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熟年クラブ連合会
     活動報告  (最終更新日 : 2019/02/15)
2010年10月号

2010年10月号 (2010/10/09) 老ク連二〇〇九年度事業報告

☆一月二十二日
 日本語ふれあいセミナーが北海道協会にて開催老ク連も参加。
☆一月三十日
 第三十回定期総会が老ク連サロンにて十時から開催。二十六クラブ五十二名が出席。二〇〇九年度の事業計画と予算案が承認された。
☆二月四日
 「老ク連の今後を考える」と題する座談会が老ク連にて行なわれた。出席者 永田久(ゲスト、のうそん誌刊行)、重岡康人(老ク連会長)、五十嵐司(老連副会長)、小坂誠(老ク連副会長)、西丸俊子(老ク連監査役)、古賀正倫(老ク連監査役)、瀧ケ平功(老ク連理事補佐)、中川浩巳(老ク連理事補佐)、斉藤武兵衛(スザノ福博村会福栄会、代表者)、檀定則(イタペチ万寿会、代表者)、野村愛国(イタペチ万寿会代表者)。
☆二月二十九日
 老ク連本部の屋根のひさしが崩れる。クッピン被害で天井裏の木が食われる。
☆三月七日
 老ク連親睦旅行。サン・ミゲル・アルカンジャのぶどう祭りへ四五名が参加。図書館や農場を見学。
☆三月二十三日
 童話で日本の心を教える会と共に(松柏学園)へ行き三歳から六歳児の三クラスでレクリエーションを行ない喜ばれた。老ク連から参加は、五十嵐、田中、中原、黒川、貞弘の五名。
☆三月二十六日
 カンピナス明治会とインダイアツーバ新和会へ交流旅行、参加三十八名。カンピナスでは市内を見て、奴隷の墓場である綺麗な公園を見る。インダイアツーバではアチバイア清流クラブ会員四十名とインダイアツーバ親和会会員二十五名が合流し、ヤンマーディーゼルとトヨタの工場を見学する。
☆四月二十九日
 貞弘先生のレクリエーション講習会、参加者は十二クラブ三十八名。
☆五月二十三日
 第十五回ゲートボールふれあい大会を、ニッケイ新聞と共催。ブラジルゲートボール連合の主管で、連合スタジアムにおいて開催した。参加者は三十六チーム百八十名。今回もレアル銀行より八十六歳以上の出場者四十四名に敬老金が贈られた。トロフィーはニッケイ新聞社と下本八郎氏から、副賞は老ク連が用意して、楽しみの多い大会となった。
☆五月二十九日
 第十五回ビンゴ大会を老ク連サロンにて開催。約二百名の参加者で賑わう。前回同様用意された賞品は大いに喜ばれ余剰金も出て催しは大成功であった。
☆五月三十日
 貞弘先生お別れコンサートが老ク連サロンで開催。約百名の一般客や会員が詰め掛けた。
☆五月三十日~三十一日
 森田冨久子先生を中心に絵画教室生徒の作品を集めて、サロンで「絵画展示会」を開催。
☆六月三十日
 第九回ミニカラオケ大会を田巻先 生主導のもとに老ク連サロンで開催。審査員は北川ジュリア先生、酒井裕喜広先生、松平和也理事。豪華な賞品も付き、歌手一四六名が十一月の文協での本大会に備えて練習の成果を披露した。
☆七月一日
 JICAのシニアボランテイアの貞弘昌理先生が二年間の派遣を終え、日本へ帰国。
☆七月十八日~十九日
 県連主催でコロニア最大の催し物の一つである第十二回日本祭りに今年も出店。新しく赴任したJICAシニアボランテイアの与古田徳造先生が沖縄三味線を披露。日伯の老若男女、たくさんの来場者に老ク連の活動を見てもらった。
☆八月八日
 第三十三回老ク大会・芸能祭を文協大講堂で開催。今年も二つの行事併催で、JICAシニアボランティアの与古田徳造先生が「ヒヤミカチ生きる」と題した講演を行った。老ク連四教室の生徒たちの発表があり、続いて七十一番組の民謡・個舞・対舞・団舞の部門毎に競う芸能祭が行われた。今回も藤瀬恵子氏の司会、戸塚マリ委員長・嵐田英世委員・永田理文委員の審査で、満員の観客にバザーも大盛況であった。今回もレアル銀行から会場費の援助を頂き、今村先生からは九十三歳以上の会員百名に敬老金が贈られた。
☆八月二十一日
 老人週間の会場費捻出のために、援護駐車場において共催の四団体で中古品バザーを催した。老ク連からも衣類や日用品などたくさんの品物を提供し、準備と当日の売り子などにも多く協力した。
☆八月二十二日~二十三日
 老人クラブ親睦旅行。バス一台三十一名でミナスジェライス州のポッソ・デ・カルダスへ一泊二日の観光旅行。
☆十月一日
 毎年恒例の第四十回老人週間が、援護協会、救済会、日伯高齢者研究グループ、老ク連の四団体共催で文協大講堂において開催。今回は四十周年を記念して第一回から第三十九回までの老人週間の模様をパネルで展示紹介。前援護協会事務局長の小畑博昭氏が「ブラジル日系老人の過去・現代・未来」と題し講演を行なった。「高齢者の健康」と題したUSPの佐藤ローザ・ユカ先生の講演もあった。体験発表ではマラソンの中谷みちこさんや剣道の岸川吉郎氏のデモストレーションなどが行なわれ、盛り沢山のプログラムであった。(観客約八百五十名)
☆十月三十日
 第十六回親睦ビンゴ大会を老ク連サロンで開催。今回も約百八十名の参加者で賑わった。
☆十一月二十九日
 第十五回親睦カラオケ大会を文協大講堂で開催した。今回の審査員は保母晃余先生を委員長に佐藤正和先生と本郷つぎ子先生が委員で、やはり日伯の賞状も付いた立派な大会となった。今回はブラジリアから六名が参加して出場者は一部、二部を合わせ一七六名となり、終了時間も予定通り五時ごろには全プログラムが終わった。観客も約八五〇名でバザーも盛況であった。今回もレアル銀行から会場費の援助が頂けた。
☆十二月十一日
 年末寄付を兼ねた恒例の施設訪問として、今年はあけぼのホーム、やすらぎホーム、憩の園の三団体を訪ね、憩の園では玉井先生の踊り教室の生徒が踊りを披露し、関係者に喜ばれた。
☆十二月二十二日
 今年も助け合い募金をし、三十七団体から預かった助け合いの気持ちを十の日系福祉団体に贈った。更に約百の個人・団体へ年末のお礼もした。

