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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2021年の日記  (最終更新日 : 2021/05/16)
4月11日(日)の記 ノーヒットの勝ち組本

4月11日(日)の記 ノーヒットの勝ち組本 (2021/04/11) ノーヒットの勝組本
ブラジルにて


混沌としたわが家の蔵書の迷宮。
すでに制御の限界を超えている。
おそるおそる表層をめくると、思わぬ本が出てくる。

『南米の曠野に叫ぶ 昭和天皇を守れ―敗戦時、異国における死闘史』
高畠翠畝著、非売品、西暦1993年初版発行。
非売品とあるが、頒価2000円と書かれている。

いつどこで入手したか記憶にないのだが、大阪の珈琲舎書肆アラビクさんのラベルが貼られている。
中表紙に「贈呈」の印あり。

アラビクさんは大阪中崎の木造歴史家屋群にあるおしゃれなカフェで、近年は東アジア諸国の若い女性たちの人気スポットになっている。
森内店長とは開店以前からのお付き合い。

この本の入手先がアラビクさんとは、まことに意外。
筆者は栃木県の出身で、第2次大戦前に日本で買収工作までしてブラジルに移住。
サンパウロ州の地方の町で、第2次大戦は日本が勝ったと信じる「臣道聯盟」の支部に属して「活躍」したという。
自分の子孫のための「プレゼンテ」のつもりで偽りなく書いた由。
冒頭、自分の家柄の自慢が続き、いやはや。

「終戦後」にサンパウロの町に乗り込み、ブラジル当局と渡りあって留置されたことが書かれているが、自身は勝ち組によるテロ事件には参加していないようだ。
勝ち組関係の文献はある程度、読んできたつもりだが、他では覚えのないような事件がいくつか書かれている。

筆者の「昭和天皇を守」る「死闘」というのは1950年のビラカロン日本人会不敬事件をさすようだ。
この事件も僕は知らなかった。
「終戦後」5年を経た年にサンパウロ市のビラカロン地区の日本人会は「天長節」の行事を行なった。
この際、天長節の当日ではなく翌日に行なったこと、「御真影」の扱いが不敬であるとして筆者は日本人会長に抗議をして殴り合いになるという事件である。

この本では理由が書かれていないが、著者は西暦1956年に日本へ引き上げている。
のちに「栃木県肖像美術協会」を設立したそうで、本の刊行時の住所は栃木の特養ホームとなっている。
さて。
この本について検索してみると、なにもヒットしないのだ。
そもそもズバリ『南米の曠野に叫ぶ』というタイトルの1995年製作で、日本人スタッフがブラジルの勝ち組事件を扱った映画があるのでまぎらわしい。
筆者のこの名前でも本名でもヒットは、なし。
栃木県のこの協会の名前でもヒットはない。

この本の解説の稿に「昭和天皇崇敬会」の一員だという高松三郎という人の言葉が掲げられている。
この会の会長に海部俊樹前内閣総理大臣が選任されたとある。
この高松氏の肩書らしきものが書かれている部分が、なぜか白の修正液で塗りつぶされている。
高畠氏は日本に戻ってからも財力があったか築くかをして、絵画活動や昭和天皇崇敬会の活動をしていたのだろう。

第2次大戦後、ブラジルに日本の政治家が訪問して日本が戦争に勝ったか負けたかはあいまいにして資金をかせいでいったというエピソードが高木俊朗さんの『狂信』で紹介されているのを想い出す。

高畠氏の本ではブラジル人は「毛唐」と書かれている。
移住先の国の人と文化に敬意も理解も欠く態度。
面識もない人を「風評」から「国賊」と決めつけて、対話を拒否して問答無用で殺害して「よし」とする精神構造。

ブラジル日本人移民史の負の遺産を重く受け止めたい。
今の祖国に蔓延する事態とも無縁ではないようだ。

それにしても、この本と著者のことがインターネットでノーヒットとは面妖である。
僕がこうしてささやかでも書いておけば、いずれ誰かの目に留まるかもしれない。










 


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