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熟年クラブ連合会
     エッセイ  (最終更新日 : 2019/02/15)
2017年4月号

2017年4月号 (2017/04/14) 人それぞれ

サンパウロ酉年会 田中保子
 ほとんど毎日バスとメトロを利用して出かけるので、色々な人に出くわす。
 幸いにも座れたバスで、少し重いリュックを持った青年が立っていたのでリュックを持ってあげた。Gパンに赤いTシャツを着ていた。車内が空いてきたがリュックを取りに来ない。終点近くなって私も少し心配になって来た。次の停車場でその赤いTシャツの青年が降りてしまった。私は窓を開け「あんたのリュックがあるよー」と怒鳴って、リュックを放り投げた。「あー、ありがとう!」だって。弁当も入っていたかも知れないのに呑気な男もいるもんだ。もっとも集会に車で連れて来て、ソファに寝かせた娘をそのまま忘れて行った男もおりましたが…。
 メトロのファリア・リマ駅から乗り、私の隣にどっかりと座った仕立ての良いスーツを着た婦人はすぐにカバンを開けて探し物を始めた。なかなか見つからないのか、両腕を張ってガサゴソしている。私がほんの少し見たら、彼女は猛烈(もうれつ)に食って掛かって来た。「ジャポネーズが何とかカントカ…」。相手になるつもりもないし、私のブラジル語ではかなわないから、そっぽを向いて聞こえない振りをした。散々怒鳴り、今度はヘアブラシで大げさに髪を梳き、肩の毛をパッパッと払って、パウリスタで下車していった。教養も見識も十分ありそうな女性なのに実に気の毒な事。


スーパームーン(月が地球に一番近付いた時の満月)

名画友の会 安田功
 先日、スーパームーンを観察することが出来た。学者の話によると、月と地球との距離は、平均値で38万4400kmとの事。この「平均値」がミソで、2週間程の周期でプラス・マイナス2万km近付いたり、遠ざかったりしている。
 ここからが本題。.月まで行くには、どのくらいかかるのでしょう?
①光では、秒速30万Kmなので、384.400÷300.000で、約1.3秒で行けます。
②新幹線なら、時速270Kmとすると、384400÷270で、1424時間。約2ヶ月ということになります。
③徒歩では、時速4Kmで計算してみましょう。384400÷4で96100時間、これを日にすると、96100÷24で4004日と少し、 さらに年にすると、4004÷365で、11年近くかかります。しかし、11年間も睡眠をとることなく飲まず食わずで、ずっと 歩き続けることは出来ません。100Km徒歩行進というイベントがありますが、1日当たりの歩行距離は、約20Km程度です。 1日20Km歩いて行くと仮定して計算してみましょう。384400÷20で、19220日。19220÷365.52で、62年もかかることに なります。自転車だと1/3の時間ですので、約20年。小型自動車なら、1/10程度ですので、約6年程で行けます。
 さて、地球から太陽まで歩いて行ったらどのくらい、かかるでしょうか?
 地球から太陽までの距離は、約1億5000万Kmです。かかる時間は、普通1時間に4Km(少し速めで)5Kmくらいですの で、時速4Kmとして計算してみましょう。
 かかる時間は、1億5000万Km÷4=3750万(時間)となります。1日は24時間ですから、これを日数に換算すると、3750 万÷24=156万2500日。さらに1年は平均して約365.25日(4年に1度の閏年があるので)ですから、これを年数に換算 すると、156万2500÷365.25日=約4278年。これは、睡眠をとることなく、飲まず食わずとしてのことです。1日に8時 間のみ歩くと仮定すると、4278年×3(24÷8)=12.834年となり、不可能という結果になります。キリスト生誕から、飲 み食い睡眠を取りながら、現在まで歩き続けたと仮定しても、12834÷2017(今年)=5.914(約1/6)しか歩いていない計 算になります。
 もっとスケールの大きい話をしましょう。
 先日、アメリカのNASAが、約4光年(1光年は、光の速さで1年間飛び続ける距離)先に、地球と同様な「水の惑星」 を1個発見したとのこと。そのニュースが冷めきらない内に、何と今回は、40光年先に7個も発見されたとのことです。
 光速は、約30万Km/秒。探査機は約20Km/秒。4光年の距離だと、20Km/秒の速度では6万年かかり、40光年だと60万年 かかります。
 宇宙探索機に於いて、1光年(約9兆9000億Km)の壁を、人類が超越することはやはり難しい。いや限りなく不可能に 近い。現在、ボイジャーが、太陽から180億Km当たりを飛行中であるが、7個の惑星の地表目線から探索映像が見れるの は、何時の日か?
 自身の目で見られることはないと思う。今後、宇宙にロマンを求めるのには、格好のニュースではあるのだが、アイン
 シュタインの何十倍もの頭脳を有する偏狭的な天才科学者の出現を期待するのみ。惑星は、本当に「惑わす星」ですな。


