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熟年クラブ連合会
     活動報告  (最終更新日 : 2019/02/15)
2012年7月号

2012年7月号 (2012/07/06) 二〇一一年度事業報告

◎一月十二日 リオセラーナ地方において豪雨のため土砂災害が起こり老ク連では義捐金をリオ日伯文化体育連盟に送った。
◎一月二十八日 第三十二回定期総会が開催。二十四クラブ三十九名が出席。二〇一一年度の事業計画と予算案が承認された。
◎三月二十九日 老ク連のサロンの天井板にひびが入り調べた所、天井の針金が切れていてひびがはいった事が分かり、早急に修理を始める。
◎四月二十九日 今年最初のビンゴ大会が老ク連サロンで行われた、数多くある老ク連行事の一つであり、最終的には百八十名を越し、後から来た人は座る場所もないぐらいであった。今回も一回に約四十名に賞品が当たる品揃えの豊富さであった。
◎五月二十一日 第二十六回老ク連ゲートボール大会がブラジルゲートボール連合の主管でジャバクアラ連合スタジアムにおいて行われた。三十四チーム、百八十名の参加でトロフィー一位はブラデスコ銀行、二位・三位は下本八郎氏から、また副賞は老ク連が用意して楽しみの多い大会とだった。
◎五月二十二日 老人クラブ連合会、ブラジル日系協会、藤瀬プロダクション共催の宮下和夫&響ファミリーブラジル講演「ふるさと再び」のサンパウロ公演が午前十時と午後三時の二回にわたり、文協記念講堂で開催され、両方とも会場が満員となる盛況ぶりであった。
◎五月二十五日 三月十一日に発生した東日本巨大地震で被害を受けた人たちのために義捐金を集め、日本全老連に贈った。
◎五月三十一日 第十一回ミニカラオケ大会を老ク連サロンで開催。歌手百十四名が十一月の文協での本大会に備えて練習の成果を披露した。
◎六月八日 老幼世代交流カルタとり会がサンパウロ市ジャグアレー区にある「ひまわり学園」で行われた。
◎六月十二日 老ク連親睦日帰り旅行はジャグアリウーナのマリアフマッサ(蒸気機関車)の旅で四十四名が参加した。
◎六月十五日 老ク連の(童話で日本の心を伝える会)がサンパウロ市サウーデ区のサウーデ日本語学校を訪問。この事業は、日本の文化を子供たちに伝えようと毎年各日系の学校を訪れているもの。「浦島太郎」「花咲か爺さん」をDVD鑑賞後、全員でその物語の歌を斉唱し子供たちに喜ばれた。訪問者は五十嵐、戸塚、田中の三名。
◎六月十七日 JICAシニアボランテイアの与古田先生のお別れ演芸会が沖縄県人会会館で行われた。演芸会に先立ち、同会館で行われた老ク連代表者会議の席上代表者一同」の温かい拍手の中、与古田先生に感謝状の盾と記念品が贈られた。
◎七月十六日~十七日 県連主催でコロニア最大の催し物の一つである第十四回日本祭りに出店。会員手作りのお惣菜、漬物、饅頭、味噌、その他毎年出している古本、中古ビデオテープ、ぞうりなど販売。日伯老若たくさんの来場者に老ク連の活動もアピールできた。
◎八月三日 中平まり子さんミニ歌謡ショー。毎年県連の日本祭りに合わせて来伯されている中平まり子さんがお母さんと共に老ク連を数年ぶりに訪問。会員たちと共に歌い語らい楽しい一時を過ごした。
