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熟年クラブ連合会
     エッセイ  (最終更新日 : 2019/02/15)
2019年1月号

2019年1月号 (2019/02/08) 移民110年終えこれからも皆様とともに

ブラジル日系熟年クラブ連合会会長 上野美佐男
 新年あけましておめでとうございます。ブラジル日系熟年クラブ連合会会員の皆様には、健やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 昨年は、ブラジル日本移民110周年記念式典に、ブラジル日系社会待望の眞子内親王殿下のご訪問で、各地域で記念行事が挙行されて大いに盛り上がりました。サンパウロでは県連主催の日本祭りと併せて催され、日系社会が記念行事に沸いた1年となりました。
 日本では、西日本の集中豪雨、北海道東部の地震など、広範囲にわたり甚大な自然災害に見舞われて、今なお不自由な環境で新年をお迎えになられた方々がいらっしゃることに胸が痛みます。一日も早い復興を祈念いたします。
 ブラジルでは、大統領と上下両院の議員選挙が行われて、左翼政権の政財界の汚職まみれの政権に、国民はNOを突きつけて、今期大統領に右翼系のボウソナロ氏を選出しました。新大統領の就任に国民は大きな期待と、希望をもって新年を迎えたことと思います。
 日本では天皇陛下の御退位と、新しい天皇のご即位など大きな節目の年を迎えております。さて、ブラジル日系熟年クラブ連合会におきましては、昨年も会員及び関係各位のご協力を頂き、お陰様で予定の行事を無事に終えることができました、心から感謝申し上げます。
 私は、昨年7クラブを訪ねクラブの活動を参観し、親睦を深めることができました。特に、パラ―熟年クラブ創立40周年に出席し、2日間も会員の皆様と懇談できたこと、そして、4月にはパラ―熟年クラブの会員25名の方に熟連本部を訪ねていただき、一層親交が深まり感謝申し上げます。
 クラブを訪ねて感じたことは、会員の高齢化が進んでいることです。でも、昨年最後に訪ねたナザレ―老壮会の会長河中司氏は、98歳で現役で活躍しておられ、敬服しました。そして、ほとんどのクラブ会員の7・8割りが女性です、女性なくして老人会は成り立ちません。どうしたら男性会員を増員できるでしょうか。今年も会員増強とクラブの熟連加入勧誘に努めますので、皆様のご協力をお願いいたします。
 年頭にあたり、会員の皆様のご健康とご多幸を祈念いたしまして新年のご挨拶といたします。


交流を深め生きがいある社会へ

公益財団法人全国老人クラブ連合会会長 斎藤十朗
 新年あけましておめでとうございます。ブラジル日系熟年クラブ連合会の会員の皆様には、健やかに新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。
 本年、我が国は大きな節目を迎えます。天皇陛下におかれましては、1月7日に御在位三十年を迎えられ、4月30日には御退位なされます。
 本会では、貴会関係者の皆様にもご参加いただき開催した創立30周年・40周年・50周年の全国老人クラブ大会において、天皇皇后両陛下のご臨席の栄に浴し、「おことば」を賜りました。また、「敬老の日」にちなむ行幸啓で老人クラブ活動の御視察も賜っております。貴会会員の皆様とともに、御即位三十年をお祝い申し上げたいと存じます。
 昨年、我が国は4月の島根県西部地震にはじまり、5月の大阪府北部地震、6月末から7月上旬にかけて西日本を中心に全国広い範囲で記録した集中豪雨、最大震度7を観測した9月の北海道胆振東部地震など、度重なる自然災害に見舞われました。現在、被災地では官民が一丸となって、復興に向けた取り組みを進めているところです。
 貴会会員の皆様には、特に集中豪雨で大きな被害を受けた岡山県老人クラブ連合会ならびに広島県老人クラブ連合会に対しまして心温まる義援金をお寄せいただき、関係者一同感激しているところです。この場をお借りいたしまして、心より厚く御礼申し上げます。
 さて、少子・高齢社会を迎えている我が国では、加齢にともなう心身機能の低下を予防するフレイル対策と、あらゆる世代が手を携えた地域共生社会の構築が急がれています。
 これまで、全国の老人クラブでは、仲間とともに取り組む健康づくり・介護予防活動や相互に支え合う友愛活動を推進してきましたが、今後、これら老人クラブ活動の重要性を再認識するとともに、より一層活動のすそ野を広げていくことで、地域社会における高齢者の役割を果たしていきたいと思います。
 本年も、ブラジルの会員の皆様との交流を深めながら、高齢者が健康で生きがいと誇りを持って暮らしていける社会づくりを目指してまいりたいと存じます。 年頭にあたり、貴会の益々のご発展と、会員の皆様のご健康、ご活躍を祈念いたしまして、新年のご挨拶といたします。


