1月の日記・総集編 破壊の100年 (2007/02/01)
1/1記(月) 表と裏・西と東
ブラジルにて 昨日に引き続き、家族を早朝から家内の実家に連れて行く。 妻はおせち料理作りの要員。 昼前、完成近いお重をのぞくと定番の太巻き寿司の横に、細巻き寿司が。 ゴボウのような色の具が巻いてある。 試食してみると、カンピョウ巻きだった。 僕が幼少より東京で慣れ親しんできたカンピョウは、ズバリ濃い口醤油の茶色。 義母に聞くと、カンピョウは塩と砂糖とみりんとわずかな薄口醤油を用いて、色を付けないで味を出すのが難しいと言う。 義母は四国の出。 僕にとってこれまで妻の実家のカンピョウは太巻き寿司のいくつもの具のひとつだったので、色を意識していなかった。 妻が夫に言われて細巻きを作るのを覚え、残りの寿司飯と作り過ぎたカンピョウを巻いてみたという次第。 関西と関東、麺類と醤油の色の濃淡はよく言われるが、カンピョウの色にまでおよんでいるのはブラジル生活が20年近くなって初めて意識した次第。 ブラジルで日本を知る元旦。
1/2記(火) 撮りぞめ
ブラジルにて 先月から撮り始めた件の一環として、東洋人街の某所に撮影に出る。 特別ミッションのため出て来た若い友人の他は誰もいない。 この閑散を利用して、思い切ったアングルに挑んでみる。 何十年も掃除されていない、澱のようにねっとりとしたドス黒い塵芥。 層をなすクッピン(シロアリ)の羽。 この機関と日本移民史の象徴。 ゲホゲホである。 正月だが雨模様のため、作業ズボンをはいてきてよかった。 この仕事、手におえるものか、自分の仕事になしうるか、早くも疑問に思っていた。 帰りにこの友人と安いカフェを引っ掛けながらこのあたりを相談してみる。 彼が岡村の眼の色の変わるような話をしてくれる。 この彼氏、なかなかいいツボを押さえている。 近々、彼のことを拙欄でも紹介するつもり。
1/3記(水) 遠隔透視
ブラジルにて 「大紀元」というメディアはこういう記事を載せてくれるから、時々訪問しないと。 チベットの僧侶が2012年を遠隔透視、外力が地球の自滅を救う http://jp.epochtimes.com/jp/2006/12/html/d47456.html 日本の芸能占い師とはレベルが違う。 ちょっと前にはこういう大転換期が、古くはノストラダムスから20世紀末のニューエイジ運動まで、紀元2000年前後に設定されていたかと記憶する。 超能力者も「視る」だけで身近な問題に何もできないのは、いかがなものか。 20世紀後半以降、今日に至るチベットの悲劇はご承知の通り。 アフリカにも、アマゾンのヤノマモ族にも脅威の霊能力者がいたが、彼らの現状も悲惨さを増すばかり。 ただその時を待ってはいられない。
1/4記(木) 人文研サイト開き
ブラジルにて 愚生も少し関わっていたHPのサイト開き。 サンパウロ人文科学研究所( http://www.jinmonken.org.br/jinmonken/ )のホームページである。 在サンパウロの日本語メディアの諸姉兄をお招きして、人文研の長老が初クリックをするという趣向。 まあシロートの作ったサイトだが、担当がなかなか健闘した。 開けっ放しのサイトではなく、週に一度ぐらいは新ネタをアップしていくつもり。 岡村も激辛記事を準備中。 さすがにボツにされるかもしれない。 その際は当日記にアップしちゃいます。 新年早々、年寄りたちを喜ばせた。 今日もその前後の水面下の工作がなかなかであったぞ。 些細な試みだが、今後のブラジルの日本移民研究の画期・活気をなす予感あり。
1/5記(金) 南米逃亡
ブラジルにて ネベスとは俺のことかとネーヴェス言い 昨年12月に静岡で母子3人を殺害したとみられるネーヴェス容疑者は、在日本のメディアではもっぱらネベスと表記されている。 ポル語の日本語表記については他のお歴々に譲ろう。 この問題についての続報で管見に触れたのは、サンパウロ新聞1月4日付の以下の記事「ネベス、バストス近辺に潜伏か 高飛び寸前、逮捕の噂も」のみ。 http://www.spshimbun.com.br/content.cfm?DA_N_ID=10&DO_N_ID=14533 担当記者によると、ブラジルの警察とインターポールとの張り合いの気配もあり、とのこと。 さもありなん。 この件で日本の大手テレビ局が地元でヒンシュク取材、との情報もあり。 容疑者がサンパウロ州境の都市プレジデンテ・プルデンテから飛行機でマットグロッソ州都のクイアバに高飛びを計ろうとした、という情報には膝を打った。 バストス出身のブラジル人の国内逃亡パターンとしては、いかにも、というルートだ。 それにしても、真相は? この国には死刑はなくても、市民や当局によるリンチや抹殺はしばしばだから… 被害者側のブラジルの遺族というのがまるで浮かび上がってこないのも、妙である。
