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宇江木リカルド作品集
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「花の碑」

「花の碑」 (2003/05/11)
表紙.jpg
「花の碑」 梗概

 この大河小説は、1937年、日本が当時支那といわれていた隣国に侵略しはじめた年に、ブラジルに移民した一家族を中心にして描いた稗史ともいうべき物語である。
 当時の日本人の大半は、皇国史観と軍国主義教育を徹底的に刷り込まれるとともに、特別高等警察や憲兵の監視の元に、恐怖政治のなかで、天佑神助、神州不滅、八紘一宇の侵略を聖戰と信じ込んでいたために、日本の敗戦を頑固に拒否し、日本戦勝のデマニュースに踊らされ、ブラジル国内において、「勝ち組」「敗け組」の両派に分かれ、同胞間での抗争の挙句、暗殺事件を起こし、1955年、ついにブラジル側官憲の介入によって鎮静されるまでを描いている。
 この小説は四部作で、第一部はコーヒー農園での一年間を四百字詰め原稿用紙に換算して三千枚余で描いたのが、この物語全体のプロローグになり、「花の碑」が描こうとしているブラジル日本移民社会の戦後の混乱「勝ち組」「敗け組」の抗争は第二部から始まり、これがおよそ九年間の話を三千余枚で描いているのと比べると、プロローグが非常に長すぎて読者を退屈させるだろうと思い、第一部を読まず、第二部から読んでも本テーマがわかるように構成してある。

「花の碑」 第一部「新移民の一農年」
[...ダウンロード: 「花の碑」 第一巻 (000102.zip: 146.134kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二巻 (000103.zip: 140.018kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第三巻 (000104.zip: 130.336kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第四巻 (000111.zip: 123.196kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第五巻 (000112.zip: 137.486kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第六巻 (000113.zip: 125.207kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第七巻 (000133.zip: 124.807kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第八巻 (000134.zip: 117.201kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第九巻 (000139.zip: 92.833kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十巻 (000150.zip: 136.9kb)]
「花の碑」 第二部「勝った敗けたの大騒動」
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十一巻 (000151.zip: 198.638kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十二巻 (000164.zip: 310.785kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十三巻 (000206.zip: 201.628kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十四巻 (000223.zip: 184.411kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十五巻 (000224.zip: 188.278kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十六巻 (000225.zip: 201.898kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十七巻 (000269.zip: 203.644kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十八巻 (000270.zip: 188.708kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第十九巻 (000271.zip: 197.015kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十巻 (000381.zip: 205.575kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十一巻 (000403.zip: 221.875kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十二巻 (000649.zip: 209.002kb)]
「花の碑」 第三部「柳子のウィタ・セクスアリス&櫻組挺身隊の顛末」
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十三巻 (000650.zip: 209.72kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十四巻 (000658.zip: 205.303kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十五巻 (000677.zip: 208.488kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十六巻 (000685.zip: 207.801kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十七巻 (000691.zip: 207.555kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十八巻 (000696.zip: 191.254kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第二十九巻 (000716.zip: 210.438kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第三十巻 (000720.zip: 206.327kb)]
[...ダウンロード: 「花の碑」 第三十一巻 (000722.zip: 209.785kb)]

作者のことば

 急遽変更。第一巻の巻末で、参考文献・資料などは、第一部の最終巻(第八号)の巻末で掲載すると書いたけれど、第一巻を読まれた方の要望があって、この第二巻に付録として載せることにしました。

 京都の画家林哲夫さんは、彼自身の絵画が誠実さと思想を緻密に塗りこめておられるように、私のような素人が創った小説でも、懇切丁寧に読んでくださり、気づかれたところを、ご指摘くださるので、私自身の能力の範囲内で、次の作品に、指摘された事柄を実行するようにしてきました。
今回も作品中の描写の不足と、登場人物の一覧表が必要なことなど、ほかにもいろいろ教えていただき、直ちに実行しています。

 コロニア文芸界で唯一人、小説を私情を交えず、客観的に読んでくださる伊那宏さんも、参考文献など、第一部の終り第八巻巻末掲載では遅すぎるだろうと言われたので、それは私自身も気になっていたのだから、お言葉に従うことにしました。ひねくれもんの私でも、正しいと想ったことには、素直なんです。
表紙裏に、書いてある説明に、ちょっと引っかかるもんがあるとも言われたので、まずここで弁明しておきます。

