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たこ焼きマンが行く
     たこ焼き「旅日記」  (最終更新日 : 2009/05/25)
05年日本祭り準備篇 [全画像を表示]

05年日本祭り準備篇 (2005/08/05)  2005年7月13日(水)、14日(木)サンパウロは今日も晴れだった(by 内山田洋&クールファイブ)

 日本祭りに参加するのも今回で4回目。例年通り、兵庫県人会(尾西貞夫会長)のブースを借り受け、7月15日(金)から17日(日)までの3日間にわたって出店させてもらった。毎年のことで段取りも熟知してきたたこ焼きマンだが、昨年よりも参加メンバーが減り、3号も諸事情により今年いっぱいで日本への「勇気ある撤退」がほぼ決まっている中、親分の笹井さん、3号、1号の主要メンバー3人は、今年の参加を最後として同祭に臨む決意を固めていた。今年の日本祭りは、会場が昨年までのサンパウロ州議会駐車場からサンパウロ南部ジャバクアラ地区にある「イミグランテ(移民)展示センター」に変更。それに加え、入場料金も今年から一般は5レアル(約200円)が徴収されるとあって、昨年よりも入場者数は大幅ダウンすると見込まれていた。しかし、いざフタを開けてみれば、昨年よりも多い約8万人の来場者で賑わい(※昨年の主催者発表で、40万人と言っていたのは大ウソだったのだ)、会場にすら入れない人もいるなど盛況を博したのだった。初めての場所での混乱もあったが、我々はたこ焼きを買ってくれたお客さんの多大なる協力とチームワークで勝利をモノにしたのだった。この記録は、我々たこ焼きマンたちの汗と努力の結晶を綴ったものである(そんな、たいそうなモンやおまへんけど)。

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(前説)

 「今年の日本祭りも、たこ焼きお願いしまっせ!」―。開催の数か月前に東洋街で本業の宝石店を経営する尾西会長からこう言われた時、「あー、今年ももう、そういう時期になったんか」と1号はガラにもなく、時の流れの早さに無常を感じていたのだった。
 
 「まあ、参加させてもらうと思いますけど、笹井さんに聞いてみますわ」

 その数日後、東洋街に集まった主要3メンバーにとって参加はもちろんだが、たこ焼きを「何個入りでナンボ」で売るかが話題の焦点になっていた。県連の事前説明会に参加していた1号は、今年の祭りが会場側の指示で衛生面や管理面で例年以上にうるさく、初めて入場料金も徴収するということから、「昨年以上の売上は絶対に見込めない」と判断していた。また、新会場の下見の際に、他の団体に値段設定についてどうするのかを尋ねたところ、ほとんどが昨年よりも低い料金にすると答えていたことから、「高い値段設定では客は来ない」との意識が高まっていた。

 笹井さんが主張したのは、一皿の個数を抑え、低料金で販売すれば、少ない客でもたこ焼きを買う、といったもの。4月末の老ク連ビンゴ大会の出店で「4個2レアル」で販売し、お年寄りの皆さんにも思った以上に売れたため、「それで行こう!」との意気込みが笹井さんには強かったのだ。結果的に今年は4個3レアルで売ることになり、目標を昨年の約半分に設定した。いつもデータ通りにいかない曖昧さだが、今年は昨年販売した個数から割り出し、目標売上皿数を2500と決めた。1号所持の一般用たこ焼き機3台のうち2台が調子が悪いこともあって、今回も南米大神宮宮司の逢坂さんから借りたプロ用機械1台だけが頼りだった。
       
 「果たして、そんなに売れるかいな」と戸惑ったが、「まあ、やるしかあるまい」と我々たこ焼きマンたちは期間中の健闘を誓い合ったのだった。

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(準備篇初日)
 実際に準備を行なったのは、いつもながら遅いその週の半ばになってから。今年はアジトに受皿(舟)もまったく皆無の状態で、すべて新たに買出しにいかなくてはならなかった。
  
 カンタレイラ(中央市場)近くの卸売り店に行ったのは、開催の2日前。「他の団体も受皿を買いにきてるやろうし、2500皿分も売っとるかいな?」と1号は不安に思いながらも、笹井さんに自家用車を出してもらって、現場へと向かった。ブラジルでは、その日に買っておかなければ次の日には同じ商品が売っていないということが多々ある。祭りの前に「後の祭り」ではシャレにもならない。さらに同地域は露天商や浮浪者のオッチャンなどでごった返しており、駐車するのは並大抵のことではない。

 「ハテ、この辺にあったと思うけど」と1号は、笹井さんに路上で二重駐車をして待ってもらいながら、お目当ての店を50メートルくらい通り過ぎた場所に見つけた。

 昨年の教訓を生かし、持ち帰り客用にも便利なフタ付きの「ハンバーガー用の受皿ある?」と下手なポルトガル語で店員の兄ちゃんに聞くと、1号の後方を指差す。何と、そこには我々が必要とするハンバーガー用の入れ物が4メートルほどの高さに「ヤマ」と積んであった。しかも、安い。

「これや、これでんがな!」

 1号は、思わずほくそ笑みそうになるのをグッとこらえ、「2500皿くれ」と注文。店屋の兄ちゃんは「2500!?」と思わずこちらの顔を見つめながら聞き返す。ついでに「お持ち帰り用」のビニール製小袋も1000枚分購入。笹井さんのバン型の車に積み込み、意気揚々とアジトに置きに行ったのだった。

