移民百年祭
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2007年ゲスト・アーカイブ
(最終更新日 : 2007/12/26)
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り越えて」
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移民史」
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くて」
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、樺太からブラジルへ」
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いたところ」
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太鼓」
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た」
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- Vol.079 「ボリビアの三浦商店物語
」
- Vol.080 「チングアのドナ・マリア
」
- Vol.081 「0歳で渡泊して」
- Vol.082 「通訳はコミュニケーショ
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る」
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- Vol.089 「見よう見まねで極めた大
工道」
Vol.059 「我が国籍は天にあり」
Vol.059 「我が国籍は天にあり」 (2007/02/09)
放送: 2007年1月21日(土) ブラジル時間 10:29 〜 12:01(1:31) 日本時間 21:29 〜 23:01(1:31)、ダウンロードはゲストコーナのみの40分09秒です。
出演: 及川ちか(ゲスト)、大久保純子、高橋晃一(協力)
井戸端会議をしているかのような雰囲気で話が進んでいった。ベレンの汎アマゾニア日伯協会の図書館で2006年11月30日にインタビューをさせてもらったものである。
及川さんは1919(大正8)年3月28日生まれの87歳。
インタビュアーが「父親」と「ご主人」のどちらも口語で「お父さん」と言ったために及川さんを惑わせてしまったが、しっかりとした元気な87歳である。
若い頃は東京で働いていたというが、宮城県に疎開。
1955(昭和30)年、36歳の時に、及川さんのご主人の妹さん夫妻(満州引き上げ)と共に2家族で、アマゾンのベルテーラへ1年間のゴム園雇用移民として移民した。戦後、アマゾン移民導入に力を注いだ戦前移民の辻小太郎氏は、当時、ブラジルの大統領であったバルガス氏と親交が深く、日本人をアマゾンへ移民させることに大きな貢献をした。
しかし、そのバルガス大統領が死去。その他のさまざまな要因で及川さんたち日本人移民はゴム園を強制的に出されてしまった。及川さん一家にとっては入植後わずか2ヶ月という早さである。そして、モンテアレグレの原始林の開拓移民に勝手に切り替えられた。
結局、放り出されたような形になった及川さん一家は子供が小さかったために、サンターレンという町に住んで、農業と八百屋の仕事をして生計を立てたという。
「戦後移民はお金を持ってこなくちゃブラジルへ来れなかったのよ」と話す及川さん。一家は規則通りの金額、当時のお金で20万円を持ってきていた。そのお金は辻小太郎氏に全額預けていたが、及川家は辻さんも住むサンターレンにいたからこそ全額返却してもらえたという。10万円しか持ってこなかった人。サンターレンから遠くにいる人はなかなか取りに来れなかったり、「サンパウロへ行く」などと言う人はなかなか返却してもらえなかったという。
最後に「ブラジルへ来て良かったですか?」と問うと、「結果的にはね。暖かいから・・・」と語ったちかさん。
インタビューの後に一筆頂くノートにくださったお言葉は、「我が国籍は天にあり」という聖書からの言葉だった。
参考本:山根一眞著 『アマゾンで日本人はガランチードと呼ばれた』(国際青少年自然科学センター 発行)、『アマゾン入門』(文春文庫)
録音放送を聴くためのお約束条項
(ご面倒おかけしてすみません)
1、たぶん、Media Player 9 以降があった方がよろしいかと思います。
2、リンクをクリックしても聴けない場合は、プレーヤーに直接URLを入力してみてください。
それでは聴いてみましょう。
http://www2.100nen.com.br/brasil-ya/radio/20070121.m3u
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