 「愚か者」という蔑視についてですけれど、これは、この小説を最後まで読んでもらうと理解してもらえると思いますが、けっして軽蔑して使っているのではありません。
 高木俊郎の「狂信」のなかでは、なんという愚かな者たちが、という俯瞰的なニュアンスがあったし、玉井禮一郎の「拝啓ブラジル大統領閣下」のなかでは、「偽勝ち組」という間違った捉え方をしていましたけれど、私はあれに反撥を覚え、そうやあれへん、愚かは愚かやけど、彼らが自発的に愚か者を演じたわけやない、彼らはその自覚がなくて、演じさせられたんや、思っていましたので、この小説を創るチャンスを与えてくれた安東守子さんに、ここで改めて感謝の意を表します。

 教育の恐ろしさ。いったん刷り込まれた思想の変換の難しさ。これがもっとも不幸な形で顕われたのが、ブラジルの日本人社会の、「勝ち組」という愚昧な集団でした。
「勝ち組」集団は、愚かものの集団には違いないのだから、他人から蔑視されてもしょうない、とは思います。
 その愚かさが、何を起因とするのかを書いたのが、この小説です。
この小説に登場する人物のなかで、知名度の高い人は別にして、特定のモデルはいない。すべて作者が、移民のなかの普遍的なかたちとして造形した人物です。
 そして、移民の歴史を、記録的に書かれているいわゆる正史を小説化したものではなく、書物に書かれている歴史の行間を読んで、庶民的感覚で判断し、語り継がれる稗史として書いたつもりです。

 まだ加筆修正中ですが、もう見切り発車をするしかなくなったと思い、校正の済んだものから発刊することにしました。
 手書きで下書きしたものを、ワープロ専用機で打ち始め、二台を壊した時点でコンピュータに換えて打ち込んだものが、四百字詰め原稿用紙にしてほぼ七千枚になり、これをまた一から全章加筆修正し終わったあとで出版するとなると、構想、下書き、印字におよそ十年かかった上に、また十年を費やさなければならなくなりそうだから、文学を通じての友人伊那宏氏が、こちらの年齢を勘案して、「幻の小説になりそうだね」と言ったことばが身に沁みて、よし、修正できたものから、それが完全なものでなくても出さんとしょうない、大まかなところでも、ブラジル移民の戦後の混乱が、どういうかたちで起こり、どういう結末を招いたかを、移民自身も知らないのだから、知ってもらいたい、と決心したからだった。
 移民自身がほんとうのことを知らないのは、ありのままを言うのを、個人的に恥ずかしいことだからという間違った考え方を持っていて、みんなが隠しているからであって、それを作者の説得によって、ぼつぼつ語り始めた安東守子さんの勇気を賞讃しなければならないと思う。

 凡その計算では、手作業製本に都合のいい枚数二百頁の本にして二十巻。だから、最終的に何枚になり、何巻の本になるのか、私にもわからないけれど、一年に二巻なら十年。眼を剥いて四巻出すにしても五年かかる。

 この長篇に限らず、私がいままで書いてきたものすべてが、「負」の側の話ばかりである。なぜなら、われわれ庶民は、常に歴史の「負」の側に立たされて生きてきたのだから。
「花の碑」のなかで踊らされている庶民も、愚か者の集団と軽蔑されてきた「勝ち組」という敗者なのである。「勝ち組」という名の敗者。
 私は、この話を聴いたとき、ぶるっ、と身震いしたほど、衝撃を覚えた。驚愕からではない。小説にするのに、これ以上のテーマはないという、感激によるものである。
 ブラジルに移民してきたものたちは、表向きには海外雄飛という健気な看板を掲げているだろうけれど、おおむね日本での生存競争による敗者の集団だ、といえるだろう。
 だから、運良く功成り名を遂げた少数者だけではなく、錯覚による成功者も、偽りの成功譚を書きたがる。ほとんどの自叙伝は、そういうものだと私は思っている。

 私が書くものは、すべて小説である。ここで、小説とは何ぞや、などと私が物知り顔に言う必要はないだろう。私の書くものは、すべてが敗者の物語である。といえば十分だと思う。
「勝ち組」とは何ぞや、の説明は手っ取り早くまとめて言っておく必要はあるだろう。戦争というものをゲームだと思っている世代のほうが多数を占める時代だし、これは南米大陸に棲息している日本人向けに書くものではなく、日本島に住んでいる日本人向けに書くのだから。
「勝ち組」とは、第二次大戦が日本の勝利で終った、と信じた人たちの集団をいう。
なぜそんなアホなことを信じたのかを書いたのが、この「花の碑」と題した長編小説である。