三十年後ブラジルは大国になる

書道愛好会名誉会長 若松如空
 この頃のサンパウロ市では日系人を狙ったピストル強盗の話など、物騒な事件が多くてうんざりさせられる。これがなければブラジルは良い国なんだがと思うのは私だけじゃないだろう。私の友人の中にもこの国を見限って日本へ帰った人もいる。しかし、住めば都という諺もあって、諦めきれないから不思議だ。
 戦前の移住者の大半は出稼ぎで、金を作ったら数年で帰ろうという人たちだった。が、戦後移住者は、私を含めて二十一世紀の大国を夢見て骨を埋めるつもりでやって来た。自分だけが好い想いをするつもりではなく、子や孫や曾孫のために、将来の繁栄を願ってやって来た。一世は土台でも、二、三世がその上に花を咲かせることができると考えた人が多いだろう。現在、日系人は一般のブラジル人より遥かに裕福な生活をしていることは確かだ。こんなことを考える人たちが喜びそうな新聞記事が二つ見つかったので、これを追ってみたい。
(一)
 今年は農産物が昨年比で驚くほどの増産になると思われている。大豆は一二・八%の増加で一億七〇〇万トン。とうもろこしは三三・七%の増加で八九〇〇万トン。(日本の業者がこの買い付けに来ているという情報だ)。フェイジョン豆は三〇・三%増で三二七万トン。米は一二・九%増で一二〇〇万トンという。これらの増産で、昨年の経済成長マイナス三・七%の不況を、今年下半期はプラスに変えられると評されている。
 十年程前だったが、サンパウロ三井物産の中村社長が「ブラジルは将来大農産国になる」と言い、その理由として「平らで広大な土地、豊かな水量を持つ河川、あたたかい太陽の恵み」を持つことを挙げた。世界にこんな好条件を持つ国は少ないとも述べた。 日本が支援したセラード開発。サンフランシスコ河の東北伯改良作戦など農地の開発に力を入れて大きい変貌を遂げたことで、やっと今、実を結んだのだ。鉄道や道路建設の遅れによる農産物の輸送難で、大きな問題を残しているため、生産者の犠牲も大変なのは残念だが、インフラ(基礎構造)の改善は時間と共に進められることは間違いない。私は米国に次ぐ第二の農業生産国になると信じている。
(二)
 もう一つ注目した記事は三十年後の二〇五〇年にブラジルは世界第五位の経済力を持つ国になるという米国の調査会社プライス・ウォターハウスの予測だ。この会社は世界の巨大企業の会計監査を受け持つ歴史的専門家集団である。 
 今後三〇年の過程では現在の先進国は年間平均一・六%の経済成長にとどまるが、新興国は平均三・五%の成長が予測されるという見解を基に、それぞれの国の二〇五〇年度における経済成長(PIB)を算出した。その結果は一位中国、二位インド、三位米国、四位インドネシア、五位ブラジルとなっている。(上の表参照)
 ブラジルに対する短評を見ると、二〇二〇年代の成長は低率であるが、その後は二・五%、三%と上昇していくと述べている。
 インドネシアは現在の八位から四位に飛び上がるという予測には驚きであるのだが、残念ながら新聞には短評が載っていない。私の頭にある情報は少しばかりで申し訳ない。国民は回教徒が多いが、宗教や人種偏見が少ないようで、人種が異なる結婚も多いと聞く。最近、サウジアラビア王が日本や中国を訪問し、経済協力を要請したが、その前にインドネシアに立ち寄っている。回教徒の国で政治も安定し、経済も進んでいる国の代表と見るべきであろう。
 私たちは夢を追って遠路ブラジルにやって来たが、夢があったから前へ進むことが出来た。三十年先の夢を聞いたところで燃える年齢でもないと言う人もいるだろう。三十年先まで生きられないことは確かだが、自分と同じ苗字を持つ子孫や曾孫がブラジルの社会で活躍するのを想像するのは楽しいことだ。
 私は家族が集まった時、「苗字のアルファベットは絶対に変えてはいけない」と言って来た。若松は最初はWで始まる。ブラジルでは普通、使われないので、ブラジル人が解るようにWをVに変えることがある。例えば、VATANABEがある。我が家族はVに変えることは出来ない。馬鹿松になってしまう。将来、立派な人間が出て、この名前を付けられたのでは夢は飛んでしまう。苗字は日本人の生命なのである。

