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続木善夫 / 私の科学的有機農業論
     無農薬栽培技術 2  (最終更新日 : 2009/07/26)
無農薬栽培技術 2

無農薬栽培技術 2 (2009/07/26)
生理的防除の理論.gif

1.代謝系を狂わせる要因
 この項では、前表ワク内のストレスやアンバランスについて説明する。

(1)栄養のアンバランス(施肥の誤り)
なぜ病虫害が発生するのかについての興味深い学説がある。これはすでに前述したが、フランスのパストール研究所のフランシス・シャブスー(故人)の唱えたトロフォビオーセ(Trofobiose)理論である。先ず害虫のエサは何かというところから始まるが、彼は昆虫のエサは汁液中の遊離アミノ酸であることを発見した。そして養分の欠乏や過剰、養分間のアンバランス(K/Ca/Mg間)によって、無機態チッソ→アミノ酸→蛋白、の合成がスムースにいかず、汁液中に遊離アミノ酸が増え、それをエサとする害虫が増えることを証明した。病害の場合もよく似ている。病原菌は遊離アミノ酸以外にアミド態チッソや水溶性多糖類も絶好のエサとしており、これらのエサが施肥の誤りや農薬散布のストレスで増加し、その結果病虫害が増えるのである、と多数の例をあげて説明している。筆者は、体験上この学説が正しいものであると信じている。 

➀チッソ肥料と病虫害
例 1:アラビカコーヒー
1993年。一人の農業技師をコーヒー専門のコンサルタントに仕立てるべく特訓中の頃である。
 その頃有名なコンサルタントの施肥設計は、チッソ施肥量が400~500kg/ha平均収量 は25袋(60kg/袋)/ha であった。優秀なコーヒー栽培農家の施肥量もほぼ同じであった、と記憶している。
それに対し筆者らの施肥量は収量30袋/haを目標とする場合、チッソ施肥量は120kg/haである。理論的にはコーヒー樹の吸収量から計算して、1袋当たりチッソ4kgで充分なのである。しかしこの量でこの収穫量を得るには、多くの吸収力の強い細根と、光合成能力の高進が必要である。そのために、後述の土壌改良剤リブミンと生理活性剤アミノンの施用、施肥前の土壌の化学的バランスの調整を必ず実施する。こうして、増収、高品質、無農薬のグルメコーヒーが得られるのである。
   400~500kg/haのチッソ量は、施肥量の多い野菜や落葉果樹のそれを上回るものであるが、なぜコーヒーにこのような異常な多チッソ栽培が普及したのであろうか?同じような多肥栽培は、日本でもバブル前の景気のよい時代に起こっていた。
   一つは、コーヒー豆の高値が続くと、ある点までは施肥量と純利益が連動するので、自然と多肥栽培となっていく。
もうひとつは、除草剤を常用し、化学肥料だけで栽培していると、短期間に地力が消耗し、収量が落ち始める。これを肥料不足と錯覚し、施肥量が増える。病虫害も徐々に増え農薬の量も増え始める。収量を落とさないために更に施肥量が多くする。あとは悪循環で、優秀といわれる農家でも遂にチッソ施肥量が400kg/haを越えてしまった。
   筆者はこの裏には、農業の基本原理を忘れたのか無視したのか、農薬と化学肥料の販売に狂奔した農協、資材販売店、農業技師も大いに責任がある、と考えている。  
この頃、1993年は世界的なコーヒーの生産過剰で、生豆価格は1袋60kgが43ドルまで下がってしまった。コスト高と価格低迷による経済的な圧迫もあり、さすがにこの馬鹿げた施肥の間違いに気付いたのか、施肥量は大分是正されたが、病虫害発生の原因がどこにあるのか、いまだに正確に理解されていないのが現状であろう。
   また吸収量の2倍以上のチッソの施肥は、昆虫のエサである葉の汁液中の遊離アミノ酸の量を増やし、防除困難な大型のハモグリ蛾(Perileucoptera coffeella)の発生を招き、葉面撒布の殺虫剤では効果がなく、根から吸収させる強力な浸透性殺虫剤のThemicやBaydistonを使わないと満足な駆除ができない状態となる。
  ハモグリ蛾の多発農園でも、3点技術を実施すると、ダブついた無機態チッソや遊離アミノ酸が蛋白に合成され、エサが無くなって害虫が激減し、無農薬での栽培が可能となる。
   こうして、ハモグリ蛾やサビ病の大発生園でも3点パッケージの実施で大量の農薬施用園から無農薬の園に、且つ収量品質も大きく回復できた大農園の成功例を数多く作ることが出来た。
  