◎八月六日 第三十五回老ク大会・芸能祭を文協大講堂で開催した。元JICAシニアボランテイアの宇野妙子先生が「健康な高齢者を目指して」と題して講演を行い各教室の生徒たちの発表があった。コーラス教室による三十五周年の記念歌「熟年賛歌」が初めて披露された。続いて七十番組の民謡・舞踊等を部門ごとに競う芸能祭が行われた。今回も藤瀬圭子氏の司会、満員の観客にバザーも大盛況であった。
◎八月十九日 老人クラブ第二回地蔵祭りが老ク連サロンにて行われた。先亡者法要と地蔵供養が浄土宗海外開教使で日伯寺の櫻井聡祐導師によって行われた。参加者は約六十名。
◎八月二十七日~三十日 老ク連親睦旅行。麻州ボニートへ。サンパウロから飛行機で約二時間で麻州カンポグランデ空港に到着、バスに乗り替え五時間近くかかりボニートに。川下り、鍾乳洞などスリル満点の元気旅行だった。
◎九月一日 老クサロンで「お芝居デリバリまりまり」公演。日本や世界の昔話のお芝居を出前するプロジェクト集団で、二〇〇五年に日本で創立されメンバーは働く俳優、音楽家、大学教授など八名の内二人、萩原ほたかさんと寺本雅一さんに静岡文化大学教授の池上重弘先生がお芝居を披露。演目は「金の斧銀の斧」「浦島太郎」「鶴の恩返し」「大きなカブ」など。
◎十月六日~七日 第四十二回老人週間が、老ク連、援協、救済会、日伯高齢者研究グループの四団体共催で開催された。元陸軍大佐の柳田コウジ氏が「高齢者の安全」をテーマに講演。例年の健康診断も無く、場所も文協から援協ビルに移り、開催された。
◎九月三十日 年二回目の第二十回親睦ビンゴ大会を老ク連サロンで開催した。サロンは入りきれない程の人で埋まり、廊下まであふれていた。一回に四十五品の賞品が用意され、大いに喜ばれ余剰金も出て催しは大成功であった。
◎十一月十五日 落語家の桂三枝師匠がNHK番組「旅のチカラ」収録のため老ク連連合会を訪れる。
◎十一月二十九日 第十六回親睦カラオケ大会を場所を変えて、静岡県人会会館で開催した。今回の審査員は栄村イレーネ先生を委員長に川合節子先生と土屋クラウジオ先生、酒井裕喜広先生。日伯の賞状も付いた立派な大会となった。今回の出場者は一部、二部を合わせ二百八十六名となり、老ク初の夜にまでかかる大会となり二十時頃に全プログラムが終わった。
◎十二月八日 北海道北見の曹洞宗のお坊さんで前仏心寺の総監もされていた三好晃一師が老ク連サロンにて講演。
◎十二月十二日 年末寄付を兼ねた恒例の施設訪問として、サントス厚生ホームを訪問。玉井先生の踊り教室の生徒が踊りを披露した。
◎十二月二十二日 年末助け合い募金、三十五団体から預かった一万九千四百八十三レアイスを十日系福祉団体に贈った。更に約百の個人、団体に年末のお礼もした。
◇JICA派遣の与古田徳造シニアボランティアを以下の老人クラブへ派遣し、クラブの活性化を図った。
・二月=インダイアツーバ親和会、ブラジリア壮快クラブ、アニャンゲーラ仲よし会、みずほ福寿会、イタペチ万寿会、イタケーラ寿会、プラッサ・ダ・アルボレ老壮会
・三月=イタペチニンガ千歳会
・四月=アルジャー親和会、サウーデ老壮部、ノーバエスペランサ緑会、サント・アンドレ白寿会、鳥取熟年会、サンパウロ鶴亀会