1/6記(土) ブラジル学の巨人
ブラジルにて いまやマスコミのパパラッチ状態となってしまった畏友・星野智幸さんに、拙稿をアップしていただいた。 「ブラジル学の巨人・中隅哲郎伝(上)」 http://www.100nen.com.br/ja/okamura/ である。 昨年、中隅さんの七回忌の法要でご夫人の要望により友人代表として述べさせていただいた挨拶も、機会があったらどこかにアップしてみよう。
1/7(日)記 破壊の100年
ブラジルにて ひたすら車を走らせること、500キロ。 牧野、ユーカリ林、オレンジ園、砂糖キビのプランテーション。 現代ブラジルの第1次産業の見本市だ。 日本の本州ほどもあるサンパウロ州の大原生林の破壊に最も貢献したのは、我らが日本移民だといわれている。 日露戦争の戦勝以来、近代日本の社会不安のガス抜きとして、南米移民が奨励された。 移民を搾取する移民会社、そしてその移民会社を搾取する日本国外務省。 その結果、希少な熱帯林がこのザマとなった。 来年に迫った移民100周年には、森の供養をしよう。
1/8(月)記 体育系に聞く
ブラジルにて ようやく近年、海と山に分相応の家族旅行用の定宿としてもいいところを押さえた。 今回、年頃の子供の「どっちもイヤ」という声あり。 しょうがない。 新たに家族全員の要望の最大公約数と予算を検討して、この土地とこの宿を選択した。 午前9時よりウオーキングがあるという。 ペンションの雇ったモニターが仕切る。 リクレーションを活かすも、子供を乗せるも、モニター次第。 気の利いたモニターは、まずこちらの名前を聞いて覚える。 今回の若いのは自分の素性も明かさない。 後で聞いてみると、近くの町の体育系の大学生とのこと。 何という説明もなく、炎天下の未舗装の農道をひたすら歩く。 脇に木の実がたわわにみのる生け垣が続く。 「この木、何の木?」 妻が聞く。 「生け垣です」と体育系。 「木の名前を聞いているんだけど」と妻。 「知りません」。 半時間ほど解説どころか会話もなく、農道を直進。 帽子やタオル、ペットボトル持参が望ましいとのアドバイスもなかった。 道中、売店どころか対向車にも会わず。 やや高台となり、はるかに最寄りの町のアンテナや高層建築が見える。 「町まであと4キロありますけど、まだ歩きますか?」と体育系。 参加者全員が辞退。 「その町の観光名所には、どんなところがあるの?」と私。 「いろいろあります。ええと、広場に、バール(一杯飲み屋)とか…」 広場とバールのないブラジルの田舎町があったら訪ねてみたいぐらいだ。
1/9(火)記 特殊鉱泉
ブラジルにて 今回、トーチャンがここを選んだ理由の一つは、この地域に古い湯治場があること。 しかもここの鉱泉には、地球上でもまれな物質が含まれている。 その物質について事前に調べると、体内の有毒物質排出促進など、いいこと尽くめ。 しかも湯治場はゾクゾクするほど、ひなびている。 町営の湯治場は月曜は休みだと昨日、宿の体育系モニターに言われ、一日損した思いをした。 今日、さっそく朝イチで来てみると、月曜も夜間は営業している、とある。 有毒モニターも排出してもらいたいもの。 この鉱泉、この味のわかる友人と、然るべき病の友人のための「お気に入り」に設定。 さあ、誰と来ようか。
1/10(水)記 聖州幻聴
ブラジルにて ここに来た初日の夜、日付変わって月曜の未明のこと。 遠からぬところから低い音が聞こえてくる。 なにやら仏典の読経のようでも、ミサの唱和のようでもある。 この地にもかつて少数の日本人移民が入ったことだろう。 そのままここで果てた無縁さんがいてもおかしくない。 そのあたりに想いが。 こちらで親しくしている人が、移住当時、奥地で深夜に自分だけに読経が聞こえ、そこを引っ越すまで続いたという。 僕の耳に聞こえるのは、おそらく宿の冷蔵庫のモーター音だろう。 うつらうつらするうちに鳥のさえずりが四方から響き、朝焼けとなった。 その後も深夜に覚醒はするが、あの音は聞こえなくなってしまった。 そんな不思議を感じながら、汚染都市・サンパウロ市に再び向かう。