新年のご挨拶

在サンパウロ日本国総領事館総領事 野口泰
 皆様あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。2017年10月にサンパウロに着任し2回目のお正月を迎えております。2018年は私にとって初めて1年間を通してサンパウロで生活し、勤務した年になりました。
 昨年を振り返ってまず思い出されるのは、何と言っても日本人ブラジル移住110周年に関わる様々な行事が開催されたことです。その中でもハイライトは眞子内親王殿下のサンパウロ州を含めたブラジルご訪問でした。殿下は、ご訪問の先々で、ご高齢の方から若い方を含めて多くの方々とお触れ合いになり、そのお人柄がブラジルの方々を強く魅了したのではないかと思います。また、殿下にサンパウロ州内陸部までお立ち寄りいただいたことを大変ありがたく思います。内陸部の日系人の方々の熱烈な歓迎ぶりが脳裏に焼き付いております。
 2018年は、110周年記念の諸行事を通して、日系人の方々のパワーを真近で感じることができました。日本企業の協力も得て、日本人ブラジル移住110周年の盛大な記念式典を開催されたほか、国士舘大学スポーツセンターの整備等を進められていることにも敬意を表したいと思います。
 若手日系人の方々も日系社会の活動に積極的に取り組んでいます。5月の河野外務大臣や7月の眞子内親王殿下のサンパウロご訪問時には、若手日系人の方々と懇談する機会をいただきました。このような機会を通じて若手の方々が勇気付けられ、今後益々活発な活動を展開していただけるのではないかと期待しております。
 ブラジルの日系社会は、特に内陸部において高齢化が進み、若者が減っている傾向にあります。今後は、地方の日系社会が地元自治体と連携し、地方経済の活性化に取り組みつつ、若者にも魅力的な地域作りに取り組まれることを期待したいと思います。
 ジャパン・ハウスサンパウロは開館後1年半以上が経過しましたが、引き続き快進撃を続けています。昨年8月には来場者が100万人を超え、サンパウロにおける存在感・成功を内外に示すことができました。ジャパン・ハウスは本年4月より、第二フェーズに入り、様々な形で収益を得つつ、持続可能な運営を目指すことになっております。日系社会の皆様方とも引き続き連携していきたいと考えております。
 本年は天皇陛下のご退位、新しい天皇陛下のご即位の年です。6月には大阪でG20サミットが予定されており、ボルソナーロ新大統領が、大統領として初めて日本を訪問することが期待されています。また、来年は東京オリンピック・パラリンピックの年です。こうした時代の大きな転換点にあっても、日本とブラジルの関係が更に緊密になり強化されるよう本年も努力を惜しまないつもりです。本年も昨年同様のご協力・ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。
 最後になりましたが、皆様方の本年のご多幸を心よりお祈り申し上げます。


