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5月24日(日)の記 20年前の勝ち組負け組 (2026/05/28)
20年目の勝ち組負け組 ブラジルにて
午後から、混沌とする「積ん読」のヤマの一部を発掘。 家人のスペースが少し空いて、そこにこちらのものを置いて… こっちのものが少しは片付くはずが、なんだか増えたようだ。
これは明日にでも備品を探して買って、少し基礎からなんとかしないと。 ということで、午後から夜まで資料類に少し目を通して処理しよう。
・・・20年以上前の日本の雑誌。 いちおう目を通す。
ほう、「『勝ち組』『負け組』なんていうけれど」という記事。 ブラジル日系人の「大東亜戦争勝ち組」ではない。 当時の日本では経済的な成功者を「勝ち組」、逆を「負け組」と呼んでいた。
これは僕の見立てだが、この「語源」はずばりブラジルの勝ち組負け組だろう。 日本で「負け犬」という言葉が経済的社会的失敗者にあてられるようになり、その流れで「勝ち組」「負け組」が日本の当時の社会の文脈で「新解釈」されるようになったのでは、と考えた。
この頃の僕の日本での上映会で『ブラジル最後の勝ち組老人』を上映したときのこと。 ブラジルの研修から帰ったばかりの若い女性が参加して「ブラジルのセレブな老人の話かと思った」と漏らしていたのを想い出す。
といった塩梅で、思わぬ記事の発見もあり、作業は遅遅とするばかりです。
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