  例 2 :チッソ施肥量とトマトエキ病の発生率
  現代農業10/03月号に興味ある試験結果が発表されている。
チッソ施肥量.jpg
     
水口文夫氏は、施肥量を10kg/10aに減らすと、病害は顕著に減るが、収量はそれほど減らないと報告している。
 筆者はブラジルでも、草勢の良い春作は、秋作の施肥量の半分にすると病害はほとんど現れず、収量もたいして落ちないことを長年経験している。

 チッソ過剰が病害発生を助長するのも、原理的には害虫の場合とよく似ている。未消化チッソや遊離アミノ酸、アミド態チッソなどは病原菌の絶好のエサとなる。昆虫は無機態チッソを摂取し栄養とする能力はないが、微生物特に細菌類には直接無機態チッソを栄養として利用できる種類が多い。
イネのイモチ病を始め、多くの病害がチッソの施肥量と極めて深い関係があることを理解し、多チッソ栽培を避けるよう心がけていただきたい。
対策としては、①病害虫のエサをなくし、②蛋白と同時にデンプン含量を高めて軟弱な葉を丈夫にし、③植物の静的動的抵抗力(奥八郎-病原性とは何か:発病の仕組みと作物の抵抗性)を高めることである。そのためには、光合成の促進が最も効果的と思われる。余剰の未消化チッソを光合成でできたブドウ糖と合成して蛋白を作り、植物組織も丈夫なものとなる。そのための高度技術として、光合成能力を驚異的に高めるのが生理活性剤アミノンである。これは、余剰チッソの問題を解決するもっとも有力な武器だといえる。

➁他の多量要素と防虫害
 他の栄養素の欠乏症については数多くの研究があるが,施肥が過剰の場合に生ずる病虫害との関係の研究はどれほどあるのか、筆者は知らない。筆者の50年の農業体験からいうと、通常の施肥ではリン酸やカリ、イオウなど、また石灰や苦土など、まちがって2~3倍施用した場合でも、そのためにチッソ過剰のように病虫害が発生したという例を経験したことがない。
 ところが欠乏症と病虫害との関係の研究はかなりある。
 この分野では世界の第一人者であるフランシス・シャブス-は「作物の健康」(中村英司訳)のなかで次のように述べている。
・ リン酸肥料は、チッソ肥料とは反対にヴィルス病にたいして植物側に有利に働く。糸状菌の場合にも抵抗力を高める。
・ カリは、土壌に与えても葉面撒布をしても、植物の抵抗性を高めることが多い。カリ欠乏になると、植物組織の中に還元糖や可溶性のチッソ化合物、とりわけアスパラギン、グルタミンなどのアミノ酸の含量が高まってくる。これらはすべて寄生者の必須養分である。
・ カルシウムも植物の抵抗性にとって重要である。古くはシーア(1875年)が、カルシウム欠乏による病気の名を30種近くもあげている。それらは生長点部の細胞分裂が抑制されるネクローシス(壊死)によるものである。
・ マグネシウムは葉緑素の構成要素であり、糖質の分解・合成のサイクルにも関係している。
・ カルシウムとマグネシウムのバランスは蛋白質合成過程の代謝に対して強い影響力がある、という点はきわめて重要である。
・ シャブスーは微量要素についても多数の研究者の研究結果を述べている。
 シャブスーが重視し、強調しているのは、これらの栄養素の植物体内での量とバランスが代謝のなかでも蛋白質の合成に大きな影響をもたらし、体内にたまった遊離アミノ酸や可溶性糖質が病害虫のエサとなり、病虫害を招くという点である。一般には「栄養関係説またはトロフォビオ-ゼ理論」として理解されていると思う。
 