・五月=ビラ・ソニア老壮会、ピニェイロス親睦会老壮部、ジュンジアイ睦会、モジ・ダス・クルーゼス中央日会老人部、ドラセーナ明朗会
・六月=ひまわり学園、サウーデ日語学校、
・六月二十九日=与古田先生、日本へ帰国。
◇宇野妙子元JICAシニアボランテイアが日本から三ヶ月間、自費で来伯。老ク連の各クラブ活性化を図った。
・七月=日本祭り、アチバイア清流会
・八月=ビラ・ソニア老壮クラブ、モジ・ダス・クルーゼス中央日会老人部、プラッサ・ダ・アルボレ老壮会、リベロン・プレット壮寿会、イタケーラ寿会
・九月=サウーデ老壮部、ピニェイロス老壮部、サント・アマーロあおぞら会、シャローム、にじの会
・十月五日宇野先生、日本帰国。
○老ク連教養教室を以下のように開催した。
・毎週月曜日・水曜日午前、戸塚マリ先生指導の健康体操教室を九五回開催、計一八六五名
・毎週月曜日午後、玉井須美子先生指導の舞踊教室を四四回開催、七九四名
・毎週火曜日午前、広川朋子先生指導のコーラス教室を四〇回開催、六六二名
・毎週火曜日午後、田巻夏枝先生指導のカラオケ教室を四二回開催、七〇三名
・毎週水曜日午後、纐纈蹟二先生指導の民謡教室を四六回開催、四三三名
・毎週水曜日午前、松平和也先生指導の麻雀教室を二四回開催、一二四名
・毎週木曜日午前、寺田洋子先生指導の練功体操 教室を四六回開催、 四七五名
・毎週木曜日午後、カラオケダンス愛好会を四八回開催、二一三七名
・毎週木曜日午後、岩崎ルリカ先生 指導のポ語教室を四六回開催、一〇七三名
・毎週金曜日午前、森田冨久子先生 指導の絵画教室を三七回開催、二四三名
・毎週金曜日午前、木村先生指導の 囲碁教室を二〇回開催、三七名
・毎月第二・第四金曜日午後、若松孝司先生指導の書道教室を二〇回開催、七六三名
・毎月第二・第四金曜日午前、若松孝司先生指導の書道教室を二〇回開催、一九二名
・毎月第一・第三月曜日午後、田中保子氏主導の百人一首会を二五回開催、二二〇名
・毎月第二月曜日午後、栢野桂山先生の俳句教室を一二回開催、一二八名
・毎月第二火曜日午後、柿嶋貞子先生の川柳教室を一二回開催、九三名
・毎月第一・二・四土曜日午前、川添敏江先生の健康表現体操を二回開催、二三名
・毎月第二・第四土曜日、名画友の会主催の名画鑑賞会を二四回開催、七八二名
・毎月第一土曜日 なつメロ合唱の会を一二回開催、三一二名
・毎月第二・第四火曜日午後花合わせ愛好会を二一回開催、一〇四名
☆年間の会議開催数は、代表者会議一二回、理事会一三回、会計監査一二回、老人週間相談会三回。
☆宿泊施設とサロンや会議室は大いに利用され、運営経費の一助となった。
☆高齢者用品の取り扱いにより、生じた礼金も運営経費を補った。
☆遠藤エリオ眼科医の無料診察、及びサンタ・クルース病院の割引診療の手続きをすることによって、会員の高額医療費の援助になっている。
☆老ク連サロンのテーブルのふちがささくれはじめ修理する。
☆老ク連サロンの天井板を支える針金が切れ、天井板に亀裂が入り鉄骨を増やし天井板全部交換する。
☆老ク連の下水が紙でつまる、老ク連の下水CAIXAが無く、作る。つまりも修理。


