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たこ焼きマンが行く
     番外「ダンゴでビンゴ!」  (最終更新日 : 2006/07/26)
準備篇 [全画像を表示]

準備篇 (2005/11/20)  以前、タコヤキをやらせてもらった老人クラブ連合会主催のビンゴ大会(サンパウロ老ク連篇参照)用に、事務局から「(イベントを盛り上げるために)また何か食べ物を作ってほしい」と依頼されていた。「みたらしダンゴ(団子)でもやってみますか」との1号の安請け合いにより、またもや家族を巻き込み、05年11月19日(土)に同連合会本部サロンでの白熱するビンゴ大会に出店した。大したダンゴー(談合)を重ねることもなく、初めてのダンゴ大量生産に戸惑い、相変わらず準備段階からのハプニングも発生。我々を待っていた結果とは・・・。

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公の場所で初の「みたらしダンゴ」に挑戦
 公の場所で「みたらしダンゴ」をやることになった背景には、1号の嫁はんが家で自分たちが食べるためにダンゴをつくり、割合とうまく出来上がったために日頃お世話になっている老ク連事務局の上原さんと金藤さんに試食してもらったことがあった。

 「まあ、美味しいじゃない!」という上原さんたちの言葉を真に受けて喜んだ嫁はんは、そのことを1号に伝えていた。その後、ビンゴ大会用に出店依頼を受けた1号は「(移民でブラジルに渡った)お年寄りたちは、タコヤキよりもダンゴの方が馴染みがあるかも」との事務局側の言葉に、「それでは・・」と、冒頭の言葉を返したのだった。
 
 本番の数週間前には、「屋台祭り」という日系社会のイベントに京都クラブが「みたらしダンゴ」を販売すると聞いていたので、我々は事前調査がてら会場に足を運ぶ念の入れようだった。1号と違って抜かりの無い嫁はんとソグラは、客のフリをしてダンゴ談義に花を咲かせつつ京都クラブのスタッフから作り方のコツを密かに聞いていたのだった。

 大量生産が必要なため、「本番までに一回、予行演習する必要がある」と1号は口では言っていたが、結局何もせずじまい。本番が近づくにつれ「(みたらしダンゴをやるなどと)いらん事、言うてしもうた」と後悔の念にさいなまれる1号であった。

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【準備篇】 

 (2005年11月17日(木) 雨)

 雨が降る中を嫁はんとソグラが材料の買出しに。ダンゴ用の上新粉、もち米粉のほか、蜜(ミツ)の材料となる砂糖、しょう油、片栗粉などを持ち帰ってきた。

 「試作せんでエエんか」と1号は心配げに家族に申し出たが、嫁はんが「いいよ、ぶっつけ本番で」と、余裕とも投げやりともつかぬ態度でそう言った。

 それよりも当日用に何本のダンゴを作り、一本ナンボ(いくら)で売るのかが焦点となった。老ク連事務所からは事前に、当日の参加者は150人くらいだと聞いていた。
 
 「1人1本食べてもらったとしても、150本も作れば充分やで」(1号)

 前回のビンゴ大会で、現場を親分の笹井さんと3号(櫻田さん)に任せてその状況を聞いていた1号にとっては、当日の雰囲気が充分に理解できていたのだった。要するにビンゴに熱中するお年寄りたちにとっては、タコヤキやダンゴなどは二の次、三の次で、かと言って「無ければ寂しい」という存在だったのだ。しかし、依頼を受けた以上ベストを尽くすのが、業者(?)の心意気。「皆さんに喜んでいただければ」と我々「ダンゴ3親子(ダンゴ3兄弟のパクリか?)」は準備を続けたのだった。

 次に値段設定。値段が高いと買ってもらえないことは、これまでの経験で知っている。3個で1レアルにするか、5個で2レアルにするか迷った挙句、3個1レアル(串1本分)でやることに決めた。当初はタコヤキ風よろしく、ダンゴに串を刺さずに皿に入れて蜜をかけ、それを爪楊枝で食べてもらうことも考えたが、「皿に入れたら見た目がスカスカになって良くない」との意見で、結局、本来の「みたらしダンゴ」風にした。

 材料の必要分量も分かり、家族任せばかりで「言い出しっぺ」の責任を感じた1号は、さらにダンゴを焼く炭と串などを買いに最寄のスーパーへと向かったのだった。


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 (2005年11月18日(金) 曇り)

 午前10時半、老ク連世話役の内山さんと同連合会で待ち合わせた。ダンゴを炭で焼くためのシュラスケイロ(バーベキュー用品)をはじめ、タコヤキで使い余ったフタ付き皿などを取りに内山さんの自家用車でアジトへと向かう。

 内山さんに表で待ってもらい、久々にアジトの門をくぐった。シュラスケイロを探すが、4か月ほど前には置いてあったはずの場所にその姿は見えない。

 「アレ?無いぞ。どこにいったんやろう・・・」と1号は必死の形相で探すが、シュラスケイロはセットの金網ともども消えている。

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シュラスケイロが見当たらず、ガス火で焼くことに
 「おかしいな。ひょっとしたら、あまりの汚さでホラれた(捨てられた)んやろか」などと思ってみても無いものはどうしようもない。仕方がないので、アジトに置かせてもらっていた、皿、お持ち帰り用ビニール袋、折りたたみ机など必要とされる備品を持って表で待っている内山さんの車に詰め込む。

 ビンゴ大会が終了した後でアジト管理者のイワモトさんに聞いたところ、倉庫内に鍵をかけてしまってくれていたという。結局、1号の始末の悪さでシュラスケイロは使えなかったが、老ク連事務局に事情を説明し、同連合会の台所でガスを使用してダンゴを焼くことで話がまとまった。

 「まあ、何とかなるやろ」と1号は、今回も己の計画性の無さを嘆きながらも、ブラジル的エエ加減さで物事を乗り切ろうとしていたのだった。(つづく)

 
 

 


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