 ブラジルの日本人は、その当時、非常に情報量が少なく、世界の変化を知ることができなかった、というのが通説になっている。それは言い逃れでしかない。情報は豊富に入ってきたのだが、日本の敗戦を報せる新聞、ラジオ、手紙などを、これは敵の謀略だと言って、頑固に拒否したのだ。
この小説では、そんな「勝ち組」に紛れ込んでいった一移民家族を主人公にして描いているが、私は、この小説の主人公は「勝ち組」に関わっていた人たち全員だと思っている。
私は「勝ち組」を擁護しようと考えているのではない。
 はっきり言って、かつて私自身も「勝ち組」の人たちを、まだ日本に居たときにテレビで観て、なんと愚かな人たちなんだろう、と表層的に捉えて、冷笑したものの一人である。

 しかしその後、ブラジルに戦前移住してきた人たちとの接触が深くなるに従って、まてよ、これをただ軽蔑して見過ごしてしまっていいのだろうか、という疑問を持つようになり、「勝ち組」の真相を知るために、人の話に耳を傾け、これに関する書物を漁っているうちに、最後の勝ち組といわれる「桜組挺身隊」に加担していた、元臣道連盟機関紙だといわれた「昭和新聞」編集長だった人の妻、彼女自身も桜組挺身隊で活躍した安東守子さんとの交友が始まり、彼女が勝ち組に入っていたことを知り、あなたが勝ち組だったことは、個人的な恥辱ではない。あの事件を書かずして、ブラジル移民の歴史など在り得ない、という私の説得を納得して、訥々と語りはじめたことを根底において、小説の構想を練った。もちろん彼女も、彼女自身の恥を洗いざらい曝すことはできなかったはずだ。まだまだ隠している部分がある、と述懐を聴きながらわかった。しかし、それを追求するだけの残酷さは持ち合わせていなかった。
 だから安東守子さんの話を全面的に信用できるものとして、これが真相だ、などというつもりは毛頭ない。ほかの本や人の話と同じように、資料としてメモしたに過ぎない。その空白を埋めるためには、ほかの資料を漁り、他の人の話を聴いて、こちらが判断し、取捨選択するしかなかった。
 これからも、これが真相だ、というようなことは、おいおい出てくるだろう。それはそれでいいと思う。何が真相かなどは問題ではない。どうせ藪の中のことなのだから、一つのテーマでも、光を当てる角度によって、違って見えるのだし、それが小説の場合なら作者の解釈によって書かれていいのだ、と思っている。

 この小説は、あくまで私自身の思想を基盤にして、それを表現するために都合のいい人物を、私が作って踊らせた創作作品である。
 私自身が、満州とブラジルの、二度の移民を体験し、移民社会というものが、植民地政策の影響を受けて、特殊な人間を形成するようになる人間集団だということは、おおよそ把握していたので、移民の話が我田引水、自分史や自伝はほとんど自慢話で、鼻持ちならないものなのを、よく知っている。
 だから戦後、工業移民としてブラジルに移住してきて、日系コロニア社会を、感情を交えずに客観的に観察できたから、「勝ち組」と「認識派」のどちらにも味方せず、徹底的な冷淡さを駆使して、冷酷に描写することを常に意識して書いた。
 その客観的な態度から言えば、あの当時としては、「認識派」から愚か者集団だと蔑称された「勝ち組」の人たちのほうが、日本人の、天皇を神とし、神国日本の敗戦を信じなかったことのほうが、理念としては正しかったのだ、と惟うようになった。なぜなら、たとえ特高警察に監視されている恐怖政治下だったとしても、神州不滅が、国民の常識として、通用していたのだから。

 ブラジルに特高警察などいなかったのだが、特高機関を詐称する者はいた。
 そして、まだファシズムが横行していた当時としては、日本の敗戦を口にする「認識派」の指導者たちを暗殺するという行動に走ったものが正義であり、忠君愛国者だったのだ。
正義というものが、絶対的真理ではなく、敵味方双方に存在するものという認識に、彼らの理念が欠けていて、暗殺者こそ祖国にとっての愛国者であり、暗殺されたものを非国民、売国奴として天誅したその行為を、正義だと信じて疑わなかったのだ。