第12回ミニカラオケ大会初の試みシュラスコも

 今年も五月二十九日に第十二回老ク連ミニカラオケ大会が八時三十分から連合会サロンで開催された。実行委員長は中川浩巳文化理事、松平和也副会長、審査員は委員長に石原正子先生、審査員に島田オルランド先生、老ク連からの審査員として吉田まさ子理事補佐が担当した。
 司会は例年と同じでカラオケ教室指導者の田巻先生が行い、音響操作は足立原オドゥワルドさん。今回は集計を足立原夫人と娘さんがボランティアでお手伝い下さり、大変スムーズに行われ、喜ばれた。
 今年の出演者は、百二十一名で昨年より少なめであった。これは歌いたくても足腰が弱り参加できない人や遠くの人が車の関係で来れなかったのが影響している。そんな中、今回もバス一台をチャータし、ジュンジアイからの参加がありがたかった。
 また、今回は初の試みとして、シュラスコを用意した。温かいシュラスコを食べながらカラオケ談義で盛り上がる人もいて楽しそうだった。
 入賞者は以下の通り。
新人
 1位 我子澄夫(サンパウロ中央老壮会)
 2位 竜崎茂(ピニェイロス老壮部)
B組80歳以上
 1位 小池千恵子(モジ中央日会老人部)
 2位 草原茂利(サンパウロ中央老壮会)
B組75歳以下
 1位 川井つるみ(アチバイア清流クラブ)
 2位 荒木ゆきえ(レプレーザ高砂子会)
A組83歳以上
 1位 赤木辰巳(リべロン・ピーレス錦友会)
 2位 斉藤武兵衛(スザノ福博村福栄会)
 3位 長谷川英隆(サンパウロなつメロクラブ)
A組75~82歳
 1位 中川浩巳(ピニェイロス老壮部)
 2位 平川朱美(サンパウロ中央老壮会)
 3位 小坂誠(イタケーラ寿会)
 4位 小西菊子(サント・アンドレ白寿会)
A組73歳以下
 1位 内山秀子(パルケ・コンチネンタル寿会)
 2位 中村一江(サンパウロ中央老壮会)
 3位 岡たつみ(サンパウロ鶴亀会)
 4位 加納みちこ(レプレーザ高砂子会)
エスペシャル82歳以上
 1位 玉田伯夫(アルジャー親和会)
 2位 田中美智子(サンパウロ中央老壮会)
 3位 国吉松子(ピニェイロス老壮部)
エスペシャル77~81歳
 1位 滝上八重子(サント・アンドレ白寿会)
 2位 小澤広志(アチバイア清流クラブ)
 3位 佐々木恵美子(ビラ・ソニア老壮クラブ)
エスペシャル73~76歳 
 1位 松平和也(サンパウロ名画友の会)
 2位 長崎功(サント・アンドレ白寿会)
 3位 高木郁子(サント・アンドレ白寿会)
エスペシャル72歳以下
 1位 田曽泰三(みずほ福寿会)
 2位 中原田市蔵(サント・アンドレ白寿会)
 3位 児玉和子(サンパウロ中央老壮会)
エストラ83歳以上
 1位 西丸俊子(モジ・中央日会老人部)
 2位 田中千恵子(イタケーラ寿会)
 3位 山下安子(ビラ・ソニア老壮クラブ)
エストラ76~88歳以上 
 1位 星野幸次郎(サンパウロ中央老壮会)
 2位 内田猛(サンパウロ中央老壮会)
 3位 岸田恵似子(サンパウロ中央老壮会)
エストラ74歳以下
 1位 伊井一枝(サント・アマーロあおぞら会)
 2位 吉本マリア(レプレーザ高砂子会)
 3位 三野テレジンャ(サンパウロ中央老壮会)
スーペル・エストラ85歳以上
 1位 橋本さとし(パ・コンチネンタル寿会)
 2位 成田輝雄(サンパウロ中央老壮会)
スーぺル・エストラ79歳以下 
 1位 大迫留美子(サンパウロ中央老壮会)
 2位 長谷川君代(ジュンジアイ睦会)
以上、計四十二名の方が入賞しました。


