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熟年クラブ連合会
     活動報告  (最終更新日 : 2019/02/15)
2012年6月号

2012年6月号 (2012/06/14) 百歳も出場!ゲートボール大会

 第二十七回老ク連ゲートボールふれあい大会は、今年もブラジルゲートボール連合の主管で、五月二十六日土曜日にジャバクアラの連合スタジアムにおいて賑やかに開催された。朝のうちは肌寒かったが、よく晴れて気温も徐々に上がり、昼頃になると暑いぐらいであった。
 本年の出場者は八十歳以上の寿組九チーム、七十歳台の亀組十四チーム組、六十九才以下の鶴組五チームの計二十八チームで約百六十名である。 八時開催で白のユニホームで出場者が整列。これから「やるぞ!」という志気が漲(みなぎ)っていて、見ている方も気持ちが良かった。数年前に比べると選手数はかなり減っているが、一斉に揃うと皆若々しく見えて気持が良い。今年も最高高齢者は百歳になるみずほ福寿会の宮本信雄さんで、背筋もしっかりしてまだまだ現役である。ブラデスコ銀行より優勝のトロフィ三本と元サンパウロ州議員下本八郎氏より二位から三位のトロフィー六本が送られた。
 開会式は内山卓人正監査の司会で、小坂誠副会長の開会宣言から始まり、昨年の優勝杯が返還され、主催者側として、小坂誠副会長が会長代理で挨拶をされ、ゲートボール連合から小賀誠二会長の挨拶があった。本田八朗審判部長と田篭輝生競技部長から注意があり、昨年鶴組で優勝したサント・アマーロあおぞら会の原口義治さんの選手宣誓が力強く行なわれて式典は終了し競技が始まった。
 また今年も老ク連より八十七歳以上三十二名に敬老品が手渡され、朝早くからの集合で、たくさん用意されたカフェーとサンドイッチを既に平らげた選手達は、元気いっぱいの声を張り上げて試合に臨んだ。
 今年はチーム数が少なく、連合GBスタジアムの半分のコートを使用しただけ。連合役員の方々の手際の良い進行で試合は滞りなく進み、試合が進むごとに選手たちにも力が入り、優勝を目指すチームはボールを打つたびに歓声を上げていた。
 最高七チームが出場したグァラニー桜クラブはそのうち三チームが入賞。また、ジュンジアイ睦会からは三チームが出てそのうち二チームが入賞するという健闘ぶりだった。
 二時半には十二回戦すべてが終了。各チームの得点が出て、表彰式に移った。皆の見ている前で表彰され、記念撮影をしたりして喜び合っている姿は心から楽しそうであった。またの再会を約し、今年の大会も無事終了した。

ゲートボール大会の結果

【今年の入賞者】
寿組=優勝ジュンジアイ睦会B、準優勝グァラニー桜クラブA、三位ジュンジアイ睦会A、四位サウーデ老壮部
亀組=優勝グァラニー桜クラブA、準優勝サント・アンドレ白寿会、三位イタぺチ万寿会、四位サウーデ老壮部、五位アルジャ親和会
鶴組=優勝サント・アマーロあおぞら会、準優勝グァラニー桜クラブ、三位みずほ福寿会
【寄贈賞品(敬称略)】
ブラデスコ銀行…優勝トロフィー三本、下本八郎…トロフィー六本、久保商会…三百レアル、藤森和枝…五十レアル、五十嵐司…ミルク十二箱、ゆで卵二百五十個、小坂誠…まんじゅう三百個、老ク連購入…米五キロ入り十八袋、米一キロ入り九十袋、OMO洗剤一キロ入り十二箱、OMO洗剤五百グラム入り六箱。