 日本にも三島由紀夫のような男が居たし、現在でも右翼団体や、ファシストの政治屋たちが、天皇制擁護を唱えているのだから、敗戦間もない時代に、祖国を遠く離れたブラジルで、日本の戦勝を信じるものがいても、不思議ではないし、愚か者と蔑視するもののほうが、識者と言う思いあがりがあったといえるのではないだろうか。

 とはいえ「勝ち組」の言動が、愚鈍頑迷であったことは否定できない。
 作者が住んでいる同じ町に、安東守子さん以外にも、日本の戦勝を信じていた人がいる。彼も神国日本を疑うことなく、日本からの大本営発表をラジオで聴取してきた勝ち組のひとりだった。

 彼はオーストラリアに肉親がいて、戦後さかんに日本の敗戦を手紙で知らせてくれた。彼は反撥しながらも、それを読んでいるうちに、徐々に日本の敗戦を信じるほうへ傾斜して行った。しかし、それを口に出来る日本人社会の情勢ではなかった。勇気を出して言えば、その夜のうちに暗殺されるかもしれないと思う不安には勝てなかった、と真摯に述懐された。

 日本の歴史のなかで培われてきた、全体主義的な性格には、画一的な答えしか受けつけない狭量さもあって、第三者の意見を聴く度量がないばかりか、唾棄し、村八分にする風習を生んだ。
 それが「勝ち組」と「認識派」の双方にあって、話し合いを不可能にした。日本人はガイジンに比して、議論することが下手だし、当時はブラジルにおいても、問答無用の偏見が強かったのだ。
 結果的に正しい判断をしたことになる「認識派」にも知識階級という驕りがあった。それが「勝ち組」の反撥をいっそう助長することになったのだといえる。
 あえて強弁すれば、平気で日本の敗戦を唱えた人たちに対して、私は疑惑を覚える。なぜならば、私自身が敗戦当時、まだ青春期にあったとは言え、日本の敗戦によって精神に異常をきたしたほどのショックを受け、その後の人生が歪つになってしまったのだから。

 その精神的に異常をきたした最大の原因は、明治政府以来の、政治的に国民を天皇教狂信者にするべく、徹底的に刷り込まれた皇国史観と軍国主義の教育によって、絶対的に信じていた権力体制が、日本の敗戦によって崩壊し、全てが虚偽だったと知った、精神的な地盤沈下に、自律神経を撹乱されたためだった。
 そういう精神的崩壊が、ブラジルの指導者層にいた「認識派」を自称する人たちには、起こらなかったのだろうか、と思ったのだ。懐疑主義に陥らなかったのか、と問いたいのだ。

 勝ち敗け騒動が鎮静したあと、あれは単なる日本が戦争に勝ったか敗けたかの争いではなかった。新旧の勢力争いだった、という人もいた。
 それは嘘だ、と私は思っている。実際に「勝ち組」だった人の言うことを、私も直接聴いている。
それは戦後、半世紀も経っている時期だったのだ。
彼は言った。「神国日本の敗戦を、私は今でも信じていません」と。
彼は、何十年ぶりかで日本に里帰りしたとき、日本の発展を目の当たりにして、敗戦国が、どうしてこれほど隆々たる繁栄を成し得るのか。
米国が卑劣な原子爆弾を使用するまでは、大本営発表の通り、連戦連勝だったのだ。

 畏くも天皇陛下が「忍び難きを忍べ」と終戦の詔勅を下されたのは、敵味方にこれ以上の戦死者を出さないようにという大御心からであったのだろう。
終戦後幾ばくもせずして、自国の繁栄を成し得たばかりか、七つの海を制圧した威光を以って、英米各国の植民地支配から、アジアの国々を、ぞくぞくと解放し、独立させ、かつての敵側経済までも援助する、道義ある日本の正義の勝利といわずして、なんというのか。故に大東亜共栄圏の建設は、実質的に成功したといえるだろう。

 ブラジルにおける勝った敗けたの醜い抗争は、明らかに思想戦であったのだ。敵の謀略に惑わされた自由享楽主義者に対する、我々「国体思想」を護持するものの闘いであったのである。
日本の民主主義は仮装である。
天皇陛下が国の象徴として、国民多数の崇拝を現在もなお得ているではないか。
 このように私に向かって語った某氏は、熱烈な愛国者であることを、今も誇りにしている男だった。
彼が話した内容は、戦後七年目の天長節奉賀特別号として「伯剌西爾時報」に掲載された『涯しなき思想旋風を衝いて』の受け売りなのは明白だったが、それを堅持している彼の思想は、間違いなく「勝ち組」全員が固持していた精神だった。
同じ意味のことを、「昭和新聞」も、一九五二年の天長節祝賀記念号に掲載している。

