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たこ焼きマンが行く
     たこ焼き「旅日記」  (最終更新日 : 2009/05/25)
共栄移住地(番外篇) [全画像を表示]

共栄移住地(番外篇) (2004/07/18) 2004年2月。快晴。

住岡要さんのお宅で.jpg
住岡家でたこ焼きを回す
 サンパウロから西に約1000㎞。隣国パラグアイに程近い、南マット・グロッソ州ドゥラードス市にある「共栄移住地」の入植五十周年記念式典・開拓先没者追悼法要が、同地にある日本人会(城田芳久会長)会館で開催された。その取材のため、現地に向った我々は、同移住地に行けば、いつもお世話になっている住岡要さんの家でタコヤキを焼くことになった。
 
 発端は、住岡さんのベン・アミーゴ(大親友)でサンパウロに在住している久富正義さんの言葉だった。
 「おー、松本さんよ、あんたがいつも作っているというタコヤキ。あれ、ドゥラードスの住岡さんのところでやってみんか」―。
 「はいはい、何でもやりますよ」と言いながら、肝心のタコは久富さんがセアザ(サンパウロ食糧配給センター)で買って用意してくれたのだった。

 夫婦でお世話になった我々が持っていったのは、大阪から持ち運んだ一般用タコヤキ機器と、メリケン粉を溶かした容器を入れる「じょうろ」、タコピンくらいのもの。タコ以外の材料のほとんどは、住岡さん宅での調達だった。

 実際にタコヤキをやったのは、記念式典も終ってのんびりし、サンパウロに帰るという前日。それも本当におやつ程度のものだった。

 というのは、ファゼンデイロ(大農場主)の住岡さんのところでは毎日のように、地名と同じ「ドゥラード」と呼ばれる黄金色の川魚、肉類や家の周りにある家庭菜園で採れた野菜類など、「これでもか」と言わんばかりのご馳走が振舞われた。それは、住岡さんの久富さんに対する友情の証であり、その恩恵を何もしない我々も被り、正直、タコヤキどころの騒ぎではなかったのだった。

 住岡さんは、若い頃に大工の修行もした経験があるらしく、手先がとても器用なのだ。これまでにも焼肉用の机や特大カキ氷機などを作っては、見せてくれていた。

 「店屋で見た」という特大のシュラスケイロ(ブラジル式焼肉機器)を参考に、大胆にもドラム缶で同じようなシュラスケイロを作ってしまったのだった。それを早速試すということで、移住地の近くにあるスーパーに2、30キロほどもある牛肉のコステイラ(アバラ肉)と豚のコステイラを買いに。

 巨大な肉の塊は一日冷凍庫で寝かされたあと、「今日、食(や)るか」という日に解凍。住岡さん自ら肉にたっぷりと塩やにんにくのエキスが入った調味料を擦り込む。肉があまりにデカイために、その作業だけに30分以上を費やす。と、その前にはすでに、ドラム缶シュラスケイロ内に炭火がつけられていた。

共栄(住岡さん).jpg
肉の塊が巨大シュラスケイロでゆっくりと焼かれる
 このドラム缶の大きな特徴は、日本のバーベキューのように、網の上で肉を焼くことも当然できるが、半円を描くようにスライドできるフタを閉めれば、蒸し焼きもできる。缶の両端には煙の調整弁まで作られてあり、プロ顔負けのシュラスケイロなのだ。

 特に、こんなにデカイ肉を焼くのには、弱火で何時間もかけて焼かなければならない。昼過ぎに焼き始めて、実際にあばら肉を食べることができたのは、夜になってからだった。その肉の美味いこと。滴(したた)り落ちるような脂身は甘く、肉そのものも柔らかい。この日、住岡さん宅には、移住地の仲間が詰めかけ、「こんなに食べてエエんかい」というような宴会となり、肉はあっと言う間になくなった。ビールもしこたま腹に収め、誰もが「ヨは満足じゃ」の気分となったのだった。

 その翌日だったか、「おー、松本くんよ、そろそろ、そのタコヤキっちゅうもんを食べさせてくれや」と住岡さん。圧倒的な肉攻撃を受けて、出番の無かったタコヤキがようやく、陽の目を見ることになったのだった。

 と言ってもタコヤキそのものを焼いたのは、わずかに1面で24個だけ作れる家庭用機器で4、5面ほど。

 額に汗してタコヤキを焼いていると住岡さんが、「おー、もう焼かんでええから、こっち来て一緒に飲まんか」との優しい声により、焼くのを中断したからであった。住岡さんの親戚たちも喜んでくれたが、今回はタコヤキどころではなかったというのが、正直の気持ち。

 特大のドラム缶型シュラスケイロは、住岡さんの気持ちで久富さんにプレゼントされ、サンパウロまで持ち運ばれたのだった。

 ちなみに、記念式典の日に我々と合流した気の合う仲間で、世界を放浪するバイク野郎の上田和由くん(通称:ワユー、サンパウロの日本語雑誌「ブンバ!」に旅行記を好評連載中)は、肉もタコヤキも食べて、すっかり住岡さんに気に入られ、その後も2、3週間を同地で過した。

 「共栄移住地」の心優しい人達との交わりが、タコヤキマンたちをまた一つ成長させたのだった。


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