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     農・水産業関係  (最終更新日 : 2003/04/11)
農業: 鈴木 達弥さん

農業: 鈴木 達弥さん (2003/04/11)
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氏名鈴木 達弥
住所サンパウロ州 アチバイア市
職業農業
生年月日1961年
出身地東京都中野区
渡伯年月日1987年


2002年4月

※ブラジルに来た理由は?

 東京農業大学を卒業しまして全拓連という組織で実習に来たのがブラジルとの出会いですね。今から18年前です。そこではまってしまったのが間違いのもと・・・。技術関係で発展途上国の人々に何かをしてあげたくて東京農大に入ったんですが、ブラジルはインフラが整っていてよその発展途上国に比べると条件が整っているんですよね。
ブラジルに来たのは自分の労力さえあれば、自分のやりたい生き方ができるのではないかと思ったのがきっかけだったんですけれども。

※ブラジルに移住しようと思ったのいつなんですか。

それがラッキーだったんですよ。JICAの海外開発青年制度がちょうど始まるときで、僕がブラジル実習しているときにJICAの人が来られて応募してみないかと言われたんです。条件がよかったんです。いわゆる体験移住的な制度だったんです。やはり僕なんかの世代になるとすべてを捨ててブラジルに渡るという移住と言う言葉は重たかったです。だからもしも嫌だったら帰ることもいいし、しかも給料も現地の労働者のことを考えると全然いいし。一応3年間ということで来てみたんです。

※それで定着したんですか?

3年間いてこの国のことがだんだんと分かってきたんです。僕は独立しようと思っていたんで、自分の考えていた大規模農場をやるのは無理だなと、資本のことも含めてノウハウがないと無理だなと分かりました。かといって諦めるのも嫌だったし、そんなとき相談に行ったのが学校の先輩の荒木さんという方だったんです。そこでランをやってみないかという話をききまして、実はそのときランのラの字もしらなかったんです。専門が蔬菜園芸、野菜なんですよね。この方面は自分でいうのもなんですが、結構スペシャリストだったと思うのですが。・・・・
回転資金が欲しくて途中合作なんかも少し手を出しましたけど、でも今はランだけです。

※ ランの魅力というのは

もう14、15年でしょうかね。最初の頃紹介していただいたのは日本でもランの草分けのような方だったんです。研修生の育成方法というのはそのラン屋さんによって違うんですよ。僕みたいな試験場あがりの人間にとって苦痛というか、職人的に研修生を育てていくラン屋さんだったんですよね。先輩のやっているのをみながらやるんですが、これが非常に辛くてね。今までの人生の中で一番つらかったのはこれですね。僕は一言多いんで・・・

※ でもいちおう3年間耐えるなにかがあったんでしょ。

一応、3年間やらなければダメだと荒木さんにも言われたし、自分の経験でも3年というのがひとつのくぎりになると思ったんです。だからここで辞めるんだったら、ブラジル行ってもだめだと思ったんで3年間がんばりました。
実習生と研修生というのは違うんですよね。実習生というのはお客さん。研修生というのはプロ予備軍みたいなモノでついていけない人はどんどん切っていく感じなんです。一緒に入った研修生もほとんど残らなかったですね。辛くてやめるというよりは、ただ働きみたいな感じなんですよね。日本がバブルの頃だったんですが、草を一日とっているというような感じでしたね。
何十万という鉢がぼこぼこ売れていくんですよね。あの頃は異常でしたよね。こういうのはなんですが原価なんてたかだか知れているんですよ。今はランも品種改良されたものはいくらでもコピーできるようになってきたので貴重品という感じはもうなくなってきて大衆化しています。うちも最初お世話になったところから4000本持ってきたんですが、ほかの植物と同じでもう完全に流行に流されさってしまいましたね。売れ筋というか流行がありますね。ブラジルの場合は黄色、赤っていう原色を主体とした色でしょうかね。僕が持ってきたものでもこんなのが売れないだろうと思ったのが売れるしね。ブラジル人の見たきれいさと日本人の見たきれいさとは全然違いますね。

