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熟年クラブ連合会
     活動報告  (最終更新日 : 2018/12/14)
2009年12月号

2009年12月号 (2009/12/16) 二〇〇九年の終わりに

 今年も残り少なくなり、色々な思いが脳裏(のうり)をよぎります。上原事務局長がお辞めになられ、五月から老ク連の業務に参加していますが、慣れない中でとにかく無我夢中でやってきました。簡単に老ク連の今年を振り返ってみます。
1)恒例行事つつがなく実施
 二十四回目を迎えたゲートボールふれあい大会や三十三回を数える老人クラブ大会&芸能祭、第十五回のカラオケ大会と、いずれも大きな問題もなく終了。今年の老人週間は四十周年で、文協会場に約八百名の客を迎え、講師には援協の元事務局長小畑博昭氏が「ブラジル日系老人の過去・現代・未来」のテーマで基調講演を行いました。二回行なわれたビンゴ大会も皆様の協力で楽しく賑やかに開催され、利益も出て大成功でした。また今年の旅行は、四月がカンピーナスとインダイアツーバ交流旅行で、八月にはミナス州のポッソ・デ・カウダスへ小旅行と二回も行なわれました。
2)外部からの援助
 前記の行事開催に付き、今年もレアル銀行から大きな援助を頂く事が出来ました。日系人対象行事の増加から、観客は減ったとは言え、常時八百名から一千名の観客を迎えて、文協という大きな会場で華やかに出来るのも、この支援のお陰で感謝に耐えません。また、二〇〇一年から九回目となる今村医師の敬老金は、高齢の会員に生きがいを与えてくれている。
3)全教養教室が健在
 従来の健康体操、練功体操、コーラス、カラオケ、民謡、舞踊、カラオケダンス、俳句、書道(二種)、絵画、百人一首の教室に花合わせ教室とポルトガル語会話教室、川柳教室が今年から加わり、十五教室となりました。百人一首や花合わせは、脳を鍛えたりボケ防止に非常に有効で、皆楽しんでやっています。どこの教室も指導者が中心となって、和気藹々(わきあいあい)と参加し、行事に参加する教室では張り合いを持って励んでおり、参加する生徒さん達にとって、生き甲斐となっているようです。
 また、老ク本部で今年十月から第一・第三水曜日の朝八時から森ニウダ先生による針・マッサージが開始され、会員の健康に一役を担っています。
4)与古田シニアの活躍
 貞弘昌理シニア・ボランティアに代わり、今年の八月から着任した与古田徳造シニアは、招きに応じて各老人クラブへ指導に行ってます。今年はまだ、先生にとって一年目で、各クラブからの要請はまだまだ少ないが、来年は年初めからオウリンニョスや遠くのクラブから依頼されており、二年目の活躍に期待がかかっています。


ブラジリアからも初参加、老ク連のカラオケ大会

 十一月二十九日(日)文協記念講堂において、第十五回老ク連親睦カラオケ大会が開かれた。
 実行委員長は五十嵐司副会長、今年も第二部(十七名)があり、出場者は総勢百七十七名で、カテゴリ別ではエスペシャルが一番多くて五十五名、続いてエストラが四十八名、また今回はブラジリアから六名の方が初出場された。今年も九十歳以上の出場者が七名もおられて、最高齢は吉田美巳さんの九十七歳である。
 審査委員長に保母晃余先生、審査員に佐藤正和先生、本郷つぎ子先生の三名。司会はいつものように田巻夏枝先生だが、今年新人で出場したブラジリアが 一位 二位 三位と持って行き、大喜びで帰られた。今年はおかげさまで夕方の五時には全プログラムも終了して、表彰式も順調に行われた。またカラオケの合間、お客はバザーを見に行き、終始バザー会場は人で賑わっていた。

 ♪第十五回カラオケ大会 入賞者
新人
一位 纐纈栄進・・・80歳 ブラジリア壮快クラブ
二位 清川光治・・・82歳 ブラジリア壮快クラブ
三位 松永英二・・・73歳 ブラジリア壮快クラブ

