O 奈良光枝 戦後の流行歌手では珍しい清純派美人で、その甘く美しい歌声はなかなか魅力的であった。歌手としてのデビューは、昭和十五年の「南京花轎子」だったが、大映映画「青空交響楽」(一八年)の主題歌「青い牧場」の藤山一郎とのデュエットで売り出した。 戦後になって、大映「或る夜の接吻」(二一年、千葉泰樹監督)のヒロインに起用されて、映画初出演。場末のボードヴィル劇場の歌手の役で、詩人の若原雅夫とキス・シーンを演じ、日本映画の接吻女優第一号と騒がれる一方、主題歌「悲しき竹笛」(近江俊郎と)を歌ってヒットさせ、スターの座についた。二三年には「雨の夜汽車」を発表、翌二四年には東宝映画「青い山脈」(今井正監督)の主題歌を藤山一郎と歌って、この明るい曲は 敗戦後の荒廃した国民の受け入れるところとなって、大ヒット、一躍売れっ子歌手となった。その後も「愛の灯かげ」「赤い靴のタンゴ」(二六年、二つとも西条八十詞、古賀政男曲)、「花の心も知らないで」「白いランプの灯る道」等の拝情歌を出して人気を保っていたが、四十八年病気のため五三才の若さで亡くなったのは惜しい。
P 二葉あき子 大正四年生まれ、八○才を迎えた二葉あき子は、現役では最年長の歌手と思われる。もっとも、平成十三年には第一線を引退しているが…。彼女は広島県出身で、終戦間際、広島原爆投下時に、間一髪のところで乗っていた汽車がトンネルに入って、被爆を免れたという強運の持主である。 昭和一四年、映画「春雷」の主題歌「古き花園」を歌ってヒットし、同年には「白蘭の歌」(伊藤久男と)、「父よあなたは強かった」(四人で)を出し、翌 五年にも続いて「新妻鏡」(霧島昇と)、「なつかしの歌声」「春よいずこ」(両者とも藤山一郎と)、「お島千太郎旅唄」(伊藤久男と)、「めんこい仔馬」、いずれも売れ行きが良くて、一躍人気歌手の仲間入りを果たした。二葉の声は戦前はかなり音域が高く、ソプラノに近かったのだが、戦後は音域が低くなり、本格派アルト歌手として活躍した。 戦後はまず「夜のプラットホーム」「別れても」(二二年)で早くも健在ぶりを示し、「フランチェスカの鐘」「さよならルンバ」「恋の曼珠沙華」(二三年)などで、押しも押されぬ地位を築いた。特に、二五年に出した「水色のワルツ」(藤浦洗詞、高木東六曲)は大ヒットとなり、当時多少歌に自信のある女性は、好んで口にした名曲である。 なお、この人はブラジルでも公演しており、コロニア間でもフアンが多い。また、絵画と書道は玄人はだしだという。