日系社会発展で生きがいある暮らしへ

JICAブラジル事務所所長 斉藤顕生
 新年あけましておめでとうございます。会員の皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。旧年中は弊機構(JICA)の事業に対して格別のご支援を賜り、心より感謝申し上げます。
 昨年2018年は日本人ブラジル移住110周年の記念すべき年でございました。眞子内親王殿下がブラジル各地を訪問されて記念行事に参加されていましたが、中でも、トメアスなど皇族の初となる訪問先が含まれていたこと、そして現地での温かいおもてなしと共に内親王殿下のお優しい人柄を感じさせる立ち居振る舞いが強く印象に残りました。また、3月にブラジリアで開催された世界水フォーラムでは、皇太子殿下が40分ほどの講演を英語でなされました。多忙な用務の傍ら世界の水問題に対して深い関心を抱かれ、独自で調査研究をされていることが良くわかり深い感銘を受けました。また、発表の際に使用された写真のほとんどが自ら撮影されたものとか、雅子妃殿下に英語のチェックをしてもらったなどのエピソードも交えられるなど、聴衆の心を引き寄せる素晴らしい講演でした。
 ブラジル国外では米中間の貿易摩擦が激化し、世界経済への影響が懸念される年となりましたが、それ以上に衝撃だったのはブラジル国内で起きたトラック運転手による大規模なストライキでした。この広い国土を有するブラジルのほぼ全域に影響を及ぼす結果となり、2018年度の経済成長率の下振れ要因になるほどの大事件だったのは記憶に新しいところです。また、10月に大統領選挙、連邦議員選挙、州知事選挙がございました。来年以降の新政権が目指す方向性には全世界が注目しているところです。
 JICAは従来から日系社会支援事業に取り組んでおり、近年では日系社会の若手リーダー育成を始めとした人材育成事業やボランティア事業を中心に充実させてまいりました。ここ数年では日系社会と日本の民間企業との間の連携促進に注力して参りましたが、特に医療分野での協力に関し様々なプロジェクトが立ち上がってきています。そして、今後は既に高齢化社会となっている日本の経験をブラジル日系社会に還元し、日系社会が徐々に高齢化が進むブラジルにおけるお手本になることを予感しています。
 貴連合会では8代目となる岡田みどり日系社会シニア・ボランティアが昨年7月に赴任し、連合会本部での活動に加えて支部への巡回を始めている段階です。前任者が実施していた活動に加え、〝高齢者に生きがいのある暮らしや老化防止のための講演?や〝日本の新しいレクリエーション?の導入を目指し尽力中です。引き続き、同ボランティアの活動にご理解とご支援を頂ければ幸いです。本年も貴連合会及び会員の皆様にとって幸多き年になりますよう、心からお祈り申し上げます。


連合会のさらなる発展を

ブラジル日本文化福祉協会会長 呉屋春美
 ブラジル日系熟年クラブ連合会の皆様、あけましておめでとうございます。旧年中は、ブラジル日本文化福祉協会およびブラジル日本移民110周年記念祭典委員会に対し、温かいご理解ご協力を頂き、誠にありがとうございました。
 昨年は、ブラジル日本移民110周年を記念する祭典がブラジル各地で開催され、先駆者の労苦に深い敬意と感謝の意を表し、またそれを通してブラジル日系社会が一致団結を成し得た大変有意義な一年となりました。ここサンパウロにおきましても、眞子内親王殿下のご臨席を賜りました記念式典が盛会裏に挙行できましたことは、皆様のご協力があってこそと、心から感謝しております。この場をお借りいたしまして、改めてお礼申し上げます。
 また、昨年度の出来事で、もう一つ嬉しいことがございました。それは、私ども文協の恒例行事の一つである、99歳の白寿をお祝いする「白寿者表彰」において、2018年度は、表彰式を始めて以来の最高人数となる53名の方をお祝いすることができたことでございます。貴連合会からは、治部正哉さん、山崎達夫さん、コボリ纐纈冨美江さんをご推薦いただき、白寿を表彰できましたことを、大変光栄に思っております。
 さて、日本におきましては、江戸時代後期の光格天皇以来およそ200年ぶりで、生涯、天皇であり続ける制度が導入された明治以降では初めての天皇のご譲位が、本年4月末に、いよいよ実現されることとなりました。新天皇御即位にともない、新しい時代の幕明けとなります。また、ここブラジルでも、ボウソナロ新大統領を迎え、新しいブラジルが始まろうとしております。日伯両国の友好関係が更に深まることはもちろん、ブラジル経済が大きく成長することを期待してやみません。
 結びに、本年2019年の干支は「いのしし」となっております。いのししの肉は、不思議なことに万病を予防するといわれているそうです。そのことから無病息災の象徴とされているいのししを干支に持つ本年において、ブラジル日系熟年クラブ連合会の皆様におかれましても、益々健康で、お元気にお過ごしくださいますよう、お祈り申し上げます。何より、天皇皇后両陛下が上皇、上皇后となられました後の末永いご長寿とご健康を心より祈念いたします。あわせて、貴連合会恒例行事である麻雀大会や親睦ビンゴ大会、ゲートボールふれあい大会、カラオケ大会、芸能祭などが今年も盛況し、また、カレンダーを埋め尽くすほどの、様々な習い事の教室におきましても、一層賑わいますよう、願っております。
 本年も、どうぞ御指導御鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。


