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熟年クラブ連合会
     創立三十周年記念  (最終更新日 : 2005/12/07)
ブラジル日系老人クラブ連合会「三十年のあゆみ」

ブラジル日系老人クラブ連合会「三十年のあゆみ」 (2005/12/07)
老ク連副会長 内海博
 ブラジル日系老人クラブ連合会創立三十周年記念式典、誠におめでとうございます。遠く各地よりおはやばやと御出席頂きまして、有り難うございました。本日の盛り沢山のプログラムのうち、老人クラブ三十年のあゆみについて、という事で不肖私がその担当に当たりました。一口に三十年と申しますが、生まれたばかりの赤んぼうが三十才の社会人として実社会のなかで活躍しているほどの長い年月であります。詳しく申しあげますと、貴重な時間がかかりますのでかいつまんで要点を申し上げます。
 古い会員や長く老人クラブ活動をされた方はご存じと思いますが、何時どのようにして、老人クラブができたのか改めて申し上げますと、連合会創立の五年前の一九七〇年九月サンパウロ日伯援護協会が、日系コロニアの老人福祉に対する配慮として老人週間を催し、これが契機となり老人福祉に新しい灯が灯されたのであります。その頃から、各地に老人問題を論ずる気運が沸きあがり、日系社会におきましても「老人福祉」という事が強く叫ばれるようになりました。七二年九月の老人週間にはサンパウロ日伯援護協会の要請で日本の福祉の専門官森幹郎氏が来伯されサンパウロ市をはじめとする、奥地で講演会を開催し、老人福祉を考えるなら、それなりにクラブのような組織を作らねばといった気運が高まりました。
 七三年十月来伯された木村健一先生は老人クラブ指導者講習会を開催されて、初めて老人クラブの在りかた、運営、指導、等について具体的な事を教示され、又その活動を通じて、老後の生活をより健全で豊に導こうとされた事が老人クラブ結成に大きな力となりました。老人クラブ連合会が始まる二年も前にこのようなご指導でブラジル全土に老人会を作ろうという気運ができ老人会ができたことは木村先生こそはブラジルの老人クラブ生みの親、育ての親としてわすれてはならない方です。そして又先生の奥地旅行や講演会開催準備や連絡など、当時はほとんどサンパウロ日伯援護協会、救済会の役員の皆さんによって行われ、その御苦労も忘れる事の出来ないものです。
 こうしてサンパウロを初め各地に老人会ができた事で連合会へと発展しました。今でもその当時の事を思えば感慨無量です。
 七五年八月八日、連合会が結成されて創立と同時に会長に田中丑子氏、副会長に宮口義長氏が選ばれて、そのあと十年の長い間お二人の名コンビで献身的活動、連合会への揺るぎない基礎を作って下さいました。各役員、会員の協力もさる事ながら十年一日の如く連日出勤奉仕をして下さいました事は当時を知る皆さんがよく記憶されています。その後も老人クラブ活動は順調に進み、七六年十月一日より三日迄再び木村先生をお迎えして老人クラブ指導者講習会が開催されて百名近い受講者が先生と寝食をともにしての熱心な講習会が行われました。
 連合会はこうした奥地の熱心な地方老人クラブ指導者の力が大きな支えになっている事を忘れてはなりません。更に七八年第六回老人クラブ指導者研修会には日本全老連の磯村光男先生をお迎えして九月二十九日から十月一日まで「老人クラブ活動は何故やるのか」「日本の老人クラブは今どうしているのか」という現場の声を中心にご指導を頂きました、この講習会には「援護協会の小畑博昭様に大変お世話になりました」と記録簿に当時の事が詳しくのっております。又そのたびに国際協力事業団からも大変なご支援とご協力が有った事が記載されています。
