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     2014年ゲスト・アーカイブ  (最終更新日 : 2015/02/02)
Vol.180「父の意を継ぎ県人会長」千田 曠曉さん

Vol.180「父の意を継ぎ県人会長」千田 曠曉さん (2015/02/02) 放送:2014年12月22日(月)ブラジル時間 10:58~01:15(2:17) 日本時間 21:58~00:15(2:17)、ダウンロードはゲスコーナのみの49分13秒です。
出演:千田 曠曉(ひろあき)さん、細川多美子、砂古純子、大久保純子


 岩手県人会の会長を8期16年間(インタビュー後の2015年1月には9期目の続投も決定)も務めている千田会長。いつも穏やかで笑みを絶やさない人柄は誰からも好かれている。
 千田さんは実はお母様のご出身宮崎生まれ、満州育ち。そして宮崎へ戻り、ブラジルへ移民したという。だが、お父様が渡伯後、戸籍謄本を取り寄せるのをきっかけに、独自に邦字新聞の訪日広告などを手がかりに岩手県出身者を調べ、260家族を見つけ出した。最初の岩手県出身の移民は大正7年に小野寺さんという方が来られており、96年前に来ていたが、県人会が発足したのは、千田さんのお父さんが調べ上げたのをきっかけに1959年発足。50周年である。
 日系社会(コロニア)にいると、その方は存じ上げていても、その方のかつての職業すら知らないことが多々ある。実は千田さんもその一人だった。1957年7月出航の「ルイス号」で両親に連れられ、家族で移住。呼び寄せ移民でサンパウロ近郊のサント・アマーロで養鶏を手伝ったという。その後、柳細工や木工の仕事を経て、クリーニング(洗染業)を7年前まで営んでいたという。柳細工仕事をしていた18歳の時、回転鋸で右手親指を切断してしまっていたという事すら、今回初めて知った次第である。
 ブラジルでお世話になり、当たり前のように挨拶をしながらも、その方が生きてこられた生きざまを知らないことが多い。聞きそびれたまま、亡くなられ、悔しい思いをすることも最近、増えてきた。  「かつて日本人がブラジルに移民した」ということすら知らない日本の若者もいる。何が伝えられるのかは分からないが、何かしたいと思ってしまう。
 千田会長も岩手県のテレビ局にブラジル岩手県人会の活動などをビデオに録って送ったりしている。共に何かを伝えられたら、と思ったインタビューである。

それでは、以下のリンクをクリックしてお聴きください。
http://brasil-ya.com/radio/20141222.mp3


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