「現代農業」10/03号では、石灰の施用で予防できる病気として、きゅうり、スイカのツルワレ病、トマト、ゴボウの萎凋病。ラッカセイ、トマト、ピーマンなどの白絹病、サクランボの灰星病、などをあげているが、その多くは筆者も経験している。
そして、組織が弱くて発生する石灰型の病気として、灰色カビ病、葉枯病、葉焼病、などをあげている。
また、スタミナ不足で出る苦土型の病気として、葉カビ病、ウドンコ病などをあげている。
 筆者の体験では、圧倒的に多いのが施肥過剰。ハウス栽培では栽培を重ねるごとに前作の残りの肥料が蓄積されてくる。CEも2を越え、うねの上や肩が塩を撒いたように白い粉が浮き出てくる。こうなると植物の根は濃度障害を受け、蛋白や糖の合成など、代謝系がスムースに働かなくなり、土壌病害菌だけではなく、地上部のあらゆる病害虫に対する抵抗力が失われてしまうのである。
 露地栽培でも、穀類などの大農型作物を除いては、多肥栽培となりやすい。こうした作物では、病虫害の発生は施肥の影響を受けやすく、「生理的防除」の3点技術の1点として、
施肥の量とバランスと時期を重視する「施肥の精密設計」が必要となってくる。

➂微量要素と病虫害
 生体内の蛋白、澱粉、其の他すべての物質の、合成や分解の生化学反応は数万と言われる酵素によって行われている。
 酵素活性には、微量要素が欠かせない。微量要素には、酵素そのものの構成物質となっているものと、外にあって酵素を活性化する助酵素がある。前者には、銅,鉄、亜鉛、モリブデンがあり、後者はマンガンホウ素、塩素である。
 これらが欠乏すると葉に欠乏症状となって現れる前に病害虫の発現となる。
 F.シャブスーは、微量要素が蛋白の合成に深く関与しており、その不足によってアミノ酸の蛋白への同化が停滞し、それが病虫害を招くと述べている。
 実際には、葉に欠乏症が見られず、どの病気がどの微量要素の欠乏と関係があるのか分からないので、複合微量要素を葉面撒布して対処することが多い。
 筆者も真夏のニンジン栽培の黒はがれ病対策試験で、微量要素の複合剤を数回撒布したところ、見事に発病を抑え、収量も30%の差がでて驚いた経験がある。

