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熟年クラブ連合会
     エッセイ  (最終更新日 : 2019/02/15)
2007年5月号

2007年5月号 (2007/05/13) つれあい

レジストロ春秋会 京増アキ
 私の主人は四年前から酒も煙草もぷっつりと辞めました。
 それまでは酒と煙草は好きで好きで、煙草は「尻からヤニが垂れる」と言われるほど吸い、酒も毎晩でした。飲むと気が荒くなり、家族をずいぶんと困らせたものでした。
 それほど好きだったものをきっぱりと辞めたのはお医者さんから「辞めないと命が危険」と宣告されたからでした。
 その頃から気力も体力もめっきり落ち込んでしまい、時折おしっこを漏らしたりしていました。それがどんどん進行して、家族からは「臭い、臭い」と言われ、嫌がられるし、私も困ってしまいました。
 でも、その頃はまだ、家の中、家の周りは自分で歩いていました。たまには玄関の椅子に腰をかけて、前の通りを行き交う人や車を見て気を紛らわせ、たまには知人も通ったりして、楽しんでおりました。
 ところがそのうちに膝から下が腫れだし、歩くのが困難になりだしました。
 何人かのお医者さんに来てもらって、手当てをしましたが、さっぱり良くならず、そのうち足の指先、特に小指の間に怪我もしないのに傷口が出来ました。婿も娘も心配して、色々と手当てをしてくれました。特に大きい孫二人は、昼間は働いて、夜になると毎晩来て、医者の処方薬を付けて面倒を見てくれました。
 また、親しい人たちから「これが良い」と言われたことは、色々やってみましたが病勢は衰えず、そのうちに足の指が黒く変ってきました。これは只事ではないとすぐにサンパウロの大きな病院に連れて行き、診てもらいました。診察の結果、「このままにしておくと、どんどん上にのぼって、大変なことになる。早く悪い足を切れば、大事にはならない」とのことでした。片足をなくす、考えただけでもゾッーとする話ですが、しなければ、命にかかわると言うのであれば、本人も家族も納得して、医者の言う通りに左足を膝の上から切ってしまいました。
 医者は「この病気は煙草の吸い過ぎのせいだ」と言いました。去年の十一月のことです。
 主人の足を切る前の三月頃から、それまでは元気だった私が腰から足にかけて痛み始め、医者よ、病院よと通いましたが、さっぱり良くなりません。でも孫がやさしく面倒を見てくれます。しかも私は日本語しか話せませんので、すべて通訳もしてくれるのです。この孫に助けられて、一日一日を大切にし、生きている幸せを感謝する毎日です。
 毎日、主人の食事の世話をしていますが、私も足腰が痛いので、時にはいらいらして怒ったりもします。すると主人は食べさせている匙を噛み締めたりします。私がなだめてごまかすと、良くなります。腰が痛くても、足が不自由でも、主人の面倒は私が見なければなりません。時には「私がいるから、ご飯もおいしいものが食べられるのよ」と笑って話すと、一緒に笑って「うん、そうだなぁ」と言います。
 やっぱり、六十年も夫婦でいたので、私は我慢が出来るのだと思います。
 主人はどこも痛くないので助かります。毎日おしめを何回も替えます。ウンチでも臭いとも汚いとも思わずに取ってあげます。主人はよく眠ってくれるので助かります。私より可哀想と思って大事にしてあげています。娘たちやその婿、そして優しい良い孫がいて、さらに周囲の皆様も良い人ばかりで、本当にうれしい毎日です。お友達の方々、お医者さん、薬屋さん、皆さんに助けてもらっています。どうぞ皆さん、これからも仲良くして下さい。お願いします。
 主人は大正十一年八月十二日生れの八十四歳。
 私は大正十四年十一月三十日生れの八十一歳になります。