素晴らしい活動、維持・発展に期待

サンパウロ日伯援護協会会長 与儀上原昭雄
 関係者の皆様、新年明けましておめでとうございます。旧年中は援協の社会福祉・医療事業に対し、多大なるご支援、ご協力を賜り、篤く御礼申し上げます。2019年(亥年)を迎えるにあたり、サンパウロ日伯援護協会(援協)を代表して一言、新年のご挨拶を申し上げます。
 さて、2018年度の援協の経営全般に就きましては、福祉介護事業及び医療事業共に不祥事や事故もなく、堅調に推移いたしました。福祉介護事業部門ではスザノ・イペランジャホームが一昨年の10月に日本財団の資金援助で34名収容から50名収容に増築され、入居者の皆さんは新装成った、衛生的で明るい施設内で快適で楽しい毎日を過ごしておられます。一方、医療部門では中核事業である日伯友好病院は好調な決算を背景に援協の福祉事業活動全般を支える大切な資金源としての役割をしっかりと果たしております。同時に将来の医療ニーズの変化と多様化にも対応すべく、病院業務の拡大・充実のための対策もきちんと実施しております。その結果、2013年以降、病院認定機関からは最高認定を与えられ、現在も保持しております。近年、ブラジルでは公益社会福祉法人の認定に関する法規制強化により、援協もブラジルの政府及び公的機関との提携事業やブラジル人及びブラジル社会をも対象とした幅広い医療福祉事業の実施が求められております。斯かる状況下、援協は、法規制に則した組織体制の再編成を行い、援協精神の原点であります「高齢者及び社会的弱者の救済援護」事業をさらに充実・発展させていくために、努力精進してまいります。引き続き、皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう、宜しく、お願い申し上げます。
 さて、熟ク連様は会報誌「ブラジル老壮の友」の定期刊行、カラオケ、舞踊、コーラス、マージャン、民謡、練功、カラオケダンス、ポルトガル語、書道、百人一首、絵手紙、俳句、名画鑑賞、健康表現体操、川柳、俳句等々、広範多岐に亘って素晴らしい活動をされております。高齢化が進むブラジル社会の中で如何に日本の伝統と文化を楽しみながら、維持・継承し、発展させていくのか。熟ク連様が果たす役割はこれから益々、重要になっていくことと思います。昨年7月には日本の皇室から眞子内親王殿下のご臨席の下、日系社会の総力を結集して日本ブラジル移民110周年記念式典が大成功裡に開催されましたが、これを契機に日本との関係も従来の単なる「協力関係」から、更に進化した、共に受益者となる「提携関係」への移行がますます進展していくものと期待されます。
 結びに関係者の皆様のご多幸と熟ク連様の更なるご発展を祈念いたしまして2019年の年頭のご挨拶とさせていただきます。


新たな歴史の第一歩を

ブラジル日本都道府県人会連合会会長 山田康夫
 ブラジル『老壮の友』読者の皆様にはご壮健で新年をお迎えになったことと存じ上げます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。ブラジルの日本移民は今年111年、昨年の110周年記念祭典は秋篠宮眞子内親王殿下をお迎えし第21回フェスティバル・ド・ジャポン会場内の特設会場で開催されました。県人会記念式典及び、110周年記念祭には18もの団体が各県からお越しになり、最近では最高の日本との交流が行われたのではないかと思います。
 戦前、戦後を通じてブラジルに移住した日本人の数は25万人余、そして現在では190万人余といわれる日系人の中に占める日本人の数は減少し、反対にブラジルから日本への4世のビザ発給が可能になり、これからさらに増えるのではないかと推察します。こういった中で、出稼ぎといった形で日本に滞在する人たちが、日本とブラジルの交流に何かの役割を果たしてくれることを期待するわけです。今では働く人を募集しているのは大都会だけではありません。出稼ぎがもっと日本の人達に理解され、もっと親戚や近親者の人との交流が盛んになり、母県にある企業での就業ができればもっと良い生活環境や交流ができるのではないかと考えます。留学や研修などの交流は欠かせませんが、こういった形での行き来も大切だと考えます。どこの都道府県でも人手不足は深刻であり、その解決方法として、出稼ぎは今のブラジル日系社会でできることだと思います。
 これからの日系社会のあり方を考える時がきました。県連の主催するフェスティバル・ド・ジャポン会場では、日本の郷土芸能、郷土料理などを通じて県連が、ブラジルの社会に日本の魅力を広げていったものですが、この催しも、今では入場者の半数以上を非日系人が占めるようになりました。このような中で、熟連の会員の皆様にも、もっと元気でコロニアに勇気を与え、日本との交流、地域交流などに頑張って欲しいと思います。日本では100歳以上の人が5万人以上、コロニアでも100歳以上の2世の方がいるのではないかと思います。県連は留学生、研修生の復活、存続などを訴え、交流を今まで以上に密にすると共に、他の形で交流を図ることができればと考えます。そして、新しい日系の歴史へ第一歩を踏み出したいと思います。