(2)土壌のアンバランス
 ➀物理的アンバランス‐土壌構造の悪化
 筆者は1953年から約10年間、原始林から伐採後40年までの耕作地土壌が散在する砂土~砂壌土の亜熱帯地域で、ワタ、ラッカセイ、トウモロコシなどの生育を、かけだしの土壌専門家、営農指導員として観察する貴重な機会に恵まれた。
 腐植含量は4~5%と高いが、他の化学成分は成分はカリを除いて驚くほど低い。伐採直後は一抱えもある大木の株が点在し、7~8年経っても馬耕もできない、無耕起栽培である。細い木株を毎年抜き、10年くらい経って馬耕ができるようになる。20年ほどして、過燐酸石灰の施肥が始まり、30年ほどで3要素の化学肥料を使うようになった、と記憶している。20年間無肥料で栽培されたいたのである。伐採後10年、無耕起時代の生育のすばらしさは、いまだに眼底に焼きついていて鮮明に思い出せるほどである。
 当時、勤務する農協に土壌分析ラボを作り、伐採度10年~40年の土の化学分析結果を比較したことがある。新地は肥料を施用する30年以上の古地に比べて、N,P,Kなどの化学成分はずっと低いのだが、病害虫が少なく生育ははるかに良い。
 この化学成分だけでは説明できない大きな差は、分析結果の差が示す腐植の効用と考えてきたが、もうひとつ大きな差があった。
 それは物理性である。新地はどんな大雨でもすぐに土中に吸い込まれ地表に雨水のたまることが無い。つまり、透水性・通気性が抜群なのである。
 原始林の多種多様の植物の根で長年かかって作られた土壌構造は、人間が決して作り得ない、植物に一番よいかたちの通気・透水性になっているに違いない。従って、原始林伐採後馬耕が始まるまでの無耕起時代と異なり、馬耕からさらにトラクター時代と進むにつれ、最良の通気・透水性を保つ物理的構造は失われ、等高線を作らなければ4%の緩傾斜地でも土の流亡は防げないようになる。
 長年耕作された耕地の土を見てみよう。
 土壌の粘土は分散し、団粒組織は失われ、通気・透水性が悪くなる。特に有機物含量の低い畑では、通気性が悪く、根は酸素不足の状態となっている。植物の養水分の吸収システムは、地上から送られてくる糖分を根から吸った酸素で分解、生成した吸収エネルギーを使って吸い上げるのである。
 養分のなかでもチッソやカリなどは吸収されやすいが、リン酸、カルシウム、マグネシウムや微量要素など、通気・透水性が悪いと吸収エネルギ-が不足するため、たっぷり施肥されていても養分欠乏を起こしやすい。
しかも土壌には過剰になるほど余っている。
 一例をあげると、モモの樹脂病。幹の樹皮からヤニの出るこの生理病は、石灰不足といわれるが、いくら石灰を土に施用しても直らない。ところが腐植酸石灰塩の少量施肥で一年を待たず、回復する。
 ブドウのトラ葉。土壌にマグネシウムの適量があっても欠乏症の出る代表的な例であるが、たいていの場合、同様の処理で数ヶ月以内に欠乏症状が消える。
 ウメは多肥栽培の落葉果樹である。W県で70点の土壌分析結果をみせてもらったことがある。70%近くが塩基飽和度100%以上であった。人間にたとえれば、胃袋一杯どころか、のど元まで食べ物をつめこまれた状態である。濃度障害で根が弱り、衰弱症状を示す生理病が広がり、収量品質が低下し、病虫害が多発するのも当然である。通気・透水性の大切さに気付かず、土壌養分や肥料にだけ気を取られていると、このような事態を招く。
 筆者は、化学的にはやせ地といえる通気・透水性抜群の新地と、化学的には極めてリッチな現在の耕地を比べた場合、作物の健康度や生産性において前者がはるかに優り、肥料では補えない自然の作り出していた土の力には驚嘆せざるを得ないのである。
以上の説明から、施肥以前の土壌管理で最も重要な技術の一つが、養分吸収のエネルギーを高めるための通気・透水性の改善であることが理解できると思う。農協や農家レベルではこの点が軽視されていて、施肥に頼りすぎ、土壌のアンバランスを招いている場合が極めて多い。
結論として、土壌のバランスで最も重視されなければならないのは、通気・透水性
であることを強調しておこう。
➁微生物相のアンバランス
上記の化学的には非常にやせた熱帯~亜熱帯新地の高生産性と健康は、微生物の活性度に依存するところが極めて大きい。
土中には通常1グラム当たり1億以上の微生物がいると言われている。作物生産に有効にはたらく有効微生物もいれば、発病すれば病原菌といわれる悪玉微生物もいる。病原菌の繁殖を抑える有効微生物が圧倒的に多く、病原菌が少なければ発病はしない。ただし、植物体自体も抵抗力のある健康体でなければならないが。
この微生物バランスは、有効微生物の繁殖条件として、通気性・保水性の良い土で、好ましいエサ(有機物)が常時供給されることで保たれる。
共生微生物は土中のミネラル養分を取り入れて植物に供給し、植物が光合成で作った糖分やアミノ酸などをもらう。これらの働きは根の機能と代謝系の働きに影響する。土壌分析での化学性ではやせ地といえる原始林伐採後20年の無肥料耕地の作物の生育をみていると、自然が作り出したこのすばらしい共生関係に感動するのである。
 また、拮抗微生物は、多種類の病原菌の攻撃から植物の根を守ってくれる。いつもこれらの善玉微生物が活発に活動できる土壌環境であれば、土壌病原菌は抑えられ病害は起こらない。筆者の30年を越えた野菜の有機栽培農場は、一ヶ月も休閑せず栽培しているが、初期にはたまに部分的に発生した病害も被害はゼロに等しい状態となっている。
 ➂化学的アンバランス
 日本でもブラジルでも新しい耕地はアンバランスが大きく、カルシウム不足による強酸性土壌やリン酸不足の土が多い。新地では苦土石灰で酸度を矯正し、出来ればリン酸の含有量レベルも引き上げる。こうした簡単な土壌改良をしたあとは、作物別の吸収量の応じた施肥設計で、適期施肥をすれば栄養問題は事足りる。前述のように粘質の土壌では、むしろ通気・透水性に留意せねばならないが。
それに比べ古い既耕地では栄養的には各成分含量が高い畑が多い。ハウス栽培や露地野菜、落葉果樹でも、残肥が溜まって土壌中の塩基が過剰になっている畑が少なくない。
日本のハウス栽培では塩基飽和度が100%を越えている畑が多いのではないだろうか? 
ハウスでは土の表面に白い粉が吹き出てくるのですぐ分かる。簡単にいうと、根が塩漬けになったようなものである。これでは養分も水分も吸収できず、光合成もスムースに進まない。
健全な作物は養水分の吸収が盛んなため自然と潅水量も多くなるが、吸水力が低くて潅水量が少なくなる畑は要注意である。メロンやキュウリ、トマトやピーマン、花などのハウス栽培に多い。このような畑では、どんなに手をつくしても病害を防ぐことはできないし、できたとしても品質収量は悪く、膨大な農薬経費が掛かることになる。
 萎凋病や青枯れ病を除く土壌病害の殆んどは濃度障害が原因と考えてよい。
最近は、土壌分析をして各成分の量やバランスをしらべるのが常識となっている。ブラジルのように殆んど全部の成分が低いやせ地では、微量要素まで含めて土壌分析をし、土壌改良と施肥設計をするのが、大型農業や良識ある農家の常識となりつつある。土壌分析の専門ラボでは微量要素も含めて分析するのが普通である。
 多肥栽培の作物では、特に土壌分析をして塩基飽和度やECをチェックし、過剰障害を事前に防がねばならない。具体的な方法は後述する。
 また作物の健康管理には陽イオン間のバランスも重要である。
K/Mg比、K/Ca比、Mg/Ca比、などのバランスが崩れると、拮抗作用によって一方の養分が吸収されなくなる。結果的に、新陳代謝に狂いを生じ、病虫害の発生を招くことになる。
微量要素間にも同じ問題がある。
病虫害防除を念頭においた栄養素の土壌中の含有量とバランスについては、多量要素、微量要素とも、後述する。