愛読した作家たち

名画なつメロ倶楽部 津山恭助
③ 源氏鶏太 「サラリーマン小説の元祖」
 この人のものは、何年かぶりに折々読み返している。ページもところどころはずれ、手垢のついたものが多いのは文協図書館の蔵書の中でもかなりのプアンがあり、読み
継がれている証拠だろう。原作が映画化された量からいうと、戦後の作家では石坂洋次郎と双壁をなすのではないかと思われる量産作家である。
 言うまでもなく彼の出世作は「三等重役」であるが、これは石坂洋次郎の「石中先生行状記」と並んで、戦後のユーモア小説では傑出したものであり、百万の読者を魅了
したものである。無論、映画にもなり、河村黎吉(桑原社長)、森繁久弥(浦島課長)、若原秘書(小林桂樹)等が出演して好評を博し、後年の東宝のドル箱シリーズとまで
なった社長ものの母体となった記念すべき作品である。三等重役なる造語は当時(昭和二六年発表)の流行語にもなったのだが、昔のオーナー社長とは一味違った戦後の新しいタイプのサラリーマン社長の出現を予測したあたり、作者の時代を先取りする眼の確かさを証明している。
 文壇での処女作は「たばこ娘」だが、戦後の煙草も買えなかった時代に闇煙草を売り、死んでゆく一少女に対する作者の温かい心情を明るく描いたものである。その後、「英語屋さん」「御苦労さん」で第二五回直木賞(昭和二六年上半期)を受賞したが、十年間は本業のサラリーマン生活を続け、退職したのち本格的な執筆活動に入った。
 この二十五年余りのサラリーマン生活の体験が、源氏作品の基底となっており、作者の一連のサラリーマン小説は一時代を画したほどの人気を集めた。初期の短編に「鬼時課長」というのがあるが、鬼課長とあだ名のある万年経理課長と、仏課長と言われるが、実は腹黒い男である厚生課長を対照的に描いたもので、源氏作品の原型はこのあたりにも見られる。 つまり、善意の誇張と理想化だが、これは現実では実現することの出来ない、サラリーマンの夢であり、願望でもある。
 彼の作品は確かに波乱万丈のストーリーの展開もなければ、善男善女が織り成す甘美なロマンスもない。平々凡々たるサラリーマン群が家と会社を往復し、仕事の帰りに赤提灯の屋台でコップ酒をあおりながら、愚痴をこぼし合う場面の繰り返しなのであるが、それでいて登場人物の日常に引きずり込まれて、ハラハラさせられるというのは、やはり作者のサービス精神の旺盛さもさることながら、筆力、構成力にも並々ならぬものがあるからに外ならない。
 一般サラリーマンの悲喜交々の生態に関する機微を、この人ほど適格に表現できる作家はあまりいない。確かにある程度の誇張はあるし、偶然性が多すぎる点も気になるが、何よりも作者は人間通であるとともに、リアリストの眼を持っており、凡百のキャラクターにしても其々血が通っている。
 両親を早くなくして、貧しいながらも健気に生き抜く姉弟なんかのプロットも結構多く、そして必ずしもハッピーエンドに終らせてはいないが、温かく爽やかな読後感を残す。
 前にあげた作品の外では、「新・三等重役」「停年退職」「東京一淋しい男」「総務部長死す」「天下泰平」「若い海」「川は流れる」「実は熟したり』等々。


私のペット物語 ⑫ 「アノ時の声」

名画なつメロ倶楽部 田中保子
 亀鳴くや鳴かぬの問答
 今日の句座 (保子)
 表題にニヤリとなさった方は自律神経全開正常始動でご同慶の至り。さて、亀ですが、鳴かぬ動物と思っておりました。娘が中学生の頃、朝市で手の平に乗るほどの大きさの陸亀を買い、今も育てています。性別は知りませんでしたが「花子」と名付けました。また、数年前知人から頼まれて、一匹の亀を引き取ることになり、これはオスと知っていたので、花子のお腹と比べ花子はやはりメスだったと判りました。亀は犬猫のよにえさをねだりませんし、噛み付いたりしないし、あちこち飛んだり跳ねたりうるさくないので、時には忘れられる恐れすらありますが、裏庭を自由に歩き回っています。
 オスは日産の社長に似ているとかで「ゴーン」と名をつけ、ノミの夫婦が出来上がりました。
 餌は果物や果物の皮、勝手に落ちるゴヤバ。アルファッセ等の葉は便が下痢状になり只でさえ汚い亀のウンコがさらにバッチクなりますのでやりません。
 雨やホースの水が嫌いで、雨が降り始めるとスタコラ隠れます。しかし、飲み水は必要です。一度、洗濯場でウロウロしている花子に踵をパクンと噛まれてびっくり。その後、用心するようになりました。
 さて、亀は鳴くか鳴かぬかですが、ある日妙な泣き声がするので、裏に出てみたら、のそのそ歩く花子をゴーンが追いかけ、アタックしていました。何十年と経っている花子は片手で持てないほど大きく育っているので、短足のゴーンは苦戦です。その声は真似ろと言われてもちょっと出来なくて、どちらかというと蝦蟇の鳴声に似ています。花子が鳴くのを一度も聞いたことがなかったから、鳴く亀はオスの求愛の声ということですね。
 他種の亀のことは知りませんが、我が家の亀夫婦はハイビスカスの花が大好物で、一度に十ケ位、蚕が桑を食べる時のようにパリパリと音を立てていかにもおいしそうに食べます。ゴヤバの若葉もよく食べますね。
 二年ほど前から花子が卵を生むようになりました。鳩の卵大で、青みがかった美しい卵です。二ケの時もあり、三ケの時もありますが、砂を入れた箱に入れ、ガラスの蓋をして暖を取りますが熱が足らないのか、孵化しません。
 「茹でて食っちゃえ」という奴もいますが、花子の卵を食べる勇気はなく、土に埋めてやります。もしかしたらゴーンの一人相撲で、無声卵かも知れませんね。


お友だち

サンパウロ鶴亀会 猪野ミツエ
 毎週木曜日午前九時半から十一時までが練功教室。烏山先生亡き後も先生の遺志を受け継ぎ、長く習っていた方が先頭に立ち皆で仲良くやっている。
 大半は若い人ですが、その中に丑年の、それも七月生れが私を含めて三人。太い丑。やせ丑。すね丑。丑年も六月まで丑は働き丑であるらしい。
 お二人の顔を見ると、親近感が湧きうれしい。どちらかが見えない日はとっても気になり淋しい。
 干支のせいか十年の知己という感じがする。若く(?)きれいな仲良し三人を三羽ガラスと呼んでいる。でも時折り二羽であったり、一羽であったり…。皆揃うと、年齢を忘れてとっても楽しい。


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