移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
Quem e Quem
     文化・芸術・スポーツ関係  (最終更新日 : 2003/04/11)
造形作家: 吉沢 太さん

造形作家: 吉沢 太さん (2003/04/11)
氏名吉沢 太
住所サンパウロ州 サンパウロ市
職業造形作家
生年月日1964年
出身地東京都
渡伯年月日1994年


2001年4月

※最初はどういうことで来たんですか?

 現代美術の世界三大ヴィエンナールという展示会がサンパウロで行われていて、大学の先輩が展示することになったので、そのときに、日系人経営のガレリア「デコ」でお世話になったんです。それがきっかけで94年に日本でデコのオーナーにお会いして、展示会をやらないかと誘われたんです。それが最初です。
そのときは絶対来るチャンスはもう無いだろうと思って来たんです。今考えると地球の裏側、時差12時間というイメージだけあって、ブラジルが凄い国だとかそういうことはあんまり考えたことはなかったです。カーニバルや移民の国そんなイメージだけをかってに抱いてただけで、来るにあたってきっちりしたものはありませんでした。それでその後、日本とブラジルを行ったり来たりして7年くらい前にこっちに生活の基盤を持とうと思って住めるように動きました。

※こちらに住むことを決めたきっかけはなんですか?

 自分にとって作家活動が日本よりしやすいと僕自身が感じたからです。
ある意味で現代美術というジャンルの中には、アメリカ、ヨーロッパというイメージがあって、距離的にもブラジルはアメリカに近いですし、社会構造的にもいろんな人種がいてヨーロッパ移民も多いですから日本に比べると欧米に近いですからね。それならアメリカ、ヨーロッパにいけという考え方もありますが、自分にとってはブラジルの時間の動き方だとかが人間らしくて僕にはすごく合ったようなきがしたからです。

※日本ではどういうことをしていたんですか?

大学のときにはレキシタイルデザイン、布のデザインをやって、卒業してからはアルバイトしながら創作活動をしていました。

※大学はどこだったんですか?

武蔵野美術大学で工業工芸デザインを勉強しました。

※日本での生活は結構大変だったんですか?

好きなことやるから、辛いとということはないですけど、経済活動に時間が多く裂かれるのが大変でした。自宅だったんで、下宿していた人や一人で生活していた人にくらべると楽はさせてもらっていましたけどね。

※自分が芸術家になろうと思ったのは、いつぐらいからだったんですか?

大学に入る前とかは建築家とかインテリア関係とかをしたいと思っていて、普通のサラリーマンにはなりたくないというイメージだけはなんとなく子供のときから持っていました。夜遅くに電車とかで、おじさんたちの辛そうな顔を見て切ない気がしてああはなりたくないなと思っていたから。

※自宅は何か商売されているんですか?

そうです。親は自由業というか時間を会社に制約されるようなことはありませんし、家から近いところに仕事場もあったし・・・。

※大学を出たらちゃんと働けと、ご両親は言いませんでしたか?

親としては当然思っていたでしょうけどね。ははは。

※私は実家が商売をやっているところの人が非常にうらやましいのですが、いざとなったら家を継げばいいという気持ちは、少しはあったんですか?

次男なんです。親の考えで子供のときから兄弟で絶対同じことはさせないというのがあったんです。自分でも子供のときに商売を継ぐことを思ったときもありましたが、ある年くらいから、近いことでクリエイティブなことをしたいな、と。絵とか工作なんかが小さいときから好きでしたからね。

※ブラジルに住み始めてどうですか?

合計で4年ちょっとくらいですかね。ブラジルがどうのこうのというのではなくて、ある意味で遅い自立というか、洗濯したり、ご飯作ったりする時間というのも自分でコントロールするわけですよね。大学で一人暮らししていた人にはあたりまえなんでしょうが、自分にとっては初めてだったので、良しにつけ悪しにつけ自立ということを感じています。自分にとっては、あまり周りを気にせずに自分のしたいことを探しながら生きている感じです。それと同時に周りの人に生かされてというか、自分だけで生きているんではないことを感じるから、大変ですが充実しています。

※やりたいことってなんですか?

死ぬまでに、世の中の歴史の中にひとつでも何か残せればいいと思っています。

※作品は具体的にいうとどんなものなんですか?

今はジャンル別にいえばミックスメディアといわれるモノで、いろんな素材を使って立体を作品にしています。立体に穴を空けて中に空間があるというもので、中に鏡を仕込んで作品の内側を外に現すというようなモノです。なんとなく精神的な部分の裏側とか表側を今は意識しています。。

※それは自分の精神的な裏側ということですか?

モノには確実に見た目の部分とそうでない何か隠された部分、見ただけでは何かわかりきれない部分というのがある、という意識が日本にいたときからあったんです。立体をしながらもうひとつの次元を探し出せればと思って、ああでもない、こうでもないといじっています。

※影響を受けたアーティストは誰ですか?

凄くインパクトを受けたのはアメリカのクリストという作家です。布で島を包んだり、フランスのセーヌ川の橋を布で包んだりした人です。水戸とカリフォルニアで大きな傘を開くアンブレラというプロジェクトがあって、その頃はちょうど大学生で、アートは人を巻き込むということを知りました。例えば、資金を集めるとか、ボランティアを集めるとか、最終的なプロジェクトができるまでの過程すべてがアートにしてしまうという、その一瞬のものでないものに、凄くショックを受けました。自分にとってある方向を示してくれた人です。
ゆくゆくはでかいことをしたいと思っています。

※展覧会などはよくいくのですか?

何でも見るのは好きです。自分にとってあまりにも東京は情報が多すぎて広すぎる感じがしますが、サンパウロはそれほどではないのでいいですね。特に夜の文化が面白いです。映画にいったり、展覧会のオ=プニングに行ったり、ある意味で日本にいたときより身近に感じて行くことができます。だからチャンスが合ったらできるだけ行っています。

※今後は?

日系人でない人たちが経営する画廊なんかで、もう一歩ブラジル人の社会に踏み込んで展覧会ができればいいと考えています。

※永住は考えていますか?

今は永住権を取るのは凄く難しいですけど、チャンスがあればサンパウロにできるだけ長くいようと思っています。

※今の日本についてどう思いますか?

安全であんないい国はないと思いますけども、ある意味で特異というかちょっと変ですよね。ファッションの移り変わりとか。気をつけないと、情報に流される国だと思います。ある意味で邪道を認めないとか、なんかちょっと変わったことをやろうとすると摩擦は以上に大きいような気がしますね。皆とおんなじ方向に歩いていればあんなにいい国はないと思います。

※若い人は?

今の二十歳の人達は、親が経済的につらい状態でやっているのを見て育っているから結構希望がないような気がします。アーティスト自身も僕たちの頃はバブルの時代で現代美術の申し子と言われたくらいの時代だったんです。今は経済が悪くなっているので無理してまでアーティストになろうという人は少ないみたいです。だから全体的にビデオやカメラのアーティストが多いようです。世界的な傾向のようです。

※コロニアについてどう思いますか?

一番不思議なところです。言葉がおぼつかないままに、ここでいろいろなことをさせてもらいながら生活できるのはやっぱり、移民の人達の信用があってのことですから凄く楽をさせてもらっています。

※ブラジル来たいと思っているアーティストに何かありませんか?

一度来てみて肌合いが合うか合わないか試してもらいたいですね。これから将来のある国だと思いますから一度来てみたらよいいのではないでしょうか。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

© Copyright 2019 K&S. All rights reserved.