第二期老ク丸順調に帆走中

 五十嵐会長はじめ役員一同を乗せた第二期老ク連丸が出港致しまして、半年になります。会員の皆さん方のご理解を得まして、老ク連丸は順風万帆、無事に帆走中です。
 先般催されたビンゴ大会でも分かりますように老ク連のサロンは座る場所もないほど大勢の皆様がお集まり下さいました。これもひとえに会員の皆様方のご協力の賜物です。これほどの繁盛ぶりに役員一同心から感謝する次第です。
 本部におきましては、毎月第一金曜日に理事会を開いております。いろいろな行事や外交的な交際の役割、また新しいことを始めるに付き問題を考えお互いの意見を出し合います。そして、それをまとめて第三金曜日に各支部の代表者が出席して代表者会議を行い、そこで改めて代表者の意見を聞き、決めていくわけです。会計報告も監査役の厳しい目を通してその日に発表されます。現在の所、お蔭様で何事も問題なく老ク丸は大海原を進航中です。
 また、毎月発行されている「老壮の友」に記載された各教室事情はすでに皆さんご存知かと思いますが、それぞれ自分の好きな教室で教養を身に付け、体力を付け、歌ったり踊ったり、物を書いたり、詩を作ったり、歌合せなどを皆で行うなど素晴らしい数々の教室があり、他に類を見ません。 二、三年前、援協の五階大サロンで南米高齢者セミナーが行われました。その時、アルゼンチン、ペルー、ボリビア、パラグァイから参加された方々が老ク連サロンに立ち寄られました。教養教室の日程表が書かれた黒板を見ながら、色々な教室があることに驚かれ、「私たちも地元で教室を開きたいのですが、教える人がいないのでやりたくても出来ません。ブラジルは教えてくれる先生が居られていいですね」と言われた言葉が未だに私の耳に残っています。
 私たちは天災もないブラジルの大地で、素晴らしい指導者に恵まれています。老ク教室を大いに利用しましょう。そして、元気に仲良く人生が送れる事に感謝しましょう。
 私も皆様と共にこの老ク連が益々発展していきますよう、文化理事担当として頑張っていきたいと思います。 皆様方のご協力を心からお願い申し上げる次第です。ありがとうございました。


心と体

モジ中央日会老人部 西丸俊子
 モジ老人会は四月十九日、例会の日にPL教団モジ教会長・田邉龍男先生をお迎えしました。先生は二十八歳で渡伯され、現在六十七歳です。一九九八年、日本に帰られた折りに大腸がんが見つかり手術を受けました。
 また、その後に訪日して検査をすると肝臓に転移六センチ、三センチ、一センチのがんが見つかりました。温熱療法(火傷するような熱い治療)で六センチが三センチまで小さくなりました。しかし再発して、また手術をしました。二〇一一年に訪日し、検査をしますと、今度は胃と食道にがんが見つかり、また手術をしました。六十二㎏の体重が四十五㎏に激減しました。
 十四年間に大腸がん、転移肝臓がん、再発肝臓がん、胃がん、食道がんを切除しました。どの手術も成功し、おかげで元気にしています。
 先生は「人は自分の力で生きているのではない。神様に生かされている。家族の協力で生きている。現在、生きているだけでありがたい。楽しく明るく前向きに穏やかにをモットーに今、生かされていることが感謝、感謝です。」と話されました。
 私は十五年、老人部に席を置き、毎年二回講師を迎えていろいろ有意義なお話を聞かせてもらい感銘を受けておりますが、ご自分の命に繋がる四つのがんを克服した体験談は初めてでした。
 人間には良い細胞と悪い細胞があり、先生がモットーとしている気持ちでいると良い細胞が増え、健康になり、その反対の気持ちを持っていると悪い細胞が増え病気になると聞き、人間は常に楽しく明るい気持ちでいなければならないとつくづく感じました。
 毎日毎日の気持ちの持ちようが健康を左右すると感じました。ありがとうございました。


御縁

ピニェイロス親睦会老壮部 中川浩巳
 ピニェイロス文化親睦会老壮部では毎年、母の日には日本舞踊を舞い、カラオケを唄い、美味しいお弁当を食べ、お母さん達はプレゼントを貰って賑やかに楽しい母の日の御祝いをしておりました。
 ところが、今年は大変で淋しい母の日になりました。というのも、お舞の先生、池本八千代先生が急死されたのです。実は老壮部では四月中頃から五月初めにかけて、三人もの方が亡くなりました。そのうち二人は、踊りのお弟子さんのご主人様で、前後して亡くなられたのです。
 五月五日に亡くなられたお弟子さんのご主人様のご葬儀に参列された先生は、その安置所で急に椅子からすべり落ち、ぐらりとなってしまい、「先生、先生」と呼んでも返事もなく、急いで救急車を呼び、病院に運ばれましたが、何と、帰らぬ人になってしまいました。
 みんな交わす言葉もなく、驚くばかりでした。
 老壮部ではサロンの都合により遅れながら母の日を五月二十七日に決めておりました。
 こんな悲しい時にどうしたらよいか分からずにおりました時、老ク連本部から「日本から曹洞宗の三好先生が来られているが、講話をどうか」と持ちかけられ、早速、先生にお会いして相談しましたところ、母の日に来て頂くことができました。
 本当にご縁でしょうか。池本八千代先生はじめ三人の仏様と会の物故者(ぶっこしゃ)も一緒に供養していただく事になったのです。
 当日、五月生まれの誕生会とご供養を午前中にやることが決まり、会員一同、ご焼香して、先生はじめ他の皆様のご冥福を祈り、昼食はいつものようにお弁当、ボーロを戴き、午後から三好先生の御講話を聴きました。皆静かに一生懸命、耳を傾けていました。
 淋しい母の日と思っていましたが、お坊様との御縁を頂き、供養とご講話を聴くことができ、大変有意義な一日となりました。ありがとうございました。


