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宇江木リカルド作品集
     詩集「引き裂いた風景画」  (最終更新日 : 2003/05/21)
バイア州

バイア州 (2003/05/21) 海へ出てゆくケモノ道


年老いた男の指差すほう
天と地の見境いもない大西洋へ
急坂を下りてゆくケモノ道
鍬もつ指が指差すのは眩さ
この道を辿って
なにかを求めて
まだ若かった熱に魘され
筋ばった父の
骨ばった母の
手を振り切って
海へ漕ぎ出ただ
群青色の深さにも怖れず
それを勇気だと錯覚して
青が青に重なる彼方の
幽玄に向かって
すべては幻影にすぎなかっただ

年老いた男の指差すほう
天に緑の見境いのぼやける山頂から
急坂を下りてくるケモノ道
網刺す指が指差すのは暗やみ
この道を辿って
なにかを求めて
まだ若かった熱に魘され
堅かった友の
熱かった友の
手を振り切って
街へ出ていった男が
煤色にくすんで帰ってきただ
群青色の海はいいと
あと追ってきた警官の銃弾を浴びて
赤に赤が重なる血潮で白砂を染めて
怨念は波涛になって
すべては幻影にすぎなかっただ

いつかは深い緑のなかに埋もれてしまうだろう
自然にできたケモノ道も
年老いた男の話を懐に抱いて
彫り刻まれた顏の皺のように
彫り刻まれなかった言葉の数々は

その道を
自然にできたケモノ道を
私もまた下りてゆく
群青色の海の深さを測るためではない
茫漠の夢を追ってではない
年老いた男の震える指の指差すほうへ
なにかの意味を求めてではない
なにかに憤怒する胸の火の消えないうちに

空の蒼さがけぶりとなり
海の碧さがおぼろになり
陽の光に焼け爛れ
月の光に凍りつき

いいんだ たとえなにもなくても



コンタス河口は


蜿々と流れてきた河の河口は
巨人が風流をもてあそぶ巨大な水盤
緑の濃淡で彩られる広大な湿地帯は
不気味な静寂のなかに囚われて
ヒトが足跡を残した月面と対峙する

それは永遠なる待機か
それは単なる渋滞ではないのか

白い航跡がよぎるおののきは
ヒトの足跡にふるえる不安か
ヒトの介入をこころまちする裏切りか

難解な迷路を解明する手立てはない
そっと体を交わして
海へ出てゆく狡猾さがうかがえる

海への解放を夢見るのは愚考とばかり
姑息な小波の白さを嗤い
安易な水面を上滑りながら
すでに捷ち得た文明の傲慢さに酔う
黒い翼影

神の硯海は永劫なる沈思を企て
背離の欲求に悶絶する

矛先からの滴りを
すべての生誕といつわり
歴史の改竄をはかった
創造の神を憎悪する
二千年後の反逆児

回帰と逆行は
破滅への盲進だと知りながら

コンタス河の河口に
人跡未踏の湿地帯を観る
それは単なるメランコリーの
集積地ではない

ブラジル原野のほんの一部に
吐き出されたさまよえる巨人の吐瀉物



サルバドールに想う


古い歴史に閉じこめられた臭気が漂う
サルバドールの街は
堅い敷石の表面にぬめる
汗の乾きと涙の枯れた色を放ち
そこにこびりついた血糊のあとを
まざまざと固着させていた

塗り込めてしまおうとして
隠しきれなかった残酷さを剥出しにして

古い歴史を閉じこめている数多い教会
サルバドールは侵掠を証明する街
すべてはデウスの思召しだと偽っても
勝者に懺悔があっただろうか
敗者に諦念があっただろうか
敷石の消えない滑りは何なのか

すべてが死後に救済されると
欺瞞した教会はいまだに観光客の浄財をあつめ
救済されることのなかった奴隷たちの怨霊に
白い目を向けている
この街を
サルバドールと名付けて



石畳の石の考察


ひとつひとつの石に意志があっただろうか
ひとつひとつの手に意思があっただろうか

無造作に並べられた石の表面から
意志を読み取るのは不可能だけれど
石畳の石に考察を加えたくなる
表情をよむ

遠い歴史の彼方にあって
執拗に歴史の間隙にこびりついて
現代に訴えかける
声を聴く

サルバドールの
狭く 昧い
石畳の道に敷かれた
この乱雑な乱割り石の表情は
何を意味するのかと

侵略者の糊塗された正義と
その正義を養護した教理と
残虐と狡猾と傲慢と詭弁と
すべての不正義で強制され
絶対的な服従の怨嗟の手で
置き並べられた石畳の石が
美しいはずがない

しかし いまもなお
眩い金色の教会のなかで
牧師たちは臆面もなく
蝋燭の灯をともす
蝋燭の灯の数を
増せば増すほど
己れの顏の陰翳が
醜いかたちを天井に映すのを
まるで知らないように

いや ほんとうに知らないのだ
清麗かつ鋭敏な神経があれば
牧師にはならなかっただろうから

陰欝な歴史の襞に
すがりついた苦悶と憤怒と
こびりついた怨恨と執念と
安逸を貪った冷酷無残と

臭気を放つ歴史の狭間に
凍りついた汗と血と涙と
粘り着いた奴隷の生きざまが
化石になって観光資源になって
教会の財源を潤わせる

汗が化石になるふしぎに
涙が化石になるふしぎに
血もまた化石になるふしぎに
恨みが化石になるふしぎに
怒りが化石になるふしぎに
呪いが化石になるふしぎに

半導体となった憐愍と
溶解し得ない感慨と
無頼な正義感を嘲笑って
教会の鐘は響きわたる
そこに偽善を探しても
鐘の響きは澄み渡るだけ
血の色をした夕ぞらに
鐘の響きは突き抜けるだけ



休みなさい


遠い水平線の向こうから
息絶え絶えに帰ってきた老朽船が
波打ち際にやっとすがりついて
襤褸をまとって横たわっていた

彼の過去も
歴史の彼方も
私の関与する事柄ではないけれど

私は思う
古事記も日本書紀も
そして現代史も
過去に書かれたもの一切を
鵜呑みにはできないと

老いたる船よ
再びは海に出ることを考えず
浅い渚に横たわって
深い海鳴りを聴きながら
白々しい反芻を重ねてはどうだろう

大地が混沌に還り
すべての生きものがアミーバーに回帰し
月が無数に宇宙を埋め
太陽が爆発して飛散する日まで

はるかなる妄想を越えて
いま私の目に映るもの
それは赤黒く濁った天空
それは青ざめた大地
それは黒々と誘惑する海原

ああ なんという静謐
荒寥たるがゆえに
こころに豊かさと安心を与える
ブラジル
無頼なるがゆえに
こころに温もりと冷静さを蘇らせる
ブラジル

日本人たちには
決して理解し得べくもない楽園

老いたる船よ
私とともに横たわろう
この渚で
大地が裂け
海が干上がる日まで


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