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たこ焼きマンが行く
     たこ焼き「旅日記」  (最終更新日 : 2009/05/25)
「移民とたこ焼き」ジャカレイ篇 2 [全画像を表示]

「移民とたこ焼き」ジャカレイ篇 2 (2005/07/06)  2005年6月19日(日)快晴。

 たこ焼きマン、今回のメンバーは親分の笹井さんを筆頭に、1号、1号の嫁オオクボ、それとソグラ(義母)。地元ジャカレイで満を持して待機していた3号と3号の妻という6人の構成だ。

 当日、1号は笹井さんの車で午前8時前に東洋街で拾ってもらい、アジトにあらかじめ準備して置いていた道具を積み込んだあと、一路ジャカレイに向けて出発した。

 一方のオオクボとソグラは、今回の主役・岡村氏の車に便乗させてもらい、午前8時過ぎにサンパウロを出ている。

 事前に3号がインターネット上に通知していた「サイトマップ」を頼りに、笹井カーはズットラ街道をひた走る。約1時間半後の午前9時半前に無事、会場に到着。一時は会場前を行き過ぎるというハプニングもあったが、これまでの苦労に比べれば、大した問題ではない。会館ですでに準備を整えていた気合い充分の3号が笑っているのが見える。「いやー、ちょっと通り過ぎましてね」と苦笑いする1号。続いて岡村組も到着。我々はそれぞれに自分たちの仕事の準備を手際よく始めたのだった。

 メイアルーア会館は思っていた以上に広く、少し使い古された感はあるが、裏側には台所とともにシュラスケイラ(焼肉設備)もあるなど、会場としては申し分ない。ふと、脇を見ると、3号が用意したパステス屋さんなどで使用しているプロ用のガラス製保温器があるのが見える。聞けば、この日のために商売をしている親戚から借りてきたものだという。3号のこのイベントに賭ける思いの深さが分かる。

 実は、この日は実践されなかったのだが、事前に3号からの提案で焼き上がったたこ焼きを天ぷらのように「油で揚げてはどうか」との依頼が来ていた。たこ焼きという食べ物は、鉄板で焼いているうちは真ん丸いが、冷めるとシボんでしまうのが普通だ。熱いうちに「ハヒハヒ」言いながら口にするのが、たこ焼きの正しいあり方とも言えよう(そんな、大そうなもんやおまへんが)。
  
 これまでの各イベント参加では、ある程度、熱いうちにお客さんたちに買ってもらっていたから、冷めることをそれほど問題にする必要はなかった。しかし、今回のイベントは岡村氏の上映会の後に、参加者に一挙に大量のたこ焼きを振舞わなければならない。3号にしてみれば、本人の本拠地でもあるジャカレイで「何や、たこ焼きてエラそうに言うとるけど、この程度のもんかえ」と参加者から罵倒されることを極度に恐れていた。また、「どうだ。まいったか!これが、たこ焼きでい!」とモーレツ・ア太郎のように江戸っ子弁でタンカを切りたかったのかもしれない(3号は東京都出身でございます)。

 いずれにせよ、冷めたたこ焼きを出すことが、職人肌の3号にとっては、我慢ならなかったのであろう。本番までの半月ほど前から、しきりに「天ぷら作戦」の練習をサンパウロでやりたがっていた。場所はもちろん、1号宅。しかし、1号の嫁からはOKの返事が出なかった。「今回の参加者の人達はほとんどが一世なんでしょ。それなら、油ギトギトのたこ焼き天ぷらより、そのままのたこ焼きの方が絶対喜ばれるよ」とのオオクボの一声に、1号は3号の説得にかかり、我々の作戦は結局、実行されないまま月日が過ぎたのだった。

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これが必殺のプロご用達の保温器だ!
 そこで登場したのが、保温器だった。3号の「何があっても絶対に、このイベントは成功させなければならない」という執念が、炎のように燃えていた。

 前置きが長くなりましたが、本筋に戻りますと、岡村氏は早速、ビデオ上映の邪魔となる会場の明るさを覆うために、約3m×2mにもおよぶ複数の窓に3号が事前に購入した黒いビニールシートをかぶせ、ガムテーブルでとめる作業を黙々と行っている。それを見たソグラが手伝っているのが見える。ハシゴを使っての作業に、一人では大変な労力が必要とされる。

