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熟年クラブ連合会
     活動報告  (最終更新日 : 2019/02/15)
2015年7月号

2015年7月号 (2015/07/17) 第39回及び熟年クラブ40周年記念芸能祭

 六月二十八日(日)、静岡県人会会館にて開催された第三十九回熟連芸能祭。予定より少し遅れ八時二十分から始まった。司会は今年もベテランの藤瀬圭子さん。審査委員は昨年と変わり、委員長に藤間芳誠先生、審査員に花柳龍千多先生、斉藤美恵先生、佐藤元広先生をお迎えした。
 最初に五十嵐会長の挨拶があり、「今年は熟連四十周年の節目の年でもあり、大いに盛り上げたい」と話し、続いて援協の菊池義治会長が「熟連は援協より独立したもので、生みの親ではありますが、皆様方は大先輩であり、大変感謝しています。今日も救急車、医療班を派遣しております。困った時はいつでも頼って頂きたい。一肌も二肌も脱ぐつもりです」と応援メッセージを頂いた。
 そして藤間芳誠審査委員長からは「熟年とは人生を知り尽くした世代。一日いろいろ勉強させて頂きながら務めたい」との挨拶。
 最後に玉井須美子実行委員長が「ささやかながら、この芸能祭を通して日本文化の伝承に尽くしたい」と述べた。
 その後、玉井先生指導の舞踊教室が「熟年讃歌・人生これから」を踊り、芸能祭が開幕。
 民謡、個舞、団舞と続き、その間には教室発表が組み込まれ、複数の教室に通っている人も参加できるようにと出来る限り考慮した。
 十一時頃にはブラジル民謡協会の塩野会長が、その後、野村アウレリオ州議員の宮原アウレリオ秘書が挨拶に訪れた。
 出演者も思ったより多く、三百九名となり民謡、踊り、歌謡吟のベテラン十一人の方には特別出演して頂いた。会場は満席で、約三百席準備した椅子が足りなくなり、上の会場から椅子を足したほどである。
 そして、今年も遠い所ではサンパウロから約三百二十キロ離れたリべロン・プレットから四時間かけて四名が参加。またインダイアツーバ親和会からも二名が参加してくれた。
 十二時の昼食前には、四十周年記念祭ということで、五十嵐会長をはじめ理事の方々が特別出演として「東京の花売り娘」を披露。事前の練習が全然なかったため、ジョージ有吉役を受け持った中川理事は間(ま)を埋めるのに一苦労。アドリブで皆を笑わせた。また、ブラジル箏曲宮城道雄の会の皆様が箏(こと)と尺八の演奏をし、華を添えてくれ、拍手を受けていた。
 その他の項目についても滞りなく行われ四時半には審査結果が発表され、代表が賞金を受け取るたびに大きな拍手が巻き起こり、受賞者たちも嬉しそうに受け取っていた。
 今年は抽選でお土産を二十名にプレゼントしたので最後まで大勢のお客さんが残り、一人一人自分の番号が出るたびに歓声を上げていた。
 上の会場では古着や熟連手作り品、その他バザリスタが一日中店を開いて賑わいを見せた。毎年のことだが、華やかな舞台も見ず、一日中売り子を手伝い前準備・後片付けを手伝って下さる裏方の方々に感謝。また、事前にレストランや人の集まる場所にチラシを配って下さって見えない所で協力してくれている方々もいる。こうした力に支えられ、今年も無事、芸能祭を行う事ができた。

第39回熟連芸能祭入賞者と寄付者

【入賞者】
◎民謡A(81歳以上)
一位 玉井須美子(サンパウロ鶴亀会)
二位 上村敬子(ビラ・ソニア老壮クラブ)
三位 武田倶仁子(サンパウロ中央老壮会)
◎民謡B(80歳以下)
一位 斎藤レイ子(ビラ・ソニア老壮クラブ)
二位 滝ヶ平功(ビラ・ソニア老壮クラブ)
三位 中野かすみ(サント・アンドレ白寿会)
四位 池部あや子(サント・アンドレ白寿会)
◎個舞A(80歳以上)
一位 青木テレーザ(サンパウロ中央老壮会)
二位 多川富喜子(サンパウロ鶴亀会)
三位 滝ヶ平功(ビラ・ソニア老壮クラブ)
四位 佐々木夏代(ビラ・ソニア老壮クラブ)
◎個舞B(79歳以下)
一位 野田由美(サンパウロ中央老壮会)
二位 新田邦子(モジ・中央日会老人部)
三位 松本笑子(インダイアツーバ親和会)
◎団舞A(9名以上)
一位 花の手拍子(サウーデ文化協会老壮部)
二位 おやじの海(ジュンジアイ睦会)
◎団舞B(8名まで)
一位 縁(サンパウロ中央老壮会)
二位 河内あばれ太鼓(みずほ副寿会)
◎団舞C(5名以下)
一位 川の流れ(サウーデ文化協会老壮部)
二位 花は咲く(サント・アンドレ白寿会)
三位 乾杯(サント・アンドレ白寿会)
◎体操
一位 上海の花売り娘(サンパウロ中央老壮会)
二位 南国土佐をあとにして(サンパウロ中央老壮会)

