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小林淳子さん
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小林淳子さん (2024/05/20)
妹たちと写る淳子さん(左端)
高拓生(こうたくせい)2回生の故・小林増美(ますみ)さん(2001年に88歳で死去、福岡県出身)の夫人である淳子(あつこ)さん(97、兵庫県出身)は、高齢となった今も俳句などの文芸活動を続けており、矍鑠(かくしゃく)としている。
淳子さんの兄・高島ヨシオさんが高拓生3回生として1933年に渡伯していたため、その呼び寄せとして淳子さんは母親と兄嫁、妹2人の計5人で34年8月「もんてびでお丸」で海を渡った。
兵庫県神戸市で生まれ、生後1歳で父親を亡くしていた淳子さんは、母親の実家である明石市で育ち、淳子さんが渡伯の決意をした際に母親が心配して一緒に付いて行くことになったという。
一方、夫の増美さんは、32年に高拓生2回生として淳子さんたちより先に渡伯。ビラ・アマゾニアを開拓し、当時は高台に住んでいた。増美さんは同地で米作などをして2年間を過ごしたが、「籾(もみ)を1俵蒔(ま)いても、米1俵分しか獲れない」現状に見切りを付けて、サンパウロに行こうと考えていた。そうした頃、当時のアマゾニア産業株式会社の支配人だった九十九利雄(つくも・としお)氏に声を掛けられ、増美さんは九十九氏の下で会計担当として働くことになったという。
淳子さんが生前に夫から伝え聞いた話によると、増美さんの福岡の実家は大きな農家だったとし、次男の増美さんは近所の人の勧めでブラジルへの渡航に興味を持ち、当時東京都の国士舘専門学校(現在の国士舘大学)の中に設けられた「国士舘高等拓殖学校」に行くことを決意した。しかし、入学後の休暇で実家の福岡に戻って来た時に「大したことがないので、学校をやめようかと思う」と父親に話したところ、海外渡航には反対していた父親から「男が一旦決めたことを途中でやめるな」と叱咤(しった)激励され、高拓生としてブラジルに行くことになったそうだ。
渡伯当初、ビラ・アマゾニアで家事や兄嫁の手伝いなどをしていた淳子さんは、九十九氏の仲人により増美さんと36年に結婚。当時18歳だった。
小林夫妻は42年ごろに一度、ベレン市に出たことがあったが、当時は既に前年に第2次世界大戦が始まっており、敵性国民だった日本人はブラジル当局の取り締まりが厳しかった。そうしたこともあり、再びビラ・アマゾニアに戻った後、アマゾナス州との州境に近いパラー州ジュルチに転住。92年にベレン市に移るまでの約50年間を同地で過ごした。
増美さんはジュルチで小さなジュート生産販売会社を手がけ、自らも70年頃まで約30年にわたってジュート生産を行うなど活動してきた。
戦後、小林夫妻の子供たちは高校や大学に進学するため、ベレンをはじめ、オビドス、サンタレン、モンテ・アレグレなどでそれぞれ勉学に励み、その後に判事や大学教授などとして活躍した。その後、92年にはジュルチでの生活に見切りを付け、小林夫妻はベレン市へと転住した。現在は、子供たちのほとんどが年金生活者となり、ベレン市内の淳子さんの自宅付近などでそれぞれに過ごしている。
淳子さんはビラ・アマゾニアでの生活について、「あの頃が一番楽しい時代でした」と笑顔を見せる。「(ビラ・アマゾニアのシンボルで高拓生の拠点となった)『八紘(はっこう)会館』は本当は大したことはありませんでしたが、思い入れだけはありましたね。正月に皆で集まってフェスタ(パーティー)をしたり、毎週土曜日には社交ダンスもしました。『君たち、こっち(ブラジル)に来たんだから社交ダンスぐらい覚えなくては』と誘われて、女性が座っていたら男性がエスコートしてくれてね。もっと自由がありました」と語り、当時のことを今もはっきりと覚えている。
また、淳子さんはブラジルに渡る前に、神奈川県川崎市生田(いくた)にあった高等拓殖学校の旧校舎を見学した思い出がある。「兄が高拓3回生だったので、記念にと見に行きましたが、そりゃあ立派な建物でした」と話す。
夫の増美さんについて淳子さんは「見かけは優しいですが頑固者でした。でも、当時の男の人は皆、大体同じように頑固な人が多かった。自分では『品行方正』とよく言ってましたね。今から思えば、主人がブラジルに来たのは、(増美さんの)父親が自分の息子を戦争で兵隊にとられたくないとの思いもあったのかもしれません」と振り返った。(2017年1月号掲載)
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