(3)農薬ストレス
 農薬の撒布によって植物の新陳代謝に狂いが生じ、病虫害の発生を助長することは余り知られていない。筆者もこの問題については殆んど無知に近かった。農薬については、バイエル社で現場の技師をしていた時は、レバークーゼンの本社でも勉強をさせてもらったが、農薬が植物生理に影響を及ぼし、病害虫の増殖を助けることは教えられなかった。昔からよく知られているのは、BHCやDDTなどの殺虫剤、或いは殺菌剤を撒布するとダニやカイガラムシが急増することである。
この現象の説明には、ダニやアブラムシ、カイガラムシはBHCやDDTに抵抗力があり、一方BHCやDDTは天敵昆虫を殺す、また多くの殺菌剤はカイガラムシの天敵微生物を殺す、という天敵説の考えが一般的であった。
 これに対し、トロフォビオーゼ(Trophobiose)理論の提唱者であるF・シャブスーは、全く異なった視点から農薬散布による病虫害の増発を説明している。そして「寄生者(病害虫)は宿主である植物が提供する栄養分の性質に応じて、その植物と関係を持つ。農薬のこの影響は、タンパク質の合成と分解とのバランスという視点のもとで考えねばならない。このバランスは種々の寄生者に対する植物の抵抗性を決める基準となるものだからである」「植物体内でのタンパク質合成の強まりが、その抵抗性を高めることになる。それと関連して、植物の寄生者への感受性はタンパク質分解が優先している生理状態と結びついている」「農薬によって体内生理に変化が生じた植物と、その寄生者に対する感受性の関係を明らかにする以上の結果は、寄生者のもつ潜在能力を強める効果による増殖と、農薬に対して寄生者がもつとされる“抵抗性”とを混同してはならないことを教えてくれる。しかし、この混同は広く一般におこっている。」と述べている(「 」内はF.シャブスー著中村英司訳作物の健康より抜粋)。
 トロホビオーゼ理論を分かり易く要約すると、農薬が植物生理に影響を及ぼした場合、新陳代謝に狂いを生じ、蛋白合成が進まないか或いは蛋白が分解するか、その結果としてアミノ酸やアミド態チッソが汁液中の増えてくる。糖類も同様に澱粉への合成が進まず、汁液中の可溶性糖類が増えてくる。これらは、昆虫や微生物の絶好のエサとなり、増殖して植物の抵抗性が失われるのである。合成と分解のバランスによるこれらのエサの増減で、抵抗性の強弱も決まる。
 同氏は著書の中で、多くの殺虫剤、殺菌剤や除草剤、植物ホルモンの体内生理にもたらす変化を、多数の研究者の報告例をあげて説明している。
 筆者はブラジルの亜熱帯~熱帯で農薬を撒布すると、狙った病虫害は防除できても、他の病虫害が増える実例を、また逆に農薬を使わず新陳代謝を促進するだけで病虫害を防除した多数の実例を体験し観察してきた。実例の一部を紹介しよう。
〔例1〕ワタの省農薬栽培
ブラジルでは、ワタは発芽初期から収穫期までたえまなく種々の害虫に襲われる作物である。1950年代までは、殺虫剤ではDDT、BHC,パラチオンが主体であった。液剤は撒布に時間が掛かるので、大農園ではこれら3種の殺虫剤を混合した粉剤が主体であった。この頃はまだハダニがワタに致命的な損害をあたえることは少なかったが、アブラムシは撒布の回数が増えるほど増殖するようになった。1960年頃、やっとアブラムシの特効薬となった浸透性かつ選択性(アブラムシにしか効果がない)の殺虫剤メタシストックスが発売され、農薬界では発明したバイエル社の名を一層有名にした。
   この頃、バイエル社ではワタの害虫防除にアメリカから総合防除法を導入し、同社の技師であっら筆者も実地にワタ畑で実習に参加したことがある。各害虫の生態を勉強し、検索法を実習する。そして、各害虫の生息密度が被害をあたえるレベルの達した時、農薬の撒布をするのである。それでも、生育期間の6ヶ月の撒布回数は10回をこえていた。
そのご、従来の殺虫剤では死なないハダニが増殖し、ダニの特効薬が求められるようになった。
    世界の農薬会社はこぞってダニ剤の開発に乗り出し、次々と新農薬が発売された
が、2~3回の撒布でダニは抵抗力を獲得する。新ダニ剤の開発とダニの抵抗力の獲得はイタチゴッコのようにエスカレートして、基本的には解決にはならなかった。
    1987年頃、筆者は社長業のかたわら、農薬肥料のコンサルタントとしていくつかの大農園を指導していた。その一つにイギリス系の紡績会社の経営する700ha(ヘクタール)以上の大農園があった。農場の支配人は優秀な農業技師で筆者の考えに共鳴し、コーヒーは完全無農薬、ワタは害虫の発生密度に応じて農薬を撒布する総合防除法(BIL法)により、最低限の撒布にとどめることにした。それまでの経験から、コーヒーには自信があったが、ワタはあまり自信がなかった。これまでにワタの害虫にはバイエル社時代から28年の経験があり、殺虫剤なしでは栽培できない数少ない作物の一つであると考えていたからである。
ここ数年来BIL法を実施しているこの農園の撒布回数6~7回をどこまで下げられるかは未知数であった。ダニ剤がいらなくなるのは分かっていたが。
   それまでに筆者の開発した生理活性剤アミノンを、収量品質を良くするために定期撒布を5回すればダニ剤は要らなくなるという自信はもっていたが、最終的には一作の撒布回数が3~4回に収まれば上々と考えていた。
   収穫がすんでみると、撒布回数は驚いたことに0~1回であった。0~1回というのは、ワタ畑は200haほどの面積を10区画ほどに分けてあり、BIL法で害虫密度を調べると、最後まで農薬散布の必要の無かった区と1回撒布した区があったためである。その後も撒布回数は、天候の悪い年でも0~3回を越えることはなかった。
   ワタ栽培ではハダニは必ず繁殖する最も重要な害虫の一つであるが、栽培期間6ヶ月間にアミノンを5~8回撒布し、BIL法を実施すれば、ハダニだけでなく他の害虫密度も無農薬に近いまでに大きく下げられることが分かった。
   〔例2〕アラビカコーヒーの無農薬栽培
アラビカコーヒーが栽培されているブラジルのセラード地帯は地形が良く、大型収穫機による収穫が普及しており、除草剤の施用が不可欠といわれている。そのためか、この地帯のコーヒーには2大病虫害であるサビ病とハモグリ蛾もつきもので、防除はかかせず、農薬会社のドル箱地域である。
当地方の生産者や農協は、農薬散布なしにはコーヒーは取れないと思い込んでいる。
筆者らは、この地帯でも名の知られた大農園のコンサルタントを引き受けたことがある。初年度から農薬ゼロで出発したが被害もなく、2年度からは収量品質とも以前よりはるかによい農園に仕立て上げることができた。この実例を農協や大農場に紹介し、技術を使ってもらおうとしたが、遂に普及させることができなかった。もし無農薬で取れなかったらどうなるか、という心配が先にきて踏み切れないのである。
ブラジルでは、100ha以上のコーヒーの大農園で完全無農薬、収量はブラジルの平均値の3倍、1.800kg/ha、しかも品質も向上の実績を多くの大農場で実現し、「生理的防除の3点技術」の確かさを証明してきた。この事実の理論的説明は、無農薬と適正施肥により栄養アンバランスと農薬ストレスを解消し、更に光合成促進の高度技術のよって、シャブスーの唱える抵抗性の発現が大きかった、と考えられる。

