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熟年クラブ連合会
     活動報告  (最終更新日 : 2019/02/15)
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2010年6月号 (2010/06/05) 楽しみ多いゲートボール大会

楽しみ多いゲートボール大会.jpg
開会式で昨年の優勝者から優勝杯が返還された
 第二十五回老ク連ゲートボールふれあい大会は、五月二十二日(土)ジャバクアラの連合スタジアムにおいて賑やかに開催された。今年もニッケイ新聞と共催、ブラジルゲートボール連合主管(当日の競技一切を取り仕切ってもらう)である。前日まで天気は悪く寒かったが、当日は朝からよく晴れて、少々肌寒かったが、その後、気温も徐々(じょじょ)に上がり、昼ごろには暑いぐらいであった。
 開会式は八時からで、内山監査役による司会で、実行委員長の小坂副会長の開会宣言(かいかいせいげん)に始まり、黙祷(もくとう)、持ち廻りの優勝杯返還(ゆうしょうはいへんかん)が行なわれた。小坂副会長が主催者側として会長代理で挨拶をされ、ゲートボール連合から本藤利会長の挨拶、続いてレアル銀行の清水取締役より激励の言葉を頂いた。
 今年もレアル銀行より八十六歳以上五十一名に敬老金が支給され、清水オリジオ取締役より、九十歳以上の十六名に一人ずつ直接手渡しされた。
 その後、本田八朗審判部長と田篭輝生競技部長から注意があり、昨年鶴組で優勝したサント・アマーロあおぞら会の中館みどりさんの選手宣誓が力強く行なわれて、式典は終了し、競技が始まった。また競技中ではあったが、下本八郎元サンパウロ州議員から激励の言葉もあった。
 本年の出場者は、八十歳以上の寿組十九組、七十歳代の亀組八組、六十九歳以下の鶴組七組の計三十四チームで約二百名である。整列した選手の顔からは「これからやるぞ!」という士気が漲っている。
 今までに比べると、寿組が大変多くなってきて、亀組と鶴組が少なくなってきた。数年前に比べると選手数は減っているが、白いユニフォームが一斉に揃うと気持ちが良い。
 見ていて思った事だが、スポーツをしているせいか、みなさん若々しく、てきぱきとゲートボールに取り組んでいる。また、最高齢の九十八歳の方も試合に出て、頑張っている姿が印象的だった。心身共に健康になるゲートボールは素晴らしいスポーツであると思った。
 試合で勝てば大きな賞品を、たとえ逃しても参加賞や敬老金を頂き、一日中至れり尽くせり。飲み物や食べ物も豊富に用意される。こんなお得な行事は他にないのではないかと思われる。更に団体スポーツなので精神修養にもなる。まだやっていない会員の方には是非ゲートボールを薦めたい。そして来年の大会には出場してこの恩恵を受けてもらいたい。
 朝早くからの集合で、たくさん用意されたカフェーとサンドイッチを既に平らげた選手たちは、元気いっぱいの声を張り上げて試合に臨んだ。連合役員の方々の手際良い進行で試合は滞りなく進み、三時半には十二回戦全てが終って各チームの得点が出、表彰に移った。グアラニー桜クラブは入賞十二チームのうち、七チームが出て、そのうち四チームが入賞。皆さんの見ている前で表彰され、記念撮影をしたりして喜び合っていた。そして沢山の友と握手をし合って又の再会を約し、今年の大会も無事終了した。寿組、亀組、鶴組の優勝された皆様には心から、おめでとうございますと申し上げたい。また準優勝、二位、三位その他のチームの皆様も次回にはがんばり、優勝を目指しましょう。呼ばれて出てくるチームを見ていると、老ク連の会員は七割が女性なので行事も自然女性が多いのに、この時ばかりは男性の多いのが目についたが、中には、何組か女性ばかりのチームがあった。出場三十四チームに対して入賞十二チームで率も大変良い。怪我人も病人も出ずに午後四時には全部の片付けも終わり、未だ陽も明るいうちに大会は無事終了した。