【寄付者】(順不同)
 ピニェイロス親睦会老壮部、熟連民謡教室、ブラジル民謡協会、大庭千代子、滝ヶ平功、川添敏江、田中礼子、福本千賀人、モジ中央 日会老人部、サントアンドレ白寿会、みずほ 福寿会、サンベルナルド松寿会、プラッサ・ダ・アルボレ老壮会、日伯援護協会、玉井須美子、上野美佐男、イタケーラ寿会、高山友巳、サンパウロ中央老壮会、森川玲子、松平力子、有賀春子、サンパウロ鶴亀会、リベロンプレット壮寿会、郷土民謡協会、玉田伯夫、インダイアツーバ親和会


熟連40周年記念8月8日に開催

 当会は一九七五年八月に設立された。途中、老人クラブ連合会から熟連クラブに名称を変えたが、今年で通算四十周年を迎える。
 援協の「老人福祉部」から出発し、全伯で八十三の単位老人クラブにより、連合会が組織され、誕生した。
一九七九年九月に念願の公認団体として認可をうけ登録を済ませ、一九八〇年には事務所をリベルダーデ区ドトール・シケーラ・カンポス街一二八番に設立。一九九七年八月に現在の場所に移転した。
今回は四十周年記念として、八月八日(土)十時から熟連本部のお地蔵前で地蔵法要を行い、その後場所をサロンに移して、表彰式と祝賀会、アトラクションなどを行う予定である。


熟連でキノコの講演開かれる

 去る六月十日、熟連サロンにおいて、「キノコを育ててみよう」というテーマでDECの社長であり、元県連会長の園田昭憲氏が講演を行った。
 氏は姫マツタケ(アガリクス)の生産販売をしているが、誰もが花や木を愛でて育てるように、もっとキノコに興味を持ってもらい、楽しんで育てて、食べてもらいたいと今回の講演になったもの。
 講演は午前の教室と午後の教室の間の二時間で、十一時から行い、約六十名が参加した。【詳細は以下】

園田氏より菌床プレゼントに大喜び

 去る六月十日の園田氏による「キノコの育て方」講演はめずらしさもあって、午前中の日本語教室は授業を半分で打ち切り、皆で受講。体操教室も皆が居残るなど、大勢の人が参集した。
 まずブラジルには約一五〇〇種のキノコがあるが、そのうち食べられるのは一〇種類ぐらいしかないとの事。
 一般に「平茸」と言われているキノコは実は「シメジ」が大きくなったものである事。キノコの成長における適温は二五℃位で、三〇℃になると育たない事。また、直射日光は避ける事などの話がされ、いよいよキノコグッズの育て方の説明に入った。
 まず、今日菌床を持って帰ったら、冷蔵庫に入れること。約十~十二時間置いたら、翌朝、冷蔵庫から出して置く。その次の日に空気穴につめてあるスポンジを抜く。五日目ぐらいからキノコが生えて来るので、そうしたらビニールを切り、一日に三~五回霧吹きで霧を吹き付けてやる。
 菌のうちは炭酸ガスが必要で、生えてからは酸素が必要と、栽培方法はこれだけ聞いていたら至って簡単。
 その後、質疑応答も活発に行われ、二度目、三度目、四度目の発芽方法の説明を聞いて、参加者は一人一袋ずつ菌床を頂き、喜びのうちに閉会となった。
 さて、翌日からが大変。あんなに何度も質問して分かったつもりで帰ったのだが、「いつまで冷蔵庫に入れておくんだっけ?」「冷蔵庫から出して、水をたっぷりやったけれど、それでいいの?」「急に寒くなったから、日当たりに出してやったけれど、ダメだった?」「なかなか芽が出ないから、もう一度冷蔵庫に入れてショックを与えたんだけれど?」など様々な質問が電話やら熟連で交わされる。
 また 「毎日見ているけれど、全然出てこないけれど、大丈夫?」等など、待ちきれずに色々とやってしまう人が続出。
 事務局でもついに園田氏に電話を入れて確認「大丈夫。そのまま置いておいたら今に出てきますよ」の一言でやっと一息。
 そのうちにあちこちから「小さいキノコが生えてきたョ」と喜びの電話がしきりに入り始める。
 「あまり寒いから、毛糸の帽子を被せてやったのよ」と藤原さん。
 「子供が産まれる時よりもヤキモキしたわ」と玉井さん。
 「先生が『ほったらかしにしておいたら、そのうちに出る』と言ったけれど、本当ね」と納得する人や自分のが「一番出ているはず」と自慢する人など悲喜こもごも。
 事務所に置いておいた平茸は、直径十センチ位に大きくなって、そこいらに真っ白に胞子を飛ばし、カビが生えたのかとびっくりしたが、山野にあるのはこうやって子孫繁殖(はんしょく)をはかっているのかと、自然の神秘(しんぴ)に触れた感じ。
 皆、自分で育てたキノコを試食。「おいしく頂きました」とのこと。キノコ育成は大変好評だったので、事務局では近日中にエリンギの配布を考えている。
 全員が初めての体験で、しばらくはその話で大いに盛り上がり、持ち切りだった。