Estou Feliz うれしいです

JICAシニアボランテイア 岡田みどり
 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。新年号ということで、いつもの失敗の話はお休みし、活動の報告をしたいと思います。もうそろそろ失敗も減ってくると期待し、今年も頑張っていきたいと思います。
 熟年クラブ連合会には45もの支部があります。私は、その支部の例会に訪問させていただき、体操やレクリエーションをしています。例会では、どこの支部も早くから集まり、昼食や会場の準備をしていて、とても活気があります。多くの支部から声をかけていただき訪問することができました。車やメトロで迎えに来てくださった方、ありがとうございました。初めての場所へ行けること、また多くの方にお会いできること、いろいろなお話を聞かせてもらえること。とてもうれしく思っています。
 さて、私が紹介している体操ですが「筋活」とでもいいましょうか。無理のない重さ(最初は200グラムくらい)の重りを手首や足首に付け、ゆっくりした動作により筋肉を付けていく体操です。筋肉は、残念ながら30歳くらいをピークに年齢とともに少なくなっていきます。しかし、運動をすれば何歳からでも付けることができます。筋肉を付けることにより・重いものが持てるようになります・寝返りやベッドからの起き上がりが楽になります・椅子やトイレでの立ったり座ったりが楽になります・膝の痛みが楽になります・歩く速度が速くなり階段や坂道の上りが楽になります・左右のバランスが良くなり、転びにくくなります・代謝が良くなり太りにくくなります・血糖値が安定します。
 難しい体操ではありません。しいて言うなら、根気よく続けることが難しいですね。最低でも一週間に一度行うことで、筋力がアップします。わかっていても三日坊主になりがちです。自分一人で続けられる人は意思の強い人。あまり多くないと思います。みんなで、声を掛け合って集まった時に行うのも効果的です。
 時間に余裕のある時は体操の他に、レクリエーションをしています。リベロンピーレス錦友会さんでは、紐を輪に結び、その輪を自分でくぐり、ほどいてから次の人に渡していくリレーを紅白に分かれて行いました。競争となると途端に力が入り、勝ちたいという気持ちが伝わってきます。人数の足りないときは私も入れてもらい、丁度の時は助けの必要な人のところにお手伝いに入ったり、応援に回ります。いつもは簡単にできる紐を結ぶということも、急ぐと強く結びすぎて取りにくくなったり、蝶々結びにするつもりが堅結びになってしまったりし、慌てて、いつも以上に時間がかかります。周りの応援もあると、あせったり、リレーなので後ろの人に迷惑がかかってしまう。などいろいろ考えてしまいますよね。ですから指先や体の運動になることはもちろん、さらには脳にも刺激を与えます。勝ち負けの結果で、次への意欲も生まれます。ひとつのレクリエーションですが、いろいろな効果が期待できます。
 熟年クラブへご連絡下さい。どこまでも行かせていただきます。