一位 矢野洲摩子・・79歳 S・Jプレット白寿会
二位 青木五百美・・61歳 アルジャー親和会
三位 萩原マリア・・76歳 ブラジリア壮快クラブ
四位 新垣茂子・・・73歳 リベロン・ピーレス錦友会
A1 82歳上
一位 有馬義夫・・・88歳 S・Jプレット白寿会
二位 野村康・・・・83歳 サンパウロ中央老壮会
三位 遠藤菊子・・・90歳 プ・アルボレ老壮会
四位 宅野綾子・・・82歳 サンパウロ中央老壮会
A2 81歳~75歳
一位 武田久夫・・・81歳 ビラ・ソニア老壮クラブ
二位 小坂誠・・・・75歳 イタケーラ寿会
三位 赤木辰巳・・・81歳 リベロン・ピーレス錦友会
四位 奥美津子・・・80歳 サンパウロ東部紅葉会
A3 74歳以下
一位 平沢万理子・・69歳 ジュンジアイ睦会
二位 須釜信子・・・63歳 サ・アマーロあおぞら会
三位 中川浩巳・・・73歳 ピニェイロス親睦会老壮部
ESP1 83歳上
一位 田辺スミ・・・84歳 スザノ福栄会
二位 吉住繁造・・・84歳 ジュンジアイ睦会
三位 山下安子・・・83歳 ビラ・ソニア老壮クラブ
四位 中村モチ子・・86歳 パ・コンチネンタル寿会
ESP2 82歳~76歳
一位 山田清子・・・81歳 カンピーナス明治会
二位 古川弥生・・・80歳 パ・コンチネンタル寿会
三位 山内一幸・・・77歳 アチバイア清流クラブ
四位 緒方甚・・・・82歳 ジュンジアイ睦会
五位 山下米子・・・76歳 カンピーナス明治会
六位 内田みどり・・76歳 ビ・ソニア老壮クラブ
ESP3 74歳下
一位 高野キミ子・・70歳 グアラ二―桜クラブ
二位 須釜征公・・・65歳 サ・アマーロあおぞら会
三位 久保田忠・・・70歳 サンパウロ中央老壮会
四位 檀正子・・・・66歳 イタペチ万寿会
五位 大江清子・・・74歳 リベロン・ピーレス錦友会
EXT1 84歳上
一位 山田ひな子・・90歳 サ・アマーロあおぞら会
二位 荒木豪・・・・84歳 ジュンジアイ睦会
三位 田中美乃留・・85歳 ビラ・マリア鶴寿会
四位 尾田治子・・・94歳 プ・アルボレ老壮会
EXT2 83歳~77歳
一位 賀集忠士・・・80歳 ピニェイロス親睦会老壮部
二位 内田猛・・・・78歳 サンパウロ中央老壮会
三位 村上善光・・・83歳 セントロ桜会
四位 中野久子・・・82歳 カンピーナス明治会
EXT3 76歳下
一位 檀定則・・・・70歳 イタペチ万寿会
二位 木村博充・・・74歳 サンパウロ玉芙蓉会
三位 菅沼政子・・・74歳 イタケーラ寿会
四位 園原礼子・・・76歳 リベロン・ピーレス錦友会
五位 伊井一枝・・・68歳 サ・アマーロあおぞら会
S・EXT
一位 高坂光丸・・・82歳 サンパウロ中央老壮会
二位 山本茂・・・・82歳 パ・コンチネンタル寿会
三位 山口依子・・・70歳 カンピーナス明治会
第二部
A・B
一位 野村康・・・・83歳 サンパウロ中央老壮会
二位 矢野洲魔子・・79歳 S・Jプレット白寿会
三位 遠藤菊子・・・90歳 プ・アルボレ老壮会
ESP
一位 賀集綾子・・・80歳 ピニェイロス親睦会老壮部
二位 中山美代子・・67歳 サンパウロ中央老壮会
三位 串間友江・・・74歳 サンパウロ中央老壮会
S・EXT~EXT
一位 山本茂・・・・82歳 パ・コンチネンタル寿会