◎今年の入賞者
【寿組】
優勝 サンパウロ東部紅葉会
準優勝 グアラニー桜クラブB
三位 インダイアツーバ親和会
四位 グアラニー桜クラブC
五位 ジュンジアイ睦会A
六位 グアラニー桜クラブA
【亀組】
優勝 グアラニー桜クラブA
準優勝 みずほ福寿会B
三位 ビラ・ソニア老壮クラブ
【鶴組】
優勝 サント・アマーロあおぞら会
準優勝 イタペチ老人クラブ万寿会
三位 サント・アンドレ白寿会


麻生前総理の歓迎会に出席して

老ク連副会長 小坂誠
 五月二日、老ク連から麻生前総理大臣の歓迎会に妻と二人で参加した。
 定刻になると司会者が「麻生太郎前総理がお着きなりましたので、拍手でお迎え下さい」とアナウンスし、参加者約百二十名全員が起立してお迎えした。
 早速壇上に案内され座られると、大部一秋総領事を始め連邦議員、日系コロニアの代表者が並び、最初に大部一秋総領事の挨拶、続いて木田喜八郎文協会長が挨拶で「経済以外のあらゆる面で日伯交流に務めて頂き、その際に何世代にも渡り活躍する日系人の存在を忘れないで欲しい」と結び、長い挨拶ではあったが、聞いていて心を揺さぶるものがあり、内容は大変良かった。
その後、ブラジル国の連邦議員で、伯日国会議員連盟のウイリアム・ウー会長は通訳者(二宮正人氏)を通して「伯国は日本から多くを学ばなければならない」と言明。
 ウイリアム・ウー会長と飯星ワウテル下議から麻生太郎前総理に記念のプレートが贈られた。
麻生太郎前総理は「世界の四大新興国に触れ、ロシアと中国は近くにあり、インドはまだこれからの国であるが、四カ国の中ではブラジルは資源があり日系人が多く住み、親日的で将来性がある。今後のパナマ運河の改築で貿易が盛んになれば日伯交流が更に良くなるだろう」と話された。日系社会のこと、政治のことを話されるかと私は思っていたが、そのことには触れなかった。その他の事は邦字新聞に書かれているとおりである。
 終わって会場には飲食物が出て、それぞれ知り合いを見つけて雑談をした。私は気がつかないで歩いていたら呼びかける人がいるので振り向くと、レジストロの日本人会会長の金子国栄さんが立っていた。新聞に投稿された記事は欠かさず読んでいるが、まさかここで会えるとは思っていなかった。以前二回ほどレジストロの街を案内してもらった記憶がある。その時、日本人会館で戴いた手作りの昼食の味を思わず想い出した。最近老ク連の代表者会議に老人会の代表者が見えないので消息を聞くとみんな達者だそうである。「皆様によろしく」と言って別れた。
 しばらくすると「麻生先生がお帰りになります」と声がかかり、全員で拍手でお見送り。出口には一緒に写真に納まりたい人が列を成していた。


里見流舞踊を披露

里見流舞踊を披露.jpg
おかめとひょっとこでユニークな振り付けの里見流炭坑節
 去る五月四日火曜日午前十一時三十分から老ク連に里見流舞踊の里見香華先生とその娘の大田奈緒子さんが訪れ、里見流舞踊を披露してくれた。
 これは去る五月に森田健作千葉県知事が千葉県人会の会館落成式に訪問された慶祝団の一行として来られた里見香華先生のご好意による公演である。里見先生は以前にも慶祝団としてブラジルを訪問された経緯があり、今回は二度目の来伯。三年前の第一回目の訪伯の際も里見流の舞踊剣舞を披露してくれたがその時はお一人での来伯だった。今回は初のブラジル訪問となった娘さんと一緒の舞台であった。里見香華先生は南総里見八犬伝で有名な里見家の直系の方である。
 会場には当会の五十嵐会長及びコーラス教室、舞踊教室のメンバー他、一般会員が参集。
 最初に母娘で剣舞を一曲披露した後、踊り教室のメンバーが踊りを披露。続いてコーラスメンバーが歌った。
 司会には今回の公演に尽力してくれた藤瀬圭子さん。当会教室の芸能に続いて、娘の大田奈緒子さんが「浜千鳥の歌」を踊り、最後に御二人で炭鉱節を里見流にアレンジした踊りを披露してくれた。この炭坑節はおかめとひょっとこのお面を脇にかぶりとてもユニークで楽しい踊りであった。
 先生方はこの老ク連の公演の後、森田千葉県知事らと共に日本へ帰国。大変忙しい合間をぬっての老ク連公演であった。