筆者の経験では、農薬ストレスの中でも、永年作物では特に除草剤の影響が大きいと思う。
あるコーヒーの試験場での観察である。5年間機械除草のうねと除草剤連用の比較である。除草剤連用区の表土は硬くしまり、機械除草区に比べ地表が明らかに5~7cm低くなっていた。担当者の説明では、除草剤区はコーヒーの根量もはっきり劣っているとのこであった。
細根や毛細根が少ないだけでも養水分の吸収に影響がある。さらに土が硬くしまって通気・透水性が悪い状態では、吸収は一層悪くなり、植物生理の相当な影響がでると考えられる。
筆者が関係するコーヒーやオレンジ園で無農薬を指導する場合は、除草剤は止め、機械除草に切り替えるのが第一の条件である。除草剤を止めない限り、永年作物で完全無農薬を実現するのは難しいと思う。
除草剤と作物の病虫害のつながりについても、両者の関係に気付くことは少なく、筆者もそうであった。この関係の気付いたのは、トマトの農場であった。トマトの収穫を終え、その後畑をすき返したところ、一斉に禾本科雑草が生えてきた。この雑草はありふれたマルメラーダという草で肥沃地なら夏にはでこでも見かける雑草である。この雑草は青い麦の葉のように美しく、コーヒーやトマトとは大変相性がよく、草生栽培には歓迎したい草で、常に観察しているなじみ深い草である。ところが、この雑草の葉に病原性斑点病が大発生した。ここにはニンニクを植え付ける予定であったので、驚いて農場主に訊ねると、予想通りトマトに除草剤を使用していた。マルメラーダには絶対に病害を起こさないただの微生物のひとつが突然除草剤の残渣の影響で病原菌に変身したのである。
このような形で除草剤によって引き起こされる病害は数多くあると考えられる。
その一つは除草剤を使う大農場のマメ科作物に多い苗萎凋病である。病原菌は、Fusarium spp.で発芽直後の幼苗が侵される。これは、生理活性剤アミノンで立ち直れるが、詳細は筆者の「植物の治る力-生命エネルギー」を読んでいただきたい。
近年、昔は見られなかった穀類の苗萎凋病や立枯病、斑点性病害など、ただの微生物が病原菌に変身して特定病害となる例が多いが、これらは除草剤の連年施用で引き起こされている、と考えられる。