今年の監査を振り返って

老ク連監査役 玉田伯夫
 もう二〇〇九年も余す所、一か月となりました。月日のたつのは早いものだとつくづく感じます、月日のたつのが早く感じるのは健康な証拠だと常に私は感じます。
 昨年の末頃だと思いますが監査役の佐藤寅吉様がご家族の都合で退職されましたので補佐役の私が変わりにお引き受け致す事になりました。
 私は以前、スール・ブラジル組合の月例監査員のお手伝いをさせて頂きましたが、当事は従業員の作ったヘラトリオに目を通して署名するだけでした。
 老ク連には古賀さん、西丸さんの先輩の監査の方が居られますのでそのお手伝いのつもりでお引き受け致しました。
老ク連の監査は、数ある伝票を一枚一枚帳簿と照らし合わせてチェックして行くので全く厳粛(げんしゅく)な監査だと感心しました。長年会計を務めておられる戸田さんだけあって、経験豊かで正確そのものだと感じました。
 また老ク連の事務局長を長年担当しておられた上原さんの退職後、新しい事務局長の畠中さんと皆で常に真剣に取り組んで頂いております。
 監査とは関係のない事なのですが、老ク連について感じた事を述べさせて頂きます。それはあらゆる行事、例えば、ビンゴ大会、カラオケ大会などに役員の方々はじめ有志の方々の協力が多い事です。これはやはり団結心なくしては実現しない事だと思います。また、代表者会議には常に三十五~六名の方々が出席し、会長はじめ役員の方々のスムーズな進行で何のトラブルもなく終了しております。時にはご自分の体験談を発表されたり、参考になる事があると思います。
 私どもの所属する親和会では、毎月の老壮の友を三十五部頂いて行くのですが「自分は日本語が読めないから」と行って持って行かれない方があります。戦時中は日本語教育が禁止されていましたので、それは自然で仕方のないことではないかと思います。日系三世、四世の方々の会話は九〇%位はポルトゲースだと思います。そこでやがて老壮の友も難しい事と思いますが、ポルトゲースの欄も一ページ位入れて頂いては…と思っています。幸い老ク連にはDr.下本がおられますし、協力して頂ければと思っております。現在の充実した老ク連が三、四世の代まで益々発展していきます事を希望します。終わりに皆々様のご健康と御多幸を折念致します。


一日市内観光に参加して

サンパウロ中央老壮会 内海博
 底抜けに明るい日差しの下、一行二十四名を乗せた小型バスは「私の名前は佐藤礼子です。今日一日皆様方のご案内をさせて頂きます。よろしく」というガイドさんの歯切れの良い言葉で、一路イピランガ区の水族館へ。ここは三年程前に川魚専門の水族館としてスタートしたものだが、最近では海水を導入し、海の魚も間近に見る事が出来るという。ルンルン気分で調子よく走り、開館の時間より早く着いたのでひと回りして独立記念像の前で休憩。ガイドの怜子さんの独立像建立の裏話を聞く。像の一番上の群像は、もともとはロシアがフランスに注文していたものが、ロシア革命で注文の話がお流れになり、世界を見渡した所、ちょうどブラジルが独立記念像を作る計画があるのを知って、こちらへ話を持ってきたもので、裏を返せば、独立記念とは違うものであるという。ちなみに下部の彫刻はブラジル製。ともあれ、ブラジルは一九二二年、この注文ながれながら、立派な像を手に入れて、社会的にも体面を保ち、今日に至っているという事だ。詳しくは歴史家に任せ、先を急ごう。
 水族館を駆け足でひと巡り。バスは旧メルカード前を通過。このメルカードも改装されてから、一見の価値がある。だが、先を急ぐので素通りしてサンパウロの中央八角形のへそを見る。これが0㎞地点だ。四十年の歳月をかけて建設されたセ寺院を正面から眺める。毎月初めの土曜日は、セー寺院の大祭であるとかで、物々しい制服の司祭がずらりと並んでいた。一行は早速そのパードレ様と記念撮影。中ではマイクを通して説教が続いている。詳しく書いていては一ページに納まらない。先を急いで、まずは腹ごしらえにピニェイロスの食堂で一服。
 目指すは次の目的地。パラシオ・デ・ゴベルノ州統領官邸。サンパウロに五十年も住んでいても、州統領官邸に入る事など思いもよらぬ事。こうしたツアーなればこそ。美人秘書のカロリーナさんの説明。間髪をいれず、ガイドの礼子さんの通訳に皆うなずく。
 幅の広い階段のこの上が州統領の住まう所と教えられて、皆、州統領を何となく身近に感じた様子。日本との交流で色々な植樹もされ、桜や松、杉もあるという。公邸を辞してから、世界でも有名な「蛇のおやま」ブタンタン毒蛇研究所を見学。八メートルに余るという大蛇。鈴が十以上もある鈴蛇やジャララカ、ジャラクスウ、猛毒の紅たすき蛇、無毒の青大将のすばしっこい枝渡り、石の陰にうずくまり動かない蛇。よく蛇はとぐろを巻いていると言うがだらりと長く伸びている蛇などがいる。
昔、日本から来た落語家をここへ案内して、その後、ウナギの蒲焼をご馳走しようと思ったら流石の荒食いの落語家もこれを遠慮したという話。
 この百周年を前後して、大竹富江さんのオブジェは各地に展示されているがインスティテュート大竹は赤と黒をベースにした三十階もある高層ビルでガイドさんの説明で遠くから望み見る。コロニアが誇るというよりは、ブラジルを代表する造形美術作家である大竹さんは九十歳という高齢にもかかわらず、その創作意欲には只々敬服。
 一日市内観光もあっと言う間に終了したが、ガイドさんの説明も良く、参加した二十四名の皆さん、ずいぶんと物知りになったと思う。何かの時にふと話す一言に「うちのおばあちゃん、意外なことを知っている」と驚かれる事もあるだろう。有意義な旅であった。


