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(最終更新日 : 2019/02/15)
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2006年10月号
2006年10月号 (2006/10/09)
三十年記念誌の作成に思う
老ク連記念誌編集委員 小畑博昭(元援協事務局長)
数ヶ月前、老ク連三十年史編纂委員会から「編集に協力してもらいたい」という要請があった。私は三十年前老ク創設にたずさわった最年少の一人であったので、「貴方は創設の生き字引なんだから…」と言われたら、ことわる訳にもいかない。そして分ったことは「事始めのころ」共に創設の中心となって働いた老幹部の皆さん方は、既に死去されてしまっていた事だ。老ク活動に対しての確たる報告も、資料も保管されておらず、今後の取材活動が如何に困難であるかが思いやられた。
しかし、私の場合はむしろ「この役目を果たさなければならない義務がある」と強く感じさせられた。それは七〇年代から始まったコロニヤの老人問題解決にあたり、老人クラブ活動が歴史に残る多大の実績を残しておる事を知っているからである。それで自信のないままに、役目を引き受けこの大事業に参加させていただき、既に四回(毎月一回)も連絡会に出席した。
さていよいよしごとを始めてみると、今度は私自身に欠陥があることにきずいた。既に喜寿をとおりこした老骨、体力も、知力も、はや老境にある。忘れっぽいとか、ボケ現象で恥ずかしながら、憐れを感じざるをえない。そしてやたらと時の流れの速さに驚き「あれからもう三十年も経つのか…」と目のさめる思いとなっていた。
さて、そこで貴重な作業の本題に入ろう。編集作業にあたり、特に強く感じたこと。
①人間の究極の目的は「よく生きることだ」といわれる。老人は「よき生存をこそ求める」。これこそ老人福祉の原点であり、老人クラブの「めあて」と言えないだろうか。騒乱、混乱した世の中で生きることの難しさを日毎体験している私たちは、クラブの仲間たち同士で相談し、手を携えて力強く乗り切っている。なんと素晴らしい同じ仲間の輪ではないか!
②クラブの創設から、その運営にあたってどんなに多くの方々の協力支援があったことか。母国日本から、又ブラジル各地の団体、篤志家、各地の親分さんたちからの力強い協力なしには、今日の老クの発展はなかった。又今後も協力が必要となっていることが考えられる。深い感謝である。
③種々のクラブ活動のおかげで、生きるうえでの寂しさや、日常の不満から解放された。良い友達が出来て、何事にっけて考え方や、意見を交換できて、前向きに進むことが出来るようになった。気がついてみたら「現代老人へのころもがえをしていた」等。
以上は、ホンの小さな例に過ぎないが、その記録を三十年誌にとどめることが出来たら、こんな意義深いことはなかろうと思っている。
創立三十周年を迎えて
バレットス寿楽会 遠藤正勝
聖州バレットス老ク寿楽会は本年創立三十周年を迎えました。
去る九月十七日は近隣のリベロン・プレットス市とサンジョゼ・ド・リオプレットス市の老クの方々にも大勢参加して頂いて、当教師会のモダンな会館において賑やかにその記念祭を催しました。
聖市老ク連本部からは連合会副会長の小坂誠氏がわざわざ御出席下さいました。
創立時、二十一名の会員で発足しましたが、現在、残っている創立会員は二名のみとなり寂しい限りです。現在、八十歳の私がその中の一人で、三十年という「時の長さ」を感じました。
三十年前は私は五十歳で、老ク会員としての資格はありませんでしたが、「書記に適当な人が居ないから、どうしても君になって貰わねばならぬ」と強引に頼み込まれ、入会したわけです。現在の会員は六十一名で、会長は池田正勝さんです。毎月第三日曜日を例会日として、楽しく集まっております。
日下野良武氏をお招きして
イタケーラ寿会 小坂誠
七月の初旬上原老ク連事務局長より日下野氏に講演をお願いしているがイタケーラ寿会はどうですか、との話がありました。それならば八月二十四日の例会にお願いしよう、とその場ですぐに来ていただくことに決まりました。八月は二ヵ月ごとに行われる誕生会があります。イタケーラの誕生会は祝ってもらう人が御馳走を持ってきます。その日はいつもの集会よりたくさんの御馳走が集りました。
日下野氏はサンパウロにすんでいるので、近くに住んでいる会員に道案内をお願いしました。この日に集まったのは約三十名の会員です。時計が十二時になると、老人クラブの歌で例会が始まりました。会長挨拶のとき日下野良武(くさかのよしたけ)氏を次のように紹介しました。元サンパウロ新聞社の専務取締役で現在はフリージャーナリストです。ブラジルに関する本をたくさん書いておられ、私の家には「ほほ笑めばブラジル」があります等々。
それから誕生日の人達をみんなで祝い、ご馳走をたくさん食べて、日下野氏の講演が始まりました。講演はゆっくり高齢者に分かるように話してくださり、ブラジルの国内を広く歩いているので我々の知らない話も出ました。その中で特に印象に残っているのは次の話です。コロニアには面白い言葉が日常使われています。日本語を使っているつもりでもブラジル語が混ざっており、平気で気にも留めないでみんな使っています。といわれるのです。それは何だろうか、と思っていると、メーザ掛け、次に洗濯マキナと言われました。会場に笑いとどよめきがおきました。まだある、まだある、みんな日々に思ったことを話しています。この調子で話が進み四十分はあっという間に過ぎてしまいました。その後、ビンゴをしましたが、日下野氏は最後までわれわれと一緒でした。この日、イタケーラコロニアの歴史の話や、私の親戚の人の事を書いて日本の新聞に載せたところ日本で大反響があった事、ブラジルへ渡航した時、我々が大変お世話になった外務省の事務官と何年か後、日下野氏が渡航前にお世話になった日本大学の先生が同一人物だったりして話しているうちに親しみが湧いてきました。
別れて二、三日してお礼と共にイタケーラ訪問の事は日本の新聞に記事を送りましたとの電話連絡がありました。記事を見るのを楽しみにしています。
ご冥福をお祈りします
ツパン老人クラブ寿会 水島信義
九月十五日は先輩の渡辺キミ様の告別式でありました。一八九九年生れ、一〇七歳。
苦楽の世相を生き抜かれた方でした。告別式はツパンの西本願寺において執り行われ、大勢の方々に御焼香頂き、落涙の中を旅立たれました。
人間世界において一世紀以上生きるということは、いくら医学が進歩した現在でも並大抵のことではないと思います。すべて自然の摂理に生かされております。一〇七歳という誠に素晴らしい長寿を全うされた渡辺キミ様はご家族の温かい気持ちに見守られ、老衰のため大往生なさいました。ここに会員一同衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
また、残されたご家族の方々に心より哀悼の意を捧げます。「老壮の友」誌上にてお知らせ申し上げますと共に会員の皆様方におかれましては、益々のご発展とご健康をお祈り申し上げます。どうぞ、皆様方も希望を持って頑張りましょう。
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