◇JICA派遣の貞弘昌理シニアボランテイアを 以下の老人クラブへ派遣し、クラブの活性化を
 図った。
・1月12日 サンパウロ玉芙蓉会
・1月17日 リベイロン・プレット壮寿会
・2月01日 ノーヴァ・エスペランサ緑会
・2月14日 名画なつメロ倶楽部
・2月15日 サンパウロ東部紅葉会
・2月18日 ジュンジアイ睦会
・2月19日 モジ中央日会老人部
・2月25日 サンパウロ鶴亀会
・3月01日 ビラ・ソニア老壮クラブ
・3月14日 リベイロン・ピーレス錦友会
・3月17日 サント・アンドレ白寿会
・3月18日 ナザレー老壮会
・3月21日 セントロ桜会
・4月02日 アルジャー親和会
・4月14日 パルケ・コンチネンタル寿会
・4月18日 アニャンゲーラ仲よし会
・4月23日 イタケーラ寿会、
・5月16日 アルボレ老壮会
・5月17日 ピニェイロス老壮部
・5月18日 サント・アマーロあおぞら会
・5月19日 サント・アンドレ白寿会
・5月25日 サンパウロ玉芙蓉会
・5月27日 イタペチ万寿会
・5月28日 アチバイア清流クラブ
・6月13日 ブラジリア壮快クラブ
・6月17日 鳥取熟年大学、
尚、五月からは複数役員も同行して、各自の持つ芸も披露する慰問隊としての派遣も行った。

◇七月からは、今年から就任した、JICA派遣の与古田徳造シニアボランテイアを以下の老人クラブへ派遣し、クラブの活性化を図った。
・ 七月二二日 鶴亀会
・ 七月二六日 みずほ福寿会、
・ 八月〇六日 アルジャ親和会
・ 八月十五日 セントロ桜会
・ 八月十九日 リベイロン・ピーレス錦友会
・ 八月二四日 みずほ福寿会
・ 八月二六日 イタペチ万寿会
・ 九月十一日 サウーデ老壮部
・ 九月十四日 サント・アマーロあおぞら会
・ 九月十五日 サント・アンドレ白寿会
・ 九月十六日 サンパウロ鳥取熟年会
・ 十月〇四日 ジュンジアイ聖北老人クラブ芸能祭
・ 十月十七日 アニャンゲーラ仲よし会
・ 十月十八日 ピニェイロス老壮部
・ 十月二四日 サントス白寿会
・十一月十五日 サンパウロ東部紅葉会
・十一月十六日 みずほ福寿会
・十一月十九日 レジストロ春秋会
・十一月二六日 イタケーラ寿会
・十二月〇五日 なつメロ合唱の会
・十二月十二日 名画鑑賞の会
・十二月十七日 モジ中央日会老人部