1/11(木)記 さみだれ賀状
ブラジルにて まだまだポツポツと日本から賀状が届く。 例年いただく方にはなるべく先手を売ったつもりだが、うっかりした人、意外な人などから。 むむ、さすがにこちらのカードのストックが乏しくなってしまった。 何とか乗り切れるかな?
1/12(金)記 森を組む
ブラジルにて 年末、プラモデル屋に行った際に、思わず買ってしまったものがある。 500ピースのブラジル製ジグゾーパズル。 絵面は、Mata Atlantica、大西洋海岸森林のフローラのひとコマ。 ブラジルは時折、国産のこうしたけっこうなものがある。 この森のことを想うだけで心がいくらか和む。 例の、日本移民が破壊に最大級の貢献をしたブラジルの森である。 夕食後、娘と二人で挑戦。 ヒーコラいいながらも、この森の仕組みが少しは分かる。 年頃になってきた娘と二人で何かに取り込む機会は、そういくつもない。 夜の照明の下では、中年の眼にはだんだんしんどくなってくるが。
1/13(土)記 ザ・クレーター
ブラジルにて 今朝のブラジル新聞を見て仰天。 「クレーターが自動車数台を呑み込み、行方不明者多数」。 (「O ESTADO DE S.PAULO」トップ見出し) サンパウロ市ピニェイロス区での地下鉄工事現場付近で道路が陥没、直径80メートル、深さ30メートルのクレーターが出現。 付近を通行中、駐車中のトラック、乗用車、マイクロバス等が飲み込まれた。 現場はマージナル・ピニェイロスという幹線道路に面したところで、うちもしょっちゅう通るところ。 テレビをつけてニュースを流している局を探す。 まるで「空想科学シリーズ」の映像である。 幹線道路の復旧のメドは立たず、昨夜は史上空前レベルの交通渋滞だったとのこと。 いろいろ余波が及びそうだ。
1/14(日)記 大穴とヒノマル
ブラジルにて サンパウロの大穴事件は、我が家にもささやかな影響をもたらす。 この事件について美代賢志さんが、興味深い情報を引っ張ってきた。 http://www.brasilforum.com/index.php 以上の1/13付。 日本に届いている文字ニュースは、事件を過小評価している感があり、もちろん日本の商社の関連などには触れていない。 日・月とこちらの邦字紙はお休み。 翻訳・パクリものではない記事をどれだけ邦字紙記者諸姉兄がものしてくれるか、楽しみ。
1/15(月)記 断食撮影
ブラジルにて 年末年始とプチ暴飲暴食が続いた。 今日は外回りもあるが、できるときに断食をしておく。 子供たちの昼食の世話の後、約束していた撮影に出る。 その後、会議もあった。 ま、ちびちびといきましょう。
1/16(火)記 水増しアップ
ブラジルにて 今月初めにオープンしたサンパウロ人文科学研究所のホームページ( http://www.jinmonken.org.br/jinmonken/ )。 とりあえずブラジル時間毎週火曜日午後に更新していこうという話になった。 ストックしてあった最初の更新記事のネタは、なかなかそそるものがあって面白い。 さて、初更新がひとつというのも寂しい。 急きょ、担当に入れ知恵。 ついでに写真も撮りおろし。 凝って何度も取り直しをするが、いかんせん枠が小さく、かえって訳のわからん絵面になってしまった。
1/17(水)記 ブラジル岩絵紀行
ブラジルにて 原稿を入稿したのは確か、昨年の7月。 例によって忘れた頃に発行されるのがブラジルの日本語雑誌「Bumba」。 まあこちらもロハの連載にそう提供できるネタはないから、助かっているが。 今回は「ブラジル岩絵紀行」とした。 これまでとは、だいぶトーンが違うぞ。 それにしても発行までにこれだけ時間がありながら、担当者も不明で校正用のゲラも送ってこず。 プロになってほしいねえ。 少し手を入れたかったのに、残念。 写真もポジから起こしたのに、このあがりとは。 日本でも購読可能。 お問合せは http://www.bumba.com.br/ からお願いします。
1/18(木)記 こっちのバベル