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(準備篇2日目)
 翌14日、今度は重要なタコを買いに、再びカンタレイラへと向かう。昨日は受皿を買うだけで、タコの値段を見ている余裕はとても無かった。今日も笹井さんに車を出してもらう。カンタレイラは新しくリニューアルされ、駐車待ちの車も数多い。すでに10数台以上が駐車待ちのために、車を路肩に目いっぱい寄せている。

 「あれは多分、全部駐車待ちとちゃいますか。ちょっと聞いてきますわ」と1号は車を降り、確認したところ間違いなかった。笹井さんから「先に中の様子を見てきてくれ」と言われ、カンタレイラ内へと祈るような気持ちで入っていった。

 「安くて新鮮なタコはあるかいな」と1号は、あたりを見回す。これまでのたこ焼きマン出動で中央市場に幾度となく買出しに来ているが、寿司ネタ用の高い品物しかないことが多く、仕方なく購入した苦い経験が何度もある。ブラジルではタコは一般的に「グロテスク」だと嫌がられているため、そこらの店では気軽に売ってないのが現状だ。

 と、前方のショーケースに収まっているタコを見た1号に幸運が降って沸いた。

「おっ!今日は値段が安い。しかもけっこう新鮮やんけ」

 他の店も見たが、値段、新鮮さともに最初の店に勝るところはない。早速、タコを30㎏分購入する。

 「タコ、30㎏ちょうだい」と言うと、その店の兄ちゃんも昨日の受皿売りの兄ちゃん同様、目を見張った。
 
 「30㎏!?・・・」
準備2.jpg
30㎏分のタコはこの大鍋に約3杯分


 兄ちゃんの顔は急に笑顔になり、突然愛想が良くなった。一般のブラジル人にあまり好かれていないタコを30㎏も一挙に買うアホは、我々たこ焼きマンくらいのもんだろう。それでも昨年よりも少ない。昨年は同所で40㎏購入し、足りなくなったためにさらに20㎏をメンバーに買い足してもらった経験がある。

 「せや、30㎏や。それと(タコの)頭の中もリンパ(掃除)してくれ」

 「頭の中の汚いところを取るのね」と兄ちゃん。「そうや」と頷く1号。
  
 実はこれまでは、タコの頭の内臓(内臓と言うんでしょうかね?)部分をアジトで自分たちで取り除いていた。しかし、プロにやってもらった方が上手いし、手間もはぶけることに前回の老ク連ビンゴ大会での準備の時にようやく気づいた(早よ、気付かんかい)。

 「俺は今まで何でこんな簡単なことに気付かんかったんやろう」と、1号は後にアジトで己のアホさ加減に呆れていたのだった。店の兄ちゃんに自分の頭の中もリンパしてもらいたいとの衝動に駆られたのであった(ウソ)。
準備1.jpg
真剣な表情でタコを洗う3号


 「笹井さん、今日は新鮮で安いタコがありましたんで、もう買ってしまいましたよ」と1号はオッサンらしくもない弾ける声で、まだ完全に駐車場に入っていない笹井さんに報告したのだった。笹井さんとともにスタッフの昼食となる食材も買い、我々はこの日も意気揚々とアジトに帰ったのだった。

 アジトでは、下準備の紅ショウガを切っていた笹井さんの奥さん、オオクボ、ソグラ(義母)の3人の女性軍が待っており、昼過ぎに3号もジャカレイから駆け付けた。

 実は主要メンバー事前の打ち合わせ(飲み会)で笹井さんから、今年は1号の嫁はんのオオクボとソグラに「後方支援部隊」になってもらおうとの提案がなされていた。毎回、日本祭りでクタクタになってその日の仕事を終えた後に、新たにメンバーで夕食の準備をするには余りにもシンドイ。かと言って、その日の「反省会」をしないのは、たこ焼きマンの唯一の楽しみが奪われることでもある。それを緩和するために、「後方支援部隊」が「前線部隊」の食料準備をアジトに駐留して整えておくことが、精神的にも肉体的にも明日への活力につながるという寸法だった。

 「ハテ、しかし、人一倍好奇心の強い嫁はんが、それで納得するかいな」と不安に思っていた1号だが、帰宅して話してみると、「いいよ、その方が楽だもん」と嫁はんのあっけない答え。「あっそう。ほんなら頼むわ」ということで、話は一挙に前に進んだのだった。

準備3.jpg
アジトでの下準備に余念がないたこ焼きマンたち
 アジトでは、タコを塩茹でし、水で冷やす作業を1号が担当。紅ショウガ、ネギ、タコを細かく切る作業を笹井さん、3号、女性軍の皆様が担当してくれた。こうして我々たこ焼きマンにも、日系団体のように「婦人部」なるものが出来上がり、更なる結束力が増したのだった(ほんまかいな)。

 午後からは主要メンバー3人が、会場まで道具運び。笹井さん、3号の2台の車を連ねて、会場へ。会場では、明日からの開幕を前に各団体関係者がその準備に余念がない。30分以上、会場にいると15レアルも駐車料金が取られるというので(ぼったくりもエエところやで、まったく)、速攻で道具を所定のブースに置いて、会場を後にした。

 あまりにも準備が上手く行き過ぎたため、「本番は何かまた、ハプニングがあるかもな」と小心者の1号の心の中には一抹の不安が高まりつつあったのだった。果たしてたこ焼きマンの行く末は如何に・・・。(次号につづく)


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