 私達が今日このようにクラブ活動ができるのは、古いこうした皆さんのお力が有った事を決して忘れる事はないでしょう。
 日本ではこのような老人クラブ活動に関係各省庁から補助金が出るという事ですが、ブラジルでは自分でやるしかなく、それだけ自分の力に自信をもって活動している事に誇りをもちましょう。
 私ども連合会は発足以来五年毎に記念祭を催して参りました。
 八九年三月老人クラブ連合会は中南米の日系人に呼び掛けて中南米老人クラブ連合会を結成しようと、パラグアイの笠松尚一会長、アルゼンチンの新垣善幸会長、ブラジルの宮口義長会長等が結集して無事に中南米老人クラブ連合会の結成に成功いたしました。そして宮口義長氏が初代会長に選ばれました。九〇年八月創立十五周年記念祭が開催されましたが、この年田中丑子氏、宮口義長氏、本山喜久雄氏、檀定氏、光田八千代氏、土屋得司氏と六名が日本国の叙勲を受けた事は特筆出来るものです。
 九二年九月二十六日日本全国老人クラブ連合会の創立三十周年記念祭に真鍋会長と大貫副会長が招待され、代表で出席して特別表彰の栄誉を受けました。
 老人クラブ連合会では機関誌「老壮の友」を援護協会の小畑博昭氏と原沢和夫氏のご協力で発刊し、第一号は七四年十一月二十五日付で、その後の運営にもご支援ご協力を頂きました。そのあとは田中会長以下編集委員の努力で今日まで一回も休み無しで発行されています。
 老ク連の結成にお世話になりました。日本の木村健一先生からはその後もいろいろとご支援を頂いておりますが、日本の老壮の友を十六年間無料でお送り下さったという記録が残されております、記録を調べるものにとりまして、本当に有りがたく、思わず目頭が熱くなる思いです。
 この老人クラブ連合会は長い間には色々な事がありまして今でも「老人」という言葉は年寄りくさいとか「クラブ」は遊びばかりのようだとか、名前を変えろというような意見も有りますが、日本の「全国老人クラブ連合会」が変わらないうちはこちちが変える事は無いと思います。今問題になっているのは、「老壮の友」が日本語で無くなる日は?理事会が日本語で無くなる日は?という事ですが、援協、文協、県連、県人会が全部ポルトガル語になった時、老人クラブはどうするのでしょう。
 ブラジル日系老人クラブ連合会創立三十周年記念式典に当たり、その三十年の歩みを申し上げております。私達は三十年の古い歴史も大切でありますが、この式典の当日を第一歩として、次ぎの世代に何を残し何をしなければならないか、も、大切な事ではないでしょうか。三年先の移民百周年記念祭をどうするか?老人クラブ連合会の中南米連合会はブラジルの宮口会長が初代連合会会長を努め、第二代にパラグアイの笠松会長が就任され、その後も引きつずき活動を続けまして、現在はブラジルの重岡康人会長が連合会を代表されております事をご報告申しあげます。
 老人クラブが何をやるか、という事で、もう二十余年前になりますが、当老人クラブが率先して日本政府に老齢年金のご下付を願う為に一万人の署名をあつめて日本に送った事が有りましたが、そのお願いは果たされませんでした。三十年のあゆみとは話しが脱線しますが、州議員議員を三十年も勤められた下本八郎氏は今もこの問題について毎年日本の政治家や有力者に手紙を送って運動を続けております。今年も海外日系人大会にご出席されます。「求めよ、さらば能えられん」とは、昔から言われた言葉です。求めるのは誰か?その恩恵をうける該当者とそのご家族あるいは関係者です。三十年の歴史をかたるより三十年の歴史の上にたって次ぎの世代のため、又五十年六十年七十年移民としてご苦労された方々へ老齢年金取得の運動を老人クラブが先にたってやるべき、記念祭がただのお祭りでなく次ぎなる活動に繋がるもので有りたい、三十年歩いてきたということは何かその実績を残す事ではないでしょうか。