童話の会 オエン学園へ

 去る四月二十六日、ブラジル老人クラブ連合会の「童話で日本の心を教える会」がオエン学園を訪問した。この事業は、日本の文化を子供たちに伝えようと、毎年各日系の学校を訪れているもの。最初はイタマラチ学園、昨年は松柏学園、今年はオエン学園の訪問となった。
 訪問者は五十嵐、田中、中原の三人で、今年は「浦島太郎」と「花咲じじい」を上映。これは日本のテレビでかつて放送された「日本昔話」のアニメである。絵が可愛らしく、声優の話し方が心にしみじみと伝わってくる作品で、大人が見ても面白いものだ。
 DVD鑑賞の後、全員でその物語の歌を唱歌。ずっと歌っていなくても昔からなじみのある歌なので、楽しく歌える。「浦島太郎」や「花咲じじい」などの歌は、昔なじみの歌と今風の歌があり、今回歌ったのは現代の歌である。訪問後、オエン学園からお礼の言葉がメールで届いているので、以下紹介する。
 「子供たちは皆大喜びで、一生懸命に歌の内容を理解しようと聞き入っていました。大変喜びで老人クラブの皆さまのご好意には本当に感謝しております」とのことである。


中央老壮会日帰りピクニック 「柿とエビでリフレッシュ」

中央老壮会日帰りピクニック.jpg
柿農園の入口にある巨石の前で
 去る四月二十四日、中央老壮会は今年二回目の日帰り小旅行「柿狩りと養殖エビ池見学ピクニック」を行った。
朝、前日の雨模様が尾を引くのではと心配されたが、目的地ピエダーデの柿農園に着いたときは秋晴れの青空。早速、柿畑に直行!柿採りに…と言いたい所だが、明日が今年の柿狩りの最終日ということで柿の木には真っ赤に熟れた残りの柿が少しあるだけ。
 「え~、柿の木から直接柿をもぐことが出来るというから来たのに…」とがっかりした声がちらほら上がる。
 しかし、こんなことで愚図つく人達ではない。案内の若者に高い所の実を枝を引き寄せてもらって採ったり、柿を丸かじりしたりとかなり賑やかだ。
 そしてなんといっても素晴らしかったのは、柿の葉の紅葉。赤や黄色に染まった柿の木の下でしばし日本の秋を想い体感する。農園主・坂口さんの話ではここではもみじは紅葉しないけれども柿の葉は紅葉するのだとか。
 坂口さんは一九三三年にペレイラに入植。五三年にピエダーデに移り、六年後の五九年にコラソン種など八百本の柿を植えたのが始まりで、今は富有柿も入れて二千本以上はあるという。
 柿狩り農園は五年前、ご主人の怪我で困った奥さんが苦肉の策で始めたのがきっかけ。今ではピエダーデの観光スポットのひとつと認定されている。園内の売店には柿チョコや柿ジャム、柿ゼリー、柿のケーキなど柿加工品も数多く売られており柿三昧(ざんまい)。また、敷地内に坂口家の歴史を示すミニ資料品も展示されていた。
 昼食後、カミーニョ・ダ・アーグアに向かう。ここにはマレーシア種の川エビ(カマロン・ダ・アーグア・ドーセ)が養殖されているのだが、この時期は秋冬で寒く、池の水を抜き、雌だけを水槽に移し、産卵させた稚エビを育てているとかで養殖池はどれもカラっぽ。
 案内人がいくつも並んだ大きな水槽に案内する。中にはまっ黄色な卵を抱いた雌エビがいっぱい。さかんにお腹の卵に酸素を送っている。川エビというから小さな三センチぐらいのものを想像していたが十五から二十センチはある。案内人が今日卵から艀ったばかりだという芥子(けし)つぶほどの稚エビを入れ物に入れて持ってきて見せてくれる。これらをある程度大きくして各地に卸すのだそうだが、成エビになって食べられるようになるまで半年もかかるという。
 広い園内を案内人について散策する。芝生の青臭さとむくむくした足ざわりが心地よい。ここはアルボリズモ(アスレチック)もやるそうで、木々の高い所にロープが張ってある。緑が美しい。おいしい空気を胸いっぱい吸ってリフレッシュしたところで少々お高い川エビをお土産に帰途につく。