◇老ク連教養教室を以下のように開催した。
・毎週月、水曜日午前
 戸塚マリ先生指導の健康体操教室を九十回開催 計一五七九名。
・毎週月曜日午後
 玉井須美子先生指導の舞踊教室を四十三回開催 七〇三名
・毎週火曜日午前
 三木八重子先生指導のコーラス教室を四十五回開催 七三二名
・毎週火曜日午後
 田巻夏枝先生指導のカラオケ教室を四十五回開催 六六九名
・毎週水曜日午後
 纐纈蹟二先生指導の民謡教室を四十五回開催 五九〇名
・毎週木曜日午前
 寺田洋子先生指導の練功体操教室を四十五回開催 四八四名
・毎週木曜日午後
 役員の協力でカラオケダンス愛好会を四十五回開催 二一七五名
・毎週木曜日午後
 岩崎ルリカ先生指導のポ・語教室を三十六回開催 五七六名
・毎週金曜日午前
 森田冨久子先生指導の絵画教室を三十七回開催 三〇七名
・毎月第二・第四金曜日午後
 若松孝司先生指導の書道教室を二十一回開催 六四七名
・毎月第二・第四金曜日午前
 若松孝司先生指導の書道教室を二十一回開催 一八二名
・毎月第一・第三月曜日午後
 田中保子氏主導の百人一首会を二十二回開催 一九五名
・毎月第二月曜日午後
 栢野桂山先生の俳句教室を十一回開催 一二七名
・毎月第二火曜日午後
 柿嶋貞子先生の川柳教室を九回開催 六四名
・毎月第二・第四土曜日
 名画友の会主催の名画鑑賞会を二十二回開催 七〇七名
・毎月第一土曜日
 なつメロ合唱の会を十二回開催 二八八名
・毎月第二・第四火曜日午後
 花合わせ愛好会を十四回開催 五六名

◇年間の会議開催数は、代表者会議十二回、理事会十五回、会計監査十二回、老人週間相談会六回となった。

◇各老人クラブや他の団体の招待に応じて役員が出席した回数は、四十二回を数えた。

◇宿泊施設とサロンや会議室は大いに利用され、運営経費の一助となった。

◇高齢者用品の取り扱いにより、生じた礼金も運営経費を補った。

◇今村幸耳鼻咽喉科医と遠藤エリオ眼科医の無料診察、及びサンタ・クルース病院の割引診療の手続きをすることによって、会員の高額医療費の援助になっている。

◇今年もサンタ・クルース医療保険(PLASAC)団体加入者の世話をし、安い保険料で医療を受けることが出来て、会員及び賛助会員に喜ばれた

◇老ク連福祉センターの屋根瓦が古くて雨漏りがひどく、今回屋根瓦を全部交換する。


人間は百十五歳までは生きられる?

イタケーラ寿会 北川宏信
 去る八月二十六日、イタケーラ寿会はJICAのシニア・ボランティアの与古田徳造先生をお迎えしました。
 会員の皆さん、四十名は定刻前には集合されて、全員で先生をお迎えしました。
 先生は「今日は私に二時間を頂きありがとうございます。皆様に百歳以上長生きができる話をしましょう」と挨拶をされました。
 会長小坂氏の会計報告と今後の行事予定のお知らせがあり、皆様のおいしい持ち寄りの昼食後、与古田先生より自己紹介とブラジルに来られての感想に続き、健康に関するお話となり、皆の関心を引きました。
 「皆さんは元気で長生きをして楽しい人生を送ってください。そのためには特に食生活、腹八分目が大切ですよ!」とお話頂きました。
 その後、沖縄の民謡を先生が弾かれ音色の良い三線を聞かせて頂きました。また、先生は毎月の例会で行っているビンゴにも見事に当たられました。
 最後は沖縄の踊りをご指導頂き、皆も一緒に輪になって楽しいひと時を過ごしました。