ブラジルにて 映画の「バベル」ではない。 かつてブラジルで伝道活動をされていた宗像基牧師の個人紙「小平通信 バベル」である。 1月号が本日、郵便で届いた。 姿勢を正して読む。 以下、引用させていただこう。
ちなみに拙作「生きている聖書の世界 ブラジルの大地と人に学ぶ」と「ブラジルの土に生きて」は宗像先生がブラジルにまかれた種の延長上に生まれた作品である。
巻頭言 背中から入ってゆこう 「後ろのものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ走り」(ピリピ人への手紙 3:13)
このパウロの言う「後ろ」とは未来であり、「前」とは過去のことらしい。「昔のギリシャ人はそう考えたらしい。人間は後ろ向きに、背中から未来に向かって入ってゆく。未来が顔の前にあると思うのは、私たちの錯覚かもしれない。背中の方が強い、乗り物でも後ろ向きに乗る方が安全である。ギリシャ人の考えは示唆に富んでいる。過去と現在をしっかり見据えながら、静かに、背中から未来に入ってゆかねばならないのではないか。未来には何が待っているかわからない。ことによると、未来はこの鍛えた背中、背筋でがっちり受け止めねばならないほど、手強いものであるかもしれないのだ」。(天声人語94/11/30)
マタイ福音書のアドベントは、まず過去を振り返り、問う事から始まっている。イエスの系図を掲げているのだ。イエスの誕生も過去を背負っている。いろいろと問題だらけであるが、彼らは、血筋としてではなく、アブラハムに与えられた神の約束と使命を継承すべく選ばれているのだと言っているのだ。
大切な事は、過去の歴史をどのように解釈し、総括するかということだ。日本の政治家たちのしている事は、まず、忘却である。不幸な事はなるべく忘れたい。この気持ちはわかる、原子爆弾で脅かされた人は、あの時の事を思い出したくない、思い出すのはつらい、早く忘れたいという忘却、しかしそれが次の不幸を生んでゆくのだ。それよりも恐ろしいのは核の脅威、その非人道性、残虐性そのものを忘れて、「核による平和」などとたわけた事をいう政治家がこの日本にもいるということだ。これはもはや忘却ではなく、確信犯的である。先号にも書いたように、阿倍の書いた本などはこの傾向が強い。しかし、忘却はまだよい。恐ろしいのは過去を美化し賛美する事だ。
最近、真珠湾沖の海底で、特殊潜航艇の残骸が発見されたと言う。私が海軍兵学校に入学して8日目に真珠湾攻撃は行われ、その時の5隻の潜航艇の内の1隻の残骸らしい。兵学校卒業後、その特殊潜航艇の艇長として参加していた自分としては胸の締め付けられる思いだった。私たちの頃には大分改善されていて、一応名目上は帰還可能な兵器とされていたが、真珠湾攻撃の頃の潜航艇は正に自殺兵器であったのだ。
その自殺兵器の最たるものが、人間魚雷(回天)である。最近「出口のない海」という小説が書かれ、それが映画化もされたので観に行ったが、一応その空しさ、無茶さは描かれているとしても、彼らを絶望的な死に追いやった、上層部の作戦、命令、自分たちは助かり、死にたいと言っている若者には死に場所を与えてやる、ありがたく思えと言わんばかりのその残虐さと、エゴに対する批判のない事には不満をおぼえる。だから小泉のような特攻j隊賛美が起こってくるのだ。
私はその回天発射訓練の目標艦の艦長をしたことがあるが、その時の光景を今も忘れない。潜望鏡を立てて、波を切って走ってくる回天に絶望を感じたのだ。これではその本体である九三魚雷、自分の使っていた九二魚雷とは違って、航跡の出ない隠密性の高いあの魚雷の特性は丸つぶれだ、どうしてこんなことを!しかも当たっても当たらなくても、絶対に助からないという、こんなものは「兵器」ではないと、空しく見つめていた事を思い出す。このようなことを命じ、若者を死に追いやるこの軍部の構造とは何なのだ?と。
こうした過去を、あの若者たちを評価するのに便乗して賛美し、正当化してはならないのだ。確かにあの若者たちは純粋であったし、無欲であった、しかし私も含めて、無知であったことも批判せねばならない。
そのように過去をしっかり見つめ、歴史としても、自分史としてもしっかり解釈しながら、後ろ向きに、背中から2007年に、静かに、覚悟をして入ってゆきたい。この年はもっときびしそうだ!
