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     サービス業関係  (最終更新日 : 2003/04/11)
寿司屋のオーナー: 吉住 哲也さん

寿司屋のオーナー: 吉住 哲也さん (2003/04/11)
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氏名吉住 哲也
住所サンパウロ州 サンパウロ市
職業寿司屋のオーナー
生年月日1944年1月16日
出身地福岡県
渡伯年月日1961年渡伯 ヴォイスベン号


2001年3月

※ブラジルにはどうして来られたんですか?

 一攫千金の夢をみたんだろうね。はっきりいって日本ではどうしようもなかったんだ。頭もよくないしね。南米でも行ったらええことあるんじゃないかと思って。

※どうしようもなかったとはどういうことですか?

 いや~、こうなんだよ。勉強でもよくできりゃいいよ、でも成績もよくないし。なんとかして伸びるにはやっぱり外国だったんだよ。日本のシステムじゃ学歴がないといかんし、あの頃は特にそうだった。今でこそ皆大学でてるけど、あの頃はやっぱり大学でんと、いいところ入れないよ。

※ブラジルには何歳で来たのですか?

 17歳。高校中退でね。

※日本ではどうだったんですか?

 やっぱりワルだったね。
入学式の日に講堂でみんな名前を呼ばれるじゃない。ところがオレあんまりはりきりすぎちゃって緊張して、は~いって間延びした返事になったんだ。そしたら皆笑うよね。それは問題ないんだけど、態度が悪いって上級生に呼び出されて叩かれたんだ。それでそいつを帰り道で待っていて、崖から突き落としたんだ。それから、周囲とあんまりしっくりいかなくなってね。年中問題起こすし。俺らのところは場所も場所なんだ。住んでいるほとんどの人が漁師か、土建屋か、くだらない奴ばっかり多いんだ。そういう中で育っているからね。毎日が大変なことやもな~。あんまり勉強が好きでもなかったしな。

※ブラジルはどういう形の移住だったんですか?

農業移住。暖かいしねブラジルは。昔学校で少年よ大志を抱けというのをよく聞かされたんだ。ワシも南米あたり行って大農場主あたりになろうと思ってな。

※こちらに来られてどういうことをしていたんですか?

 農業を3ヶ月くらいやったけど、体は小さいし、暑いし、耐えられないよ。だからずっとそれから水商売よ。ナイトクラブを経営したりそんなことばっかりやっていたよ。
 
※ナイトクラブをまたどうして始めたんですか。

 俺は何軒も飲み屋をやったんだ。若くして、早く金持ちになってやろうと思って。一攫千金を狙ってね。
俺はもともと女が好きなんだ。赤坂(日系の飲み屋)に勤めたとき、13・デ・マイヨっていう通りの女中をみんなやってしまったんだ。彼女らは金がないからね。それで、何ヶ月かして、マダムにあんたは素行が悪いからってリオに飛ばされたんだ。そしたら、リオは暑くて夜は寝れないし、毎日ナイトクラブに行くわけ。1杯分のお金を持ってね。日本のマグロ船が入ったりすると連れていったりしてな。だけどあのとき初めて思ったのはマグロ船の漁師は人間じゃないと思った。それは凄いもんだよ。色は黒いし、力は強いし、ケンカをしたらもうめちゃくちゃだよ。
 そんなかんやでひとっつもお金は残らないわけよ。競馬と女で1年分を前借してどうしようもなくなちゃった。サンパウロへ帰ってきて、なんとかしなきゃいかんということで、あっちこち日系のお店で働いたんだ。

※それでお金は溜まったんですか。

溜まらん。お金なんかみんな使ちゃうから。

※それでよく店がもてましたね。

俺は仕事だけは一生懸命するんだ。だからみんなに認められてね、話もうまいから金を出させてやったんだ。ブラジルは欲の突っ張ったのが多いから、これやったら儲かるよっていえばすぐ乗ってくるんだ。26歳の頃にはもう店を持っていた。最初の店は資金不足でダメだった。それで次は2世の人をつかまえたんだ。自分がやってうまくいかないんで、俺を5分、5分で迎えてくれたんだ。金がありゃ、女の子はいくらでも集められるし、それに時代もよかった。それで儲かったわけよ。儲かるのはいいけど、若くて大きな金を見すぎるとろくなことはないよ。
酒はあるし、女は自分のところにおるから、ところが人間というのは絶対に満足しないんだ。次から次に刺激の強いものを求める。ばーっと上がって、酒と博打と薬におぼれてしまってどうすることもできなくなってしまってね。自分ではぜんぜん気が付いてないんだよ。ところが共同経営者がこれではいかんと思ったのだろう。別れるって言い出して、喧嘩になって俺は出ちゃった。それからまた落ちて3年くらい遊んでた。

※そんなに儲かったんですか?