(4)気象的ストレス
適期に作物を植えても異状高温や異状低温に見舞われることがある。こういう時にはどうしても病虫害が発生しやすい。干ばつや多雨、過湿も大きなストレスとなる。特に、野菜では少しの高温や水不足、日照不足、多雨でも、養分吸収エネルギ-の低下による生理病や、今まで病原菌でなかったものが変身し、一作だけではあるが病害を起こすことがある。 
微気象の調整も重要な栽培技術と言える。たとえば、ブラジルでは真夏の直射日光が地表にあたると表土5cmの温度が45℃以上に上がる。これでは熱帯性作物であるオレンジといえども、根の働きが鈍ってしまい、新陳代謝が狂って病気や害虫発生の原因を作ってしまう。和歌山県のウメ試験場でも、清耕栽培のウメ園の表土は、45℃以上にあがる、ということであった。
敷き草や草生栽培がよいのはこの点にある。長期干ばつのとき、土中の水分を計ってみると草生栽培の方が水分が高い。この理由は、表土の水分が減ってくると、根の浅い雑草は気孔を閉じ葉からの蒸散は止まるが、地表の温度はより低く、それ以後の水分蒸発が清耕栽培よりも少なくなるため、と考えられる。同じ理由で、コ-ヒ-苗の新植では敷草をするかしないかで、1年目の生育量(茎葉と根の重さ)が2倍以上、防除では無農薬ですむか、農薬多用かと言う大きな差がでてくる。
畝を東西に植えるか南北に植えるかということも地表の微気象に大きく影響する。トマトのように株もとが裸の作物では、東西に植えて1日中真夏の強い太陽にさらされると地表の温度が上がりすぎ、根が高温障害のため働かなくなり、非特定病害までも多発する。