ミニ運動会

みずほ福寿会 上野美佐男
 私たちみずほ福寿会は、年に六月と十二月の二回、ミニ運動会を催している。
 始めてから五、六年になるだろうか。会員の最も楽しみな行事として喜ばれている。
 今年も六月十八日の定例集会で昼食の後、行なった。会員の七割、七十人が参加した。毎回、次のような競技をしている。
①ゲートボール(約三m離れた所に五〇㎝間隔で二枚のブロックを置き、その間を通す)。
②ボール蹴り(約三m離れた所に一m間隔で二枚のブロックを置き、その間をバレーボールの大きさのボールを蹴り通す)。
③輪投げ(約一・五mの所に八〇㎝の高さの棒を立て、三つの輪を投げ入れる。三つ入れば五点、二つは二点、一つは一点)。
④ボーリング(約四m離れた所に五〇㎝角の中に空ガラッファ(瓶)を六本置き、ボールを投げて倒す。全部倒したら一〇点、五本までは一本一点)。
⑤ラッタ(缶)叩き(約三m離れた所に空き缶を置き、目隠しをして棒で叩く)。
 いつもこのような競技を続けているので、今回はIさんの考案で着せ替え人形(赤白各一人男装と女装を、着せて脱がせる)というのをした。
 初めての競技なので、説明も不十分で少しモタモタしたが、最初にしては上出来と言えるだろう。ただ、高齢者には少し無理な競技のようだった。
 ミニ運動会を行うには、足腰の悪い人や難聴の人なども居られるので、出来るだけ歩かないで出来る競技、結果が見てすぐ分かること、距離や間隔を意識して少し頭を使う競技をと、思案している。
 読者の皆さんで、面白い競技をご存知の方は教えてほしい。始めから終わりまで、参加者全員の笑い声と応援が絶えない、賑やかで楽しいひとときであった。


苦境に立ったレジストロ「茶の花句会」の現状

レジストロ春秋会 小野浮雲生
 去る四月、私たちの俳句会の同人、大岩和男さんが逝かれた訃報を掲載しました。
 それに付き、これまた何の因縁か、日を同じくして、同句会の仲間であった疋田みよしさんが正午(十二時)にお亡くなりになり(和男さんは午前)、一時に二人の同志を失った同会の一人として、この悲運を嘆きつつ、苦吟に励んでいる今日この頃である。
 レジストロの茶の花句会の歴史は古く、一九四五年、戦後間もない頃に山本忠平(干柿)さんを筆頭に、よし枝夫人、清水宗次郎(青柿)、小玉愛子さん、計良(静波)さん、牧内(峡水)さん、岡本久江さん達によって句会の祖が築かれ、錚々(そうそう)たる人物が揃っておられたと聞く。
 その後、徐々に同志が増え、山本忠平さんは自宅を開放して同志を集め、句会を開いたのが、レジストロ句会の始まりとある。
 何年か後にサンパウロから佐藤念腹先生をお招きした折に、山本忠平さんが丹精にこめられた茶園を見学され、今を盛りと咲く茶の花をご覧になられた佐藤先生は「茶の花句会」と命名してくださったという由緒のある句会なのである。
 その後は大変賑やかな大勢の同志により盛会を極め、遠くにまで吟行会を催し楽しんだこともあったそうだが、逆に会員減少でたった二人になり、それでも先輩の意志を尊重し守り続けた一時期もあったという。
 単に句会といっても、人間社会の動きにつられて浮き沈みの盛衰は免れない事実である。
 このように細々と守り続けられた句会も一九九〇年代には再び興味を持つ者も現われ、十数人で盛り上がりを見せ、春秋会にも加入して月々「老壮の友」誌にも掲載して、お互いに作句に励んでいたものの、これまた二〇〇五年頃から高齢化による者、また、転居する者やら死亡により減少が始まり、欠席投句も含め会員は四名となり、今後の継続に対して岐路(きろ)に立たされた。感傷的だが、先にも記したように二人きりになった時にも先輩のともした灯を守り続けてこられた事を思い、今、その境地に置かれた一人として、後継者を誘引し、努力したるも時代の流れと世代の変わりにより、俳句に興味を持つ者もなく、今後の行方を案じ、悩みに明け暮れる日々である。


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