ロード・アネーウめぐりの思い出

レプレーザ高砂子会 原克之
 去る四月二十九日(昔の天長節)あおぞら会企画のロード・アネーウ観光旅行に誘われ、あおぞら会の皆さん共にロード・アネーウ巡りをさせて貰い楽しい一日を過すことができた。
 その日は曇り日で、暑くもなければ寒くもなく、絶好の旅行日和に恵まれ、一同大喜びであった。
 バスの出発時刻八時前には全員が集合し、定刻八時を少し経過して出発した。バスはサント・アマーロの町を離れ一路マルジナールを走る。ピニェイロスを過ぎ、オザスコを過ぎ、有名なピッコ・デ・ジャラグアの麓を彼のジャラグア山頂の鉄塔を見上げながら通り過ぎる。
 バスは山脈を左へ左へと回り、延長数千メートルのトンネルの中を通り抜けた。前方は幾本にも並ぶ街道線であった。その街道をバスはエンブー・イタペセリカ方面に突き進み、エンブーの町を左に曲がり、クリスピンの町へと向かって走り続ける。更にクリスピンの町を過ぎ、エンブー・グアスー、サント・アマーロ街道を横切り、サント・アマーロ湖水にかかる横断新橋を通り抜け、今度はサント・アマーロマルシラツキ街道を横切り、バラージェンの湖水ビリに差し掛かった。そこにはブラジルが誇る近代技術による延長千七百メートルの橋が水中に造られてあった。この立派な橋の上を渡る時、一同は感激と感動の声を上げていた。
 こうしてロード・アネーウの旅行を終えたのであったが、まだ新街道のためか沿道にはバスの停止する所もなく、飲食のレストランもなかったのには観光旅行の時期まだ早しか。不満をもらす者もいたが、あと一年か二年後には立派なレストランもガソリンポストも出来、その暁にはよき観光街道になることだろうと私は思ったのであった。


リベロン・プレットに与古田先生をお迎えして

リベロン・プレット壮寿会 宮阪玲子
 暑い日が続いています。リベロン・プレットも二日前からようやく肌寒く感じられる今日(五月十六日)、与古田先生をお迎えしました。
 私たちは初対面なので、お顔も分からず老ク連の事務所にお電話をしましたら、三線のケースを肩にかけて、野球帽をかぶっておりますとの事でした。
 大場務、千代子御夫妻がロードビアリア(長距離バス停所)までお迎えに行って下さいました。
 十一時半頃、会館にお着きになりましたが、先生は男性的で快活な方でした。ちょうどその時、サンパウロから京藤間勘悦子名取が舞踊の指導に見えていらしており、しばし、先生も可愛いクリスチーナの踊りをご覧になって頂きました。
 昼食は勘悦子名取、壮寿会会員の方と一緒に色々なお話をしながら召し上がって頂きました。
 二時から例会が始まり、はじめに与古田先生が自己紹介されました。
 先生指導の指の運動では全員が一生懸命に、でも和気藹々(わきあいあい)と興じました。
 さらに与古田先生が三線を弾きながら、皆でナツメロや沖縄民謡を歌いました。
 最後はみんなと一緒にビンゴも楽しんで頂きました。
 夕食は与古田先生と八人のメンバーで現在の日本の近況や悲惨だった戦争当時の沖縄の様子を語って下さいました。楽しかった一日も暮れ、またの日を約してお別れしました。


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