送別マージャン大会

アチバイア清流マージャン会 仲正雄
 JICAから日本語学校の先生として派遣された岩崎透先生の二年間のお勤めもいよいよ終わりに近づき、皆さんとの思い出作りに一手交えたいと、マージャンを申し込んで来ました。
 清流マージャン会の連中は挑戦状と受け取り、スワッと気合が入りました。大会の口実が出来たのです。五月一日のメーデーの日に文協を借り切りました。午前九時より午後の五時までの予定で、希望者を募ると二十八名申し込みがあり、七卓で「岩崎透先生送別マージャン大会」と銘打って開催しました。
 老ク連本部のマージャン会にも、お誘いをかけましたが、まだチョット~と、お茶を濁されました。
 我が清流マージャンクラブは六年前に結成されました。文協に会場使用をお願いしましたが、当時はマージャンと言えば、「金をかける、酒を飲む、煙はモウモウ、負けるともう一回、二回となり、夜食まで用意させる。お金がかかっているので、チョットのことでもいさかいになる。右手にパイ、左手には夜食のオニギリなんてしゃれていると、あたりが明るくなっちゃった、つまり徹夜。」これじゃあ、イメージが悪い訳ですよね。
 文協側でも嫌煙気味でした。しかし、時の文協会長がなかなか理解のある方で、二階は学校、各種の事務所もあるので、「キチンと文書で申し込んで下さい」と言われ、こりゃ望み有りと、発起人知恵を絞り、
一.タバコは吸いません。
一.酒は飲みません。
一.お金はかけません。
一.時間は守ります。
一.楽しい集いとします等などのスローガンを掲げ、毛筆で清書。
 ついでに将棋、囲碁、トランプ等も同時に申請しましたら、役員会で検討の末、「このスローガンを守ってくれるならば、文協お使い下さい」と、嬉しい許可が下りました。
 マージャンは百歳万歳でも進めていますし、日本中の老人会でも盛んです。ボケ防止、頭の体操、指の運動、勝ったり負けたりで、闘争心も掻き立てられるし、四人揃うと井戸端会議よろしく世間話にも花が咲き、社交の場となり、いいことずくめです。
 我が清流マージャン会では、月水金と週に三回ポン、チー開帳しております。女性軍が六割以上占めています。文協から補助金も出ますし、スポンサーが付き大会費用すべてを負担してくれたり、毎回、大型のボーロ、フルーツ等の差し入れがあります。
 最後は岩崎透先生の希望で、ラストのダンスは先生達と親交豊かな人達で一卓囲み、楽しんでおりました。
 いつか老ク連本部で音頭を取り、全伯規模の大会に発展することを夢みています。


老ク熟年讃歌応募歌

 先々月号に続き、老ク連熟年讃歌の応募作品を紹介します。

「熟年賛歌」 作詞:藤田朝壽(スザノ市 八八歳)

一、大海原を 乗り越えて
  移り来たりし 日は遠し
  コーヒー園や 棉畑で
  みんな汗して 働いた 
  思い出話に 花が咲く
二、今日も仲良く 朗らかに
  集い楽しき わがクラブ
  春に先がけ イペの花
  咲けば希望の 空晴れて
  生きる幸せ 身に沁みる
三、南十字の 空の下
  故郷のはらから 偲びつつ
  われらのクラブの 歌うたい
  明日への元気 満ちてきぬ
  熟年バンザイ 誇りあり
  熟年バンザイ 誇りあり  


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