(5)物理的ストレス
栽培技術のミスでよく物理的ストレスが起こる。
一番多いのは中耕や除草で根を切ることである。夏の高温時、モモやワタ畑で中耕すると、途端にダニが大繁殖してしまう。
ピ-マンやナス、トマト、キュウリなど、鍬で除草すると萎ちょう病が一度に広がるが、その時、草を低く刈り取るだけにすると根を傷めず病気が広がらず、減収がさけられる。
有機栽培のブロッコリ-畑で1株だけアブラムシ虫がビッチリついており、抜いてみると根が農機具の刃で傷つけれれていた、などということがよくある。
 ブラジルにはハキリ蟻という面白い蟻がいる。頭についている大きなハサミで葉を体重以上の大きさに切り取り、巣に運ぶ。そして葉を培養基としてカビを繁殖させ、それを食べるのである。これは友人の研究者の話である。10本ほどあるミカンの木の1本だけに蟻が集中して葉を切るので、不思議に思いよく見ていると、数人の農園労働者が日陰で休息する時はいつもこの木の下であった。木の下の地面を調べると、はたして相当踏み固められた状態になっていた。彼の説明では、「通気・透水性が悪くなり、養水分の吸収が落ち、新陳代謝が悪くなってアミノ酸や可溶性糖類が溜まってくる。これはカビの絶好のエサであって増殖を助け、カビを食べる蟻にも好都合だ。蟻はこのことを知っていたのではないか」とのこと。勿論彼はシャブスーのトロフォビオーゼ理論を知っていた。
 普通よく見かけるのは、大型トラクターによる踏圧である。表土は耕耘で膨軟になるが、プラウのかからない下に硬い土層ができる。これも同じ原理で植物生理に影響を及ぼす。
 ほかにも人為的に土壌の物理性を悪化する場合があると思う。これらは養水分の吸収を阻害し、前述のように病虫害の発生に影響を及ぼすものである。

(6)その他
酸性雨による生理障害や、工場排水による灌漑水の汚染で作物が育たなくなった例も数多くある。汚染から無害の環境作りは人にも植物にも欠かせないものである。
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以上病虫害発生の原因である「代謝系の狂い」を起こさせるストレスやアンバランスを説明したが、それらのストレスをなくしアンバランスを調整しただけでは、高収量高品質を維持しながら無農薬またはそれに近い減農薬を実現するのは容易ではない。普通なみの収量や品質をめざすなら、ストレスをなくし土壌の矯正と適正な施肥で、相当な減農薬栽培が可能である。しかし、結実や養分貯蔵に莫大なエネルギ-の要る高収量を、無農薬~超減農薬で目指す場合は、従来の技術だけでは不十分である。慣行農法ではできなかった無農薬か超減農薬を実現しながら、高品質、高収量を維持し、更に低コストを目標とするのが、次の「生理的防除」に基づく新総合技術である。
大事なのは、新技術3点の前に、各種ストレスを押さえるために、慣行技術に基づく前述の生育6条件を最適にする栽培条件即ち環境作りがあり、その後に新技術が続く、という点である。
1. 環境つくり(光、温度、水、空気、養分、無害)
2. 光合成を高める高度技術
3. 土作りの高度技術と慣行技術
4. 施肥の精密設計
5. BIL法(病害虫発生密度に応じて農薬散布)の施行
この技術の詳細は後述するが、約50種類の栽培作物に、上記高度技術2点の個別効果及び全点を実施した総合効果の再現性は、きわめて高いものである。


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続木善夫 (岡村淳) :  
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