(赤字着色は引用者による)
「バベル」はオンライン上で見ることができる。 1月号のアドレスは以下の通り。 http://members.jcom.home.ne.jp/kashii-ke/babel/07-01/index.html
1/19(金)記 ブログを削除、サイトを封鎖
ブラジルにて 「大紀元時報」のオンライン版より。 四川省少女惨殺事件、当局は地元のブログを削除、サイトを封鎖 http://jp.epochtimes.com/jp/2007/01/html/d31985.html 「大紀元」は中国共産党のコントロールを受けない稀少な海外中国人のメディアとされる。 祖国日本は「美しい」国を目指して国防色・軍事カラーを増す一方。 そんなことを促進する連中のコントロールを逃れた在外日本人のネットワークが求められそうだ。 いずれ「徴兵逃れ」でブラジルくんだりまで渡ってくる若者が「また」増えるかも。 なんたって日本と犯罪者引渡し協定も結んでいない国だから。
1/20(土)記 納豆効果
ブラジルにて 日本のテレビ番組が納豆にダイエット効果があると放送。 さっそく各地で納豆が品切れという異常事態が生じたのは今月初め。 この番組に疑問を感じた週刊誌が2週にわたって特集。 ついに放送局の社長が番組中のデータ等の捏造を認め、謝罪するに至った。 いかにも、の話。 これまで私が告発してきたNHKによるブラジル移民に対する犯罪行為の数々も、泣き寝入りするつもりは毛頭ない。 来年に迫ったブラジル移民100周年にからめて、ネタに乏しい日本のマスコミ関係者がチラホラ動き出しているようだ。 同様な被害を防ぐため、問題を新たな形で告発するつもり。 お楽しみに。
1/21(日)記 アーカイヴスに緊急報告
ブラジルにて 「ドキュメンタリー映画のメールマガジン neoneo」の伏屋博雄さんに2005年に掲載していただいた拙稿の、本サイトへの転載をお願いした。 間髪をおかず、快諾のメールをいただく。 いろいろお取込みのこととお察しするが、ありがたいことである。 さっそく「岡村淳アーカイヴス」に「緊急報告 NHK『ハルとナツ』の疑惑(1)」 http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000051/20070121003069.cfm を新たに序文をつけて転載。 さあ、岡村は何を考えてこんなことをしているのでしょう?