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初写真展を嬉しがる1号
 写真展の方は、台紙に写真とキャプションを貼り付ける作業をオオクボに依頼し、1号はタコヤキの粉を溶く作業を進めるべく、用意してきた専用バケツに水を入れた。と、床を見ると、何やら思った以上に濡れている。「ハテ、そんなに水をこぼしたかいな?」と思ってバケツを見ると、その元凶は明らかにバケツにあった。「もしや!」と思ったことが的中した。何と、バケツの底から水がチビチビと漏れとるやおまへんか。中の水を捨てて、底を改めて見ると、中央部分に2センチほどの亀裂が走っていた。しかし、重症ではなかった。すかさず、笹井さんが機転を利かしてバケツの外側と内側から二重に日本製ガムテープを張り、何とか事なきを得た。メリケンを溶いた粉はかき混ぜないと、下に沈殿することも穴を塞ぐ意味で役立った。

 一段落して、「皆さん、朝食でもどうぞ」と3号の心有る配慮に一同、会場の椅子に腰掛けて、モルタンデーラ(ハム)を挟んだパンにかじりつく。と、表から何やらモクモクと煙が立ち込めているのが見えた。
 
 「ヤバイ!」―。
 
 笹井さんが慌てて会場裏に走った。久々に使う鉄板を油に馴染ませるために、鉄板を空焼きしていたのだったが、少々焼き過ぎた。火を消して、事無きを得ながら、再び会場でくつろいでいると、又もや煙が立ち込めた。

 「うーわッ!」―。

 笹井さんが再び走り、1号も鉄板のある方に出た。見ると、たこ焼き機器の下のダンボールから火が出ている。鉄板の急激な温度上昇により、引火したのだった。下手したら火事になる。慌てて消火活動を行なったが、ダンボールは黒焦げになっている。会館で借りた机を痛めないようと思った配慮が、裏目に出た。しかし、幸運だったのは、たこ焼き機器は焦げることもなく、異常も見当たらない(逢坂さん、安心してください)。一同、ホッと胸をなでおろす。

 「やれやれ、いつもハプニング続出ですな」と冷や汗をかきながらも、どうにかこうにかそれぞれの準備も終わり、いよいよ本番となった。

 午後1時からの上映を前に、会場にポツリポツリをお客さんたちが姿を現した。我々たこ焼きマンたちは、すでにたこ焼きを焼き始めている。
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手際よくたこ焼きを回すたこ焼きマンたち
油の馴染まない鉄板にメリケン溶き汁だけを入れての試し焼きを二回繰り返した後、鉄板はそれまでの悪戦苦闘が嘘のように、面白いようにクルクルとたこ焼きが回り始める。
 会場には、以前の取材でお世話になった方々も来ておられた。たこ焼きの合い間に挨拶。「おー、今日は取材ではないんか。アンタ、最近はウチの方には顔出さんな」と責められる。「今日は取材がメインやのうて、たこ焼きを焼くのが仕事なんですわ。まあ、後でドッサリとたこ焼き食ってください」と言いながら、焼き場へと戻る。

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緊張の色を隠し切れない3号(左端)
 お客さんが来て緊張気味の3号は「もう、何でもいいですから、ドンドン焼いてください」と指示を出す。この日の参加予定者は50人強と聞いている。一人が10個食べたとしても、全部で500個。3号からは「当日券が増えるかもしれなので、1000個は焼いてください」と指示されていた。そこで1号が心の隅で思ったのは、「タコ、足りるかいな?」ということだった。「まあ、今さら考えても、しゃあない」と鉄板で踊るたこ焼きを見続けた。しかし、1号は笹井さんには「すみませんが、タコが足りなくなることも考えられるので、はじめは一個ずつ入れてください」と話し、暗黙の了解を取り付けていた。手先が器用な笹井さんは、メリケン溶き汁で満杯になった各穴に、手際よく見た目にも美しくタコを入れていく。このことが、3号から指示されていた大体の個数までは何とか、タコを切らさずに焼ける大きな要因となった。