 そりゃ、儲かったよ。
リベルダーデに集まってきたのはみんなブラジル全国から風に吹かれて来たようなやつばかりだったんだ。その当時は皆そんなに金金という意識はなかった。1960年代くらいかな。くだらないのがこの辺でゴロゴロしてたよ。ブラジルに単独できているっていうのはほとんどが、まあどっちつかずの山気の多い人間だよ。ちゃんとしているのは来てないよ。俺はそう思う。そういう者の集まりだったんだ。
ブラブラしていてこれじゃいかんというわけでナイトクラブで働き始めたんだ。前は日系人の店ばかりだったけど、日系の店だとこき使われて、給料は少ないし、屁理屈ばかりいうからダメだと思って、外人の中で儲けてやろうと決めて外人の店で毎日毎日働いたんだ。使わないからお金が大分溜まりだしたんで、棚もしに入ってある程度の金をためたんだ。まだ薬もやっていたし、体も弱っていたし、これじゃいかんということで食堂を始めたんだ。30歳前後かな。

※普通沈んじゃうとなかなかたちなおれませんよね。

 そりゃ意思が弱いからじゃよ。おまえな、立ち直らなければ、死ぬしかない。生きようと思ったら自分しかないんだよ。飯くわなきゃいけないから、いくら好きなものでもやめなきゃいかん。酒でも女でも、薬でもね。ぶらぶらしたという3年間はぜんぜんダメだった。金なんか一銭もなくなってしまうし、何にもないよ。自殺しようと思ったけど、死ぬということはなかなか度胸がいるんだよ。どうせ死ぬんだから、あと、1日、2日生きようと思ってね、そうこうしているうちに日本人として恥かしいからやっぱり仕事しようと思ってがんばったんだよ。

※板前業はどうやって覚えたんですか。

 来た当時、料理屋で勤めていたからね。もちろん随分勉強しましたよ。ボクも。

※工夫しますものね。

工夫というより、努力だよね。負けず嫌いだものね。プロにならなければ、金をもらうのが恥かしいしね。
何やっても俺は人には負けないんだ。ナイトクラブも一時期はサンパウロで3本の指に入ったよ。進出企業の客はみんなうちに来ていたんだ。間部さん(画家)からお金を借りたこともあったよ。その当時は進出企業が多い時期でメチャ儲けよ。見たこともないような金が毎日毎日はいっとったよ。

※寿司屋をやっていて気を使うことはなんですか?

ネタがよくないといかんし、腕がよくないといかんし、話術なんだよ。それと人脈ね。長いことやっていると、こないだまでガキだった奴が会社に入って出世してあるていどのとこまでいくわけだ。そうした奴がみんなくる。ブラジルでは人と人とのつながりを大事にするから、本当に人脈は大事だよ。

※苦労もあったけど今は順調にきているわけですか?

苦労のしっぱなしだけどね。人間、やっぱり、だんだん年をとってくるし、金を持ったことのある人間はもとの生活をしたいんだ。いい車にのりたい、いい家にもすみたい、金もぱっぱ使いたい、だけど今はそれができないじゃない。食堂というのは、あんまり儲けるものじゃないよね。こうしてみてて、日系の飯屋で儲けた奴がおるか? 生活にはこまらないけど、金持ちにはなれないよ。それがちゃんとわかったよ。

※今後はどうしますか?

今後はこのままがっといくよね。死ぬまでこれをやる。だけど今になって心の底では日本に帰りたい。一人じゃから、日本で生活した方が楽なんじゃないかと思うよね。日本人というのは面白いもので自分の国を想うもんだよ。いつかは帰ったほうがいいんじゃないかって心の底には残っているんだ。

※じゃあ帰ろうという気はあるんですか。

だから家だ土地だというのは手放していないわけなんだ。俺の性格だから、むちゃしても売ろうとすれば売れたんだ。そこまで踏み切れなかったというのはそういう気があったからだろうね。

※これからさらに一旗あげようという気はないんですか?

やってみるけどね、しょせん飯屋は飯屋だよ。そりゃロッテリア(数字当て宝くじ)でもあたればやるよ。

※日系コロニアついて何か?

日系はもうダメだよ。何もいうことはないよ。昔来た人間はほとんどが田吾作だったんだ。でも日本で教育を受けてきた人の子供はちゃんとしているのがいるんだ。それが1%か2%いるかしらないけど、彼らには期待できるだろうね。
俺のいいたいことは日本人は日本人としてもっとプライドをもって欲しいということ。いや本当に。何も毛唐なんかに遠慮することはない。日本人には日本人のいいところがあるんだから。へんに外人に交わらないほうがいい、その方が逆に外人に好まれる。

※今の日本についてどう思いますか?

腰抜けじゃからのう。何も他の国にペコペコすることはない、おべっかを使う必要はないんだ。もっと日本人らしくやって欲しいよ。自分はこうだってしないとダメなんだ。苦しいときは耐えるそれだけのことなんだ。俺なんか随分とブラジルで苦い水を飲んできているんだ。外人のずるさ、いやらしさを見ているし、やられているんだ。だから毛唐には絶対まけない。

※日本の若い旅行者を見ていてどう思いますか?

何を考えているのか解らないね。自分というものをもってないよね。そりゃ、いろんなものを見て歩くいいことだよ。だけどちゃんと芯を持たないとだめだよ。
 
※ブラジルに来てよかったですか?

俺は正解だったと思う。いろんな苦労はあったけど。月日が過ぎて日本に帰って友達なんかにあってみると、スケールが小さい。ごちょごちょ家庭のことや小さなことに縛られて全然話にならない。何が楽しみで生きているんじゃ、って俺はそう感じた。
面白おかしく、人生をこれだけ上がり下がりしながら送ってこられた、まだまだ女郎でも買って元気なものだ。ブラジルに来て良かったと思うよ。


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