ペスケーロ紀行

ジュンジャイ睦会 長山豊恵
 私たちジュンジャイ睦会では先日、アルツール・ノゲイラの和田さんのペスケーロ(釣堀)で一日を楽しく過そうと、総勢二十二名が小型バスで会館を朝八時に出発した。
 しばらく行くと、小雨が降り始め、みんな心配しながら空を見ていた。二時間あまり走って到着。和田さん親子が出迎えて待っていてくれた。ペスカ(釣り)が好きな方たちは挨拶もそこそこに池の方へ下りて行った。
 和田さんとは久しぶりに会うので、話し込んでいるうちに小雨もいつの間にか降り止み、涼しい天気になってきた。
 広間へ行くと、和田さんはお茶やお菓子、忙しいのにお餅まで作ってもてなしてくれた。男たちはペスカ、女たちは食堂のメーザ(テーブル)に集まって、おしゃべりしながらトランプなどをして楽しんでいた。
 私は和田さんとお話しながら池の周りを歩いてみた。ひと回りして、みんなの釣っている所へ行って「釣れましたか?」と聞くと、Tさんが「二キロぐらいある」と釣り上げた大きなチラピアを見せてくれた。
 ずらりと池のふちに並んで吸い付けられたように身動きもせず水面を見つめているみんなの姿は、昔、苦労してきた人たちとは思えない。安らかな姿であった。そのうち「ご飯が出来ましたよ」と知らせて来た。バスから降りた時、すぐお昼のカルダピオ(メニュー)から好きなものを注文して、番号を胸に付けていたので、それぞれがメーザで待っていると、可愛らしい娘さんが給食の世話をしてくれた。
 食後、私も釣りに下りて行ったら、Wさんが今朝から「たった一匹釣っただけ」と頑張っていた。花好きなYさんは花の苗を色々と集めていた。Sさんは杖に良い竹があるといって、掘って貰ったりしていた。
 帰りにはみんな釣った魚のうろこを取って貰ったりして、楽しい一日を過ごし、名残を惜しみながら「さようなら」とバスに乗ると、Yさんなどがバスの窓から「また、来ます」と、手をふりふり大きな声を上げていた。
 和田さん一家はさっぱりとした優しい方ばかりで、みんなを喜ばしてくれた。八十八歳とは思えない元気さで色々と頑張っておられる。大きな家の回りは花々が輝いていた。どうか、いつまでもお元気でおられますよう、お祈りしております。因みに和田さんは高知県出身で、カンピーナス明治会の元会長であり相談役です。


故・藤村徳夫氏(八十八歳)、謹んで死亡通知をさせて頂きます

ツパン老ク寿会書記 堤博志
  家族の薦めでサンフランシスコ病院で人間ドックに入り、精密検査を受けた所、左下腹にある動脈の血管が腫れて薄くなっているので、絶対安静との事。大至急、サンパウロ・ベネフェセンテ・ポルトゲーザ病院に入院し、緊急手術をせよとの事。その手術の準備中にこの動脈の血管が破裂し、手の施しようがなく、十一月十日、午前九時、永眠致しました。
 持病があったのでしょうが、痛みが無かった為、手遅れでした。
 ツパン市まで遺体を運び、十一日、午前三時に告別式をツパン市西本願寺において厳粛に盛大に式を執り行い、故人のご冥福をお祈り申し上げました。
 故・藤村徳夫様はツパン老ク寿会会長を五期(十年間)を務め、会員、友人、知人からも人望、信頼の厚い人で、責任感も強く、世話好きな人でした。
 特に老ク連会長の重岡康人様並びにたくさんの老ク連の皆様方にお世話になり、本当に心からありがとうございました。故人になり代わり、厚く御礼、感謝を申し上げます。亡き霊は残った者たちを見守ってくださる事でしょう。告別の時の遺顔には眉間に縦皺があり、やり残しの無念さが見受けられました。ここに重々謹んで、故・藤村徳夫様(八十八歳)の死亡通知を致しました。


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