移住と相互理解

ブラジル書道愛好会名誉会長 若松如空
 日本政府が外国人の導入法案を出して与野党の論戦が始まった。日系4世の日本行きも取り上げられると期待している。しかし、日本では手放しで歓迎できないとの慎重論もある。すべて安全第一の日本のこと。外国人の起こす犯罪に対する不安は大きい。
 移住者が言語の違い、習慣の違い、思考の違いなどから新しい国に馴染めず、通常の活動ができないため。貧困に落ちいって、犯罪に手を染めるケースも多くある。また反対に日本の新移民が事件を起こすケースもあった。私共青年移民がブラジルに入国した頃「新来青年には悪い輩が多い。彼等に娘を嫁に出さない方がよい。」という評判が先輩移住者の間に伝わった。
 1960年頃、私は総領事館の移住班で働いていたが3人の新来青年が南マットグロッソのドラードスで、ブラジル人の家へ侵入し、家族を皆殺しにした。予想外の大事件で、同地を管轄するサンパウロ総領事館は大騒ぎとなった。会議の結果、同市に謝罪することになり、農務省から出向してきていた渡辺領事と私が行くことになった。
 現地についた時、同市の職員から、「もし、マントを着た男が近寄ってきたら、十分気を付けてほしい。ドスを持っている。可能性がある。」との警告があった。一瞬青くなった。領事の丁重な謝罪によって市長は快く対応してくれて、ほっとしたが、このときのことは今でも忘れられない。
 もう一つの殺人事件は、スザノ市で起きた。子供のいない夫婦の農家へ見習いに入った青年がその家の主人を殺した犯罪だ。青年は長年の同居で、主人の妻と懇ろになり、二人で居た部屋に突然主人が入ってきた時、青年が小刀で主人を刺し、庭に穴を掘って死体を埋めた事件だ。女は投獄された牢屋で青年の名前を呼んで泣いていた。というおまけをつけた報道が伝わった。
 落ちぶれた新青年のケースもいくつかあった。総領事館に入った電話で、日本人の乞食青年が街路に住み着いていて、近所の婦人たちが食べ物を与えていたが、領事館で引き取ってくれないか。という相談が来たのだ。服はボロボロで、髪はしらみだらけだという。これも私の仕事になった。救済会のドナ、マルガリーダに、寄付で集まった服の中から、肌着を一着頂いて現場に赴くとご婦人たちが待っていた。さて、どうしたらいいのかと質問したところ、一婦人が近くの倉庫にシャワーの使用を願いに行き、許可を受けて、「さあ行こう。」と声をかけてくれた。しらみのついた髪を切り、服を脱がし、身体を洗うように言った。この婦人の手際のよさにはびっくりした。ブラジル人にもこんな親切な方がいるのかと感動した。宗教関係の人だった。
 その後、精神病の青年のケースもあった。電話の情報では、時折、凶暴になるということだ。腕力に乏しい自分には難題だった。日本から来ていた移住関係の人に空手二段の後輩がいたので、彼に同行を依頼したところ了解してくれたので安堵した。
 これらの青年はブラジルに順応できずに日本へ送り帰したケースで、ブラジルへの同化の難しさを認識せざるを得ないと考えさせられた。反面、戦後移住者のこの70年の活躍はブラジル人によく知られている。特に農畜産分野での貢献はすばらしい。野菜、果樹は日系人による産物である。1971年大学を卒業して独立した時、北伯に支店を作るべくセアラ州に行ったとき、一流ホテルに野菜が全然なかった。唯一あったのはフェイジョンベルデという(若いフェイジョン)豆だった。リンゴ、ナシはすべてアルゼンチン産だったが、現在は南部ですばらしい品が作られている。これを導入したのも日本人である。ブラジルの広大な不毛地を農業生産地へと変貌させたセラード作戦は、日本政府も肩を入れた。当初困難ではあったが立派に生産を可能にした。現在では大豆、トウモロコシの生産は、ほぼ米国と肩を並べるまでに成長した。
 ブラジルでの生活には頭を痛めることがある。女中を雇える事は日本人にとって嬉しいことだが、彼女らは間違いを起こしても「すみません。」が出てこない。皿を割っても、皿が落ちたと言う。二つの道具があると、いつの間にか一つになっている。同じものは二つはいらないでしょうという。電気、水道、水回りなどの修繕は約束の時間に現れたことはなく、少し遅れますという電話もない。私が一番頭にくるのは、書道や篆刻の授業をしている時、先生の小道具がなくなることだ。日本なら泥棒だが、こちらでは罪悪感が薄い。ちょっと手を出すことに慣れている。
 しかし、宗教的な教育から、慈悲の深さを持つ特質は尊敬しなければならない。前記の乞食青年を長い間見てくれたこと、しらみだらけの髪を切ってくれたことなどの行為は日本人には難しい。サンパウロの地下鉄で、杖を持つ私が乗り込むと、必ず誰かが席を譲ってくれる。
 政治経済が安定しないブラジルでの日本企業の経営は非常に難しい。進出企業でも何件もの会社が開設後数年で店を閉めた。しかし、数年後、情勢の変化で急激な発展を見ると、また進出してくる。しかし、期待する程の結果が得られない間に、また情勢が変わってしまう。日本人は多分に気が早いという印象を持たれている。日本人の昼食は、10分で終わる。ブラジル人は長い列を作っていても雑談をして空席を待つ。外国人の導入問題にしても、日本の企業が過去に見せた気の短い行動に不満を出す知識人がいる。
 リーマン・ブラザーズによる不況が来た時、日系人の労働者の5万人に片道の飛行切符を渡して帰国させたとの説がある。そして、今回ほんの数年を経て新法を導入して促進するとは理解に苦しむと批判する。そして、また繰り返すこともあるのでは。と疑問を投げかけられる。
 進出企業の方々の中には、ブラジルは見込みないと感じながら転勤を待つ人もいる。ブラジルで成功するにはブラジルを愛さなければ解決しないというのが私の持論である。ブラジルを可愛く思わないで、いい仕事ができるはずがない。
 日本に働きに行くブラジル人との初対面で、「この人大丈夫かな」と疑問を挟むと、相手は信用してくれてないという不安を感じる。それが友好を遠ざける最初となる。
 数年前だが八百屋の店前に「ブラジル人おことわり」という看板を見たという。ブラジルの朝市では客がブドウの粒をちぎって味を見る習慣がある。日本の高級店では、きれいに陳列をしたブドウの粒をちぎられては大変だ。
 同じ問題だが、温泉旅館が「外人さんおことわり」の看板を出した。外国人の刺青が客を驚かせるからだという。口で言う注意でなく看板での拒否表明はブラジル人にはショックが大きい。
 ブラジルでは有名なスポーツ選手の多くが刺青をするので、刺青をすることは美しい行為だと思われる。女性の刺青も流行している。温泉旅館も一定の時間を外国人の専用とすれば問題は解決されるのではないか。
 結論は両国の相互理解がまだ不十分だということだ。互いに国の常識を知らせる努力を心掛けるべきである。


