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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2021年の日記  (最終更新日 : 2021/05/16)
4月23日(金)の記 フェイスブックの訃報

4月23日(金)の記 フェイスブックの訃報 (2021/04/23) フェイスブックの訃報
ブラジルにて


深夜、目覚めて。
トイレに立ち、台所で水を飲んで。
通常ならまた床に就いてスマホを繰る。

今日は居間のテーブルに設置してあるノートパソコンを開いてみることにした。
虫の知らせか。

フェイスブックの森田惠子さんのページに、ご本人の訃報。
さすがにご本人によるアップではなく、息子さんによるものだった。
言葉をなくす。

昨年から療養生活に入られ、ときおりメッセージを交わしていた。
まさか、こんなに早く。

まずは取り急ぎ、フェイスブックをたしなまない日本の森田さんの友人に、コピペしてメールで送っておく。

森田さんは、映画監督。
メイシネマ祭の先輩かつ、お仲間。
森田さんは毎年、メイシネマ祭のボランティアスタッフを務められた。
アート作品といっていい見事な手作りポスターを毎回、初日に持参して入り口に貼り出していた。
代表の藤崎さんはインターネット、SNSをたしなまないので、オンライン告知はもっぱら森田さんが担当されていた。

昨年はメイシネマ祭25周年の節目の年だったが、パンデミックのため本来の5月の開催から2度にわたる延期を余儀なくされていた。
森田さんはご自身がお手伝いできる状態でないことを嘆き、ご自身の病状より藤崎さんの胸中を察していたんでいた。

僕は西暦2015年から5年にわたって、いきがかりからこのメイシネマ祭のビデオ記録を担当した。
自分の作品の上映後のトークの際には毎回、森田さんに友情撮影をしていただいていた。
常にエレガントな方だった。
立場上、僕は記録屋:ハンターの視線でみていたが、いやな顔というのを見せることがなかった。

昨年3月末からパンデミックでサンパウロにこもることになった。
未編集だった2019年のメイシネマ祭のビデオ記録の編集を行なった。
この時は、森田さんの最新作『まわる映写機めぐる人生』の上映とトークがあった。
森田さんのファン、シンパが集まり、熱いエールを送っていた。

この記録を撮影した素材をチェックしてみると、上映スタッフとして映っている森田さんがとてもいい。
最初から最後まで森田さんの移るショットを用いて、ご自身の作品の上映後のトークと来場者との質疑応答はほぼまるごとカットなしとした。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000050/20210127015838.cfm?j=1

病床の森田さんへのささやかなお見舞いとして、編集を終えた拙作のデータ送りを森田さんに申し出た。
森田さんは、代表の藤崎さんが見るまでは見せていただくわけにはいかない、とかたくなだった。

僕も藤崎さんにはまず最初にご覧いただきたいのだが、先述のようにインターネットをたしなまれない。
ブラジルと日本の航空郵便は中断されたままで、DVDを郵送することもかなわない。
映像系の日本の友人に頼んでデータを電送して、DVDに焼いてもらって藤崎さんに送ってもらった。
藤崎さんに国際電話をして、試写終了と了解を確認してから、晴れて森田さんにデータをお送りした。
ご覧になった森田さんから、照れくさそうなメッセージをちょうだいした。

お苦しい状況のなか、ご覧いただいてありがとうございました、森田さん。
…この年のメイシネマ祭に藤崎さんが添えた言葉を読み返して、また胸が詰まる。

想いは時を超えて…いまを生きる私たちの物語


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