 焼き上がったたこ焼きをドンドンと保温器の中に入れていく。逢坂さんから借りたプロ用機器は一面で28個(7×4)焼け、それが4面あるため、一回焼くと全部で112個出来上る。3号から「どんどん、焼いてください」という指示が出た時には、3、4回目が焼き終っていた。まだ、岡村氏のビデオ上映前だった。数にしてすでに、300~400個以上となっている。タコを見ると、まだ3分の2は残っている。「よっしゃ、この分やと、タコは問題ないで」と1号は心の中で安堵感に浸っていたのだった。

 岡村氏のビデオ上映時間は1時間47分。まだ、たこ焼きを振舞うまで、2時間近い時間がある。笹井さんが、「まだ早すぎる、ちょっと、休憩しようや」と会場内での上映とは別に、ビールを飲む。我々たこ焼きマンの中にすでに、勝利宣言が漂い始めていた。ところがである。人間の食欲の恐ろしさというものを我々は後になって、嫌というほど思い知らされることになろうとは・・・。ガビーーン!
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ジャカレイの人々に岡村さんトークが炸裂

 上映が終わり、会場では参加者と岡村さんとのトークが行われている。たこ焼きはすでに、800個ほど焼いていると思われた。同時並行して、3号から「GO!」サインが出た。いよいよ、我々たこ焼きマンにとっての真価が問われる時が来たのだった。保温器で温めていたたこ焼きを、オオクボや3号の妻に手伝ってもらい、会場後ろの席上にバンバン出していく。岡村さんトークも終ったらしく、会場はざわつき始めている。と、なぜか焼き場に人が数人集まってくる。「たこ焼きいうのは、やっぱり熱くないと旨ないで」と言いながら、焼き立てのたこ焼きをつまんでいく。

 それでも会場に保温器から取り出したたこ焼きを持っていくと、「こっちにも、ちょうだい」と言われ、アッという間に無くなっていくのが見える。
 
 「こら、1000個でも足らんで」と思い出したのは、焼き立てを含めて、たこ焼きを運んでも運んでも参加者たちの食欲が衰えなかったことだ。「たこ焼きはオヤツ(オヤジやおまへんで)みたいなもんやけど、一人で10個も食ったら腹いっぱいになるやろ」と思っていた1号は、ジャカレイの人々の食欲に脱帽せざるを得なかったのだった。「やはり、移民で鍛えた胃袋はタダもんやないで」と思いながら、最後のたこ焼きを持っていた際には、まだ足りなさそうにしている皆さんに申し訳なく、「すんませんけど、これで最後なんですわ」と言いながら深々と頭を垂れたのだった。

 たこ焼きも完全に無くなり、三々五々人気(ひとけ)が少なくなりだした中で、ひときわ盛り上がっているのは、「金曜会」の池田さんたちと主役の岡村さんがいるテーブルだ。上映会の成功に、岡村さんはジャカレイの人々との熱い話が弾む。タダならぬ感動が、岡村さんたちを心地良い、酔いへと誘っていたようだ。3号はイベントの成功そのものよりも、無事終了したことに緊張感を解かれ、ホッとしたのかも知れない。

 笹井さんと1号は、後片付けとサンパウロのアジトに道具を持ち帰るために、長居はできない。暗くなる前にサンパウロに着きたいというのが、車を運転する立場の笹井さんの心情だ。1号は道具を積んだために二人しか乗れない笹井さんカーに乗り込むや、家内のオオクボとソグラを、酔いが回り更に饒舌となった岡村さんに任せ、岡村さんカーの無事を祈りながら逸早くジャカレイを後にしたのだった。

 その後、無事サンパウロに帰還したオオクボとソグラに聞いた話では、「帰りの車は生きた心地がせず、岡村さんが寝ないように、有ること無いこと話し続けた」ということだった。

 岡村さんと我々たこ焼きマンの初めての共同イベントは無事終了したが、上映会はまだまだこれからも継続されるに違いない。ジャカレイと周辺地域の皆様のご協力、本当にありがとうございました。♪ヘーッドラーイト、テールラーーイト、旅はーまだ終らーないーー・・・(中島みゆき、プロジェクトX・エンディングテーマ曲より)

[今日の教訓]
 たこ焼き機器の下には、燃えるものを置かないこと。タコを買う時は、しっかりと目方を見ること。移民の胃袋を侮らないこと。
 

  

 


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