないんですか?

うーん、ないね。僕はブラジルに来て手1回も楽しいと思ったことはないね。もう日本へ帰りたい、帰りたい、毎日。なんでブラジルに来たか、毎日そう思っているよ。金も無いし帰れないよね。それにこういう店やったら、休んで帰れないし。5、6年前までは順調やったからね。競争相手もいなかったし。

※ このお店を始めるようになったきっかけは?

金も少しあったから。でもダメでしたね。時代のながれです。気が付いてから、早く見切りをつければいいんだけど、ずるずる2,3年たってついに最後にきてしまったよね。若かったら、もう一回やったでしょうが・・・・。

※ さっき、自分は失敗者だっていってましたが、どうしてですか?

 一文もなしね、家は3軒あるけれども、4年間税金払ってないからいつ取られるか分からない。督促状がくるけどね、払う金がないよね。よかった時期にちゃんとやっておけばよかった。でも、そのときはそんなこと思わんもね。
 今は本当に自由にならんね。奥さんと離婚しているし、いろんな問題があるし・・・・。家を売ろうとしても今は誰も買う人はいないよね。誰も金をもっていないから。

※ 日本には帰られていないのですか?

1回も帰ってない。せっかく日本人に生まれてなんでブラジルにきたのかと思います。バカみたいね、本当(ははは)

※ 何か楽しかったことはないんですか?

全然ないね。でも、今が一番辛い。もう、後悔して自殺したいくらい。いや本当です。

※ そんなことは言わないでくださいよ。今度、友人の邦字新聞記者つれてきて応援してもらう記事を書いてもらいましょう。

 ははは、日本の番組に貧乏大作戦みたいなのがあるじゃないですか。はははは。ブラジルに来てもらおうか。

※ 日本の若い人に何かありますか?

日本が一番いい国です。日本におった方がいいです。ブラジルはだめ! 来るべきじゃないです。
日本に住んでいる若者を見ていると、世界一幸福だと思いますよ。僕は、生まれはよかったんですが、なんでもう少し遅く生まれなかっただと思いますね。今は本当にいいですよね、学校給食なんてのもあるし、僕らの頃は何もなかった空弁当持って行って、いやーもーうらやましいです。

※ ブラジルの何がダメなんですか?

 人だね。万引きなんてしょっちゅう。捕まえてもしょうがないものね。警察なんて来やしないものね。捕まえて説教しても、次の日また盗むんだもの。ブラジル人の子供はどんないい服を着た子でも皆盗む。だから入ってきたら一緒についていないとだめです。

※ 将来どういうことをしたいと思いますか?
 
自殺するしかないと思います。誰にも迷惑かけたくないから、アマゾンのずーっと奥に行って死にたいです。
僕は息子が3人おるけど、全部大学に行っています。それは僕の力でやったわけでなく、子供は自分の力でいったんです。だから親には会いに来ない。サンパウロにいても、もう20年も会ってない。僕は何にもしていないから何もいえないよね。

※ ご自分で失敗者だっていいましたが、やっぱり神田さんは成功者の一人だと思います。

 そうですかね。小さいんだけど、あと2つ同じような店を持っています。それもよくないね。でも、ひとつにまとめてやった方が良かった。

※ なんだかんだいって財産持っているじゃないですか。それに人を使ってやっているといことは凄いことだと思います。

一時、大きくやろうと思って僕も無理したんです。小さな土地買って、人入れて野菜やって、こういった店で売るようにしていたんですが、結局だめでした。雇ったブラジル人がだめでした。働かないし、すぐ労働裁判を起こすし、5人変えて、5人ともダメでした。せっかくブラジルに来たから少し大きくやろうと思ったのが結局失敗でした。

※ 日本に帰ろうとは思わないのですか?

 今更どの面さげて帰るのですか? 恥かしくて出稼ぎにもいかなかった。ブラジルに来て、土産の一つも買う金もないし、はずかしい。しょうがないです。兄弟に恥かしくて帰れないです。

※ 是非がんばってください。

 もうダメです。元気もないし・・・・、でも子供が手伝ってくれたらできるでしょうが、親を恨んでるからね。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

© Copyright 2019 K&S. All rights reserved.