 この「花の碑」は、ドキュメンタリーではない。一個人の自分史でもない。一九三七年から一九五五年までの時代を背景にして生きたブラジルにおける日本人移民の生活の、虚実皮膜の一面を描いた小説である。
 小説であるからこそ、偏りのない典型として、普遍的な人物を配置し、行動させ得たと信じている。

 作者の姿勢は、日常的にも、あくまで権力体制への反抗であり、弾劾をすることである。この思想は時代が変わっても、変わることのない精神を基盤としていて、その上で小説を書いているつもりである。
 識者ぶった一部のものは、「勝ち組」の考え方を一律に、空疎なものと言い捨てるけれど、それはすでに存在する事実らしきものから、逆照射して言うことであって、彼ら「勝ち組」がどうして空疎な言辞を吐くようになったのか、とその原因と、歴史的行程を、究明することがない。いや、故意に言及することを避けているようなところがある。

 明治維新によって政権を勝ち得た田舎サムライたちが、拝み屋でしかなかった天皇を担ぎ出し、それを錦の御旗にして、皇国史観をでっち上げ、軍国日本を世界的レベルに引き上げるためには、恐怖政治によって、国民皆兵を強い、庶民を徹底的に洗脳しなければならなかったのだ。
 洗脳された国民は、天皇を世界の盟主として仰ぎ、ブラジルに移民して来ても、日本民族の優秀性を説き、出稼ぎ移民の常として、異国に同化することを拒んできた。
 戦後、日本の戦勝を信じた狂信者たちが、日本の敗戦を口にするものを天誅するために決起したのは、八紘一宇の精神によるものであり、神国日本の赤子として、とうぜんの行動だったのだ。
 いまは、ばかばかしくて、こんな話をまともには読めないだろう。そのばかばかしい行動は、彼ら自身の思想ではなかった。それを正義だと信じ込ませたのは、明治・大正・昭和を通じて教育した帝国主義を標榜していた政府だったのだ。
 そして、勝ち組騒動が一段落ついたとき、それまで日本への忠誠を強いられていたブラジルの二世たちに、戦後十年目にして精神的崩壊が起こり、それによる脱落感と、日本国と日本人に対する懐疑が発生したのだ。
 誰がこの思想的重症患者を治癒できるのか。誰がその責任を負うと言うのか。
 第二部以降に、その叫びを克明に描きたいと思っている。
 ある人が、「小説は嘘の作り話だから、信用できない。移民の自伝は真実を書いているから、感動を受ける」と言った。
 私の考え方は、まったく逆である。自伝こそご都合主義の我田引水でしかないと思っている。小説という虚構のなかでこそ、人は真実を語れるのだ、と。
 第一巻から第八巻までの第一部は、主要人物がブラジルに来て、コーヒー農園の契約労働者として働いた一農年を背景に、彼らが、現在から観てだけではなく、あの当時すでに愚か者の集団だと嘲笑された「勝ち組」最後の集団「桜組挺身隊」に、紛れ込んでゆく序章として描いた。
 二千九百余枚のプロローグなど前代未聞、ギネス・ブックものではなかろうか。
旧い移民たちのなかにも、おおぜい物書きは居るのに、そして俺が俺がと、お山の大将になりたがる植民地社会なのに、自慢話か、弁解ばかりで、誰一人としてブラジル移民の本質を抉ったものを、大河小説として書く人は居なかった。その空白を、私は埋めたいと惟ったのである。
「勝ち組」に対しても、ほとんどの人が頬被りをするだけで、逃げ腰になっている。たいていは、ぼくは認識派だったとか、無関心派だったと言う。九十九パーセントの日本人が「勝ち組」だったのに、俺は「勝ち組」だったと名乗り出るものは居ない。

 この物語は、いま始まったばかりだから、そして終ることのない抗議だから、何十年、何百年を経ても、叫びつづけていい。
愚かな人間の歴史が、愚かに繰り返されるだろうから、時代を経ても、常に新しいテーマとして残るはずだ。
それが小説の強みなのだ。

宇江木リカルド


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