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マツモトコージ苑
     2003年  (最終更新日 : 2026/08/03)
有機自然農法実践の秋永家族

有機自然農法実践の秋永家族 (2026/08/03)  サンパウロ州近郊ビリチーバ・ミリン市に在住する秋永さん家族は、一九九六年から有機自然農法を実践している。現在(二〇〇三年)約六十種類の野菜を栽培・管理し、ビリチーバ・ミリンのセントロ区で販売店を開いているほか、モジダスクルーゼスなどのワレジョン(小売り商)、キタンダ(雑貨屋)にも卸している。「多くの方々に自然農法の野菜を食べてもらいたい」と主人の秋永政俊さん(六〇、二世)。自分たちの経てきた体験を通じて、自然環境保全の大切さを訴えている。(松本浩治記者)

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 モジダスクルーゼス市から約二十五㎞。秋永さん家族は、ビリチーバ・ミリンのセントロ区にあるサン・ベネジット広場で有機自然農法の生産物を販売している。開店したのは二〇〇一年十月から。店を切り盛りするのは次女の奈保美さん(二八、三世)だ。
 今年(二〇〇三年)七月からソフトクリーム(ソルベッテ)の機械を店に導入した政俊さんの義弟・大滝ヨシオさん(五〇、三世)の車に便乗し、記者が同店を訪問した際は、ちょうど政俊さんと奈保美さん二人が、生産物を陳列している最中だった。品物は店から約一㎞離れた畑から、その日の午前五時半頃から収穫された新鮮なもの。秋永さんたちは毎日、家族ぐるみで収穫作業を行なっている。
 奈保美さんは、二〇〇〇年六月から九ヵ月間にわたって和歌山県の技術研修生として、和歌山市内の会計事務所で経理関係の仕事に携わった。また、県庁の許可を得てその合間には、レストランでも研修の一環として働いた。その経験を生かし接客・事務関係はお手の物だ。
 五人兄妹のうち、姉の明子さん(二九、三世)も技術研修で同じ会計事務所で研修。さらに、二〇〇三年五月からは妹の千恵さん(二五、三世)が県費留学で和歌山に行っている。少ない人手で生産・販売をまかなっている秋永さん家族にとって、千恵さんの帰伯は待ち遠しい。
 顔なじみのブラジル人客を相手に、笑顔で応対する姿が清々しい奈保美さん。しかし、開店した当初は品物を販売するには苦労したという。販売ルートが確立できず、有機自然農法で生産した野菜類の意味が一般客にはあまり理解されなかったようだ。
 今は常連客もでき、広場前を行き交う人々が「オーイ、ナオミ!」と声をかけていく。客の中には医師関係者も多く、有機自然農法の大切さが少しずつ認められている。
 品物はアルファッセ(レタス)、ルックラ(ルッコラ)、キャベツなどの葉野菜をはじめ、サツマイモ、ニンジン、トウモロコシなど多種多様。人気の高いのが、トウモロコシの「ミーリョ・ベルデ」だという。それらの中でも最も目を引くのが、イチゴとプチ・トマトだ。「農薬を使用しなければ生産できない」との固定観念がある中で、有機自然農法による栽培を政俊さんは実現させている。
 種類によって値段の差はあるが、そのほとんどは一パック一レアル強と一般のフェイラ(青空市場)で買う値段とあまり変わりがない。
 「ここら(ビリチーバ・ミリン)では、このくらいの値段でないと売れません」と政俊さん。「利益も大切ですが、多くの人々に私たちの作った野菜をまず、食べてもらうことが目的です」と、有機農法にかける思いは強く、その意志は固い。

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 店から南に一㎞ほど離れた畑では、次男の重雄さん(二七、三世)が中心となり、生産管理、植え込み作業を行なっている。
 有機自然農法と言っても、ただ単に有機物を土中に入れ農薬を使用しないということではない。一九九六年から自然農法に踏み切った秋永さん家族は二〇〇〇年にようやくCMO(セルチフィカード・モキチ・オカダ)という正式な認可を得ることができた。
 しかし、自然農法産品との認可を受けた現在でも一ヵ月に一回は生産品の種類や植付け面積、使用有機物などの細かいデータを提出しなければならない。CMOの規定に少しでも該当しなければ即刻認可は取り消されるという厳しさだ。
 そうした中でも、あえて政俊さんは言う。「有機自然農法に変えて良かった」と。作物そのものが強くなり、霜の被害が少なくなった。土が柔らかく水分を吸収しやすいため、潅水(かんすい)も化学肥料を使用している時の三分の一の量で済んでいる。何より、土そのものに力がつき、「病虫害に強くなったことが大きい」という。
 土地に充分な力が付いた今、秋永さん家族は、堆肥ではなく、「米ぬか」などの有機質を土中に入れている。
 どの種類の作物が、どこにどれだけ植わっているのかを管理する重雄さんは、大学に通いながら十年近く父親と一緒に農業に携わってきた。「今は、やりがいを感じています」と陽に焼けた顔をほころばせる。
 秋永さん家族が有機自然農法を始めたことには訳がある。「スザノ時代から世話になっている」という日系人から自然農法を積極的に勧められたこともあるが、一九八〇年代に妻の静子さん(五八、二世)の家族が宗教的な詐欺の被害に遭い、借金を背負ったことにもよる。
 元々、スザノで農業生産に従事していた秋永さん夫婦は子供たちの教育問題を考慮し、一九八六年にビリチーバ・ミリンへと移ってきた。そうした折、思わぬ不幸が家族を襲ったのだった。
 何十年も農業生産に携わってきた秋永さん家族だったが、借金返済のために土地を売却することを決意。その間、一年近く政俊さんは工場で働いた。その頃は子供たちもまだ小さかった。しかも土地は売れない。家族で相談した結果、「もう一度、農業をやるしかない」―。家族で相談した上での結果だった。
 「土地が売れなかったことが、自分たちにもう一度百姓をやる気にさせてくれました」と静子さん。ゼロからの状態で始めた経験が、秋永さん家族の絆を逆に強固なものへと変えていった。「何をやってもへこたれない」という気持ちが、周りの環境を配慮した有機自然農法へと転換させた。
 奈保美さんはその時のことを、和歌山県での研修時代に実施された日本語スピーチコンテストの中で発表している。
 母親がやっとの思いで探し出した縫い物の仕事で農業資金を捻出。父親は土地を借りて何回も失敗を繰り返しながらも作物の研究、経験を重ねてきた。その結果、五人の子供たちを大学まで卒業させ、現在の生活につながった。
 「お母さんは最近は農業に打ち込んで、自分の健康のためではなく、家族、他人、国、地球を守るために有機農業をやっています」(奈保美さんのスピーチコンテストの内容から)
 ビリチーバ・ミリンの店はクリスマス、正月一日以外は無休という状態だが、奈保美さん、重雄さんたち決してグチをこぼさない。子供たちは両親の苦しさを見て育っている。
 有機自然農法について秋永さん家族を訪ねてくる人も時折あり、やり方を教えはするが、その多くは三年目頃に発生する害虫の被害に耐え切れずやめていくという。
 「子供たちが、よく理解して頑張ってきてくれました。周りの人たちの応援と協力もありました」と政俊さん。家族の絆の強さを人一倍感じているようだ。(おわり)


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