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     2007年ゲスト・アーカイブ  (最終更新日 : 2007/12/26)
Vol.058  「小野重善、逸話箱」 小野重善さん

Vol.058  「小野重善、逸話箱」 小野重善さん (2007/01/31) 放送: 2007年1月13日(土) ブラジル時間 11:24 ~ 01:19(1:54) 日本時間 22:24 ~ 00:19(1:54)、ダウンロードはゲストコーナのみの1時間37分17秒です。
出演: 小野重善(ゲスト)、堤剛太(特別ゲスト)、細川多美子、砂古純子、松本浩治、大久保純子、高橋晃一(協力)

汎アマゾニア日伯協会会長の小野重善さんは1938年、アマゾナス州とパラー州の州境にある日本人集団地で生まれた。生まれた場所は、今でも地図に載っていない奥地だったという。父親は「高拓生」(注)と呼ばれるアマゾン開拓を志した若き開拓者だった。
小野さんの魅力は、一見恐持ての顔から出てくる名エピソード、珍エピソードの数々だ。
父と母の馴れ初めから、日本への手紙を出さない、日本から来た手紙を渡さない父。学業のため、パレンチンスに出て寄宿舎に住んだときのバナナ売りの話。幼少の頃の思い出を小野さんは昨日のことのように語ってくれた。
JICA(国際協力事業団)の遠い前身である海外移住振興会のベレン事務所に勤めていたとき、移民監督官として日本に渡り、移民船サントス丸で移民に付き添った話。サントス港に着いたときの花嫁移民と待っていた男たちの出会い。20代の経験を失敗談を交えながら語ってくれた。
失敗談を豪快に語ってくれた小野さん。キャバレーで急性盲腸になり、医者の家、しかもテーブルの上で手術を受けたこと。糖尿に効くと薦められた薬草を飲み過ぎ、あやうく命を落としそうになったこと。日本に行ったときのトルコ風呂での話、ロマンスカーでの失敗談・・・小野さんの逸話は止まらない。止まらなかった。
最後はブラジル北部地方の日系団体を代表する汎アマゾニア日伯協会会長として、当地の日系人社会について語ってくれた小野さん。話題があちらこちらに飛び、インタビューは時系列にならなかったけれど、2世ならではの、日系人ならではの、ブラジル人ならではの、小野重善ならではのエピソード満載の放送となった。

(注)高拓生:国士舘高等拓殖学校生(後に日本高等拓殖学校生)。1930年、当時衆議院議員だった上塚司によって設立された同校は、アマゾンの開拓者を養成するのが目的とし、卒業生はアマゾニア州に設立された「アマゾニア産業研究所」で訓練を受けたのち、ブラジル北部を中心に開拓へと旅立っていった。ブラジルに渡った高拓生とその家族は398名。

それでは聴いてみましょう。
http://brasil-ya.com/radio/20070113.mp3


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