※ これからの夢というのがありますか

自然と一体化した農業というんだろうか。最近農薬にあたるようになってきたんですよね。長年やっているせいか、年をとったせいか・・・。栽培の現場でも農薬、化学肥料を使わない、ビニールを使わないでいけばいいですね。ビニール等耐用年数が過ぎたものはどうしようも処理のしようがないんですよね。ビニールなんかは処理する業者がいるんですけど、そういうのってお金をとって持って行くんです。ビニール燃やすと本当に頭が痛くなってくるし、だから自然と一体化した原始的な農業をしないとダメですね。
今の自分の農業だったら規模が小さいのでそれに入っていけるんですよね。逆に大手の人たちは営利を追及した地球を滅ぼす農業に入っていくしか方法がないと思うんです。自分がこれから生き残っていくために個性というかそういうものを伸ばしていけばあと10年くらいはやっていけるんじゃないかと思っています。

※ ブラジルにいる魅力はどういったものですか。ランは日本でも作れるわけでしょ。

ブラジルの魅力というのはやっぱり自由だということでしょうね。好きなことできるし、いえるし。でも逆にそれだけ大人の社会じゃないでしょうか。そこらへんが僕には気持ちいいような気がするな。
日本でランをやると1億円必要になってきます。暖房費がかかるのと季節うんぬん、農業後継者だと農業後継者費用というのが国からでるんですが、両親がサラリーマンの人は対象外なんです。そういう点で考えるとランを栽培するのは金持ちじゃないとできないですね。ある意味で研修の段階で振り落としていくというのは正当なんです。資金も時間もかかりますから、ラン栽培に失敗すると周りに迷惑がかかるんですよね。そういう意味でもブラジルは恵まれています。でも大手の人は年がら年中暖房はかけるし冷房をつけるようなところもでてきたしね。だから下町工場ですね。そうなるとどこで作っても同じですから、人件費の安いところで作った方が有利でしょね。

※ 鈴木さんなんかは儲けがでているんですか?

うちなんかは儲けが全然出ていないですね。設備投資に追われる段階ですね。気が遠くなりますね。

※途中でやめたというのはできないわけですね。

本当ですね。途中でやめるわけにはいかないしね。

※ 農大関係は会報みたいなものを作っていますよね。あれはどういうものなのですか?

 あれはパソコンを習って最初の1年間はずっと家でやったんですよね。僕は今までゲーム(コンピュータゲーム)というものをやったことがなかったんですよ。だからゲームって面白いなって思って一年間やっていましてやっぱり考えますよね。ゲームをやっていてこのパソコンを原価償却できるとかね、インターネットでエッチなものを見て果たしてこんなことでいいのかとかというのがありましたね。仕事で使う場合は紙と鉛筆があった方が計算が速いような気がします。何かこれをもっと有効に使わないと罰があたるような気がしたのと、ちょうど僕らの農大会も世代交代の時期なんです。逆ピラミッド型なんですよね。年配の方が多くて僕ら若いのは少数なんです。逆に、少数ではあるんですが、僕らの世代は世界中に散らばっているんです。だから少数の世代だけでもネットワークを持てばいろいろと思うことができるんじゃないかと考えてます。そんなわけで会報をはじめまいした。
今発行部数は、郵送が135部、メーリングリストが100部くらいですかね。最初は年配の方々から、なんでそういうことをやるのかわからんっていわれたんで、こちらもとまどったんですよね。でも最近1年続けてみてやっと意図するものが分かったという人がたくさんでてきました。パソコンの力というのもが実際自分が知ってみてやってみないと分からないですよね。本当に瞬時にしてネットワークで情報が伝わる力は凄いですよね。

※ あれはほとんどボランティアでやっているんですか?

 一応会費はとらないんです。でも寄付があるんです。だいたい毎月約100ドルかかるんです。感じとして半分くらいが先輩方の寄付、あと高野書店さんがスポンサーになってくれていて50レアイス助けていただいています。

※ 農大生というのは結束が固いですよね。その秘密みたいなものがあるんですか?

