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宇江木リカルド作品集
     詩集「反転の幻想」  (最終更新日 : 2003/05/23)
ある人への手紙

ある人への手紙 (2003/05/23) 今年は黒い雨が降りつづいて
明日の様子も視えないけれど
あなたは道を間違えずに歩いておられますか
わたしは愚かにも
虚しいこととは知りながら
また個展を開こうと思って
今日も油絵の具のチューブを絞って
時間を塗り潰しています
たとえそれが愚かしい行為に畢るとわかっていても
今日の時間を充分に塗りつくしたと思うこころが
明日の無意味な時間に希望を持たせるからです
虫螻蛄のように生きたのに
その生き様に意味づけようとする
無意味な行為にすぎないけれど
過ぎ去った日々のように
好きになった人を好きだと言い
抱きたくなった人を抱き締めて
骨の鎔ける思いを燃焼させ
刹那的な快楽を灰にして
明日は明日の風に任せた愚かさのほうが
ほんとうだったような気がするのです
そんな愚かさに溺れきれないいまの己れは
なんと愚かな君子的見栄をはって
血肉の枯れた枝ばかりの
街路樹が風に啜り泣くにも似た
姿で立っているのかと情けないばかりです
いつかどこかで野垂れ死にするために
ブラジルにきたのに
こんなところに立ち止まってしまって
憮愁を囲っている我が身を哀れに思います
しかし、あなた
わたしは決して
わたしの火を消してしまったわけではありません
また宛もない旅に出てゆくとき
道連れになってくれる人がいたら
スキャンダラスな噂など気にせずに
二人して
その愛慾を土に埋もれさせる夢を
無限へ向かって這わせる
燠火だけは心のなかに残しています
そんなスキャンダラスな人が
いたらなあ と
今日も思いを馳せながら
黒い雨の
間断もなく降るなかで
いちおう いまのところ
今日だけの色を塗りこめています


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