国別経済成長率の現在と予測

2016年(現在)-----------2050年(未来)
1.中国---------------→1.中国
2.米国---------------→2.インド
3.インド--------------→3.米国
4.日本---------------→4.インドネシア
5.ドイツ--------------→5.ブラジル
6.ロシア--------------→6.ロシア
7.ブラジル-------------→7.メキシコ
8.インドネシア-----------→8.日本
9.英国---------------→9.ドイツ
10.フランス-------------→10.英国


パンとボーロとギロチン

サンパウロ中央老壮会 筒井信夫
 国家破たんしたベネズエラのパン屋さんがパンを作るべき貴重な小麦粉でボーロ(ケーキ)を作ったというので、警察に逮捕されたとテレビのニュースで聞きました。
 それで思い出されるのは、フランス革命でギロチンの露と消えたマリー・アントワネット王妃のことです。誰でも知っている有名な話ですが、彼女は国民が貧窮の余り日々のパンにも事欠くと聞くと「それならパンの代わりにボーロを食べたらいいでしょう」と言ったとか。
 私が日頃聴いている文化放送に「PASSEO DA MEMORIA」という番組があり、パウロ・ボンフィンという詩人がサンパウロの古き良き時代を語る「クロニカ」があります。
 七月のある日(七月はフランス革命が起った月)、友だちとフランス革命について語り合っているうち、無残な最期を遂げたマリー・アントワネットの霊を慰めようということになり、一同、うち揃ってカテドラル・サンベントに行き、神父にミサをしてくれるようお願いするのですね。
 その時の会話。
我々「だいぶ昔の人ですが、その人のためにミサをして頂けますか?」
神父「その人のお名前は?」
我々「マリー・アントワネットです」
神父「その人は貴方たちの親戚ですか?お友だちですか?」
我々「知り合いです」
神父「その方は病気で亡くなったのですか?」
我々、しばらく沈思してから「えっーと、事故死です」
神父「よろしい」
 ミサは厳(おごそ)かに執り行われ、我々れは満足して教会を後にした。
――という話です。
 今は生き馬の目を抜くというサンパウロですが、昔はこのような悠長で心優しい人がいたのですね。マリーさんの霊が天井で安らかでありますように。


= 齢と共に = 「独り言」

サンパウロ鶴亀会 井出香哉
 一人暮らしをするようになって、いつの間にか独り言を言うようになった。
 花に水をやりながら「今年も花を咲かせて実をつけてね」とか、ジャボチカバに「お前さん、去年も実がならなかったよ。今年はちゃんと大きな実をならすのよ」とか、唐辛子の苗に「早く大きくなってね」とか話しかけている。
 テレビにはもっぱら文句ばかり言っている。家にいる時は一人だから、何を言っても怒鳴ってもよいけれど、外に出ればそうはいかない。
 昔は人より歩くのが早かったけれど、今は心臓が悪いので、早く歩くと胸が苦しくなるので、ゆっくり歩くがいつの間にかせかせかと歩いている。前にノロノロしている人がいると、蹴っ飛ばしてたくなり、私は「どうして、何を急いでいるのだろう?別に用事もないのに」と反省をする。
 いつかガルボンブエノ通りで私の前を三人の娘さんが横に並んでおしゃべりをしながらゆっくりと歩くので「もっと早く歩け。このノロマ」と独り言を言ったら、聞こえたらしく一人が振り向いて、私をにらんだ。
 独り言ではないが、メトロで本を読んでいたら広島弁が出てきたので、思わずクスクス笑ったら、前の人がいぶかしそうに私を見た。やはりメトロの中で退屈して指のマッサージを始めたら、前の席の女の人がじっと見ている。知らん顔をしてマッサージを続けていたら、私がリベルダーデで降りるまでずっと見ていた。
 子どもの頃は年寄りが居眠りをするのが不思議だったが、今は私が居眠りをしている。本を読んだり、テレビを見ているのにいつの間にかコックリコックリしている。いつかはビデオをかけて居眠をし、目が覚めたら終わっていた。友だちの家からの帰りでは、メトロの始発のジャバクアラ駅から終点のツクルビ駅まで行ってしまったこともある。
 足腰が弱くなってよく転び、膝を打って二週間ぐらいビッコを引いて歩き、やっと良くなったらまた転ぶを繰り返していたら、本当に膝が痛くなり、しゃがめなくなった。医者が「歩いているか?」と聞いたので、「転ぶのが恐いので歩かない」と答えたら、「それなら杖をつきなさい」と言われた。自分ではまだ若いつもりでいたのに、もうそんな年寄りになったかと、がっかりした。


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