僕なんかはおまえは農大生とは違うといわれるほうなんですけど、うーん僕はたまたま寮にはいったんです。右翼とやくざと半分まじったような農業団体なんだけど、そこは発展途上国で活躍する人間を養成しようという目的で作ったところなんです。そこでずっと生活していました。神奈川県の山奥に畑とたんぼをかりまして、5年間いわゆる海外基地となってやっていました。1年生の頃は嫌で嫌でたまんなかったんですが、だんだんとこう・・・あれはなんなのかなー・・・・うん、やっぱり農大生は、人間的にやさしいというか、おぼっちゃまが多いんでしょう。農大そのものの歴史は、農業の単科大学ということで今60代くらいの人達の時代には庄屋クラスの息子が集まったんですよね。ある程度お金持ちじゃないと入れなかった、そういう形でぽわっとした人達があつまったんですよ。それがいい意味での田舎人の面倒見のよさというものが出ているんだと思います。だから60年代の人は面倒見がいいですね。僕らの世代になると大分さめてきましたけど。
今の60代の人の方がブラジルのおいしいところを堪能できたと思うんですよね。裸一貫できても、40ぐらいになるころにはチャンスがあったと思うんですよね。今は食べていくのが精一杯ですよね。

※今の若者にいいたいようなことがありますか?

 今の若い人たちは海外旅行で世界中を歩いているといえば歩いているんだけども、ところが、外国人と接した場合、ズレているというか話出来ないというか、そういうモノを感じがしますね。もちろん文化をしらないというのもあります。僕がブラジルに来るときは1年間学校いかないでバイトをしていたんですよね。パンやさんとお寺の小僧と土方を繰り返しやっていたんですが、その1年間にブラジルに対する期待というか、ブラジルまでいくんだったら、いろいろ勉強というか盗んできたいという気持ちがだんだんでてきましたよね。今は簡単に海外にいけてしまうんですよね。この前まで実習生がきていたんですが、海外旅行で終わってしまうというか、表面的にしかモノをみれないというか、話をしていてもこちらから誘導していってあげないと話が続かないですよね。それと個性というか自分がこういう人間なんだという主張や押しの強さ、そういうものを感じれる人は少ないですよね。残念ですけどね。そういう人間は日本ではすみづらくなってしまうから、日本の社会に問題があるんでしょうね。

※農大の会みたいなものがあるんですか?

毎月あります。いちおう僕は理事なんですけど、仕事上毎月でるわけにはいかないんです。行けるのは半分くらいかなー。そういうものは時間と金銭に余裕がないとなかなかできませんよね。学生がくると空港まで迎えにいって、ご飯を食べさせてあげたりね、一生懸命ボランティア活動をされている方がいらっしゃるんです。なんか自分ができることをやらしてもらおうということで会報をやっている部分もあります。

※まだ独身ですか

そうですね。自分でやりたいことをやる喜びの方が大きんじゃないかなー。ラン栽培というのは時間とお金がかかるんで、ほとんどそちらの方にお金を投資しているんです。だから結婚していたらできなかったんじゃないかな。やっぱり自分の好きなことをやるには犠牲がでてくるのは仕方がないんじゃないでしょうか。でもそういうふうに極端に考えずに結婚してやっていったほうがよかったかなと最近になって思います。

※ブラジルにきてよかったですか

ブラジルにきて幸せに生きています。よほどの事情がないかぎり、お袋が帰って来いといわれない限り帰らないですね。

※今後の夢は

 僕はなんでも一番がすきなんです。だからお世話になる人たちは一番の人を選んでやってきたんです。みんな個性が強くて言いたいことはいうし、自分もああいうおじさんたちになりたいですね。でもそういう人って半分くらいの人に好かれて、半分くらいの人に嫌われているっていう感じでしょうけど。そういうふうに自分が好きなことを言って、やりたいことをやっていきたいですね。


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