1/22(月)記 NHK会長への質問状・移民資料の横流しを許さず
ブラジルにて 本日付でNHK橋本元一会長あてに以下の質問状をメールにて送付しました。 http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000051/20070122003076.cfm 先方にもチェックされるこの場では、こちらの細かい手の内は明かせません。 いま、申し上げられること。 こうした犯罪が公共放送によってごまかされ、隠され続けていいのでしょうか。 当時者は大権力に守られて、今日もあなたにニュース番組をお届けするでしょう。 残念ながらNHKは内部に自浄機能がありません。 そんなNHKを改良することができるとすれば、それはNHKを支える受信料を払い続けるあなたにかかっています。
1/23(火)記 固くお断り
ブラジルにて NHKという組織はどこまでデタラメで傲慢なのだろう。 昨日、NHK会長宛に質問状をメールで送るため、先方のサイトを開けてみた。 「ご意見・お問合わせ」のページにこうある。 NHKからのお答えについては、お客さま宛てのものであり、許可なく回答内容を転用、二次使用することは固くお断りいたします。 これは何重にもおかしいのではないか。 公共放送が問合せに対して回答したものを公表することに、何の問題があるのだろうか。 「お客さま」に応じて回答の内容が変わり、回答を拒否していることがこの文からもうかがえる。 NHKがこの文章でいみじくも書いているように、相手は「お客さま」である。 彼らの番組制作と生活を支える受信料を負担している「お客さま」に対して「固くお断り」とはあまりにも不遜で傲慢である。
1/24(水)記 やっぱしアメリカ
ブラジルにて 当地22日にNHK会長宛にメールにて送付した質問状は、自動返信される受付番号・#804373が届いただけ。 この問題を拙サイト上でも公表したところ、お見舞い・怒りの共有・応援、さらに詳細が知りたいといったメールを各方面からちょうだいしている。 いちばん最初に反応があったのはアメリカ合衆国からで、英文のメールをちょうだいした。 面白いことが、愚生も関わっているサンパウロ人文科学研究所の今月になってオープンしたホームページにも。 訪問者の国別統計の最高が、アメリカ合衆国なのである。 ちなみに次点がブラジルで、祖国日本は第3位。 こうした問題にすぐ反応して、こんな地味なサイトにアクセスしてくる人々を多く抱えている国というのは、なかなか。
1/25(木)記 「ハルとナツ」疑惑・NHKの刺客
ブラジルにて 2005年の「ハルとナツ」疑惑が日本で報道されてから、間もなく私が発表した「緊急報告 NHK『ハルとナツ』疑惑(2)・NHKの刺客」。 これを拙サイト中の「岡村淳アーカイヴス」に新たに収蔵した。 収蔵に際して書き下ろした序文にあるように、大変な状況のなかで書き上げたものである。 すでにご報告のように、NHKはこれらの問題に今日までひたすら沈黙を守り続けている。 マスコミと市民が糾弾を続ければ、土台の腐りきった楼閣は崩壊することだろう。 僕自身、何本もの自作を発表してきた放送局の消滅を願っているわけではない。 悪化するばかりの腐敗を、勇気を持って排除しよう。 そして、再生を図ろう。
1/26(金)記 ホコリ高きNHK
ブラジルにて 組織が末期的になると、哀れである。 しかし公共放送の看板プログラムが正月三ヶ日から人権抑圧の容認を助長するような番組を垂れ流していたとなると、黙認することも同罪というものだ。 これは納豆捏造番組より罪が重いのではなかろうか。
すでにいくつかのブログでも紹介されている梅香居士氏の「NHKに物申す」を紹介したい。 http://jp.epochtimes.com/jp/2007/01/html/d11800.html 世界各地の良心的なジャーナリストとメディアがチベットにおける中国当局による人権抑圧と虐殺行為をまさしく体を張って報道し、告発し続けるなか、日本の公共放送は何をしてるのか。
NHKはこうした公開質問にただ沈黙を続けるなか、体制と結託して受信料支払いを強制する立法と「違反者」の処罰を促進しているのだ。 今、日本でできること。 テレビ受信機を所持しない。 それがしんどければ、ラジオとパソコンの可能性を見直そう。 すぐにできなければ、デジタル放送切り替え時が大きなチャンス。 あるいは悪法のおよばない海外に移住するという手もある。 NHKを拒否しての海外移住なんてカッコイイではないか。 他所の国に暮らすと、日本の公共放送のゆがみがよくわかる。