健康表現体操部九周年の集いをモジで

 六月十四日、モジ市役所体育館において、ブラジル健康表現体操グループの九周年の集いが開催された。
 サンパウロ各地から約九百名の会員と日本語学校の生徒等が一堂に会し、当熟連表現体操部も約四十名が参加し、一日を連帯の仲で過ごした。
 九時三十分、川添博支部長から開会宣言があり、「最初にリベロン・ピーレスで設立されたブラジル表現体操は、現在千二百人もの多くの人が参加しています。今日は最後まで元気に楽しんで下さい」と挨拶。
 その後、準備体操、そして交流を深めるための「お友達になろう」プログラムで「世界に一つだけの花」「幸せなら手をたたこう」を皆で握手やハイタッチをしながら行い、「ブラジルにいる幸せ」プログラムでは「海を渡って百周年」を先達に感謝を込めて参加者全員で歌いながら行った。
 十時からの式典では川添敏江協会長の挨拶に続き、来賓各位の挨拶の後、協会からモジ市へ二百九十枚の毛布が贈呈され、そして十一時には今回の特別ゲスト、中平マリ子さんが登場し、マリ子さん作曲の「ありがとう」を中平さんの歌に合わせて体操をした。中平さんは歌ができた経緯として「以前ブラジルを訪問した時に心に浮かんだ言葉を曲にした」と話し、感動を言葉にした。
 その後、各グループ別に活性化体操、表現体操、リズム体操、エアロビクス風体操、スカーフ・鳴子を使う体操など十数曲を唱歌や演歌などなじみの歌で演じた。中でも指導員の方々が演じた「アジアの海賊」は普段の体操着ではなく、エキゾチックな衣装をつけ、とても素晴らしいものだった。午後三時には全てのプログラムが終了。時間に余裕があったため、最後は炭坑節や河内音頭などの盆踊りを陽気に踊って締めくくった。


与那覇先生をお招きして

イタペチニンガ千歳会 小野忠司
 六月のイタペチニンガ千歳会の例会は本部よりシニアボランティアの与那覇先生に来て頂きました。
 前もっての連絡でサンパウロを八時のバスに乗って頂くようお願いして、私は十時前から長距離バス停留所(ホドビアリア)で待っていました。
 しかし待てども暮せども先生の姿はなく、ちょっと心配になってきたところで、十一時半に先生がバスから降りてこられました。どうやら八時のバスには間に合わなかったようでした。でもとにかく一安心。
 皆が待っているペスケイロ伊藤に案内しました。イタペチニンガ老クでは一年に一度、皆でレストランで会食をするのですが、今日はその会食の日で、先生にも一緒に食事をして頂きました。
 今回は九十歳の山本さんをはじめ四十八人が会食に参加。伊藤会長とも親しくお話をしながら楽しいひと時を過ごしました。
 食事がすむと、会場をいつも例会を行っている日本語学校に移し、常例会です。
 六月の連絡事項や協議事項をすませ、誕生者にボーロ(ケーキ)を切って祝し、いよいよ先生にバトンタッチです。
 先生はまず、健康の話をし、次にストレッチ、そして指体操による脳の活性化や転倒予防の体操など実技説明を入れながら教えて下さいました。
 今回の例会は先生のお蔭で近頃にはない盛り上がりをみせ、約二時間はあっという間に過ぎ、皆、名残りを惜しんでの閉会となりました。「先生、また是非、お願いします」と皆からたくさんの熱いメッセージです。


上野美佐男氏ジョンラマーリョ章受章

みずほ福寿会 井戸朝江
 六月二十日、二十一日の二日間、サンベルナルド日本祭(移民祭改称)が開催された。
 それに先立って、六月十八日午後七時半より、サンベルナルド市議会議場において行われた日本移民記念式典で、サンベルナルド市議会議員の南洋行氏の尽力により、みずほ福寿会会長の上野美佐男氏が栄えあるジョンラマーリョ章を受賞されました。
 式典にはみずほ文協、福寿会の会員や家族はもとより、市内にある四つの文協会員や家族が三百余名出席。盛大にお祝いしました。
 また、サンパウロより中前隆弘総領事も出席下さり、日伯両語でお祝いの言葉を頂きました。
 たくさんの方々にお祝いの言葉を受け、上野氏が「自分の半生はみずほと共に歩んできた」とその様子を話され、みずほ植民地の歴史を知る事が出来ました。
その後、アトラクションとして、可愛い子どもたちも参加。童謡、唱歌を可愛く歌い、婦人部のコーラス、ベテラン歌手も花を添えました。サンベルナルド市議会議場も新築された素晴らしい会場でした。上野美佐男さん、本当にジョンラマーリョ章受章、おめでとうございます。


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