故・ドトール小出パウロ氏を追想して

インダイアツーバ親和会 早川正満
 去る九月五日、小出パウロ氏が八四歳で天に召されました。我がインダイアツーバ親和会創立当初から会員の健康管理を日本語で奉仕して下さり、後にご自身が高齢になり老ク会員となってからは、医者というだけでなく、仲間として日系人の将来を一緒に憂い、私たち満州などの外地で生活した同胞の話にも耳を傾け、「当時、日本人はみんな苦労したが、日本人特有の知恵を絞って立ち上がってきたんだね、その遺伝子は我がブラジルの日系子弟にも伝えていかなくてはいけないね」と、常に語っておられた。
 カンピーナス近郊には医者としての小出さんに世話になったと感謝の念を持つ一世の人々が多勢いる。「ママイがドトール・パウロに直接日本語で病気の話を聞き気持ちが落ち着いた」など、葬式の当日は多くの人が参列し、哀悼(あいとう)の意を表していた。
 双子の息子さんも医者としてお父様の後をしっかり継いでおられるが、その息子さんが最後の入院時、日本語だけで話すので、「パパイ、ここでは日本語は通じないよ」と言うと「最後ぐらい十分に日本語を使わせてくれ」と言ってきかなかったことを話されていた。
 小出氏は二世だが、私のように若者で来た一世、子供移民で来た一世より、ずっと日本人としての意識を持ち、より日本人であった。
 膨大な財産を残すのではなく、常に移民としての同胞の傍に在るだけで満足していた小出さんのような二世が地方に居るということを伝えたくて、一筆認(したた)めた。
 小出さん、親和会の会員一同、貴方の同志として日本の色、良い色をブラジルの移民色の中に埋め込んでいくよう努力していこうと思う。
 でも老人仲間だから、お経文にある「我や先、人や先」ではないが、貴方の許(もと)に行く仲間も遠い先の事ではないだろう。どうか、ゆっくり今世の疲れを癒して下さい。小出パウロさん、貴方のご冥福を衷心より祈って…。合掌。


勘違いあれこれ

サンパウロ中央老壮会 香山和栄
 老ク連のポ語会話教室に入って八か月になる。岩崎ルリカ先生の優しさに甘えて、いつも和やかで笑い声が絶えない。顔も心の皺(しわ)までも伸びるようである。
 先生とのポ語による受け答えにも、つまると生徒仲間から助け舟が来る。一寸法師(ぼうし)のお椀の舟ではないけれど、みんな親切で気の置けない方々である。七福神の宝舟には及ばないけれど、賑やかなことである。
 思えば、私が一九六四年にブラジルへ移住して一年余り過ぎた頃、聖市のエスペランサ婦人会へ事務員として勤め始めた。さっそく、料理教室のレセイタ(レシピ)を書かされた。原稿にはボーロ(ケーキ)の材料として、カタカナで「バナナ ナニカ」とある。私は文字が一字とんでいるのかと思い、間にひらがなの「か」を入れて先生に「これはバナナか何か他にどんなものを使うのですか?」と尋ねた。先生は首をかしげ私の顔を見つめ、やがて吹き出してしまわれた。
 ある時、レセイタには「一コーリ アーグァ」とあるのでそのままに書いておいた。料理教室の当日、うら若いお嫁入り前の二世の生徒から「あの、これは氷(こおり)を水にするのですか?」と問われ、先生に伺うと「それは一匙(さじ)の事です」と答えられた。それで分かって頂いたけれど、コリエールというポ語は語尾(ごび)が口の中で消えてしまい、日本語の表記ではコーリになってしまったのだと、今にして思う。
 昔はバザーも母の日のある五月ではなく八月に開催された。会の理事の方々がそれの買い物に「ビンチ・シンコ・デ・マルソ」に行こうと相談されているのを小耳にはさみ「あの、今はもう五月で三月は過ぎているのですけど」と進言して、また朗らかに笑われた。
 私は三十代の前半、皆さんは六十代であった。失敗を重ねる私にとって母と同世代で娘のように甘えられ、優しく人生の生き方など教えられたと、しみじみと有難く思う。私もそろそろ八十路を目前の齢(とし)となった。
晩学のポ語の学習 【春灯下和栄】
(注:バナナナニカはバナナの種類。ビンチ・シンコ・デ・マルソは「三月二十五日通り」という街路の名前。)


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