1/27(土)記 あるある大事件を告発しよう
ブラジルにて オンライン版で見る限り、日本の大手紙のなかでは毎日新聞がなかなかいい取材をしている。 日本時間28日午前3時発信の以下のニュースを、当地27日午後にチェック。 「98年放送『快眠レタス』も 実験の教授証言」 http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/tv/netsuzou/news/20070128k0000m040114000c.html
納豆ダイエットの捏造番組で放送打ち切りとなった関西テレビ制作の「あるある大事典」シリーズは1996年から放送されている。 1998年に放送したレタスの催眠作用についても、実験の撮影に応じた大学教授が番組の捏造について証言している。 毎日の記者の取材に応じた教授の話。 「番組を見て、あきれてしまい、当時は抗議する気にもなれなかった。せめて学会ででも指摘しておけば、こんなでたらめは続いていなかったかもしれない。社会に真実を伝えるべき研究者として反省している」。
テレビ取材に伴なう犯罪的な行為を知りながら、「あきれて」ばかりで抗議の声を上げないことは、さらに悪質な犯罪を助長することになる。 テレビメディアそのものは隠蔽と傲慢を当然のこととしてグロテスクに肥大化し続ける。 さらに体制や大資本と結びつき、自らが権威・権力だと勘違いを始める。 気づいたときは手遅れである。
NHKに隠蔽された事件は、まだまだあるある。 私は、告発し続ける。
1/28(日)記 牛山純一いわく
ブラジルにて 問題のテレビ番組「あるある大事典」は、昨年放送の味噌汁によるダイエット効果を伝える番組でも捏造の疑いが濃厚になった。 以下、28日付の朝日新聞オンライン版から。
「『あるある』で新たに捏造の疑い 『みそ汁で減量』も」 http://www.asahi.com/culture/tv_radio/OSK200701280043.html
アメリカの研究者のインタビューとして、音声吹き替えと字幕スーパーで「朝食にみそ汁がダイエットに非常に効果的」といった内容を伝えたが、朝日新聞がその研究者に問い合わせたところ、「自分は発酵大豆と減量を関係付けておらず、そんな発言をしていない」と回答があったとのこと。 さらに番組に協力した日本の研究者が、アメリカの研究者の発言の根拠となる資料の提示を番組スタッフに求めたが、応じられなかったという。
実写映像の音声吹き替えというのは、実に危ないものである。 僕の所属していた牛山純一の映像記録では、特殊な場合を除いて極力、避けられていたことだ。 僕がフリーとなり、別の制作会社で90年代初めに民放のドキュメンタリーを担当した時。 ブラジルの生物モノの取材で、複数の研究者のインタビューがあった。 僕は翻訳を字幕スーパーで出すことを主張したが、担当プロデューサーに「そんなもん、視聴者が読むか!」と一喝されてしまった。 定見は持たず、上には媚びるが下にはふんぞり返るくだらない男だった。 翻訳部分は声優による吹き替えとなった。 たかだか数十秒のシーンだったが。 少なくとも当時は、オリジナルのポルトガル語音声はまったく消去せずにかすかに残し、翻訳も捏造などは考えもつかなかった。
オリジナルの音声を消してしまえば、やばい。 アホプロデューサーは字幕なんか読むかとふんぞり返ったが、その後の日本のテレビは意訳どころか制作者の主観を画面に字幕テロップで被せて、さらに「なくもがな」の字幕で笑いを取ろうとする始末。 極めて異常な特殊進化をしてしまった。
問題が暴露されると、責任者が明らかにされず、ひたすら責任逃れ。 「あるある」で謝罪した関西テレビ社長も、問題番組をどこの誰が実際に制作して捏造したのか「わからない」と答える始末。
さて、私が22日に告発したNHKスタッフによる移民資料の持ち出し・横流し事件も、ちょうど1週間を経過したがNHK側からは何の回答もない。 下品なテレビ問題はほどほどに、いつもの岡村日記を、というご希望もあり、本件は新たな動きがあるまで控えるようにしよう。
この話題を中締めするには日本のテレビドキュメンタリーの草分けであり、わが壮大なトラウマである牛山純一の言葉しかないだろう。 牛山は番組を署名制にせよ、と主張してきた。 NHKのヤラセ問題等が発覚する度にマスコミの取材を受け、作者の顔を明らかにして責任の所在をせよ、と訴えていた。
