舌を出して (2003/05/23)
小さい地球を半周して 21世紀の国という欺瞞を猫被りしたブラジルの だだっ広いだけで根の浅い とらえどころのない茫漠に紛れ込んで 十年 飄々と歩いたあとの靴擦れが痛くて またぞろ 泥臭い日本人社会に戻ってきた
ちっぽけな箱庭の日本を嫌い 一律の顏した日本人に飽きて 人種の坩堝だというブラジルに 潜り込めば 「自分」を溶解できると考えたのは甘かった ざらざらしたガイジンの女の肌と同じ種類の 粗雑なガイジンの精神とは 緻密な日本人の精神が解け合うはずもなく
荒寥の風景のなかで 荒んだこころのままに 執拗に思いつづけた「日本人」とは 唾棄すべき存在であり 愛すべき存在でもあると識る 結局ガイジンたちと比較すると 馬鹿正直者たちなんだと
はるかな空へ瞳を投げても どうしようもなく日本人なのだと 胴長短足の 自らの影におののく 死ぬにしても生きるにしても 泥臭い日系社会の水際に足入れて ぶつぶつ言うしかなかろうと 十年目にして気付く
過去一切の 肉体的過失と精神的罪悪は 十年を五十年の時効としても もう良い頃合 そんなしたたかさのかげで 妥協する自らを蔑み 唾棄しながらも自嘲してごまかす 充血した目尻にあるを気にしながら
ブラジル語と日本語をミックスして話す男が 味噌汁と沢庵の臭気のなかで 三十一文字や十七文字を捏ね回す日本人社会 白けるだけのお上品ぶった顏の日本人たち むかしのことを言う野暮はよそう 背中に絆創膏といっしょに貼っている 裏面史の皮を剥がし どろどろした同胞愛の湿り気を舐めあい せっかくぬくぬくと温めている隠微な友情を 拭い取ることもなかろう
どうせじっと見詰めていると 憤りを持ってしか対峙できない世界のなかの ほんの一部分を占めているだけの 日本人社会なのだと もっとも長い舌を出せるものこそ もっとも偉い人間だということにして こちらも舌を出してみせる
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