 この残すという事では特別声を大きくして申しあげる事ができるのは、ご存じ老人クラブ福祉センターとして本部の建物を購入したことでしょう。内部改装をして百十五平米の大サロンを作り、このサロンが大人気で、午前も午後もギッシリ予定が詰まり種々の体操、ダンス、カラオケ、踊り、俳句、書道等のおそらくサンパウロ市内に沢山ある会館の中で、このように活用されている所は無いと言っても言いすぎではないでしょう。
 よそ様の事を申し上げて失礼ですが、最近では会員が減って困るという所が多い中、老クセンター利用者は増える一方です。
 二年前に安達先生をお迎えしてから、老人クラブ活動は一段と活発になりまして、地方からのお招きにより、地方との交流は盛んになりました。また先生はいくつもの提案をされて、老人の活力を引きだす事にも力を尽してくださいました。先生のバックとなるJICAのお陰で今まで援助の少なかった老人クラブは設備資財が増えた事を感謝しながら、今有り難く活用させて頂いております。安達先生が任期終了でお帰りになり、入れ代わりに新しく宇野先生が後任としておいでになられました。今後はまた宇野先生を中心に地方の老人クラブと新しい交流が始まり、次ぎの二年間に多きな収穫が期待されます。
 クラブ活動の中で盛んなものの一つにカラオケやダンスがありますが、最近は大きな前進がみられました。ピニエイロス支部の後藤宗治様のお世話で、日本から大型のカラオケセットの寄贈をうけたことで、その七千曲を超える珍しい曲、古い曲、最新の曲と自由に選べますので、愛好者には大人気で活用されています。
 また、その曲を再生するための四十二インチ大型TVは、安達先生のお仕事としてJICAを通じて贈られてきました。土曜日のなつメロ会の催しもこの大型TVが大いに役立っているわけで、老人クラブ活動三十年の歩みの中で、センターと内部設備の充実は、多くの会館や施設のうちでも目立って優れた物で、それは歴代会長以下役員職員関係者世話人皆さんの総合力で勝ちえた物として、今記念式典に誇り得る物とご報告できる事を喜ぶ者であります。老ク連三十周年記念祭は、先輩各位のご苦労の結晶であり、その喜びを静にかみしめるのは、今この席に居並ぶ皆さんです。私はこの喜びを天国に在る先輩役員と会員にお伝えしたい。今こそ老人クラブが多くの成果を勝ち得たと謹んでご報告致します。
 私の三十年の歩みのご報告はかなり私見を加え、また脱線致しましたが、要するに、老人クラブ連合会は過去にこだわらず、現代を有意義に過ごし、しかしてどのような未来を展開する事ができるか、ということです。ご静聴頂いております皆さん、今日ただいま、三十年記念式典の日を千里の道の第一歩として、次ぎなる飛躍、次ぎなる充実、次ぎなる老後の安心を目指し、努力精進結束を誓おうではありませんか。不滅の栄光を勝ち取る事こそ、老人クラブ連合会の存在があるのだという意識を強めて躍進することが、吾々に能えられた使命ではないでしょうか。皆さん、来るべき四十周年式典で、再びお目にかかる時、「吾ここに在り」と老人パワーを発揮して活動し、祖国日本を敬愛し、養国ブラジルの大いなる包容力に感謝して、日本とブラジルニつの祖国に生きて来たことを誇りとして人生を大いに楽しみましょう。
 先に申しあげました中南米老人クラブ連合会は今も活動していると申しましたが、時間と経費の都合もあり、何時も集まる事が出来ませんが、パラグアイからも代表の方がおみえになっておりますので、明日アルジャーの原沢和夫様のシャーカラで中南米老人クラブ連合会総会を開き、併せて日本からわざわざこの祭典の為ご来訪頂きましたお客様の歓迎会が催される事になっております。以上を持ちまして終了と致します。ご静聴ありがとうございました。


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