日本のテレビの草分けと共に歩んだ牛山さんは、つくづくテレビの本質と問題点を知悉していた、と改めて思う。
1/29(月)記 番組怪変
ブラジルにて 昨日付日記で、牛山御大の遺言で中締めしたつもりのNHK疑惑連日告発シリーズ。 ところが本日付でNHK番組改変問題の東京高裁の判決を知る。 サイト読者の方からも、NHK批判をこそ継続して、との声をちょうだいしている。 とりあえず今日は臨時編成でこの問題を。
今回の高裁の判決は、取材を受けた市民団体の訴えに対して、地裁の「孫受け取材」会社・ドキュメンタリージャパン(ドキュジャパ)にのみ賠償責任を命じた判決を覆し、「下請け」のNHKエンタープライズ21と編集権を持って番組を改変・放送したNHK本体にも賠償責任があるとした。 当然の勝訴である。
地裁の判決当時、訪日していた僕は上映・講演の場や関連業者との席でこの判決の異常さと恐ろしさを訴え続けたが、これといった反応は得られなかった。 日本の外から自己責任でドキュメンタリーを制作発表する、つまりこの判決の解釈の規制外にいる僕が憤っているのに、肝心な国内の当事者たちが沈黙しているのが情けなかった。
この取材の構図を、取材のテーマである第2次大戦時の日本軍に例えてみよう。 最前線の部隊が、現地住民の独立という希望に意気を感じて、それをサポートする作戦を行なった。 しかし現地司令部および大本営の命令により、作戦は「天皇のため」のものにすり替えられてしまった。 現地の怒りに対し、住民のためを願って闘った最前線部隊のみが裏切り者として処罰された。 これが地裁のゆがんだ判決である。
テレビ番組の制作現場では上官の命令は朕(天皇)の命令であり、テレビ局側の命令は「下請け」「孫受け」に対して絶対のものである。 「下」や「孫」たちはこれを変えようという意欲を持たず、「食うために」適当な妥協を続けてきてしまった。
作るため、表現するために食っていたはずが、食うために作り、表現する。 魂を悪魔に売り渡した作家・取材者がテキトーに器用につじつまを合わせてカンドーを伝えようとする。 なくもがなの作品しか出来るはずがない。
映像記録の牛山純一はじめプロデューサーは、「下請け会社」と言われると激怒して「我々は制作会社だ!」と声を荒げたものだ。
ところで、NHKは高裁の判決が不服でさっそく上告するという。 NHK職員の犯罪行為を隠蔽し続けながら、よくいうよ。 皆様から強制的に召し上げた受信料で、皆様のご意向・ご意見無用で番組制作は手を抜きながら裁判三昧とは、ケッコウケダラケである。 他にするべきこと、あるんじゃないの?
さまざまなテレビ犯罪に関わった皆さん。 被害者の皆さんも。 一生ごまかし、沈黙し続けますか? 今、勇気を持って声を出し、状況を変えようではありませんか!
1/30(火)記 転換期
ブラジルにて NHK疑惑隠蔽問題に関して、ぼつぼつ、ますます反響をいただいている。 こちとら本名・素性をさらけ出して先方の疑惑を公開質問しているのである。 こうした質問を一切無視して、内部の犯罪を隠蔽しながら視聴者から強制的に受信料を徴収しようとしているのが日本放送協会である。 新たに公共放送という名前のファシズムが誕生していくのを、傍観して、「盗人に追い銭」を毎月、お支払いですか?
さあ、さすがにこの問題は敵に手の内を明かさないためにも、水面下をメインにしていこうかと。 公私共に転換期を迎えたので。
1/31(水)記 日本島からの手紙 ブラジルにて 祖国では、今度は原発事故のデータ捏造が発覚。 さすがにもう日本国内に住む人たちで何とかしてくれ。 下品なNHK問題をしつこく告発してきたのは、移民の尊厳が貶められ、辱められているからである。 日本の原発がぶっ飛んでも、ブラジルまではあまり影響はないだろう。 おそらく。 それよりこっちの原発が心配だ。
1月もつごもりになって、日本からの年賀郵便が2通届く。 いずれもかなり苦心してローマ字の宛名を書いたことがうかがえる。 「先の大戦」で苦労した世代の人たちだ。 こちらから年末に投函したカードを受け取って、それから律儀に返信してくれたのだ。 インターネットの圏外にいる人こそを、という初心を再確認。 さらに、ペンを取ることのかなわなくなった人のことを。
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