あわせて180歳、夫婦でメダル

山本茂
 新年あけましておめでとうございます。熟年クラブの会員の皆様にはご家族お揃いで健やかに新年を迎えられたことお慶び申し上げます。新年にあたり、めでたい私たち夫婦の記念すべきことをお知らせいたします。
 昨年の10月12日から14日の3日間にわたり、移民110周年記念として開催された日伯陸上ベテラーノ大会において、私たち夫婦は幸運に恵まれて7つのメダルを獲得しました。
 私は今年3月で92歳、家内は88歳。二人の年を合わせると180歳になります。この年で大会に参加できることは有難く、感謝の一言につきます。第一に神様に感謝。第二に、この丈夫な体に生んで育ててくれた父母にありがとうです。私は静岡県庵原郡両河内村大平で父、山本喜一、母、ウメの次男として生まれました。1933年にサントス港に到着し、サンパウロ州マリリア市で育ちました。1951年にサンパウロ市に出て、写真業を開業しイビラプエラ陸上部に入会し、早50年になります。おかげで運動不足気味の私でしたが元気にしています。
 家内は福岡県浮羽郡で父、林三雄、母、ヤエの三女として生まれ、1932年サントス丸で渡伯し、サンパウロ州リンス市で育ちました。私と縁あって結婚しました。あと2年で結婚60年ダイヤモンド婚を迎えます。有難いことで、夫婦仲良く過ごしております。
 全伯陸上ベテラーノ大会で私は90歳の部の砲丸投げ、槍投げ、円盤投げ、ハンマー投げの4種目に挑戦しました。幸運にも全種目で金メダルを獲得することができました。この成果はそんなに簡単なことではなく、神の助けの賜と深く感謝しています。
 家内は1993年に初めてアジア(長崎県)で開催された世界陸上大会にブラジルから103人で参加しました。あれから早25年足を痛めて歩行も不自由で杖をついて歩いているので、運動も種目の練習もできていないのに、この大会に参加したいと言ったのにはびっくりしました。しかし本人は長年鍛えた体なので大丈夫と意思は固そうでした。私はこの気持ちを察し、怪我の無いようにとそれだけを祈りました。2日目の円盤投げを無事に終えた家内は、3等のメダルを高く掲げ、喜んで帰ってきました。素晴らしいことでした。「かあちゃん万歳!」こんな嬉しいことはありません。不自由な足で世界の強豪相手に戦い、銅メダルを獲得するなんて。抱き合って喜びました。
 大会は移民110周年を記念して開催されたもので、毎年出場して競技を続けている選手もいたわけですから、自分で自分を褒めてあげたい心境です。これからも、いつまでも夫婦手を取りあって歩んで行きたいと思います。


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